プロローグ:災厄の魔女
※はじめましての人ははじめまして、猫です。よろしくお願いします。
※プロローグは主人公がどん底に居た時の話ですので、ちょっと暗めです。
あたしはセルニア魔法王国で精霊の巫女をしている、69417番だった。
この大陸の中央に位置する魔法王国は圧倒的な精霊術により発展し、人々は豊かな生活を送っているらしい。そう、送っているらしい。
夜の闇すら克服し、ドラゴンさえ飼いならす程幅を利かしているらしいんだが、無精霊室という檻に入れられたあたし達には本当の豊かさなんていうのはわからないし、枷のつけられた体では正直どうなっているのかなんて考えるだけ無駄だった。
そもそも外界の記憶と言われて一番に思い出すのが「産むんじゃなかった」と嘆く母と、癇癪を起したように殴りつけてくる父の姿だった。
碌でもねえな。
勿論そんな事がこの国の一般常識ではないようで、たぶん隣のおばちゃんだったと思うんだけど、口を酸っぱくしてそんな両親の事を責めていたのを憶えている。
周囲の人間から責められて、責められて……そして責められるのが鬱陶しくなったのか、両親はあたしを捨てた。
確か4歳くらいだったか?捨てられた事が酷いのか、それともこんな両親から逃げられた事が幸運なのかあたしにはよくわからない。ただそれでも18になるまで生きてこられたのは、あたしを捨てた両親の代わりに、国に拾われたからだった。
この国は料理をする火から飲み水まで、ありとあらゆる事に精霊が利用されていた。
吸っている空気すら生み出しているのではないかと揶揄されるくらい浸透した精霊術によりこの国は大きく発展し、常に膨大な量の精霊達を燃料として消費していた。
この精霊というのはあたし達に精霊術を教えた人によると、色々な段階があるらしい。自然エネルギーの塊である精霊、その精霊が人や動物といった生き物に宿った状態である精霊獣、宿った生き物から多くの事を学び、意思をもち精霊達を統べる精霊王という三段階だ。
因みにこの精霊が人間に宿った状態の人を魔法使いと呼んだり巫女と呼び、彼や彼女らは魔法が使えた。
色々あってあたしも魔法は使えるんだが、まあそんな事はどうでも良いとして、あたし達の国はこの自然エネルギーの段階であるフワフワした精霊達を捕まえ、使役する事によって未曽有の発展を遂げていた。
ただこの精霊と心を通わせ術として使える人材っていうのは、いかにセルニア魔法王国でも見つけ出すのは大変なようで、数十年に1人現れるかという天才を期待するのではなく、自分達で天才達を作り出そうと考えて……何とも凄い事に、簡易巫女製造ともいえる技術を確立させたようだった。
あたし達は単純に『穴』と呼んでいたのだけど、これを体に開けられるとそこから精霊を取り込む事が出来るようになり、魔法が使えた。
本当に体に穴を開ける訳じゃなく、魂に直接開けるとか云々……まあ技術的な事はよくわからないんだが、問題となるのはこの穴は自分の意志と関係なく周囲の精霊を吸い続ける事だった。
なんせ周囲の精霊を意志と関係なく吸ってしまうので、この穴を開けられるともう普通の生活という奴は送れなかった。
火や水を使おうにもその精霊力を吸ってしまうので蛇口が操作できず、飲み水すら手に入らないので衰弱死するしかない。しかも限界まで吸い続けてしまうため精霊の多い場所では体調を崩し、最悪死に至るらしい。
そう説明されていただけなんだが、何人も血を吐き痙攣して倒れていくのを見て、精霊術を無理に行使しようとすれば体が壊れていくのを実感している身としては、試す勇気なんてなかった。
あたし達量産巫女とはそういう存在で、捨て子や孤児、浮浪者、まあ社会から爪弾きとなったそういう奴らを集めて、無理やり穴を開け、番号で管理し、毎日国民様の生活のために火を生み出し、水を生み出し、ありとあらゆる物を作り出していた。
例外として、国の重鎮やお偉いさんのもとに行き、そこで生活できる少数の量産巫女はいたんだが、どこに行っても結局何かしらの備えや戦力として期待されるだけなので、それくらいならまだ国営が良いとあたしはここに残っていた。
それに連れていかれるのはたいてい顔に良い兄ちゃんか、美人の姉ちゃんとなると……あまり良い想像はできない。
そういう最低な生活をずっと送っていたんだけど、それでも何とかやってこれたのは、同じ境遇の仲間達がいたからで、フランがいたからだった。
酷い境遇だからこそ連れてこられた量産巫女達の結束力は硬く、1人は皆のために皆は1人のためにっていう奴が徹底されていた。色々と面白い奴もいたし、良い奴も多かった、たぶん皆の励ましが無かったらあたしは早々にこの人生から脱落していただろう。
