06「手首」
冷え切った体を引きずって、何とか家に辿り着く。
嫌いな家族に、得意の愛想笑いで詫びを入れて、卵を渡した。
「珍しいわね、あんたが卵割るなんて」
母はきょとんとして、そう言った。
「寒いから、手がかじかんで滑ったんだよ」
適当な言い訳でごまかす。
彼女はそれを疑いもせず、興味なさげに「ふーん」とだけ寄越した。
何の期待も、していない。
この人が、私の心情を分かってくれる日なんて、未来永劫有り得ないんだから。
大嫌いな鏡の横を通り、風呂へ入る。
身体は温まっていくのに、心は冷え切ったままで、凍っていた。
大丈夫。
少し休めば、ちゃんと今まで通りに動けるようになるから。
今まで通り。
優等生面して。
良い子ちゃんぶって。
愛想笑い振りまいて。
人の分まで働いて。
自分の時間削って。
それで良いじゃない。
素敵な、クソつまらねぇ、私の人生。
最高だわ。
――自分がその時、何を思っていたかは知らない。
やっぱり、私は異常なのかも。
こんな時ぐらいは、意識を持とうよ。
自分が、死ぬ時ぐらいは、さ。
気付いた時には、手首から紅い血が流れ落ちていた。
静かに、ゆっくりと、湯船に溶けていく。
右手には、鈍く光る剃刀。
風呂で、手首切って、失血死。
あーぁ。
なぁんだ、こんなもんか。
死に方まで、クソつまんねぇな。
まぁ、でも、私らしいよね。
優等生は、常にセオリー通りに行動するモノだもの。
湯船が真っ赤に染まる頃。
私は、本当に、無意識になった。
「無意識」完結です。
お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました(*^^)
「死」は、私の中にずっと横たわっているテーマです。
次回は、また違った形で描いていきたいと思っておりますので、そちらもよろしくお願い致します。