7.沙月先輩とのデート(上)
ついにやってきてしまった土曜日。
一緒にランチを食べたあと、時間が合うことがなかったため沙月先輩とは会っていない。
身支度を済ませ、外へ出ると天気は快晴。
燦燦と輝く太陽が少し憎たらしい。
沙月先輩に指定された待ち合わせ場所に、待ち合わせ時間の5分前くらいにたどり着く。
すると、待ち合わせ場所にはすでに沙月先輩の姿が見える。
なにやら手帳のようなものを読み込んでいる。
「お待たせしました、沙月先輩。結構、待ちました?」
近づいて声をかけると手帳をかばんにしまって、こちらへと顔を向ける。
「いや、全然待ってないよ。でも、君を待つ時間をすごく長いように感じたよ。やっと会えたね私のお姫様」
出会い頭から、なかなかのジャブである。
沙月先輩じゃなかったら、ロミオポイントを1加点するところだ。
ちなみに3ポイントで魔窟行きになるので注意。
ただ、そんなポエミーなセリフも沙月先輩だからというのもあって、割とさまになっている。
今度の、小説のセリフに使えるかもしれない。
「沙月先輩のお姫様は私じゃないですよ。というか、見た目だけなら沙月先輩のほうがお姫様ですよ」
輝く銀髪に、端正な顔立ち。お姫様にぴったりだ。
「じゃあ、歩美が私の王子様になってくれるのかい?」
「いや、なりませんけど。私はいいとこ、沙月先輩の側仕えってとこですよ」
学園のお姫様の王子様なんて恐れ多い。
「まあ、私は歩美が付き合ってくれるなら関係性はなんでも構わないよ。メイドとお姫様が恋に落ちるなんてよくあることだしね」
うん、よくある展開だね。
お姫様×メイドは百合の鉄板!
__って、沙月先輩とは付き合いませんけどね。
「言っておきますけど、私は沙月先輩と恋人になる気なんてありませんからね。付き合うにしても沙月先輩には、他にふさわしい相手がいるじゃないですか」
沙月先輩のカップリング相手は、風紀委員長こそが適任。そこは譲れない。
2人ならビジュアル的にもお似合いだからね。
王子様ならそちらをあたってほしい。
ちなみに、王子様ポジションはどちらでも構わない。
百合はBLと違って、カップリングの立ち位置に寛容だしね。百合は全てを受け入れるのよ。それはそれは素敵な話ですわ。
「そう自分を卑下しないでくれ。私にとって、歩美は誰より魅力的な女の子だよ」
「……っ!? よくそんな恥ずかしいこと言えますね」
顔が赤くなるからストレートに褒めるのは止めて欲しい。
「いや、恥ずかしくないさ。今のセリフは、元はあゆあゆ先生の小説のものだしね」
原因、私かよ。
余計に恥ずかしいわ。
「もう気軽にそんなセリフ言わないで下さい!」
「ごめんね、嫌だったなら謝るよ」
「いや、謝る必要はないですよ。ただこっぱずかしいんで止めて下さい」
「つまりは意識してくれてると? 嬉しいな」
ああ言えばこう言う。
「それにしても、今日着ている歩美の服よく似合っているね。ボーイッシュな雰囲気が素敵だ」
「そうですか、ありがとうございます」
褒められて悪い気はしないが、私の服はだいたいが香澄セレクト。
香澄が服を選ぶの好きだからね。
私は選んでもらったなかでも比較的、ラフで動きやすいメンズライクな服を好んで着ている。
そのため、今日もパーカーにスキニー。
沙月先輩のほうを見ると、次は私を褒めてと言わんばかりにチラチラとこちらを見てくる。
なんだか少し犬っぽいな。
「沙月先輩もよく似合ってますよ。大人っぽくて素敵ですね」
仕方なしに沙月先輩の服も褒める。
沙月先輩の服はフェミニンで落ち着いた雰囲気。
お世辞抜きでよく似合っている。
「そ、そうか。ありがとう」
褒められて少し照れた様子の沙月先輩。
そんな様子だと、こちらまで気恥ずかしくなってしまう。
褒められ慣れてるだろうに。
「で、今日はどこに行くんですか?」
「映画館とかどうかな?」
行く場所について何も聞いていなかったので、少し怖かったけれど普通の場所でほっとする。
