表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/58

第52幕:「公国」

第52幕豆知識

【ファヴァルによるスホータム砦攻略戦】…新生王国暦5年に起きた歴史に名を残す戦い。人、竜、ソウルキーパー、偉大なる者、魂の宿主、詩の題材に事欠かぬ言葉では表し切れない戦い。


第52幕:「公国」


◇新生王国暦5年 炎熱季76日



―――あの戦いから77日、メイヤーナ王国領ラグン地方スホータム砦。


「ファヴァル様!女王陛下が到着されますぜ!」

「あ、わ、出迎えに行かなきゃ!待って待って!」

「もうファヴァル!そんな恰好で行くつもりですか!騎士達!」


聖堂から繋がる小部屋で戴冠式に向けた着替えを行っていたファヴァルは、部屋を飛び出そうとして周囲を囲む騎士達に取り押さえられた。

その顔ぶれにはデノンにブノンズ、ビューネとランバレア夫妻なども居て勝ち目は万に一つも無い。

今日から公式にファヴァル・ベリュークを名乗りこの地の公王になる予定ではあるが、その配下たる騎士達が主のファヴァルでは無くファイルの命令を優先するのは仕方の無い事だろう。

扉を塞がれ騎士に首根っこを掴まれて部屋の中央に戻されたファヴァルは、それでもソワソワと落ち着きが無かったが着付けを行うトゥリス達にも文句を言われてやっと大人しくなった。

メイヤーナの女王マインサや新生シーサックのファルタ王を迎えるに辺り、砦内をぴっかぴかに磨き上げて飾り付けろと命令して、13年も整備されていなかった場所を短期間でそんな簡単に綺麗に出来る訳が無いだろうと論破され、せめて服装位は立派にと言ったのはファヴァル自身である。

行軍の際に式典用の服などは持ってきていなかったが、聖女と英雄の家族部屋に保管されていたドノヴァーの服を急いでファヴァルの体格に合わせて仕立て直したのだ。


既にメイヤーナからは国の南部に位置しラグン地方と無関係では無いダリーシュ子爵やエーゲン子爵、ドラット男爵が到着しており、レギエン侯爵も女王に同行して来ているはずである。

また新生シーサックからも涙環王とその側近達、ノード公爵らが到着しており、つい先日感動の対面を済ませたばかりだ。

上級騎士のエグレンや王妹のファレーザ、そして何より王姉ファイルもここに居るとなればその顔ぶれは錚々たるものだろう。

立派な式になるのは間違い無いが、炎熱季にしては珍しく厚い雲が空を覆い、気温が上がらず森も山も霧深い日が続いていて天候が優れないのだけが悔やまれた、ファイルの愛したラグンの青い空がここ数日見れていないのだ。

代わりに雨雲や霧の中に浮かぶ虹が皆の目を楽しませたが、すぐにファレーザが掻き乱してしまいまるで空から雨と共に笑い声が降って来る錯覚を覚える。


「トゥリスさんまだ?女王陛下に失礼があっては…」

「はいはいもうすぐですから動かないで下さい振り向かないで下さい背筋を伸ばす!ほら!」


あの戦いは後に【ファヴァルによるスホータム砦攻略戦】と呼称される様になったが、本人はまだしっくり来ていないらしい。

ロドバンによる、エキルによる、ファヴァルによると区別する為なのだが、歴史に名を残したいと思っている割にいざ自分の名前が残ると恥ずかしいとか言い出して面倒くさいとはトゥリスの言である。

砦の祈祷室で村人感役の兵士達と煙に炙られながら戦いの終わりを迎えた彼女は、一度父ソルクスの残した品と共にディオニ村へと帰り、母アニスの墓参りと村人達への挨拶を済ませ、再び夫と共に砦で働く為に戻って来た。

絶望的な人手不足の中、戦いの功労者であり皆の信頼篤い夫婦は、ファヴァルに物言える聖堂担当の使用人として連日大活躍であった。


「痛いです叩かなくてもいいじゃないですか!僕公王ですよ!?」

「まだ式の前なんだから違いますよね?」

「だとしても僕辺境伯ですよ!?」

「使用人を大事にしないとファイル様が、ほら」

「ハイ、ゴメンナサイ」


良い笑顔で睨むファイルにファヴァルの背筋はビシッと伸びる、それはもうとても綺麗な姿勢に。

砦は生活の場としてその形を整えつつあったが、流石に昔の家具や調度品、扉や各種設備などは劣化が激しくそのままでは使えない物がほとんであった。

攻略の翌日から兵達によって砦内の点検が行われ、実質総入れ替え、作り直しになったのだが、木材と石材は豊富にあるもののメイヤーナ、新生シーサック両国のいずれの街からも遠い辺境のこの地では、満足な道具も職人も揃わないのだ。

兵達もそのほとんどが崩壊箇所の修理や危険の排除、その昔に亡くなった人々の亡骸の埋葬などで手一杯であり、ダリーシュの森林兵達による狩りの獲物が食糧の生命線という有り様だ。

通常であれば最低限の兵を残して一度国へ帰り、物資の手配と職人や移民の募集を行って改めて現地へと向かうのが賢いやり方だろう。

だがファヴァルにはそうも出来ない事情があった、無理をしてでも砦を再生させこの地を治める理由が。


「さ、出来ましたよ領主様」

「うむ、良い出来である、あとこれからは国王陛下と呼ぶよ…」

「ベッドの用意もお洗濯も聖堂の掃除も全部ご自身でおやりになりますか?」

「ゴメンナサイ、コレカラモヨロシクオネガイシマス」

「はい良く出来ました、こちらこそよろしくお願いします」


早くに両親を亡くしたトゥリスは隣家に引き取られて大事にされたが、どこかで養父母に対してお世話になっているという気持ちがあったのだろう、とても責任感が強く行動力のある女性に成長した。

森深い村で育った為教養があるとは言えないものの、家事全般と狩猟や山歩き森歩きを得意としており、まさにこの砦が必要とする得難い人材への兵達の評価はファヴァルよりも高い。

攻略戦中はあくまでも道案内の村人であり現在も使用人の立場だが、ファヴァルに対する態度は身分の違う遠い存在から面倒を見てあげないと心配になる身近な雇い主くらいになっていた。


「領主様にはディオニの件でも感謝してるんですから、頑張らせていただきますし何か間違えてそうだったらすぐに騎士さん達に知らせますね」

「え、いや、別に知らせなくていいんだけど」

「そうそう、もしこいつが暴走してたらすぐに知らせてくれ、ディオニから兵を率いて討伐に来てやるからさ」

「反逆罪!反逆罪だよ!ぅぐぁ」

「うるっせ黙れ」


忙しくて最近こいつ蹴り飛ばして無かったなぁと妙に感慨深そうなのはディオニ村の守備隊長に就任したデノン。

メイヤーナの騎士デノンは本人の希望により、エキルの配下に復帰する事無くベリューク騎士として残る事になった。

副官の大任を果たし功績の大きかったこの若き騎士は、公王予定のファヴァルからスホータム砦に一番近い村、ディオニ村に新設する守備隊の隊長に任命されたのである。

ここラグンの地で今後の産業の発展を図るに当たり、領内の3つの村にはそれぞれ守備隊が派遣される事になった。

守備隊とは言っても北はメイヤーナ、南は新生シーサック、西と東は海に至り外敵は存在しない。

その任務は少ないながら発生する賊被害への警戒と、その他のほとんどの時間は村人と共に森を切り拓き田を開墾する作業に費やされる予定なのだ。

トゥリスから信頼出来る人を派遣して欲しいと頼まれ、デノンが指名されたと聞いたディオニ村では歓声が上がったそうだ。


「ま、任せられたからにはしっかりやるさぁ、道中で立ち寄ったアルダガ村みたいに果樹園なんかも作ってやりたいしな」

「楽しみですデノンさん!村では獣肉と川魚を野草と一緒に料理するのが一般的で、あの辺の森ではあまり果樹が見当たらないんです」

「うまいもんが多けりゃ兵達もやる気が出るだろうし、その後の村の発展にも繋がるだろうしな」

「デノンさん、まるで領主様みたいです!」

「おいおいよせやい、そんなファヴァルより出来るからって」

「な、僕だってんむがー!」


食って掛かろうとしたファヴァルは後ろから鋼の肉体に羽交い絞めにされ手足だけジタバタとさせる姿が新たな笑いと溜め息を生む。

ニコニコと笑いながらしかしがっちりと拘束するのはランバレア、歴史に残る攻略戦を詩にするのに忙しい吟遊騎士である。

戦後の処理に追われる面々の中で恐らく一番笑顔で、一番羨ましがられているのがこの男だ。

何故ならこの歴史的な戦いを記録し詩に残す事には意義があり、その中心に近い場所に居て尚且つ記録に残す技量も併せ持つ者など吟遊騎士の呼び名を持つこの男以外に適任は居ないのだ。

