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第6幕:「決意」


第6幕:「決意」


◇新生王国暦5年 陽光季73日



最初にその狼煙に気付いたのは、先行索敵の任務を帯びて部隊を離れていた射手であった。

村から北東に進み、狼たちの襲撃後に再び北東へと移動を開始したエグレン率いる討伐隊はしかし、

動揺と警戒のため進軍速度が落ちてしまい、当初の予定よりも森での探索範囲を広げられずにいた。

そのため射手隊から数名が交代で、その経験と身軽さを活かして部隊を遠く離れての先行索敵を行っていた事が、狼煙の早期発見という幸運に繋がったのだ。

人の手が入っていない森は深く暗く、木々の間から見上げる空はとても小さい。

方位を確認するため森の密度が薄い場所を見つけて木に登り、風の向きを調べていたその射手は空に立ち昇る一筋の赤煙を見て、すぐさまその方角へと走り出した。

軍用の狼煙を上げる可能性があるのは、二手に分かれた討伐隊か村に残った部隊のいずれか、しかし射手の見立てでは明らかにファヴァルの率いる討伐隊とは方位が異なる。

自分の所属する討伐隊であれば狼煙の下へ急げばよし、村からの狼煙でもその方角へと向かっていれば中間の広くない範囲にいるはずの討伐隊に合流出来るだろう。

生い茂る木々の間を慣れた足取りで駆け抜ける熟練の射手はしかし、その姿を追って来る存在には気付けていなかった。




 俺は死ぬのかもしれない。

 さっきまでの激痛は嘘みたいに無くなった。

 だがあれだけの傷が治ったとは考えにくい、きっともう感覚が無くなってるんだろう。

 それでも最期に妻や娘の祈りが俺に幸運を運んで来てくれた、見つけたぞレンジャー、形勢逆転だな…!

 出くわした邪魔な軍隊は撒いた、あとはおまえが鞄を持っているのなら、返してもらうぞ。

 どうせ死ぬならあの鞄を抱いてその時を迎えたい、妻と娘に会えなくなるのは悲しいがせめてその思い出と共に在りたい。

 任務を果たせないのも心残りだが、いや、おまえ、トゥリス、お守り、鞄、鞄、鞄、鞄、鞄




一方その頃、ファヴァルの率いる討伐隊は暗い顔を並べて木の根や地べたに座り込んでいた。

ソウルキーパーを追跡した射手たちの残した目印を追って行軍を再開したものの、襲撃を受けた際に1人の兵士が重傷を負ったことで動くに動けなくなってしまい、

さらにあの混乱した状況下で追跡に射手隊の全員を送り出してしまったため、追跡中止の連絡を取ることも出来ず彼らの帰りを待つしかない状況に陥っていた。


「なぁファヴァル」

「言うな」

「だがよ」

「言うなって」


デノンは頭をガシガシと掻き毟り、そしてため息をついた。

皆慣れない森での行軍と襲撃とで疲れ士気も下がっている。

こんな時こそ上官が鼓舞し軍が纏まっていられるようにしなければならないのだが、

兵を一喝して奮い立たせられるエグレンも、迷いの無い号令で信頼を勝ち取れる古参騎士夫婦もここには居ない。

ファヴァルと、デノンと、そして数人の若い騎士たちで乗り越えなければならない場面だが、誰も状況改善の一手を打てずにいた。

やがて日も暮れようかという時間、光を失いつつある森の中で移動を始めるのは愚策であり、かと言ってこのままでは水も食料も、何より重傷の兵の容態も心配だ。

焦燥感に駆られて良案を模索するも、次々に思いつく方策のその先を予想すればするほど暗い結果にしか行きつかず、王都外周部の貧民街で夜の裏通りに迷い込んだような八方塞がりの状況に、