沙月先輩は実家が資産家って聞いてるし、高貴なオーラが出ているのもあって高級な場所とかに連れていかれるんじゃないかとひやひやしていた。
「いいですよ。見るもの決まってますか?」
「これなんてどうだろう?」
そういって、差し出されたスマホの画面に映っているのは最近、話題の恋愛映画。
「あー、この映画ですか。すいません、この映画はこの前もう見に行ってしまって」
残念ながら、妹が恋愛映画が好きで付き合わされたばかりだ。
「そうか……。済まない、先に確認しておくべきだったね。じゃあ、歩美は何か見たい作品あるかい?」
私が見たい映画か……。
見たいものは公開初日に見に行ってしまうからな。
今、劇場で放映中の映画一覧を流し見してみる。
すると、1つの映画に目が止まる。
「あ、これなんてどうですか?」
「それって、もしかしてホラー映画かい?」
「そうですよ」
私が選んだのは最近、よく広告とかで目にするホラー映画。
選んだ理由は……主演が2人とも女の子だから。
まあ、ホラー映画で主演が2人とも女の子だと、大抵の場合はどちらかが犠牲者になってしまうんだけど。
なんでなんだろうね。
「ホラーか……」
少し乗り気じゃなさそうな様子の沙月先輩。
「もしかして、苦手でした?」
「いや、大丈夫だよ。任せてくれ」
なにを任せればいいんだろうか。
「ならいいですけど。じゃあ映画館に行って席をとりますか」
「そうだね。エスコートするよ、歩美」
そっと、沙月先輩から手を差し出される。
「あ、そういうのは大丈夫です」
私は差し出された手を無視して歩き出す。
沙月先輩と手をつないで歩く姿なんて、同じ学園の子に見られたら袋叩きにあうかもしれない。
「そんな……」
しゅんとした様子の沙月先輩。捨てられた子犬みたい。
さっきも思ったけど、たまに犬っぽくなるなこの人。
「仕方ないですね……。これでいいですか?」
なんかかわいそうになってしまったので、沙月先輩の手をそっととる。
まあ、手をつなぐくらいなら誰かに見られても誤魔化しがきくだろう。
「ありがとう、歩美。じゃあ、行こうか!」
すると、とたんに元気を取り戻す沙月先輩。
多分、犬ならしっぽをぶんぶんと振っているところだろう。
なんだか少し可愛く見えてくる。
ペット的な意味合いだけれど。
そうして、私たちは映画館まで歩き出す。
***
その後、私たちは映画館へとたどり着き券売機の前へと並ぶ。
券売機は混んでいるというほどではないけど、数人ほど前に並んでいる。
館内は土曜日ということもあって、それなりに人の姿が見受けられる。
しばらくして、私たちが買う番が回ってくる。
鑑賞する映画を選び、席の選択画面へとやってくる。
「どこらへんに座ります? 私は前でも後ろでもどっちでもいいんですけど」
映画館で座る席って人によってはすごく気にするよね。
前のほうで大迫力で見たいとか、後ろのほうでスクリーンを見渡したいとか。
私はこれといってこだわりがないんだけど。
「じゃあ、私に任せてもらってもいいか?」
「いいですよ」
沙月先輩はそういうと、初めから座る席を決めていたのか迷うことなく購入ボタンを選んでいく。
沙月先輩は席に対するこだわりが強いのかな? その後ろ姿をしばらく眺める。
「よし、運よく取りたい席が空いていた。席代は私が払うよ」
「いや、映画代くらい自分で払うんで大丈夫ですよ」
「いや、私に出させてくれ。……それにしても、このやり取りなんだかカップルっぽくていいね」
からかうような表情の沙月先輩。
「……わかりました、映画代ありがとうございます」
これ以上、カップルっぽいやり取り? を続けるのもあれなので大人しく引き下がる。
沙月先輩はそのまま、券売機へとお金を入れる。
「ちなみにどこらへんの席を選んだんですか?」
「真ん中あたりかな」
「私の分のチケット見せてもらっていいですか?」
席の位置を聞くより券を見せてもらったほうがわかりやすいので、選んだ券を見せてもらうことにする。
「いや、券は1枚しかないんだ」
「……?」
映画の券って一緒に買ったら1枚に印刷されるものだったっけ?