それ故その他の雑務を免除されそれはそれは楽しそうに日々を過ごしている彼を、納得と共にジト目で見る兵達の心情は推して知るべきか。


「なに、うちのビューネの手腕だって大したものですよ、スホーテア村は一番辺鄙な場所にありますが既に村民達とは酒を酌み交わす仲になっているとか」

「ビューネさんと比べられるのは正直遠慮したいなぁ、どう考えたってビューネさんの方が上手いに決まってるじゃんか」

「うちの村も砦の反対側にあるスホーテア村とはほとんど交流が無かったんですが、これを機に兵士さん達がしっかりとした道を整備してくれるって言っててちょっと楽しみなんです」


ラグン地方には1砦3村があり、中央に砦が、その北西にディオニ村、南西にバオニ村、東にスホーテア村が存在している。

この地方は長らく放置され他領との交流も無かった為に街道は自然に沈んで久しいが、ディオニはメイヤーナと結ぶ街道沿いに、バオニは新生シーサックと結ぶ街道沿いにあり、昔は行商人などが訪れる事があった。

だが当時から東のスホーテアは森を抜け山を越えた先にあり、山道はあっても荷馬車などが通れない為ほとんど交流の無い村であった。

それが良かったのか悪かったのか分からないが…村を訪れたビューネとランバレアを出迎えた村長は新領主ファヴァルの名を聞きこう答えたと言う。


「ほほう、ファノア様ではなくファヴァル様が?それではベリュークの代替わりがあるんで?そう言えば長い事砦の者が来ておらなんだが」


激戦のあったラグンにあってこの村の時間は良い意味で止まっていたのだ。

だが今後それではマズイと考えたビューネの提案で、まずは既存の街道の復旧と各地を繋ぐ新たな街道の整備が優先的に行われる事になったのである。

村の数少ない楽しみであった酒についても街道を整備する事で交流が増えれば、近隣で採れる果実を発酵させた酒だけでは無く他の様々な果実や蜂蜜、薬草を使った酒などが手に入る様になると聞き、村の者達も街道整備と交易に乗り気だと聞く。

カッサルト夫妻が担当する東部は余程の事が無い限り前途洋洋、安泰間違いなし、ファヴァル様とは一味も二味も違うともっぱらの噂であった。


「デノンも筋は良さそうだからね、もう何年か経験を積んだら私達の様になるんじゃないか、気を抜かず頑張ってくれよ」

「うす、頑張ります!」

「それはそうと、バオニだけ整備が遅れると不満が出るんじゃないか?まだ決まらないのかファヴァル?」

「早くバオニ村にも守備隊を設置したいけど、誰を隊長にしても不満が出そうで、やっぱりランバレアさんをお借り出来ませんか」

「私はいつ如何なる時でもビューネと一緒だよ、この誓いは例え偉大なる者であっても破れはしないのさ!」

「私は構わないんだがコイツがコレだからな」

「ここ最近だってランバレアさんは村に行かず砦に残って紙と睨めっこしてたのにどこがいつ如何なる時も一緒なん…あ、ナンデモナイデス」


戦いが終わって、エグレンは様々な報告と対応の為に一度王都へと戻った。

ファヴァルはベリューク所属として残ってくれる事を望んだが、メイヤーナの重臣であり大きな発言力を持つ彼はやはり国に必要な存在でその願いは叶わなかった。

ブノンズは引き続きファヴァルの副官として残ってくれているのだが、あくまでもダリーシュ子爵からの援兵としてここに居る為、守備隊長の役職を任せる事は出来ない。

ファレーザは使者としての役目を果たすと文字通り飛んで帰った、その後改めてファルタ王と共に王妹としてこの地を訪れているが、今もその辺を“飛んで”いるのだろう。

他のベリュークに残ってくれる騎士達も飛び抜けて大きな功績がある騎士がおらず誰を任命しても不公平になりそうで、そうなると人材が居ないのが現状であった。


「ああ、こんな時にバーレットさんとかアローネさんとかアストガルさんとかグノッサリオさんとかベルニオンさんとかルダンさんとかバンフルさんとか居たらなー」

「居ない人の話をしても仕方無いでやしょう…」

「彼等が心配せずに済む様にするのも貴方の務めでしょう、しっかりしなさいファヴァル」


正論過ぎて何も言えず、かと言って良い案も出ず、しょんぼりとしながら部屋を出るファヴァルの頭や肩を皆がポンポンと叩いた。

皆も状況は分かっているのだ、ただファヴァルを見ると無性に意地悪をしたくなるだけなのだ、それは愛されているという事にしておこうではないか。

喜怒哀楽の激しいその背中を、ファイルとトゥリスは顔を見合わせ苦笑しながら見送った。



「おお辺境伯。これは立派な姿になったもんだ!ああー、馬子にも衣裳とか言う奴か?」

「ゴルモ殿?それは悪口の類ですぞ?」

「左様、それに相変わらず辺境伯と呼ぶのもどうかと思うのだが…」

「堅っ苦しい事言うな。俺と辺境伯の仲だ。なあ!」


細い通路を抜け聖堂に出たファヴァル達を出迎えたのは、酒と肉を愉しむメイヤーナの南部貴族達であった。

この後迎える予定の女王一行の分も含めた歓待の準備をしてあったのだが、既に空になっている酒壷や大皿が多数あるのはどうした事だろうか。

ゴルモが沢山食べる事を予想して多めに作らせたはずだが、どうやらメイヤーナの森林や山岳に領地を持つ貴族は多くがゴルモ程では無いにしても凄みのある大柄で大食いな者ばかりであった様だ。

顔を引き攣らせるファヴァルの肩を再びポンポンと叩きデノンが聖堂を出て行く、片手をヒラヒラと振っている所を見るにそっちの対応は任せておけという事らしい。

だがファヴァルは知っている、最近デノンが何通も手紙を送ってしまいには自ら早馬を飛ばして迎えに行った女性が調理場に居る事を、何でも「ニンジンちゃん」と言うらしいが一体何者なのか。


「そうそうゴルモさんとは友達だもんね?今回も蜂蜜酒いっぱい持って来てくれて助かりましたよー!よっ、優しい熊のゴルモさんっ!」

「やめろやめろ。照れるではないか。ぐふふふふふ」

「ファヴァル殿?それは誉め言葉の類ですか?」

「公式の場で子爵を友達呼びするのもどうかと思うのだが…」

「まあまあそう固い事を言わないで下さいよ、さあさあエーゲン子爵もドラット男爵も飲んでください、ほら!」


相手は16歳とは言え、メイヤーナの重鎮エキルのレギエン侯爵家からシーサック王家の血筋を引くベリューク家に籍を移した経歴の人物で、この後公王になる予定まで控えている。

本人の気さくな雰囲気に呑まれてついうっかり軽口などを叩いてしまったが、これが前メイヤーナ王の前であったなら子爵男爵など軽く首が飛んでいたかもしれない。

そう思えばひやひやものなのだが、ダリーシュ子爵たるゴルモと、この一見粗野で豪放な大男と満面の笑みで意気投合しているのだ、難しく考えるのがバカバカしくなって結局残る南部貴族達もファヴァルと酒を酌み交わし大いに笑う事にした。

国内で立場が強いとは言えない下級貴族の彼等は、人が集まる場では顔色を窺ったり足元をすくわれない様にと気を使う事が多かったが、王都から遠い地方貴族故にこれまたゴルモ程では無いにしても王宮を窮屈に感じていたのだろう。

流石に式典でも羽目を外す訳には行かないだろうが、顔見知りばかりの今くらいは寛いでも良いように思えて襟元を緩めるのであった。


「おいダリーシュ、お前んとこの何だったか、そうだ“森の宝石”だ!アレをこっちにも流せよ」

「ああん?だったら相応の金貨を積んで貰おうか。相応の、だ」

「2人とも喧嘩なら余所でやってくれ、それとも酒の肴に力比べでも見せてくれるのか?」


良い笑顔で睨み合い巧妙に煽り合う南部貴族達をキラキラした目で見つめるファヴァルにはビューネの拳骨が落ち、ランバレアに引きずられる様にして聖堂を後にする。

「いくら何でも気を緩め過ぎっすよ親分方、そんなんだから…」、聖堂の後片付けは仲裁に入ったブノンズに任せておけば問題無いだろう。


聖堂を出て地下区画から内郭区画へと続く大階段を上る途中には近衛兵達の部屋とそれをまとめたグノッサリオの部屋があった。

とても立派で長いこの階段も、当初は全てを片付け飾り付けを行い両側に近衛兵を並べて来賓を聖堂へと迎えよう、という計画があった。

片付ける人員も飾り付ける物も並べる近衛兵も居ない為、発案者のファヴァルには複数の手と足が伸びたという。

だが導線である事は間違いなく最低限の掃除は行われている様だ、いずれこの国が豊かになり人手にも余裕が出来たならば、ファヴァルの野望が実現する日もあるかもしれない。

グノッサリオの遺骸は他の遺骸と合わせて砦外へと運び出され、ドノヴァーの眠るすぐ傍に雷鱗の破片と共に埋葬された。

砦のある岩山の麓、大樹に囲まれた森の中に小さく開けた場所がドノヴァーを始めとするベリュークの者達の墓地として整備されている。

その場所はエキルが全軍会議を開いた場所であり、死体をドノヴァー本人と確認した後に埋葬した場所であった。

墓標はいずれしっかりとした物を用意するつもりであったが、兵からの報告で黒雲の竜が飛び去った後に巨大な岩がその場所に置かれていたそうで、ファヴァルはその岩の表面を削って墓碑とする様に命じたらしい。