そしてフランというのはあたし達量産巫女の教育係みたいな人で、こちらは量産でない本当の巫女だった。
フランは意志のない精霊と対話が出来るというおっかない婆ちゃんで、厳しかったんだが、温かかな人だった。
たぶん最も親身にあたし達の面倒をみてくれたのがフランで、身寄りのないあたし達からすると本当のお婆ちゃんみたいな存在だった。
あたし達はそんなフランから精霊術を学び、国からの命令で色々な物を生み出し、何とかその日その日を生き延びていたんだが……ある時あたし達の前に、大量の缶が届けられた。
「これに精霊を詰めろ」
時折顔を出す国の偉いさん。無駄にあたし達を脅してくるので皆に嫌われていたんだが、その日もコイツは嫌らしい笑みを浮かべていた。
「これは……本当にこの子達にこんな事をさせるつもりですか!?」
いつも優しいフランが、この時ばかりは血相を変えており、その形相がなんとなく怖かったのを覚えている。
何か大変な事が起きている、そんな漠然とした不安はあったのだけど、偉いさんの命令に背く奴は誰1人いなかった。
もうそういう風に調教されているとしか言えないんだが、「言われたからやる」それくらいの奴隷根性丸出しで、そうしなければ食事を抜かれるし、棒で殴られるし、痛い目をみるくらいならと皆淡々と言われた缶に精霊を詰めていった。
ただその日を境に、偉いさんとフランが口喧嘩をしているのをよく見かけるようになり、とうとうその日がやって来た。
フランが処刑されたのだ。
「いいか、お前達もこのようになりたくなかったら言われた通りの事をするんだ!」
いきなり見せつけられたフランの首に泣き叫ぶあたし達に向かってペラペラと喋るコイツが言うには、あたし達の国は今戦争をしているらしい。
精霊資源の枯渇に対するセルニア魔法王国に対する各国の非難。考えれば当たり前だ、自然界にあるはずの精霊を無理やり大量に消費しているのだ、自然から精霊達が居なくなり、それを管理し循環させる精霊王は生まれず、たった一国のために世界は荒廃していた。
その事で色々な国と何度も何度も話し合いが行われ、そしてとうとう戦争になっていたらしい。
話し合いで解決をと言いたいところだが、この国はあまりにも精霊術に頼りきっていて、今更石器時代に戻れと言われても戻れるものではなかった。
「不当な弾圧だ」と叫ぶコイツの言っている事ややっている事を冷静に考えるとただの馬鹿で、恐怖であたし達を震えあがらせたかったんだろうけど……その効果は逆効果となった。
元から精霊に慣れ親しみ、感受性が高く調整されていたあたし達は、自分達が作っている物が人殺しの道具に使われている事を知ると、一気に不安定になった。
泣いて嫌だと言う奴や、自分達が送り出した精霊達が人を殺している事実に耐えきれず仕事を拒否する奴が続出し……生産性がガタ落ちした。
こうしてあたし達の地獄が始まった。
厳格なノルマが課せられるようになり、それが達成できなければ容赦なく食事や水が抜かれ、暴力が振るわれるようになった。
鼻がひしゃげ、あごの骨が折れ、手足の1本も折れればそいつは使い物にならなくなるというのに、容赦なく振るわれる暴力は、あたし達に言い聞かせたいというより戦況の悪さに対する鬱憤の発露なのだろう。
当初有利に戦況を進めていたあたし達の国も、兵器のエネルギー源ともいえる精霊缶の製造が滞るようになれば、あらゆる場所で戦線が破られた。
それと反比例するように前線からは矢の催促で精霊を詰めるようにという大量の缶が送りつけられ、あたし達の前に積み上げられていき、とうとう量産巫女の中にも処刑される者が出てきてしまった。
そいつは特に精霊の事を可愛がっている奴で、一々名前を付けているような奴だったんだが、とうとう精霊達が非人道的に使われている事に耐えきれずに、泣きながら国の連中に口答えをして……殺された。
もういっぱいいっぱいだったあたし達にこの事件は大きな出来事で、狂ったように笑いだす奴、ずっと泣いている奴、無気力になる奴、死にたくないからと精霊を淡々と詰める奴とてんでバラバラで、統制なんてとれなくなっていった。
あたしはと言うと一番の後者で、黙々と精霊を詰めるようになった。
あたしが皆の代わりに精霊を詰めれば、少なからずここにいる皆は殺されない。1人の知り合いを助けるために、無関係な1000人を殺す覚悟を決めはあたしは黙々と詰め続ける事となったんだが……今まで数万人で詰めていた物が、淡々と詰める少人数の頑張りでどうにかなる訳もなく、次々と穴の反作用、精霊術の酷使で量産巫女は倒れていった。