「じゃあ、それを見せてもらっていいですか?」
「いいよ。はい、どうぞ」
沙月先輩から渡された券を見る。
すると、気になる点が……。
「これ、私の見間違いじゃなければカップルシートって書かれてません?」
「私の買い間違いじゃなければ、書かれてるはずだね」
「……」
沙月先輩にしてやられた。
沙月先輩は素知らぬ顔で「次はドリンクでも買おうか?」なんて言っている。
油断していた。そういえば、この映画館は割増料金でカップルシートなんてものがあった。
「えーと、私と沙月先輩はまだカップルじゃないですよね?」
「そうだね。まだ《・・》、カップルじゃないね」
「……だったら、カップルシート使うのおかしいですよね?」
「別にカップルシートはカップル限定なわけじゃないだろう? たまに女性2人とかも目にするし」
「……」
返ってきたのは正論。
……だけどなんだか腑に落ちない。将来は、正論に負けない大人になりたい。
まあ、これ以上言い争っても無駄かな、と思いこの場は引き下がる。
その後、ポップコーンとドリンクを買い、上映時間も近づいてきたのでシアター内へと足を運ぶ。
***
「もう少し離れてくれません?」
「……?」
「笑顔でごまかさないで下さいよ……」
「……?」
席に座ったあとで、私に引っ付いてくる沙月先輩。
なんでこんなに懐かれてるんだか……。
あとでそのあたりの理由をしっかり聞かないとな。
そうこうしているうちに映画が始まる。
内容はよくあるB級ホラー映画。
女の子2人が怪異的なものに立ち向かうやつ。
確かR指定だったからポロリもあるよ(臓物)。
これで怖がる人なんてそうそういないよななんて思いながらシアターを眺める。
「……ひっ⁉ ……きゃっ⁉」
すると、隣から沙月先輩のイメージにそぐわない押し殺したような悲鳴が聞こえてくる。
そして、私の腕にぎゅっとしがみついてくる。
……怖がるふりかな? なんて、思って隣の沙月先輩を覗いてみると本気で怖がっているご様子。
……ホラーは任せてくれなんて言っていたけど苦手なんかい。
意外な1面、もとい萌えポイントである。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ、問題ない」
一応、小さく声をかけてみると震える声で返答。
強がる姿に思わず苦笑してしまう。
そのまま、映画は物語の佳境へ。
ホラーシーンも迫力を増す。
沙月先輩は大丈夫かななんて思っていると、肩に何かがしな垂れかかってくる。
隣から聞こえるのは、すやすやという静かな寝息。
「……自由か」
怖がり疲れたのか寝てしまったらしい。
沙月先輩の寝顔。写真を撮ってブロマイドとして学園で売れば一稼ぎ出来そう。
そのまま、映画はエンドロールを迎える。
ちなみに、主演の女の子は2人ともポロリでジーザスな結末を迎えた。
「沙月先輩、起きてください」
寝ている沙月先輩の体をゆっくりとゆする。
一瞬、起こさずに置いていこうかとも思ったが、さすがに良心がとがめた。
「……ふへぇ」
沙月先輩が気の抜けたような声で起床。
「おはようございます、沙月先輩」
「……っ!?」
事態を把握出来ていないのか、辺りを見回す沙月先輩。
「……済まない。途中で寝てしまったようだ」
気恥ずかしさからか、顔を赤くして謝罪する沙月先輩。
その姿には女の私でもぐっときてしまう魅力がある。
その後、沙月先輩に手を引かれてシアターを後にする。
こんな時でも、私の手はしっかり引いていくんだね、この人は。