その黒雲の竜、ファレーザについては各地で色々と問題を起こしてくれているそうで、協力は有り難い反面対応に追われる兵達が大変であった。

ファルタ王からの使者としてこの地に派遣されていたファレーザは、戦いが終わった後に使者としての役目を果たすと例の報酬を要求したのだ。

どんな難題が来るかと震えるファヴァルに報酬として約束させたのは、“いつでも自由にベリュークの空を飛びまわって良い権利”であった。

公式には新生シーサック王国の王妹である訳だが、要するに国境や情勢などを気にせず確認や通達無しにいつでもベリューク公国を訪れ自由行動をして良い権利である。

その本来の姿と力強さを考えれば、そもそもそんな約束など無くとも自由に振る舞えるのだが、そこはファレーザなりに考えたという事なのだろうか。

砦内から地上へと出た彼女は本当に晴れ晴れとした表情を見せ、そのまま飛び立ち以降の行動は良く分かっていないが定期的に村や巡視の兵の前に姿を現しており、やれ村の上空を通過して猪を降らせ村人を驚かせたとか、やれ川に雷を落として魚を浮かせ兵達を驚かせたとか、そんな話が聞こえて来る。

苦情を受けても騎士達にはどうする事も出来ず、ファヴァルに報告してもケラケラと無責任に笑われて引っ叩きたくなるだけなので最近は大雨や強風と同じ天災として処理されている様だ。



「これはファヴァル様、どうやらマインサ女王がご到着された様ですね」

「はい、後ほど聖堂へ案内する途中でここも通りますので、その時に紹介しますね」


軍議室にあった調度品は多くが攻略戦の最中に燃やされてしまっていたが、取り急ぎ兵達の部屋や他の施設から机や椅子など最低限の物が運び込まれていた。

そこで砦全体の人員管理、不足物資の種類と量の把握、財貨の調査と新生シーサックへの商隊誘致などを取り仕切っているのは新顔の文官であった。


「いやあ本当にアンデントさんが来てくれて助かりました、政治的な部分は得意な人が少なかったから」

「そう言って貰えると来たかいがあったと言うものです、正直王都育ちで不慣れな部分はありますが建国に携われる貴重な機会ですからね頑張らせて頂きますよ」


以前、この軍議室を取り仕切っていた尊敬すべき人物、バーレット・デルゲントは王都で長い時間を過ごし多くの知識を蓄え、その後この砦に移って嬉々として砦の調査や改良改善を行ったという。

ファルタ王よりの協力として様々な物資と共にやって来たアンデント・デルゲントもまた王都で経験を積んだ文官であり、今まさにこの砦の構造確認や問題点の洗い出しに大いにやる気を見せていた。

面影は無くきっと母方の血を色濃く受け継いだのであろうその顔は、しかし爛々と輝く瞳を持っておりやっている事は同じで、既にバーレットの再来と呼ばれているそうだ。


軽く手を振り部屋を後にした直後、「政治が得意な人が少ない?」「全然居ないの間違いだよな」など聞こえた気がしたが聞こえなかった事にした。

ファヴァルが誇張したり見栄を張ったりするのはいつも通りなので、兵達も別に思った通りの感想を言っているだけで文句を言ったり指摘をしている訳では無いのだ。

それはそれでどうなのか、とすらも思わなくなっている彼等は立派なベリューク軍(ファヴァルと愉快な仲間達)の一員であった。



長い通路を歩き、何度も角を曲がり、階段を上るとやっと地上が見えて来る。

改めてよくぞこれだけの構造を考え造り上げたものだと先人の仕事に畏敬の念を覚えるが、実際岩山一つを丸ごと使っており外から見えないだけでその規模は王城と言っても通じる程である。

そんな砦の外郭、岩山の頂上付近に開けた台地を石壁で囲んだその場所はスホータム砦で最も広く大勢の人間が集合出来る場所で、既に多くの貴族と兵達がそこかしこで談笑していた。

到着済みのメイヤーナ南部貴族の一族やその供の騎士に兵士、新生シーサックのファルタ王一行とノード公一行、元辺境伯軍の騎士達にラグン地方の3村の代表達。

メイヤーナの旗の色である赤を基調とした者と新生シーサックの国の色である緑を基調とした者が入り混じって和やかな時間を過ごしている様子は、過去には見られなかった光景であった。

地上に出たファヴァル達はその中で笑い声が遠くまで聞こえてくる一際多くの人が集まっている集団に歩み寄る。


「やあやあファヴァル、これはまた素晴らしい衣装だね、シーサック式の形に緑の下地、そこにメイヤーナの赤を飾りとしてあしらうなんて考えたじゃないか、両国の間に生まれる公国の王として見事だよ」

「お褒めに与り光栄です、勿論この日の為に準備した特注の…」

「ファルタ様、これは亡きドノヴァー様の遺品でファイル様が中心となって使用人達と丁寧に仕立て直した物です」

「おお姉上が、それは素晴らしいはずだ」


自身も新生シーサック王国を再興しその王位に着く戴冠式で着用した豪奢な衣装に身を包む涙還王ファルタは、公式にファヴァルの叔父という事になった。

数日前に砦に到着して以来ファイルとの再会と甥ファヴァルとの交流を喜び、ラグンの景色を楽しんでいた世界で一番有名なこの王は、32歳とは思えぬ老成した雰囲気と落ち着きを持っており、倍の年月を生きているとは言えファヴァルと並ぶとその幼さを際立たせる。

この年で既に一般的な人の一生を超える過酷な人生を歩んできたその王は、それ故に平和を強く願いその為の尽力を惜しまない。


「これで立派な式典になるねファヴァル、良かった良かった。流石に他の地域や東大陸の来賓を招くには時間が足りなかったが、今後は私の紹介で残る5王国とその他の有力者にもベリューク公国の存在とその友好性を示せればと思うよ」

「ありがとうございます、かの涙還王の紹介なら世界中のみんなと友達になれますね!」

「是非そうなって欲しい、姉上の血を継ぐ君には姉上達の分まで幸せになって欲しいし、その願いも継いで欲しい。何より姉上を助ける事が出来ず、その後のこの砦の状況を把握出来ていなかった私自身の贖罪の気持ちもあるからね、例えこんな形でも姉上に再び会う事が出来たし笑顔も見れた、君のおかげだよ、感謝している」

「そんな…あの戦いで結局僕は何も…」




「お帰りなさい、ごめんなさい、ドノヴァー」


そこに居るのは確かにドノヴァーであった、聖女の伴侶にして英雄、最後の力を振り絞ってエグレンと戦い、敗れて散って魂を空へと還した。

彼は無念を感じてはいつつも、それ以上に戦い抜いたという気持ちと、先に散った者達を待たせまいとする気持ちが強く、強い輝きを持ちながら魂をこの地に残さなかった。

それはきっと後から来るであろうファイルや仲間達に対しても先に行って待っているぞと思えばこそだっただろう。

だが、ファイルの平和な日々への願いが聖女を魔女としてこの地に留まらせ、砦で散った家族達の魂をも捕らえて離さないなど誰が想像しただろうか。

エキル軍との戦いに先んじて既に亡くなっていた者は戻らなかった、使用人や子供など輝きの小さかった者も留まれなかった、自身が強い輝きを持つドノヴァーもその影響下に無かった。

結果、ファイルと騎士達、そして300程の魂がこの砦に残った、残ってしまった。


「本当に、本当にごめんなさいドノヴァー、ドノヴァー、ドノヴァー!」


ぼんやりとした視界の中で、顔がぶつかる程の距離でファイルが泣いている。

体はまるで力が入らず意識もぼんやりとしていて、ゆっくりと揺れる髪や服が、何よりファイルの顔を包む自覚の無い自分の手が非現実感をより際立たせる。

滲む声は自分の声の様でそうじゃない様でもあって、ファヴァルは自分が死にかけているのかもしれないと思っていた。


実際、ファヴァルの魂には凄まじい負担が生じていた。

我が子が何を言わんとしているかを察したファイルは、その想いを受け取り必死に思い描いたのだ。

想像の中の若きドノヴァーの面影をファヴァルに見出し、共に過ごしたドノヴァーとの日々を思い返し、そこにドノヴァーが居ると信じ思い込む事でファイルは散った魂を呼び集めたのである。

偉大なる者ヒュライラーが水で一時的な魂器たる体を創り出した技術はそう簡単に再現出来るものでは無かった、何よりこの場にはその素となる水もその代わりになる物も存在していない。