1年2年とそんな状態が続けばあたしの体と精神はボロボロになり、もうまともに立つ事も出来なくなっていたのだけど、言われるがままに精霊を詰め、新兵器が出来れば起動し、国の言う事に従っていた。
辛くない、自分で決めた事だ。それ自体は全然大丈夫だったんだけど、助けようとしている仲間達から「人殺し」と罵られる事だけはただただ悲しかった。
奇跡的にあたしのいるグループはあの1人以外処刑者は出ていなかったのだけど、他のグループはかなり酷い状況で、戦況の方もかなり酷いようだった。
ボロボロになりながら精霊を詰めるあたしに同情したのだろう、ある時を境に精霊達から進んで缶の中に入って行くようになった。
(ああ、フランが言っていたとおりだ)
精霊達にも確かに意思があるのだと、対話できるのだとわかり、あたしは改めてフランが凄い人物だった事を知った。
あたしが心身を削ってやっとたどり着いた境地に、フランは当たり前のようにいたのだ。
仲間達に罵られ、軽蔑され、それでも何とか続けられたのはそんな精霊達の支えがあったからで、ボロボロでもうまともに動かない体を精霊術で補い何とか使い物にしながら……あたしは精霊達を兵器として使用し、殺し続けた。
………。
…。
もう何も感じない。ただ寝転がっているだけで体のあちこちが痛い、精霊術で増幅しなければ感覚すらあやふやだ。目の前の山積みの缶に精霊達が入って行くのをぼんやり眺めながら、早くこの地獄が終わって欲しいと心から願った。
何時か、何時だったか?確かあの嫌らしい笑みを浮かべる国のお偉いさんは来なくなった。前線に送られ戦死したらしい。代わりにやって来た……何て言ったっけ?まあいいか。
とにかく今日はいつもと違っていて、色々と終わっていた。
あたしの前には狂ったように笑う変な奴がいて「この最終兵器が起動する事が出来れば敵国の奴らも木っ端みじんだ!」とか笑っていた。
いや、そんな物があるのならさっさと出せよと思ったけど、口にはしなかった。
そもそもコイツも本当に逆転できるなんてこれっぽっちも考えてなくて、無理なら戦争をやめればいいのにただただ戦争に縋りついて……ぺらぺらと喋っている内容によると、この画期的な新兵器とやらは精霊達ではなく、精霊王の力を使う物らしい。
馬鹿かコイツ?いや、馬鹿だな。そしてそんな馬鹿と一緒に人殺しをしていたあたしもきっと大馬鹿なんだろう。
精霊王、意思のある精霊。これが今まで兵器どころか日常品にすら使われていなかったのは、人間に制御できるような物でないからだ。
それをこの馬鹿は制御できるようになったのだという。そのめでたい実験第一号に選ばれたのが最も従順であり成績のよかったあたしだったという訳だ……糞が!
もう自力では動けないあたしは、コイツらの手によって手術台の上に運ばれ、体にはもう一つの穴を開けられた。
人間が制御し耐えられる限界を取り除いた、2つ目の穴。
周囲の精霊達を無尽蔵に吸い込み続けられる程、人間の体は強くない。あたしはこの2つ目の穴によってすぐに死ぬのだろう。
ただコイツらにとっては数時間、それこそ精霊王兵器を起動させる一瞬でもあたしが生きていればよかったのだ。
物のように無造作に運ばれた先はよくわからない巨大な部屋で、真ん中にはこれまた巨大な機械があり、その中には精霊王が居た。
国一つ分のエネルギーを集約し無理やり閉じ込めた精霊王と、あらゆる精霊達をリンクさせた究極の広範囲殲滅兵器。
よくわからないうちに起動シークエンスが始まり、あたしは精霊王の贄としてその機械の中に放り込まれた。
そこに居たのは怒りの精霊王だった。明確に怒りという意思を持つ準神ともいえる精霊王に直面し、それだけであたしの体は崩壊し始めた。
意思のある精霊は怒っていた。
そりゃ怒るよなってあたしは思った。
人間が無駄に精霊を消費して、そして戦争を始めて更に精霊を消費して、これで怒らない精霊というのはいないだろう。
「もう、勝手にやってくれ」
正直疲れた。精霊王が伸ばした手に包まれる瞬間、あたしはそんな事を呟いた。それからあたしの意識は、セルニア魔法王国は、押し寄せる各国の精鋭軍と大陸の3分の1は……爆発消滅した。
これがのちの世に『大崩壊』と呼ばれる事となる事件のあらましで、この崩壊により大陸中のあらゆる技術が衰退し、1000年は残る傷跡を大地に残す事となった。
そして連合軍を最も苦しめ、戦乱を長引かせた元凶であるあたし達は災厄の魔女と呼ばれ、忌み嫌われる存在になった。
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