流石のデノンもいつもの絶妙に軽薄な言葉の数々を繰り出せず、夜の顔を表し始めた森の闇に、その表情と共に沈んで行くのだった…。


「その表情と共に沈んで行くのだった」

「おいファヴァル」

「ああ、デノンとその主ファヴァルの運命や如何に!」

「おいその主、元気が出たのはいいがその場違いなほど陽気になってるのは何なんだ」

「色々考えてみたんだけど、なーんにも思いつかないから諦めてみた、そしたら元気出た」

「おい愚将ファヴァル、副官として最後の仕事をしてやるからそこへ直れ」

「なんで剣を抜いてるのかな?デノン?デノンさん?デノン先輩!?」


再びのため息と共に、振り上げていた焚き火の光を反射する緋色の刀身を鞘に納め、デノンは力なく腰を下ろした。

そうだ、今こいつを斬っても疲れるだけだ、そんなの嫌だ、体力を無駄に使うのはよそう。


「体力を無駄に使うのはよそう」

「おまえはこんな時でもおまえなんだな」

「だって良案が無いのは事実だし、暗い顔ばかりしてたらもっともっと暗くなっていくだけだし」

「その考え方は悪くないと思うが、なんで俺が剣をしまったのがそんなつまらない理由なんだよ、もっと他にあるだろ駄作家」

「いや、それも含めて良案が…」

「疲れてんなぁ、俺たち…」


そう言ってお互いにため息をつくも、その顔にはいつもの表情が戻りつつあった。

すぐ傍で焚き火を囲んでいた兵たちがそのやり取りを見て笑い声を上げ、その声につられて周囲の兵たちも顔を上げる。

焚き火を中心に笑顔が伝播し、やがてファヴァルの討伐隊は中心で喜劇を演じる役者たちとその観客のような、辺境伯軍の日常を取り戻しつつあった。

これこそが本人が自覚していない、いや認めたくないファヴァルの魅力であった。

(あくまでファヴァル本人が目指すのは英雄譚の主人公であり、喜劇の王では無いのだ)


「さて本当にどうするかな、今頃射手隊がソウルキーパーを倒してくれてたりしたら万々歳なんだが」

「ふふん、僕の配下は優秀だからね、そうなっていたって不思議は無いさ」

「確かに、どこぞの愚将よりよほど優秀だからな」

「愚っ!」

「あと配下の優秀さを自分の力と勘違いするとか正に愚の骨頂って感じだが、そんな奴ここにはいないよな?」

「愚負っ!」

「あと…」

「もうやめて!オネガイシマス!」


夜の森に響き渡る兵たちの笑い声はやがて歓声に変わり、拍手や指笛ではやし立てる者が出始めた頃にはそれまでの陰鬱な空気は吹き飛んでいた。

騎士も兵士も関係なく役者を指さして腹を抱え、互いの肩や背中を叩きあい、耐え切れずに倒れ込んでジタバタともがきながら涙を流す有様だ。

松明を片手に見張りをしていた兵も踊り出し、酒など無くとも水と干し肉で大宴会が開かれる。

ファヴァルたちの演目は幕間を挟むことなく続き、やがて空が白み始めた頃、意図せず褒められる事となった。


帰還した射手隊に開口一番こう言われたが、ファヴァルもデノンも気まずそうに頷くばかりであった。


「流石はファヴァル様、お父上譲りの知勇兼備の名将っぷり、それとも側近の騎士様いずれかの名采配でしたかな?

いやはやソウルキーパーを追い逃して、仕方なく引き上げて来ておりましたが合流より早く夜が訪れて心配しておりました。

来た道を戻れど追いかけて来ているはずの本隊の姿は見えず、気付けば射手隊も全員ここにいて連絡要員不在の中どうしたものかと相談していたら、遠く森の彼方で木々の隙間に揺れる複数の炎が見えるではありませんか!