だがその原理を理解したファイルは、一から仮初めの魂器を創造するのでは無く、ドノヴァーの血を引きその姿を重ね合わせる事が出来る我が子を魂の宿主とする事で、最愛の伴侶をそこに見たのだ。


「君にとっても僕にとっても想定外の出来事だったんだよ。どれだけ君があの日々を愛していたのか分かっていた様で分かっていなかった、王様と約束もしていたのに…これは僕の落ち度だ」

「そんな事無い、貴方が居たから、貴方が居なかったら、あんなにも素敵な生活は無かったもの」


ドノヴァーと同じ目線に眉を下げ涙するファイルが居る、以前の自分よりも背の低い息子の体で抱き締める妻は大きく儚い。

ずっと待っていた、だが来なかった、ずっと皆といると思っていた、だが一人だった、ずっと幸せである事を願っていた、だがそうでは無かった。

空に溶けた魂の残滓は微かな意識でずっと妻を想っていた、その想いの強さと溶けてなお輝きを完全に失っていなかった魂の強さが、長い時を経ても呼び掛ける声を聞き逃さなかった。


「…ファイル、ドノヴァー。甥っ子君がそろそろ」

“我ガ友の娘の伴侶ヨ、我ガ友の息子ト何ヲ約束した”


「この子は、ファヴァルはまだ未熟だ、勿論年相応という意味でね。僕の魂の宿主として不思議な一体感はあるけど悲鳴を上げているのが分かる、器が小さくて受け止めきれていないんだと思う、だから時間が無い」

「ああファヴァル…ドノヴァー…」

「僕は王様と約束したんだ、必ず君を幸せにすると。王様は政争の無いこの砦で幸せな日々をと、そして万が一戦いに巻き込まれる様な事があれば、死守しようなどとは考えず砦を放棄していいとも言ってくれたよ」

「お父様が?この大事な北の守りを?」

「奪われた砦は取り戻せても、失われた魂は取り戻せないからね、本来ならば。そして僕の落ち度はエキルの軍に勝てると判断した事…勝てると思いここに踏み止まってしまった事」

「それは貴方の落ち度では無いわ、私も、皆も、あの日が終わり次の日が来ると思ってた、信じてた」

「じゃあ連帯責任だな、つまり、君が一人で背負う必要なんか、何処にも無い」


嗚咽は慟哭に変わり、ファヴァルとファレーザに包まれ、ドノヴァーとズィードに見守られ、ファイルは泣いて泣いて、泣いた。



どれだけ泣いていたか分からない、泣き疲れたファイルが顔を上げると、優しく笑うファヴァルと目が合った。

そこにもうドノヴァーは居ないとすぐに分かった、いつの間にかファレーザの姿も無く、ズィードの気配も感じられなかった。

涙と共に聖女も王女も責任も、全てを流したファイルはとても晴れやかな笑顔で、取り戻した本来の優しさで最初に行ったのは聖堂の奥に転がるデノンとブノンズへの癒しだった。

そして他にも怪我人は居ないかと魂を探したが、繋がったのはすぐ側のファヴァルと、外郭で羽を伸ばすファレーザのみ。

他には誰も、誰も居なかった。




「何を言うんだファヴァル、君の行動力とその想いが、この砦と姉さんを救ったんだよ、やっぱり君は“小さな英雄”だったね」

「小さな英雄、英雄ドノヴァーの子だからですか?」

「それもそうだが、忘れたのかい?君がマインサ女王を庇って私の前に立ちはだかった時の事を、あの幼い少年の行動力と母を想う気持ちにどれだけの連合王国軍将校が心打たれた事か、あれが無ければ女王を殺すべきと言う声を抑えきれなかったかもしれない」


帝国戦争の末期、メイヤーナの王城で邂逅した2人はお互いが血縁関係にあるなど思いもしなかっただろう。

ファルタにとってファヴァルはマインサの息子、メイヤーナ王族の1人という認識であったが、後にレギエン侯の息子と分かり、今はファイルの息子で自身の甥だったと判明した。

ファヴァルにとってファルタは愛するマインサをいじめる悪者の親玉という認識であったが、後に新生シーサックの王になったと分かり、歴史を学んだ今は戦争を終わらせ七王国を平和に導いた尊敬すべき存在だ。

そんな相手に小さな英雄と呼ばれるのはとても光栄な事で、ここまでの長いようで短い道のりを振り返り、その素晴らしい称号をそっと噛み締める。

…褒められてまた調子に乗るぞと身構えていた者達が肩透かしを食らったのは秘密である。


「あれからもう5年、いやもうすぐ5年半か、今のマインサ女王の統治を見れば殺さずに済んだ事を本当に良かったと思うよ」

「…女王陛下はとても頑張りました、ずっと頭を下げてお願いばかりして、いっぱい嫌な事も言われたと思います、でも諦めずに頑張っていました。父上もそれを全力で支えたと思います」

「その苦労は察して余りある、か。それにレギエン侯…当時矢面に立っていたのはあの方だったね、そのお父上も他の重臣達も一緒に来るのだろう?」

「はい!女王陛下と共に牙大臣として父エキルも、その他にも地大臣や将軍、幾人かの領主も来ると先触れが来ています」


ファルタ王は会うのが楽しみだと応じて、同道を促し歩き出す。

2人と騎士達が壁上から見下ろせば、はるばるメイヤーナの王都から来た一行は既に岩山の中腹辺りまで到達していた。

人の動きや服装なども確認出来、掲げる旗も見える距離だがファヴァルの見慣れない旗もちらほらと見える、あれはどことどこの領主の旗印だっただろうかと。

一度気になれば俄然早く会って話したくなるが、平坦な場所の少ない山肌とそもそもが防砦として整備されている為に、敢えて馬などで一直線に駆け上がれない様に段差を残し蛇行している山道は、戦う為に向かって来ているのでは無い事も考えればまだまだ時間が掛かりそうだ。

ファヴァルはもどかしさと共にこれからはこの道も大きく作り変えないといけないだろうなと思う。

この砦の存在理由は旧シーサック・メイヤーナ王国間の国境を監視しその侵略を防ぐ為だった、だが新生シーサックとメイヤーナが戦う未来は見えない、少なくとも今は。

そしてこの砦はベリューク公国の公都として生まれ変わるのだから、今後は全てにおいて防衛では無く利便性に舵を切るべきなのだ。


「…土地の整備に大々的な人手が必要だね」

「そうですね、幸い水食糧の確保と木材、石材資源はこの地である程度賄える予定ですので、やっぱり労働力と職人の確保が急務です」

「後でマインサ女王とも協議する予定なんだが、両王国からここに移住を希望する民の募集はする予定なんだ、恐らく一定数は集まると思う。だが職人は難しいな」

「難しいんですか?」

「職人は大抵その地元に根付いているし、職人間での仕事の融通や協力関係も強固だ、その地盤や関係を失ってまで設備の整っていないこの地に来たいと思う者は少ないだろう、良い意味で野心家の職人が多少は見つかるだろうが…」

「なるほど…時間を掛けてやるしか無いですね」

「求心力のある人物、名声や地位の高い者を招ければ集めやすくなるとは思うが…うちも復興が終わった訳では無いし、メイヤーナも同様だろうね」


そうなのだ、このベリュークの地ラグンは長らく止まっていた時間を取り戻さねばならず全てがこれからの段階で大変ではあるが、他の国とて帝国戦争が終結してまだ5年目、決して余裕がある訳では無いのである。

それでも最大限この公国の始まりを応援したいと思えばこそ、南北の両国共に王と女王が直接この地を訪れているのだ。

東西両大陸を巻き込んだ混乱の時代は終わり、諍いは減り様々な約定が結ばれ、世界に新たな希望の時代がやって来ている、そんな時代に新たに興る公国。

今はまだ名ばかりの、小さく人口も少なく目立った産業も無いこの国が8つ目の王国として名を馳せるのはまだまだ先の…ファノア王女の登場を待たねばならない。



「報告!!東より飛来する影あり!数多数!!」

「弓兵並べー!東の空だ、確認しろ!!」


突如空から、山頂の監視台から降って来た声に緊張が走った。

明らかに上ずった声がその慌てっぷりを伝えて来る、少なくとも監視台の兵が見ているのが見慣れぬモノなのだという事は分かった、渡り鳥の群れを見つけたなどという事では無いのだろう。

次々と騎士達から指示が飛び兵達が壁上で弓を準備する、非武装の者達の砦内への避難誘導も始まりそれまで和やかな雰囲気だった外郭は一気に緊張の坩堝と化した。


「これからは開拓や産業に力を入れようって話をしてた矢先に何これ何なの何でなの!」

「ファヴァル落ち着きなさい、君がどっしりと構えていなければ部下も落ち着かないよ」

「ファルタ王の言う通りです、とにかく壁際へ、盾も持って下さい、ほら早く!急ぐけどオタオタしない!シャキッとする!」

「はいぃ!」

「嗚呼、戴冠式の様子だけではなくここにも新たな詩が生まれるのだろうか、なんて忙しくも素晴らしい日なんだろうか」

「お前は兵を連れて女王陛下達を迎えに!急いで砦内へ!」

「ははっ!」


同格の騎士であり同様に古参であり夫婦でもあるはずだが、ビューネの指示に従うランバレアはそれはそれは嬉しそうで、誰がどう見ても副官か配下の騎士でしかなく…いつも通りであった。

