04「笑顔」
気付けばそれは、勝手に身についていた。
知らず知らずの内に、だけど、確実に。
「こんにちは!」
明るい声と、スマイルのセット。当然、無料ですよ。
某バーガー店が始める前から、私はそれを売っていたと思う。
いつからなんて、覚えてない。
理由は多分、親に言われたから。「人と話す時は、笑顔で」って。
私は、十分すぎる程に教えを守った。
そう、十分すぎる程に。
その結果、条件反射で笑えるようになった。
人を目の前にすると、顔が勝手に笑う。
それに合わせて、心まで笑えるようになっていた。
たとえ嫌いな相手でも、応対している間だけは好きになれる。
一種の自己防衛手段なんだろう。苦痛が最小限ですむ為の。
まぁ、嫌な顔が出るよりは遥にマシだし、特に気にせずにおいた。
「こんにちは!」
学校帰りに、ご近所さんにご挨拶。
おばさんは、私と同じように、にこっと笑った。
「はい、こんにちは。○○ちゃん、いつも笑顔で良いわねぇ」
ご近所でも評判の良い子ちゃん。
売り上げは、上々。
「いらっしゃいませ、こんにちは!」
バイト中、お客様にご挨拶。
常連のおじさんが、嬉しそうに笑う。
「やっぱ、○○さんは明るくて良いね。今度新しく入った子、暗くてダメだよなぁ」
お店の看板娘。
売り上げは、もちろん上々。
でも、いつからだっけ。
笑うのが、辛くなってきた。愛想笑いとかって、案外体力も気力も使うんだよね。
最近ろくに寝る時間ないし、キビシイなぁ。
もう何か月、休みナシなんだろ。前のお休みが、いつだったかも忘れちゃった。
それから一ヶ月くらい経っても、生活は相変わらず。
いや、ひどくなったかな。
他のバイトがどんどん辞めて、私とパートリーダーの二人でシフトを回す状況が続いていた。
私の方が若いし、リーダーの負担を少しでも減らさなきゃ。あまり、身体の調子も良くないみたいだし。
頑張らないと。
週四で、月一四〇時間労働。休みは週ゼロ、運が良ければ、二・三ヶ月に一回。
学校の課題だって、やること山積みなのに全然進まない。やる時間がない。
私だけが、一人遅れていった。
サボってるみたいな目で見られてたら、どうしよう。
頑張らないと。
図書館は、閉館時間まで資料探しに走り回る。夜の書庫って、何か出そうですごい怖いんだけど、そんなこと言ってられない。
「○○ちゃん、ごめんなさい。この日、代わりに店出てもらえないかな? 用事があるのよ」
苦しい。
倒れそう。
休みがほしい。
「はい、いいですよ!」
そう答えた瞬間も、私は笑っていたのだろう。
もう、自分が笑っているのか、そうでないのかの区別も付かなくなっていた。
無意識の笑顔は、確実に私の心身を蝕んでいった。
あぁ――。
もっと。
もっと。
頑張らないと――。