10:両親の諸々とこれから
精霊達の力を借りて何とか父さん達を馬車の中に閉じ込める事に成功したあたしだ!外の喧騒は落ち着いたようで、バタバタと人が離れていくような足音が聞こえてからは、近くから魔物の気配が無くなった。
少しの間2人は黙り込み、色々な事を考えているようだったんだけど……気持ちを整理するような間を開けてから、母さんが口を開いた。
「心に決めた人が居る、という話は?」
「それは……」
母さんはその辺りをハッキリさせたいのだろう、でも自分の妻に昔惚れた人の話をするような状態である父さんは言葉に詰まっていた。
言葉を濁すと「やっぱりいるのね」と母さんの顔が曇り、父さんはまるで不倫の現場を押さえられた亭主が弁明するように話し始めた。
「い、いや、確かに気になった人が居ないと言えば嘘になる。だがそれはもう7年も昔の話だ、俺は相手の名前すら知らないし、流石にもう結婚しているだろう」
父さんは慌てて説得しようとしているのだけど、その言葉に母さんがピシリと固まった。
「…7年前?」
それはついうっかり繰り返してしまったというような呟きだったのだけど、父さんはそれを「話を促されている」と捉えたようで、渋々話し始めた。
「ああ、その時は国境沿いに魔物が出た時で、ついでに盗賊退治をしていたんだが……その時に助けた商家の娘さんだ」
その話を聞いていた母さんは、今まで死人のような色だった頬に赤みが差し、ありえない程視線を揺らしていたんだけど……どうやら父さんはそういう女性の表情の変化とかをあまり見ないタイプのようで、全く気付いていない様子だった。
「顔を隠していたのでよくわからなかったんだが、立ち振る舞いや気品からして良いところの娘さんだと思うんだが……そんな人が自分の手を汚してまで護衛や騎士達の手当てをしてくれてな、その姿を見て「ああこういう人と一緒になれたら幸せだろうな」と思った事はある」
母さんに抱き上げられているあたしは、その指のモジモジがダイレクトに伝わってきてなんとも言えない感じになってきた。
両親の大事な話だと分かっているんだが、こうも母さんのソワソワとした貧乏ゆすりとモゾモゾと動く指で刺激されていると、早く話が終わらないかなーなんて思い始めてしまう。このままだとあたしは泣くぞ?
「未練がましく護衛を申し出て国境沿いまでついて行ったんだが、名前を聞こうにもフスラーという護衛に止められてな、何でもこれから誰かと結婚するという事で、だから俺はその人の名前を聞かなかったし、なんなら顔すら見ていない。思いの人だとかなんとかは、その時の事を誰かが面白おかしく話したんじゃないのか?」
一気に言い切った父さんは「これで満足か?」という顔をしていたんだけど、母さんは何かもうそれどころじゃない様子で、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
「ふ、フスラーではなくフェスラーです!側近の騎士からは外されましたが、矢傷も無事治りグラハム様に感謝していましたわ!」
「………は?」
それからもう色々と感情が爆発したように母さんはガターンと立ち上がったんだけど、いきなり立ち上がったもんだからふらついて後ろに倒れて……父さんは反射的に受け止めようと手を伸ばしたんだけど、自分の馬鹿力を思い出して手を引っ込めたもんだから、母さんは座席にガッゴッと背中とかお尻を強打して悶絶していた。そしてその衝撃が抱きかかえられているあたしにも来た。
「っ~~~ーーー……」
「ぁぁああああー!!」
「す、すまない……いや、それより…それも?」
オロオロとする父さんは改めて涙目の母さんに声をかけるのだけど、それ以上に何か戸惑ったように言葉を探していた。
「わたくし、お父様にもグラハム様がローザンデリアに入りかけていた事を秘密にしていますのよ?」
母さんの秘密の告白に、父さんは思いっきり目を見開いて、息を吸った。「何故それを?」と言いかけて、それでも一つの可能性に思い至ったようで、ゆっくりと息を吐いていた。
「俺は、てっきり政略結婚だと…」
「わたくしが望んだのです。わたくしもグラハム様となら幸せを築けると思ったから、嫁いで来たのです」
「それがこの様ですが」と母さんは自嘲気味に笑うと、父さんは何度目かの「すまん」という言葉を口にしていた。
「それなのに何故止めてくださらなかったの、止めてくださればわたくしは…」
「それは……」
父さんは視線を揺らし、それから恥じ入るように続ける。
「ブルクハルトの方が豊かだからだ。王都の私邸にいた時も、君はラインセルにいる時より安心した様子だった。その姿を見ていたら、無理にラインセルに留めておくべきではないと思った」
「それは……勿論、生まれ育った場所ですから…ですがこれからは違うのでしょう?」
「そうだな…そうだ…」
父さんは恐る恐るというように、あたしを抱きしめる母さんを、その2人ごとゆっくりと抱きしめた。
本人的にはかなり気を付けているつもりなんだろうけど、それだけでもかなり力が入っているのか母さんは少し痛そうにしていたのだけど、困っているような、嬉しい様な、複雑そうな顔で母さんは笑っていた。そして流れで2人の顔が近づいて行ったところで……。
「アニキー魔物退治終わったけど出発していいんですー?」
物凄い良い雰囲気の時に、馬車のドアがバーンと開け放たれて、ピーターの野郎が顔を覗かせやがった。死ね!