やがて配置と避難が終わり、緊張と静寂が外郭を包み込む中、東の空から多数の黒い影が砦へと迫って来たのだが。


「あれは黒雲の竜って奴か?」


上空に向けて盾を構えていた兵士からそんな声が上がる。

視線が集まるファルタ王は…片手で顔を覆い盛大に溜め息を付いていた。

見れば新生シーサックからの者達も揃ってバツの悪そうな顔をしているではないか、これはどういう事かと思っているうちに大きな黒い影は外郭の上で止まり、他の小さな黒い影達も砦の周囲を旋回し始める。

小さな影は黒雲の竜をそのまま小さくした様な姿で、しかもその背中には人が括りつけられていた、槍やら旗やらを持ってあちらも緊張しているのが分かるがそれ以上に疲労の色が濃い。

明らかにこの砦を目指して飛んで来ていたはずだが一体これはどういう状況なのか、説明を求められた黒雲の竜はしかし不思議そうに答えた。


「シーサックの新たな護り竜よ、新たな黒雲の竜よ…これは一体何だ?」

「何だって何よ、この国の始まりを盛大に祝う為に協力して欲しいって言ったのはそっちじゃん」

「言ったがこれはどういう事かと聞いているんだ、何故エルドマの飛竜兵がここに居る」

「とりあえずフォーセルとエルドマに行ってさー、お祝いの品下さいって言ったら色々くれたんだけど、何か使節もそのうち送りたいって言うから私なら最短ルートで飛べるし道案内して来た」


人と竜では考え方が根本的に異なる、その教訓と一例として後世に語り継がれる話であった。

ファルタはファレーザに、新たに公国を作るファヴァルの為に何か協力出来る事があれば手伝って盛り上げてやって欲しい、と確かに伝えていた。

それは相談に乗ったり物を運んだり木や岩をどかす様な作業であったりといった現実的な話のつもりであったのだ。

だが、張り切ったファレーザは軽々と海を越え東大陸まで赴き、2つの王国に事前の通知無く突撃してその王たちから祝いの品を供出させ、そのままエルドマの飛竜達を引き連れて帰って来たらしい。

とんでもない事をしてくれたものだと文字通り頭を抱える事態だが、それでもファレーザが脅迫や無理強いをした訳では無いだろうとは思っており、次の交易船には詫び状と返礼の品を積み込ませないといけないなと考えるのであった。


「そういう訳でエルドマって国の人達だよ、そこの隊長さんかな?」

「…そうだな、あれは騎士団長のランドガ殿だな、はあ…すまぬランドガ、許せ」


ファルタは旧知の仲であるその男、飛竜の背中でぐったりとするまさか飛竜で海を渡る事になるとは考えていなかったであろう男に心からの謝罪を送るのだった。

エルドマ王国からの使節である事が次々と伝わり兵達の警戒が解除されると、飛竜達は壁上に降り立ち始め、その頃には山を登っていたメイヤーナ王国一行も外郭の門へと到着していた。

ファヴァルが村人としてくぐった苔に覆われ半壊していた門は修復され真新しい立派な門になっている、白い兵に囲まれあの門を抜けアストガルに迎えられたのが既に懐かしく感じてしまう程だ。

慌てて山登りをして来て息を切らすメイヤーナ王国一行の先頭には見慣れたエグレンの顔があった、ファヴァルが手を振るとニヤリととても良い笑顔を返してくれる。




ファヴァルによるスホータム砦攻略戦のもう一つの最後、山の中腹で行われた壮絶な一騎打ちはエグレンに軍配が上がっていた。

兵同士による全面的な衝突を回避したエグレンは名のある者との一騎打ちを望み、それに応える様に現れたのが闘志を燃やすルダンであった。

共にやって来たアストガルが見届け人となり、ベリュークの白い兵達によって作られた円陣の中で対峙する2人。

決して足場が良いとは言えず広くもない場所で行われた一騎打ちは、地形を利用した戦法を得意とするルダンにも分があったが、やはりエグレンの鍛え上げられた体躯と技量は圧倒的でルダンは防戦一方の展開となる。

それでも聖女のベリューク軍を奮わせる詩によって気力漲るルダンは、守勢ながらも押し切らせず巧みに受け流し決して決定打を撃たせず、エグレンの隙を突いては反撃を試み、その隠し武装によって度々その優位を脅かした。

最初は英雄の敵討ちと気張っていたルダン、対して可能な限りの時間稼ぎをしたいと考えていたエグレン、だが刃をぶつける騎士は互いの実力を認め次第に白熱し、戦う理由などどうでもよくなって流儀も何も無くぶつかり合った。

騎士の戦いでは無く狂戦士の喧嘩になったその一騎打ちに、兵達は大いに盛り上がりアストガルは呆れかえる。


「なんじゃなんじゃ、もう滅茶苦茶じゃのう、土は投げるわ石は蹴り上げるわ」

「っ、ぉぉお!なんだよ爺さん!文句でもあるのかよ!」

「無いわい、ドノヴァー様を始め剣士や傭兵出身の者には常套手段じゃろうし、ファイル様はどう戦っても応援なさるじゃろうし、儂も若く無名の騎士だった頃は使った手じゃし、堅物のバーレットとてそれで勝てるなら負けるよりは良いと言うじゃろうて」

「ほほう、分かってるな…っは!ベリュークには良い戦士が多かったのだな!」

「…そうじゃのう、今思い出しても自慢の軍であったわい」


その一言でエグレンの腕に更に力が入る。

なるほどこいつらは、少なくともこの騎士2人は分かっているのだ、既に自分達が過去の存在である事を。

それでもなおこうして全力で戦っている、守っている、その忠誠心や愛国心は如何ほどのものか、と。

この時既にルダンもアストガルも聖女の祈りを失い、自我を取り戻して個人の意思で動き黒雲の竜の加護によってのみ存在している状態であったが、それはエグレンに分かろうはずも無かった。

故に戦いはますます激しく苛烈になってゆく、相手の忠義に感銘を受け“ドノヴァーと戦った時の様に”その最後の戦いを穢すまいと本気で打ちかかり、ルダンもまた“ドノヴァーの為では無く自分の為に”その最後の戦いに悔いを残すまいと本気で打ちかかる。

