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9:魔物の襲撃とすれ違い

 母さんの実家に戻る途中で魔物の襲撃を受けたあたしだ!というより魔物、魔物か……前世(セルニア魔法王国)ではドラゴンやグリフォンを飼っている人が居たり、シーサーペント便が大海原を走っていたりと、魔物と言えばペットや労働力という感覚で、かく言うあたしも国が飼育していたドラゴンの首輪(精霊用品)の整備をやっていた事があるので魔物の事はよく知っていた。

 そしてそういう大人しい奴ら(知性のある種族)はともかく、害獣として駆除されている奴らも沢山いたもんで、今世でも魔物はちゃんといる(絶滅してなかった)んだなという変な感慨深さがあったんだが、一体何に襲われたのだろう?


(そういえばあの時生まれたチビは元気にしているかな?あたしが巻き起こした爆発に巻き込んでいたら申し訳ないんだが)

 魔物と言われて最初に思い浮かんだチビドラゴンの事を思い出して呑気にしていたんだが、何やら馬車の外からは結構な悲鳴やら物騒な音やらが響き渡っていて、もしかして今世の魔物はヤバイのか?


「あーおー…う?」

 ただまあいくら暴れているからと言っても野良の魔物だろうし、老後に猫の背を撫でる以外にも魔物を飼うのもいいかもしれないなと、いっちょどんなものか見に行こうと揺り籠代わりに入れられている籠の中でバタバタしていると、エレンに本気で止められてしまった、何故?


「お嬢様……奥様、お嬢様の事を頼みます、私は少し様子を見てまいりますので」


「エレン…?…ッ!?」

 エレンが決死の覚悟を決めたような顔で馬車の外に出ていくと、それまでどこかぼんやりしていた母さんは一瞬立ち上がりかけたものの、あたしを置いて行く訳にもいかず、また急に動いた事で気持ち悪くなったのか、口を押えて椅子にへたり込んでしまった。


「おー…?」

 あちこちから叫び声が聞こえてきてグワングワンするし、何やら音が近づいて来ているような気がするんだが……結構不味くないか?不安そうな精霊達もあたしの周りに集まってきているし、こりゃちょっと本格的にヤバイなと思っていると、魔物の襲撃に対する恐怖なのか、母さんがあたしを手繰り寄せて、ギュッと抱きしめた。


 生まれて初めて抱きしめられた母さんの体はやせ細っていて、ガリガリで、でも良い匂いがした。


 少しの間ただ抱き合っていると、馬車の外ではワッと歓声が沸き、精霊達も「よかったよかった」というようにピョコピョコ揺れ……どうやら騒ぎも一段落したようだ。


「っ…大丈夫か!?」

 それからバーン!!と馬車のドアを突き破る勢いで入ってきたのは剣を持つ父さんで、どうやらラインセルの皆も一緒のようで、ピーターが魔物を追い立てている姿が見えた。


「グラハム様……」

 母さんはやって来た父さんの姿に一瞬喜色を浮かべ、それからその瞳は絶望で曇る。


()()、助けていただいたのですね…」


「…また?」

 「何で来たのですか?」とも聞こえそうな母さんの言葉に、父さんは心当たりがないのか首を傾げ、どういう事かと問いただそうとしたようなのだけど……惨めな程やせ細った母さんの姿を見て、何も言えなくなったように口を閉じた。


 そしてそのまま父さんは黙って出ていこうとしたんだけど、さっきの「また」じゃないけど、2人の間には本当に色々あって、でも何かズレている。


「おーおーぅー」

 ここで父さんを行かせたら駄目だと直感したあたしは、何とか父さんを引き留めようと手を伸ばすのだけど……振り返りすらしない父さんはあたしの伸ばした手に気づかない。


(頼む、行かせるな…)

 だから強く、強く念じる。


 そのあたしの願いに対して、精霊達が動いてくれた。


 バターン!!と物理的な力を発揮できるまで集まった精霊達の手によって勢いよくドアが閉められ、そのままガチャリと鍵までかけられる。


「ッ!?」

 鍵の構造が簡単で助かった。馬車の中に閉じ込められる事になった父さんは、訳が分からないという様子でドアをガチャガチャやっていたんだけど、精霊達が踏ん張ってくれているので何とか耐えている。


(負けるなーうぉぉぉぉおお…)

 あたしも力を送って手助けするんだけど、父さんめちゃくちゃ力が強いな。あたしの精霊術をフルパワーにしていても押し負けそうなんだが……ギリギリのところで、父さんは扉から手を離した。


(やれやれなんとか…)


「………」

 あたしと精霊達が何とか凌ぎ切ったと安堵しかけたところで、父さんは持っていた剣をドアノブの辺りに当てた。


 待って、あたしの父さん脳筋すぎ!?


(耐えれるか?いや、耐え……)

 ただ流石の脳筋父さんも、弱った母さんと赤子がいる場所の近くで剣を振るう愚を察してくれたようで……というより馬力負けしてヘロヘロと扉から離れる精霊を目で追うと、何かハッとしたような顔であたしを睨んできた。


(お…?)