「な、お前!?どうやって入った!?」
「…?そりゃあ、鍵もかかっていませんでしたし?こう、ドアを…」
ピーターはドアを開けるような動作をしながら「何言ってんのコイツ」みたいな顔で父さんを見ていたんだけど、まあ確かに途中から精霊術どころじゃなかったんだけど、いつの間にか鍵まで解除されていたみたいだった。
「あ、あーなるほど、何か帰りが遅いと思ったら思い出に浸っていた訳ですね、そういや2人の出会いと一緒ですもんね」
「どういう事だ!!?」
「ちょ、痛い痛い!?アニキが掴むと洒落になら…ッ!?」
そして明かされるピーターの爆弾発言に、父さんはおもいっきりその肩を掴んで問いただしていた。
父さんにシメられるピーターが言うには、なんでもさっきの父さんの話に出て来た商家の娘さんというのが実は母さんで、実は政略結婚でもなく両思いでってなんだそりゃという事だった。
まあその盗賊退治に参加していた騎士の多くは職を辞したり亡くなっていたりするので、今ではそんな出会いがあった事を知る者も殆どおらず、あえて話す奴もいないだろうという事だ。
因みにピーターが顔を隠していた母さんの正体をどうやって知ったかと言うと……。
「え、いや、普通声でわかるでしょ?」
との事らしい。まったく気付いていなかった父さんに対して母さんはちょっとだけ怒だったのだけど、とにかくそういう事らしい。
「それで、どうします?もう出発しても良いですが」
周囲の魔物は一掃し、巡回していた騎士達の素早い救援もあり、大した被害はないそうだ。
「いや、魔物がまだ居る……」
「え、いや、一応周囲まで確かめましたが…一掃してますよ?」
「いるんだ。だから…一度館に戻った方が良い」
父さんはあたしを抱きかかえる母さんに向き直り、そう言った。
「俺は今までこの力の事を知られたら気味悪がられると恐れていた、だがそうじゃない、俺達はもっとちゃんと話すべきだったんだ」
「そうですわね…わたくしもそう思います」
父さんの言葉に、母さんも静かに頷いた。
「えーっと、じゃあとりあえず戻ればいいんですね?」
「ああ、引き上げるぞ」
そろそろ日が暮れるという時間帯に差し掛かっていた森の中は夕日が刺し込んでいて、そんな中まるで憑き物が落ちたように屈託なく笑う父さんの周りを精霊達が囲んでいて、赤く輝いて見えた。
そんな父さんを眩しそうに見ていた母さんは、静かに笑いながらあたしにしか聞こえないような声で「一緒にラインセルを盛り立てていきたいと思います」という誓いのような言葉を呟いた。
こうしてなんやかんやあって両親は元鞘に戻ったようで、今までの確執が嘘のように寝室を共にするようになったり、母さんは父さんを助けるという誓いを果たすために領政にも関わるようになっていった。
「足手まといにならないように頑張ります」と言っていた母さんなんだけど、むしろ脳筋の多いラインセルでその実務能力は貴重なようで、ラインセルの領政が落ち着く一助となった。
時折体の節々が痛いという母さんや、ビンタされた跡をそのままに元気に働く父さんの姿にやっぱり夫婦仲が悪いのではないかと言う噂は出ていたのだけど……あたしの目にはただのバカップルに見えたので、きっと大丈夫だろう。
※ここで1章終了です。まだまだブルクハルト家への反感は残っていますが、この出来事があってから両親の仲は徐々によくなり、主人公が路頭に迷う可能性もなくなりました。
次回は作中時間で約半年後、主人公の年齢が0歳中盤あたりの話です。
送ると言っていたモニカが来なかった事でブルクハルト侯爵家から人が来て、向こうではどういう事が起きていたのかという事情などが分かっていき、問題を取り除いていく予定です。
家族単位の改革しか進んでいませんが、まだまだ地固めの段階で本格的に改革に乗り出すのは3章以降、ゆっくりとルーナの物語を進めていきたいと思います。
基本的に書き溜めてからの投稿になりますので、続きが早く見たいという人はブックマークや☆を入れてくれると猫のモチベーションが上がりペースが上がります。