双方譲らぬ打ち合いはしばし続き、その様子は山の麓から見上げるランバレアやブアンにも見えていた。

後にメイヤーナ王国の牙大臣として名を残すエグレンの戦詩には、その特に熾烈であった対戦相手としてドノヴァーやルダンの名が記され語り継がれる事になる。


「そろそろ限界だろ、見苦しくなる前に大人しく還りな!」

「言ってくれんじゃねーか、こちとら棺桶に片足どころか体全部すっぽり収まってんだ、今更恥も外聞もあるかよ!」

「お主の外聞などどうでもいいが、ファイル様やベリュークの名に傷だけは付けてくれるなよ?」


軽口を叩き合っている様で老騎士と言葉を交わす度に気合を入れ直すルダンに、さしもの猛将も焦り始めていた、高揚感と共に疲労感も間違いなく蓄積されているのだ。

その一方でソウルキーパーのルダンには、感覚的な疲労感はあっても、実際の動きに影響する疲労は無い。

次第にエグレンの剣撃からは鋭さが失われ息も上がり始め、ここぞとばかりに攻勢に出るルダンに苦い顔をする、やっぱりソウルキーパーってのはちと卑怯じゃないか、と。

躍動するルダンに白い兵達も沸き立ち、老騎士はどっかりと岩の上に腰を下ろし高みの見物、長い戦いの末に逆転の可能性も見えて来た頃だった。

聞こえて来たのだ、あの歌声が。


 空の下で歌おう 人々を見送り雲を追い あの青の彼方へと旅立とう ―― 


その詩はルダンの腕に最後の一撃を放つ活力を与えた。

アストガルの目に最後の雄姿を焼き付ける時間を与えた。

ベリュークの白い兵士達の心に最後の願いを届けた。


追い風を受け、抉る様に心臓へと伸びる自らの剣先の向こうに、好敵手の不敵な笑みを見た時、ルダンは敗北を悟った。


その詩は新たなベリュークの戦士にも、未来を切り開く活力を与えた。


初めて魂歌の影響を受けたエグレンはその不思議な高揚感と開放感に酔いしれる事無く、その力をねじ伏せ自らの物としすぐさま適応して見せた。

迫る刃の腹を拳でぶちのめし、首筋をかすめた剣を物ともせず、最小限の動きで突き返した自らの剣は好敵手の驚きと共にその腹へと吸い込まれ背中まで貫いていた。

交錯した体勢で止まったままの2人を兵達が無言で見つめる中、満足そうなアストガルが腰をさすりながら一歩進み出る。


「ふむ、良い戦いであったな、ルダンも悔いは無かろう?シーサックの騎士アストガルが告げる、勝者メイヤーナのエグレン!」


敵将の勝利だったが力の限りを尽くした魂と魂のぶつかり合いに、囲む兵達からは拍手が巻き起こりエグレンが拳を上げてそれに応えれば歓声も上がった。

体を貫く剣から後ずさって抜けると、ルダンはそのまま仰向けに倒れ大の字になる、血の代わりにその口からは笑いが漏れ、その顔はとても良い笑顔だった。


「危なかったぜ、自慢の剣も鎧もボロボロだよまったく」

「へっ、こっちは自慢の武器も鎧も通用しなくて悔しいってのによ」

「お前みたいな奴には会った事が無い、お前と戦えて良かったよ、ベリュークのルダン」

「てめぇを倒せばドノヴァーに自慢出来ると思ったんだがな、残念だよ、メイヤーナのエグレン」

「ま、ドノヴァー様への良い土産話にはなるじゃろうて」


ひとしきり笑い、聖堂で雷鱗の首飾りが砕かれると2人の騎士は消え、ファイルが泣き止んだ頃には白い兵達も消えた。

ついさっきまで賑やかだった岩山には、佇む戦士と風が吹き抜ける音だけが残された。




「おうファヴァル、なんだその衣装は?馬子にも衣裳ってのはこの事か?」

「もうそんなに褒めないで下さいよ叔父上!」

「「あはははははははは!」」


「陛下、申し訳ありません…教育不足で…」

「いいえ、あんなにも笑顔なのですから良いではありませんか」


似たり寄ったりの風貌とメンタルの持ち主達による似たり寄ったりの寸劇が繰り返され、頭を抱える者が居るところまで同じだが、流石に今回は緊張感の方が勝った様だ。

笑顔なら無知でも良い、と言うのは流石に貴族では問題だと頭を抱える父エキルと、全肯定でファヴァルに甘い〝母〟マインサが近づけばサッと背筋を伸ばし臣下の礼を取る。

その周囲に居た面々もそれぞれに胸に手を当てて、腰を折って、片膝を着いてと自らの立場に合わせた挨拶を行う、それでだいたいの地位が分かるのだ。

意外な事にマインサの同行者には胸に手を当てただけの者、儀式や典礼の場でも無ければわざわざ膝を着いたりなどしない、それが許される貴族が多く居た。

戦争後のメイヤーナでは貴族の数が少なく、特に領地を持つ者などはその復興に忙しく長期に渡り領地を離れる事など滅多に無いのだが。


「女王陛下、遠路はるばるのお越しに感謝します。改めまして臣ファヴァル、ラグン地方の平定をご報告致します」

「ご苦労様でした辺境伯、貴方の無事とその偉業に、我が名と約定をもって応えましょう、メイヤーナの新たな伯爵、ファヴァル・レギエン伯の誕生をここに宣し祝しましょう」


囲む誰もがそれが形式的な物である事は分かっていたが、それでもこういった事は大事であるし、何より祝い事はいくらあっても困らない。

拍手と歓声がファヴァルとその配下(愉快な仲間達)に送られ、皆がそれに手を上げ応えた。


「女王陛下に感謝を、皆様ありがとうございます!それからご紹介したい人がいます」

「お久しぶりですマインサ女王、相変わらずお美しい」

「恐縮ですファルタ王、平和の旗手たる涙還王にご挨拶を」


優雅に挨拶を交わす南北の王は共にその身をもって激動の時代を経験しており、平和を願う両者とその臣下達の間に険悪な雰囲気は微塵も感じられない。

史上長きに渡り敵国同士であり実際に多くの戦いを経験してきた2国ではあるが、帝国戦争は良い意味でそれらを洗い流した。

基本的にメイヤーナによるシーサックへの侵攻という形であったが、その侵略による領土拡大の考え方に肯定的であったメイヤーナの好戦派はそのほとんどが前メイヤーナ王と共に戦死しており、旧シーサックで武闘派と呼ばれていた者の多くも西帝国に組し共に滅んだ。

結果、現在の両国における主流派は戦争に疲れ戦いを望まぬ者ばかりなのだ。


「こうしてファヴァルと共にこの日を迎えられた事を嬉しく思いますよ、ああ丁度良い、こちらにも紹介したい人がいます」

「もう少し休んで身なりも整えてから挨拶したかったんだが…。マインサ女王、ファヴァル殿、エルドマ王国の騎士団長で飛竜隊を率いておりますランドガです、陛下は相変わらずお美しいし小さな英雄殿も立派になったものだ」

「ランドガ様…私をご存知なのですか?その名に覚えが無く、申し訳ありません…」

「いや、名乗っていませんし、この顔も覚えていなくてむしろ良かった」

「それは…」


とても気まずそうにするランドガを不思議に思い、一生懸命にどこで会っていたのかを思い出そうと首を傾げるマインサは、眼前の男達がその困り顔に顔を赤くしている事には気付いていない。

そう、マインサはその美貌のみで前王の妃に迎えられたのだから、少なくとも当時は。


「ああその、連合王国軍にエルドマ軍の一隊を率いて参加していたので、当時はエルドマの代表の立場で…オウベリンでの陽光の宴にも参加しておりました」

「まあ、それではあの時にご挨拶を」

「申し訳ない、私は貴女の挨拶を…黙して頷くのみで名乗りを返さず、その…貴女に失礼な視線を向けた、かと…」


「女王陛下に不遜かつ不躾な視線を向けたのは貴さ…ポゲフ!」


エキルとエグレンが黙らせようとするが、そうするまでも無くビューネとランバレアによって制圧されていた。

どうやら側近たちはしっかりとファヴァルの扱いを心得ている様で何よりと安堵する、彼等に任せておけばベリュークは上手く回るだろうと。


「ランドガさんは綺麗な女性に目が無いものねー、うちの姉さんとか」

「そ、それは、いや男であれば誰でも同じでしょう、同じですよね?」

「すまぬランドガ、今はお前の味方を出来ない、フレオリッタを怒らせる訳にはいかないからね」


涙還王もエルドマの騎士団長も頭の上がらないその人物は得意気に胸を張る。

ずっとファルタの横に居たが、その服装故に初見の者達の判断を迷わせていた長身の女性である。

美しく精緻な刺繍の施された礼服の上から軽装鎧を着こんでおり、果たして副官や近衛なのか側近の貴族なのかと思われていたその女性は、名を呼ばれた事で周囲を驚かせた。

その独特な名の響きは主にフォーセル王国で見られるものであり、その名はフォーセル王の四王女の末の娘の名として知られており、先日懐妊が発表されたばかりの涙還王の妃の名でもあった。


「そういう訳だから残念だったねランドガさん、エルドマ王からの祝いの品と言葉を伝えて早くお嫁さん探しに戻ったら?」

「であれば!是非とも姉上への推薦状を私に!」

「マインサ様もこんな誰にでも鼻の下を伸ばす様な男は嫌ですよね?5年前にお姿だけ拝見していましたがこうしてお話するのは初めてですね、新生シーサックの王妃フレオリッタと申します、本日はフォーセル王に代わり式に参列させて頂きます」

「まあフレオリッタ様、こうしてお会いできて嬉しく思います、ご懐妊されているのですよね?おめでとうございます、そしてどうぞお体を大事に無理をなさらず」

「もう少ししたら遠出も出来なくなりそうだから、今のうちにと思って来ちゃいました!それに公国の大事な日を7王国の多くが祝福していると世間に示せるでしょうし、なんだかエルドマも来てるし。そういえばマインサ様はご再婚はされないのですか?」

「私は…再婚は考えておりません、夫の時代に多くの国と多くの民に迷惑を掛けた事を忘れる訳には行きませんし、この身は国を豊かにする為に捧げるつもりです」

「そんな…」


驚きから一転して雲行きの怪しくなった空気に特に敏感に反応したのは、そのマインサと共にやって来たメイヤーナの一行であった。

エキルやエグレンは女王の再婚に賛成であったが、二人が薦める人物にマインサは首を縦には振らず、他の臣下はエキルやエグレンをその候補にと勧めたがこれには二人が首を横に振った。

そして国が安定していない時期にその様な話題に多くの時間が割かれる事も無く、結局うやむやになったままである。


「あー、陛下。まさかこの様な形でフォーセル王国とエルドマ王国からも祝って頂けるとは望外の喜びと言うもの、そして我等にも紹介すべき人物がいるではございませんか」

「そうでした、私達からも嬉しいお知らせがあるのです」


そう言ってエキルに促され進み出た人物は3人、それぞれにお付きの者が旗を持っており、いずれもファヴァルには見覚えの無い旗印であった。

いつか王都で見かけた様な吟遊詩人に、古い様式の礼装に身を包む老人、そしてメイヤーナでは見ない形の鎧で武装する女性騎士。


「偉大なる涙還王、この世界に平和をもたらした希望の王よ、そして輝き始めた小さな英雄よ。私はラズバン、遥か北の地より来たりて詩と歴史を運ぶ者、古くは北方アズベリア王国の王宮にて歌っておりました」