 もしかして父さんって、精霊が見えているのか?


 どうやらその辺りに漂っている精霊は見えていないようなんだが、ある程度集まった精霊は見えているようで、フラフラと精霊が解けていくと目を離していた。


「あーぉー?」

 その事を確かめたいのだけどあたしの言葉は通じないし、父さんは考え込んでしまっている。


「……あなたは、自分の御子すらそういう目で見るのですね」

 そんな中口を開いたのは母さんで、その言葉は淡々としていて平坦だったんだけど、積年の恨みを込めているように重かった。


「それは……俺は子供が苦手で…」

 父さんは視線を逸らしながら弁解するんだけど、その言葉に母さんがキレた。


「何故そのような見え透いた嘘を言うのですか!憎いなら憎いとひとおもいにおっしゃってください!!こんな希望を持たせるくらいなら、さっさと死ねと言ってくださればわたくしも苦しむ事がありませんのに!!」

 ガーっと言い切る母さんはそこで息切れしたのか、ぜーはーと涙と涎を垂らしながら息を整えていたんだけど、父さんはただそんな母さんの様子を見てオロオロしていた。


「離縁するのでしたら結構、そうすればブルクハルトからの圧力もなくなり晴れてあなた様の心に決めたお相手とも一緒になる事もできるでしょう」

 言いたい事を言い切ったのか、母さんはどこか疲れ切った様子で父さんの顔を見ていたんだけど、流石にここまで言われたら反論しなければいけないと思ったのだろう、父さんは多少外の戦況を気にしたように窓の外を見てから、息を吐いた。


「まずは君にそこまで思いつめさせてしまったのはすまないと思う……だが、苦手だというのは本当だ…」


「っ!?」

 そんな言葉に母さんは何か言い返しかけたんだけど、その前に父さんは身を乗り出すと、母さんの座る椅子の背もたれにドンと手をついた。


 あたしは無邪気に「壁ドンだ!」と心の中ではしゃいでいたんだけど、母さんからするといきなりガタイの良い男性にそんな事されたもんで、ビクリと体を震わせていた。


 それに合わせてあたしを抱きしめる手の力が強くなり、地味に痛くて泣きそうだったんだけど、ここで泣いたら空気をぶち壊すからと何とか耐えた。


「だからそのような嘘は…」

 そして眉を寄せる母さんの目の前で、父さんはあたしの拳くらいはある分厚い木の背もたれを……メキメキっと指で毟り取った。


「………え?」

 母さん、目が真ん丸。


「俺は生まれた時から力が無駄に強くてな、ラインセルの連中はその事を知っているんだが、気味悪がられるんじゃないかと思って言い出せなかった」

 「そうこうしている内に言い出しづらくなってな」と苦笑いをする父さんは、毟り取った木材を母さんの横に置いた。


「そ……え?…?」

 母さんは「そんな馬鹿な」と言いたげな顔をしながら、毟り取られた拳サイズの木材と父さんの顔を交互に眺める。


 2人はよくわかっていなかったようなんだけど、あたしの目から見ると父さんがやったのは『肉体強化』系の精霊術で、やはり父さんは精霊が見えるタイプの人なのだろう。

 あたしは今世で初めてお仲間(精霊術が使える人)を見つけたような気がしてキャッキャしてしまったんだけど、その間にも話は進んでいた。


「そ、それじゃあこの子の事は……?」


「…今はそれ程でもないが、目の奥に奇妙な穴が開いているんだ…見えないか?生まれた時は特に酷かったんだが……それに驚いてしまったのは確かに親失格だったと思う」


(ん…?)

 お仲間発見に浮かれて手足をワキワキさせていたんだが、父さんの言った事って、結構重要じゃないか?

 というより今はそんな()に穴が開いているのか?


 その割に精霊は吸い込まないし、穴が発動している時特有の諸々(不調)は無いんだけど……どういう事だろう?


 そんな事を考え込んでしまっていると、母さんは改めてあたしの目を覗き込み「確かに不思議な色合ですわね」と小さく呟いた。


「そうか、そういう風に見えるのか……ただ俺には瞳の奥に気味の悪い穴が開いているように見える」

 言い切る父さんの言葉を母さんは胡散臭そうな顔で見返すんだけど、毟り取られた木材がある状態では反論しづらいようだった。


 改めて考えるとよくこんな馬鹿力に抱き上げられてあたしは無事だったな、いやもしかして、逆に全く掴まず腕を固定していただけだから落としかけたのか?


 あたしは生まれてすぐ父さんに捻り殺されなかった事に感謝しながら、もう少し続きそうな両親の会話に耳を傾けた。

※大破壊後の精霊異常で魔物は凶暴化しています。主人公の感覚は凶暴化する前の物なので「魔物=野良犬」程度の感覚です。


※母さんの言う「ブルクハルトからの圧力」というのは、自分を差し置いて愛妾を囲う事すらできないのではと言う意味で、完全に母さんの妄想です。むしろこの時点でのブルクハルトは放任主義なので、そのような圧力はありません。


※誤字報告ありがとうございます(4/23)修正しました。

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