転生斡旋所#17
・会社で人事部にて首切り役を担当
・居眠りしている社員に任意退職を強制
・作業量は問題ないが、客先で居眠りされると他の社員に悪影響と判断
・不眠、障害、等で眠気を催す薬を服用している事は把握しているが、その様な症状になった本人が悪い、弱い社員は要らないと会社は判断
・首にした社員に刺されて死亡
今回の方は、会社の決定に従い、皆が嫌がる役割を担当していた結果、逆恨みで殺された様だ。その人が居なくなっても、会社としては次の候補を探すだけであり、何も変わらないだろう。
自身の過去の経験から、そんな事を想像しながら作業準備を行っていると、当の本人がやって来た様だ。
「はい、扉に鍵はかかっていませんので、お入り下さい」
「失礼します」
入ってきたのは平凡と言うしかないサラリーマン。服装はブランド品のようできちんとしているが、顔は疲れきったおばさん。
「はじめまして。⚫▲と申します。名刺等は持ち合わせが無いようでして、申し訳ありません」
「いえいえ、ご丁寧にどうも。私の所では基本的に衣服以外持ち込めないように設定しておりまして」
お互いに挨拶した後、現状をどこまで把握しているか確認する。
「ここに来る前の事を憶えていますか?」
「はい、ぼんやりとですが。私は刺されて死んだんですね」
「御愁傷様です」
定番のやり取りだ。そろそろ本題に入る。
「ここでは特定の条件を満たした方を対象に、次の生では満足頂けるように転生のお手伝いをしています」
資料を出そうとした所で、質問が入る。
「残された娘がどうなるか、知る事は可能ですか」
死後に残してきた家族について知りたがるのは当然の事だ。だが、知らせる訳にはいかない。未練が増すと、転生に支障をきたす事が多い。
「申し訳ありません。知ることは出来ません。資金面では貴方の保険金等が入るので問題ないのでは。後見人は親族になるかと」
「親族はいません。元夫は私を殺した罪で引き取ることは無理でしょう。娘も私のように天涯孤独の身になったのですね」
どうも話の展開を間違えた用だ。彼女が離婚した元夫に対して会社は首を告げさせたのか。酷な事をする。
「それはなんと言って良いか……」
「娘はしっかりしているので、大丈夫だと信じるしか無いですね。ややこしい話に巻き込んでしまい、申し訳ありません。本題に戻って頂いてもよろしいでしょうか」
彼女に逆に気を使わせてしまった。担当者失格だ。
「では、先ずはこちらの資料に目を通して頂けますか」
脱線していた話からようやく本題に戻り、説明を開始する事になった。
「上下関係や差別の無い世界は存在しますか?」
資料を確認した後は彼女からの質問タイムとなった。
「残念ながら、存在しません。例えばAIが全ての人を同じように管理する世界があったとして、全員が同じように成長するはずは無いでしょう。経験により人格が構成されますので」
「全員の意識が統一され、人体を失い精神生命体になると言うのはどうでしょう」
「それは生きていると言えますか?生も死もない世界。すばらしいとは思いますが、残念ながら私どもではその様な世界を紹介する事が出来ません」
その後も質問は続いたが、彼女の望む世界を否定し続けるだけだった。
「結局、生きている限りマウントの取り合いで競争するのは避けられないのですね。転生しなかった場合、どうなるのですか?」
「稀にそういった希望の方も存在しますが、あまりオススメ出来ません。詳細は守秘義務がありお話出来ませんが」
ようやく質問から解放されそうだ。話の流れからそう思った。
「そろそろ転生の条件について、お決まりになりましたか?」
「はい。どこに転生しても地獄であるとわかりました。人間界は天国に行けなかった者が落とされる地獄の一つと言う説は本当なんですね」
「残念ながら、そうなります」
話の展開がどんどん暗い方へ向かっている。何とか盛り上げたいところだが、なかなか良い意見が見つからない。
「そう悲観せずに。住めば都と申しますし、転生先での身分も選べますので」
「王族や貴族でもクーデターの可能性がありますし、総理大臣や政治家でも少しの失敗でマスコミや国民や他の政党からネチネチ虐められるのが目に見えています。転生時点の身分は幸福な将来を約束するものではないですよね」
ネガティブな思考だが、正論過ぎて押しきれない。他に挽回出来る提案はないかと悩んでいると、彼女の方が発言してきた。
「ごめんなさい。困らせるつもりは無かったのですが。否定的な意見ばかりで駄目なループに入っていますね。少しだけ一人にして頂けますか。落ち着いて思考を切り替えてみますので」
「承知いたしました。何かあればこのベルを鳴らして下さい」
渡りに船とばかりの提案に乗る。完全に手玉にとられており、正直プライドに傷がついたが、仕方がない。部屋から撤退することにした。
「はぁ、思った以上に手強いですね。嫌な立場を押し付けられても何とかしてきた方だからか、元々の性分か。旦那さん、いや元旦那で加害者か。その人も彼女に対する劣等感が限界を超えて暴発したのかもしれませんね。正論を否定するのは大変ですし」
そんな事を考えていると、ベルがなった。想定していたよりかなり早い。両頬を叩き、気分を切り替えながら彼女の部屋へ向かった。
「何か確認したい事でもありましたか?」
時間的に転生先を決定出来たと思わず、質問だと思い
発言した。
「いえ、ざっくりと決めましたので、可能か判断をお願いしたいと思いまして」
切り替えと決断の早さに驚愕したものの、何とか顔には出さずに返答する。
「拝見させていただきます」
・前と同じ世界
・可能であれば、娘の子供として転生
・現在の記憶はぼんやりと夢のように思い出す程度
・主体は転生後の子供に。自分の記憶や経験は娘やその子供が本当に困った時だけ活性化
「全く問題ありませんが、この内容ですと転生と言うより、守護霊のような感じになりますが、よろしいのでしょうか」
「はい。転生した際、本来の人格を奪い取るような事はしたくありません。私の人生はこれで終わり。同じ失敗を娘やその子孫にさせないように見守りたい。贅沢を言えば、私の存在した事を忘れないでほしい。それだけです」
自分の事より子供の事が心配。母親というのはそういうものなのだろうか。生前子供を持てなかった私にはわからないものなのだろう。
「承知いたしました。ご要望通りにいたします」
こうして、彼女は転生して行ったのであった。
〈後日談〉
守護霊のような転生。これについて、その後の生を確認する必要があるのだろうか?そもそもどこまで確認すれば終わりなのか?
自分だけでは判断出来ないので、上司に相談する事にした。
「今回のケースは転生とは言えないね。我々の仕事は死者が望み通りに転生した場合、次こそは満足した死を迎えられるかどうかを調査する事だから。レアケースだし、確認は不要。そういったケースがあったと言う事を調査結果として報告書に書いておいて」
との返答を頂いたので、言われた通りにした。これにて終了。