「ラズバン様はメイヤーナの王都オウベリンに滞在されていたアズベリアの貴族です。この日の為に祝いの詩を贈りたいと自ら申し出て下さったのですよ」


「ファルタ王と新たな伯爵にご挨拶を。ある騎士にこの隠居の身にもまだ役に立てる事があると諭され、僭越ながらこのオレン、孫と共に新たな公国に仕官すべく参りました」

「オレン様は爵位を返上した前モルグナ伯です。レギエン侯の治めるズロヌ地方の前領主で農地経営の才をお持ちですよ、きっとこのラグンに豊かな実りをもたらしてくれるでしょう」


「涙還王様、王妃様、ファルタ公王様、お初にお目にかかります。ケルストウ王国の騎士、フレージュ・カットガスと申します、どうぞお見知り置きを」

「フレージュは…旧メイヤーナ貴族であったカットガス子爵の娘で、現在は母親と共にケルストウ王国に属するオロア地方で暮らしています」


王の代理とまでは行かずとも、アズベリアとケルストウからも正式な地位を持つ人物が参列する、それはとても大きな意味を持つ。

想定よりも大幅に多くなった参列者にファヴァルは大喜びし、配下の者達も主を誇らしげに見つめる、そんな中カッサルト夫妻を始め一部の騎士達は喜びつつも冷や汗を流していた。


「なあ、料理や椅子の数、足りると思うか」

「貯蔵庫の食材を全部と頂いた酒も全部、それから兵士達の部屋の椅子もかき集めて布でも被せれば何とかなるんじゃないかな」

「軍議室のアンデントと調理場のデノン達に急いで知らせてくれ、緊急事態だと」

「分かったこっちは任せてくれていいよ、君は彼女と話があるんだろう?」

「すまないが頼む」


愛するビューネの肩を軽く叩き騎士達を連れていそいそと砦内へと戻って行くランバレアを、妻は優しい目で見送った。

そして視線を戻せばあちらも自分を見ていた様で慌てて視線を逸らされたが、そんな必要な無いのにと苦笑する。

細々とした挨拶や交流を始めた各国要人達の輪に近づくと、なるほど微かに記憶に残る面影に似ている様に思えた。


「ファヴァル様、申し訳ありませんがフレージュ嬢をお借りしてもよろしいでしょうか」

「そうですね、勿論です、是非お話をしてあげて下さいカッサルト女卿」


ファヴァルに微笑み、ケルストウの騎士フレージュとその旗を持つ見慣れたお付きの者にウインクして見せる。

少し離れた位置に移動して向き直ると、式典用の少し飾り付けられた鎧も相まってなんだかお茶会の隅っこに集まった場慣れぬ女騎士の集まりに見えなくもない。

ランバレアが居たらさぞかしうるさいだろうなと、ふと思った。


「ビューネ様…初めましてフレージュです」

「ああ。君の、姉上の、…メリージュの上官だったビューネ・カッサルトだ」

「姉はとても頑張り屋で、いつも自分が先頭に立って事に当たる人でした、きっと戦場でも自ら進んで最前線に行ったと思います」

「そうか、そうだな、とても前向きな性格であった事は覚えている、だが多くを知る前に魂は離れてしまった、すまない」

「いいえ、姉の魂を見送った彼女から聞きました、最後まで貴女の心配をしていたと」

「私が会ったメリージュはとても真っ直ぐな子だった様に思えるから、きっとファイル様みたいに自責の念が強かったんだろうね」

「ショアナ、あんたが最後に会話をして魂を見送ってくれて、その話を伝えてくれて本当に良かったよ」




スホータム砦から白い兵達が消えた後、門をくぐったエグレン達辺境伯軍を迎えたのはファレーザだった。

彼女は砦がファヴァルの物になった事と聖堂で動けなくなっている事、戦いが終わった事でファルタ王からの親書も手渡したと伝えた。

未だ空へ向かって煙を上げ進入を拒む砦と唐突に終わった戦いに、疲れ果てた兵達から歓声などは上がらなかった。

さっさと姿を晦まし飛び去ってしまったファレーザに心の中で礼を言い、ファヴァルが全てを知った事も理解したエグレンは兵達を外郭で休ませると、自らは水を被って砦内に突入する。

それはまるで14年前と同じであった。


「くそっどうやったらこんなに煙だらけになるんだ、熱くないだけ前よかマシだがな」


送り込まれた熱と煙に炙られ飛び出して来たドノヴァーと戦い、その最期をエキルと共に看取った際に英雄はその子等の心配を口にした。

聖女は矢に倒れ、騎士や兵士も地に伏した、だがもしかしたらその最奥の部屋にいる子等は今も泣いているかもしれないと。

それを聞いたエグレンはエキルや兵達を振り切って水を被ると砦内に突入した、その熱は急速にエグレンの体力と意識を奪いその肌を焼いたが下へ下へと突っ走った。

しかしまるで迷路の様な砦は容易に聖堂へとは至らせず、これは無理かと思い引き返そうと考えた時、微かに子供の泣き声が聞こえたのだ。

声を頼りに地を這う様に進んだエグレンはやがて小さな自然洞窟の空間に辿りつくと、そこには冷えた清涼な空気と倒れた騎士、その腕に抱き締められて泣くドノヴァーによく似た髪の子供が居た。


「待ってろよファヴァル、お前の人生はここからもう一度始まるんだからな」


そうしてエグレンに背負われ、デノンとブノンズ、トゥリスと村人感役の兵達と共に出て来たファヴァルに、何よりその後ろからファヴァルに優しい笑顔を向ける聖女が続いた事で、最良の形でこの攻略戦が終わった事が伝わった。

最早足腰が立たず、座り寝転んだ状態のままの兵達から絞り出すような歓声が上がる。

エグレンやビューネ、ランバレア、一部の古参の騎士や兵達にとっては14年越しの勝利の声であった。


この勝利の数日後、負傷者の対応や最低限の砦の補修と遺骸の埋葬などが終わった頃にショアナは軍を辞して王都へと単騎で戻った、カットガス子爵夫人とその娘を探す為である。

見つかるか分からずどれだけ時間が掛かるかも分からない為正式な命令などは無く、砦の復旧に皆が忙しい中での別行動は不満の対象となる可能性もあった為、負傷からの離脱という扱いとなっている。

だがその任務が望まれている事は、ファヴァルから軍馬を、ビューネから路銀と身元保証の証文を持たされた事からも分かった。

何よりあの暗闇の牢で短くとも共に時間を過ごし話をした少女の事を、何としても家族に伝えたかったのだ。


さてやるぞと気合を入れ探し始めたショアナは、いきなり肩透かしを食らう事になる。

王都で元カットガス領民を探すのには少し手間取ったが、いざ見つけてみれば皆口を揃えて行方を知っていると言うのだ。

カットガス子爵夫人は民と共に王都へと避難し、そこで敗戦を迎えた。

夫と領地を失った夫人は交友のあった貴族の館で1年程を過ごした後、生まれ故郷で死にたいと言い娘と共に旧カットガス領オロア地方へと向かった、その際に元住民達にも一緒に戻る者はいるかと探して話をしていたらしい。

復興したケルストウ王国の貴族によって治められていたその地で、夫人は民の牧羊技術を売り込み移住と仕事の手配を、自身と娘は教養を武器に館での仕事を望み、自らが第三夫人となることを飲んでそれらを勝ち取った。




「ショアナさんが訪ねて来た時には母と共に本当に驚きました、まさか今になって姉の話が出て来るなど」

「ビューネ様の証文が無ければそもそも辿り着けませんでしたよ、助かりました」

「役に立てて良かった。今は苦労していないか?その騎士鎧と紋章旗を見る限り冷遇されている訳では無さそうだが」

「はい、母は穏やかな日々を過ごしています、文化や言語の違いで苦労した事もあった様ですが。共に戻った民達も今では結婚する者がいるくらいケルストウの民と仲良くなっています」

「そうか、良かった。そうするとフレージュはそのオロア領主の旗を掲げる娘で騎士という扱いで良いのかな?」


ビューネの確認に、フレージュとショアナが顔を見合わせてクスクスと笑う、隠し事を共有する悪友の様な顔だ。


「いいえビューネ様、これは父の旗ですが父の旗ではありません」

「この旗倉庫の奥で埃を被ってて掃除するのが大変だったんですよ」

「…何?」


互いの肩を叩き笑う仲の良さそうな2人に、ムッとするよりも先に微笑ましさが勝つ、が分からないものは分からない。


「実は…本日はオロア領主たる義父の名代として来てはいるのですが、別の立場もあります」

「…そうか、もしやその旗は」

「はい、カットガスの旗です。先程ご挨拶の時名乗らせていただいた通りフレージュ・カットガスとしてここに参りました、式典で義父の名代を果たした後は義父と母の許可と共にこの名を公国に預けたいと思っております」

