02「鏡」
お風呂を出て、すぐ横にある鏡。
私は、それが大嫌い。
というか、それに映る自分が大嫌い。
自分の容姿が気に喰わないとかじゃなくて――いや、少しはあるけど――、そこに映っているのが自分だと認識できないから。
これって、異常なことなんだろうか。
そんなこともわからないくらい、私にとっては当たり前の感覚だった。
どうにも鏡に映っているのが、自分だと思えなかった。
確かに、そいつは私の指示通りに、身体も表情も動かすことができる。
それが気持ち悪かった。自分の身体ではないのに、自分の意思通りに動いてくれる。いっそのこと、全く動かないでいてくれたら良いのに。
そう、たとえて言うならば、他人に取り憑いた気分。魂と身体が、別々になってしまったような感覚。
時には、自分に意思があることすら気味が悪く思えた。私の知らない間に、脳が勝手なことを考え出すから。
人と話していても、今発言しているのが自分なのだと気付くのに、時間が掛かったりすることがある。勝手に口が喋ってしまうのだ。
ハッとした瞬間に、言い知れぬ恐怖に襲われる。
身体が心を裏切り、心が意思を裏切る。脳が心を裏切り、口が意思を裏切る。
そんな醜い営みの全てを、鏡は映しているような気がした。
どれが、本当の私なんだろう。
どこに、本当の私がいるんだろう。
――考えても、仕方ないよね。
だって、この脳も意思も心も、私のモノじゃないかもしれないんだもの。
それぞれの持ち主さんへ。
勝手に借りてきてしまって、ごめんなさい。
大事に使うようにしますから、いつか必ず、あなたの欠けてしまったパーツを取りに来て下さいね。
どっかの誰かの心や身体。
借り物ばっかで、継ぎ接ぎ人形みたいな私。
あんまり見てると、縫い目がほどけちゃうかも。
さぁて、そうならない内にさっさと寝ようかな。
今日も、鏡を壊したい衝動に勝てたぞ。
叩き割って、大事な他人様の身体、傷つけたら申し訳ないもん、ね。