これぞ合図に違いないと歩を進めれば聞こえてくる大声に鎧や地面を叩く音、なるほど見事な対応でした。

夜の森は獣たちの領域、道中で狼や熊などの痕跡を見つけ野営の際の注意点を知る者が本隊にいないのではないかと思っておりましたが、

奴らが大きな明かりや音、振動を警戒して近づかぬという習性を見事に突いた素晴らしい… … …」


射手隊の信頼を見事(?)に勝ち取ったファヴァル率いる討伐隊は、その後重傷の兵を最優先として、村へと引き返すのであった。



ここで話は前日にさかのぼり、村でブアン騒動があった日の昼下がり。

テリンはその手紙をしっかりと胸元で握りしめ、ブアンから預かった使い込まれた革手袋をお守り代わりに、1人辺境伯軍の野営地へと向かっていた。

村長の判断でまずは辺境伯軍の行動の意図を問う手紙を送る事になったのだ。

野営地の場所は村からそう遠くなく、地理も把握しているため行くこと自体はそれほど大変ではない。

しかしそこは僅かではあるが村の管理の外、森の中にあり、人ではなく獣の領域であることを意味する。

武装した木こりや狩人、もしくは集団であれば危険は少ないが、非武装の、それも普段村から遠くへは出ない者が単独でとなれば話は変わってくる。


村長は悩んだが、結局テリンの覚悟を信じて送り出した。

兵士のブアンを行かせれば逃げたりそのまま帰ってこない可能性があり、

自分を含む複数人で向かった場合や、ブアンを拘束して連れて行った場合、もしくは身を守るため武装した者を行かせても警戒されてまともにやり取りが出来ないかもしれない。

テリンはブアンを信じ、ブアンの信じる辺境伯軍を信じ、そして生まれ育った村も当然ながら大事だった。

だから村と辺境伯軍との関係を繋ぎとめるため、場合によっては繋ぎなおすため、村長の提案を呑んで手紙を受け取った。

自分の家に軟禁される事となったブアンから、彼が村に居ることの証明として長年愛用している軍用の革手袋を預かり、

考え直せテリンと肩を掴んで来た幼馴染を蹴り飛ばし、危険だ無謀だ嫁にはやらんと泣き叫ぶ父の頬を引っ叩き、母にキスをして村を出た。

愛ゆえに、覚悟の決まったその歩みは堅く力強く、自らの行動で未来を勝ち取ろうという気概に溢れていた。

が、唯一誤算があったとすれば村から野営地までの僅かな時間で、予期せぬ光景を目にしてしまったことだろう。

それは前方、森の木々の中から立ち昇る赤色の狼煙と、木の根元に横たわる兵士の無残な姿であった。

緑の濃淡はあれど、周囲を森に囲まれた村である以上、獣との遭遇やその被害は時折あるものだ、それは仕方のないこと。

だが実際に獣に襲われた亡骸を目にする機会はそうそうあるものではない。

テリンの決意はこの不意打ちによってひび割れ、咄嗟に悲鳴を上げてしまった口を本能的に押さえるも、揺れる視界に足はもつれ数歩後ずさったところで尻もちをついた。

恐怖と痛みで涙が溢れたが、助けてくれる人は誰もいない。

一度湧き上がった感情は膨らみ続け、踏みしめた銀風季の川面に走る筋のようにその幹を大きくそして広く枝分かれさせていく。

それまでは平気だった木々の影が、風に揺れる緑が、視界に映る全ての動くものがまるでいつもとは違って見え、そして崩壊の決定打は音だった。

決して近くはない場所から聞こえて来た狼の遠吠えによって、頭の中は恐怖一色に塗り潰される。

フラッシュバックする亡骸、赤く染まった視界、テリンは愛する人の名前を、ただそれだけを繰り返し呼び叫びながら走り出した。

何度も転びそうになりながらも、とにかくその場から離れたい一心で、息が切れやがて朦朧となり倒れるまで。


意識を失ったテリンが次に目にしたものは、自分を覗き込む熊だった。


「ごめんなさいブアン、もっと一緒に居たかったよ」



不安を掻き立てる赤い狼煙が上がり、そして翌日になってもテリンは戻らず野営地からの使者も来なかった。

辺境伯軍に救援を求める、事態の元となる決断を下した村長は深く責任を感じ、昨日のテリンと同じように1人野営地へ向かおうとしたが、

少女1人を送り出すことに反対せず見送ったことで、責任を感じていたのは村人たちも同じだった。

数日前には予想だにしなかった状況に追い詰められた村長は、武装した男たちを引き連れて村を後にする。

その瞳は揃って深く暗い疑心の炎に揺れ、武器を握るその手はじっとりと汗ばんでいた。



分かれ道、それは時に決断を迫り、時にそれを揺るがす。

大樹のごとく枝分かれし、無数に実る果実は、新たな可能性を産むかそれとも獣の腹に収まるか。



「聞こえるか辺境伯軍!テリンを返して貰いたい、代わりに私がそちらに行こうではないか!」



◎続く◎

いつも通り(?)ファヴァルはファヴァルでファヴァルな回になりました。

たぶん今後もファヴァルはファヴァルです(?)

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