「ショアナ!でかした!」


ショアナごとフレージュを抱き締めたビューネに3人揃って声を上げて笑う。

驚いた拍子に手から離れた旗を近くで見守っていた初老の騎士が慌てて持ち直せば、拍手が起こった。

3人の周りにはいつしか人が集まりフレージュ達に温かい声を掛けていく、その多くが古参の、エキルの軍に所属歴のある者達であった。


「なるほど、公国の勢いは確かな様ですな」

「素晴らしい、これは多くの歴史に残る詩が、いやいや歴史に残すべき詩が生まれることでしょう」

「なんだがラズバンさんはランバレアさんみたいな事を言いますね」

「ほう、それはどなたでしょうか、メイヤーナの宮廷詩人殿ですか?」

「いいえ、メイヤーナの騎士で今日からはベリュークの騎士になる人であのビューネさんの夫で吟遊騎士なんです」

「ほ、ほう?しかしこの国にいらっしゃるのなら会って話をする機会もあるでしょう、吟遊騎士という響きも素晴らしい、楽しみです」

「吟遊詩人の歌い広める物語の力は侮れません、是非ともラズバン殿にもランバレア殿にもこの地で多くの詩を作り上げて欲しいものですな」

「そうですね、その為にもこの国を大きく豊かな場所にして、詩を聞いた旅人や商人が定期的に訪れたくなる様にしたいです。だからモルグナ伯が来てくれてびっくりしましたし頼もしいです!」

「ふふふ、元伯爵で今はただの引退貴族の仕官希望者です、お役に立てればと思いますがどうやら仕官は許されそうですかな」

「勿論です!」


またそんな決定を立ち話で簡単に決めてしまって、と背後の騎士達が嘆いている事など露知らず。

だがファヴァルが心を許す人材ならいいだろうとか、何か企んでいる様な者であれば我々が許さんとか、古株の者からすれば前モルグナ伯の評判は良かったとか、結局誰も止める事は無かった。


「孫もあの騎士を好いておる様子、私も若いが熱意と忠義に篤いあの者であればと思っております、良縁を得られましたな」

「え、どの騎士だろう…」

「おや、ご存知ありませんでしたかな?オルトーラ卿から孫と私の才のどちらも欲しいと言われておりましてな」

「オルトーラ卿…オルトーラ卿…んん?ップゴフ!」


本気で悩むファヴァルにオレンの方が心配になるが、しっかりとエキルの拳骨が落ちファヴァルは頭を抱えてうずくまる。

それを見てファヴァルと愉快な仲間達を良く知らぬ客人は驚くが、周囲の多くの騎士や兵士達が納得の表情をしているので何も言わなかった。

僕公王、僕主役、などとのたまうファヴァルは引き続きエグレンにも蹴り飛ばされ顔に土化粧をするも、周囲の心配はその汚れてしまった式典服に対してであった。


「功労者の名前くらいちゃんと覚えておかぬか」

「お前は副官の名前すら覚えてないのか!?」

「いやだってオルトーラなんて…副官?え、オルトーラってデノンの事?デノン・オルトーラ?本当に?だってデノンはデノ…プギョ」


「無名の下級貴族の家名で悪かったな、超有名上級貴族のレギエン様よ?あ?今日から王族傍系のベリューク様だっけか?」

「デノン様ダメですよおイモを投げつけたりしちゃ、食べ物を粗末に扱ってはいけないんですよ!」

「おっとわりぃ」


手籠に芋やゴボウ、ニンジンやネギにカブなどを詰め込んで持って来ていたのは件の通称ニンジンちゃんであった。

デノンがカウクスの街で見かけて以来ずっと気になっていたというこの野菜売りの娘は、街の郊外で静かに余生を送るつもりであった前モルグナ伯の孫。

以前貴女を見かけて一目惚れした騎士ですなどと手紙を送っても、当然ながら400人を超える軍の列の中に居たデノンを覚えているはずも無く、やんわり拒絶され慌ててそれっぽい理由を付けて脱走兵かと思われる程に急いで現地に向かったデノンであったが、その行動力が幸運を呼び込んだ。

手紙を仲介してくれた街の名士に家の場所を聞き、何故か心配されながら向かって見れば待っていたのは眼光鋭い老人。

だが、「バーレットさんや聖女さんよりは怖くねぇな」とむしろ自信に満ち溢れて押しに押したデノンが老人に気に入られた結果が今である。


「お爺さまいらっしゃいませ、道中問題はありませんでしたか?見て下さいこの辺りで採れる野菜はどれもこの様な感じで…」

「おうおう疲れたが良い旅であったぞ、どれ、ふむ、ううむ、どれも細く小さいな、土地に栄養はありそうなものだが」

「なんでもこの砦の周囲にある畑はその下に石がごろごろあるらしいんすよ、村人達も土の中に実る野菜は育ちが悪いって」

「ふむ、兵を使って大規模な掘り起しが必要そうだな。だが、うむ、味は悪くない、これならば道はあるだろう」


副官がイモを投げ付けても、その横を娘が平然と通り過ぎて会話を始めても、誰も咎めたりはしない。

その光景を見てファルタもフレオリッタもマインサも微笑み、エキルやエグレンは呆れ、ラズバンは楽しそうに眺めており、ただランドガだけが困惑していた。


多くの愉快で気の良い者達が集まったこの地この場所で、今日この日に新たな公国の始まりが宣言される。

多くの出来事があり多くの魂が散り損ねたこの砦を駆け抜けた僅か数日間が、ファヴァルにとって語り尽くせぬ程に濃密な時間だったのは間違いない。

多くの血が流れ多くの悲しみもあった、しかしその結果は満足の行く形に辿り着いたと言えるだろう…ただ一点を除けば。

よく響く声が聞こえ振り向けば皆が目を奪われた、そこに居たのは誰もがそうと分かる聖女で王女で、そしてファヴァルの母としては若すぎる姿のファイルであった。



虹彩、それは彼方に見た夢、遥かな旅路の終着点。

長き旅の先に見たのは、希望か絶望か、永き眠りの先に見たのは、絶望か希望か、集った彩は絡み合い新たな彩を生むだろう。



「皆様、本日はファヴァルの為にようこそお越し下さいました。さあどうぞ中へお進みください、戴冠式の準備も間も無く整います」



◎続く◎


次回、「涙還」(予定)。



---

だけで後書き終わりにしようと思ったけど、あまりにもちょい出しキャラや名称多くて絶対補足が必要そうって思った。


☆ざっくりそうるでぃあ☆

東西大陸:

西大陸【オーグロット】、東大陸【アーベングロット】、東大陸は西大陸の倍くらい大きい。


七王国:

【メイヤーナ王国】…西大陸北部の大国、現在の国主は女王のマインサ。

王都はオウベリン。東にオロア地方(旧カットガス子爵領)、南にズロヌ地方(レギエン侯爵領、旧モルグナ伯爵領)、メルヴ地方(ダリーシュ子爵領)、コルデ地方(エーゲン子爵領)、ルワン地方(ドラット男爵領)、ラグン地方(レギエン伯爵領)などがある。


【シーサック王国】…西大陸南部の大国、現在は西帝国を経て新生、国主は涙還王のファルタ、王妃はフォーセル王国の王女フレオリッタ、新たな黒雲の竜ファレーザが人間の姿の際には王妹と呼ばれる。バーレットの孫アンデントの出身地でもある。

王都はズィルドヒル(ズィルドファー地方)。北にズィルドラ地方(旧ファンドラ大公領)、エンブレア地方(旧アロモント男爵領)、東にノード地方(ノード公爵領)などがある。


【ケルストウ王国】…西大陸北東部のシャストア王が治める復興した海洋王国。

戦後にオロア地方(旧カットガス子爵領)を獲得し、そこに身を寄せたカットガス子爵夫人とその娘フレージュも属する。


【フォーセル王国】…東大陸南部の森と巨大湖の国、湖には偉大なる者・巨大魚ヒュライラーが棲む。王には4人の王女がいたが三女は戦死、四女は新生シーサックへと嫁いだ。古の伝承に「雷鳴を呼ぶフレンデッタ」が伝わる。


【エルドマ王国】…東大陸中央の高山地帯を有する大国、戦争時にはエルドマ帝国(東帝国)を名乗り、高山に棲む飛竜達に乗った飛竜兵で他国を圧倒した。

騎士団長に王族傍系のランドガがいる。


【ノーデント王国】…東大陸北東部の深い渓谷を有する高低差の激しい国。霧の谷には偉大なる者・巨人スレイザックが棲むなど人が住める環境は少ない。


【アズベリア王国】…東大陸北西部の雪深い国。西に人の踏み入れぬ霊峰があり、その麓に住む民との戦いが長年続いている。

王宮詩人ラズバンはこの国の貴族であり、北の姫君の悲話と共に国を離れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