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ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


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第50幕:「戯言」


第50幕:「戯言」


◇新生王国暦5年 陽光季99日



よっ、と軽く反動を付けて立ち上がったファヴァルは堂々と胸を張りファイルとバーレットにニカッと笑ってみせ、口を開こうとしてよろけた。


「無理しちゃダメよ」

「ここが踏ん張りどころって奴ですぜ」


なんとも締まらない始まりにバーレットもデノンも揃って顔を覆う、その溜め息まで息ぴったりである。

少し悔しそうにするがそこで泣いたり喚いたり地団太を踏まないあたり、ファヴァルのスイッチはしっかりと入っているようだ。

普通の16歳(成人)であったらそもそも泣きも喚きも地団太も踏まないのかもしれないが、ファヴァルをよく知る者からすれば素晴らしい落ち着き様である。

そして本当にスイッチが入った時の彼は別の意味で普通の16歳では無い事も良く分かっている、不安は残るが分かっているのだ。


「シーサックの聖女ファイル様、そしてその忠臣バーレット殿、特にバーレット殿には改めてのご挨拶が必要でしょうか、前回の挨拶時にはヴァルと名乗っておりましたので」

「ふむ、そうですな。もう自分がディオニの村人ヴァルと偽る必要が無いと判断されたのなら、そうされるべきでしょう」

「これは手厳しい、ですがその通りですね。改めて私の名はファヴァル・レギエン、メイヤーナ王国の辺境伯を拝命しています」

「シーサック王国上級騎士バーレット・デルゲントだ、してその敵国の辺境伯殿がわざわざこの様な遠方の地まで軍を率いて来た経緯と、今ここに居る理由をお伺いしようか」

「既にファイル様にはお伝えしていますが、このスホータムの砦は13年前に我が父エキルの軍により攻略され、その戦いでこの砦から一度は全ての魂が失われました、ご存知でしたでしょうか」


目を細め、じっとファヴァルを睨むその眼光は鋭く冷たい。

そこにあるのは発言に対する嫌悪だが、何を馬鹿なとは言わずじっと黙っているのは、その先を促している様でも、何かを見定めようとしているかの様でもある。

そしてその目が、その魂が見ているのはファヴァルだけでは無い、当然の事ながらファヴァルの周囲に居る者達の反応も、そして主の反応も…。


「既にその日から13年の時が経ち、現在は七王国暦換算で289年、私達は新生王国暦の5年目を生きています」

「289年…貴方は我等の時が既に止まっていると言うのだな」

「バーレレット、私達は…」

「その通りです、ファイル様もバーレット殿も…、アストガルのお爺ちゃんも優しいグノッサリオさんも博識なベルニオンさんも勇敢なルダンさんも期待の星バンフルさんも、…記憶に無い英雄ドノヴァー様も、そしてここに居るアローネさんも。七王国暦276年は過ぎ去った物語の中にのみ存在する時代です」

「では…新生王国暦5年とやらを生き…る貴方と我等の今の関係は」

「肉体は失われましたが、その魂はファイル様の願いによって繋ぎ止められました、今の貴方達は…」


「戯言を!!」


大きな声を出して会話の流れを断ち切らんとしたファイルだが、その声は声量の割に力が無く、怒りよりは不安や恐怖を紛らわすためのものであった。

その証拠に再びファイルを包む様に発現した雷光はしかしとても不安定で弱々しく、誰かに向けて飛ぶ事も無く収縮を繰り返しているだけなのだ。

それは意図した攻撃でも無く、身を守る為の過剰な反応でも無く、只々自らの心を守る為の、もうこれ以上何も言わずそっとしておいて欲しいと言わんばかりの殻の様なもの。

その大袈裟で無駄な力の使い方を見たバーレットには察するところがあり、そしてそんな、客人の前で無様な姿を見せるファイルの心中を推し測る。

とても感情的…感情豊かでよく笑うファイルこそ彼女の本質ではあるが、それ以上にこの人は王女であり彼等の主であったのだ。

その律するべきを守れず立場も状況も忘れて声を荒げ、かと思えば弱さをさらけ出してしまうその姿は到底平常とは、彼のよく知る王女ファイルとは言い難かった。

声の歪みも、視界の滲みも、ああ成る程なと思えてしまえば多くの疑問に答えが出て、諸々の状況が腑に落ちた。


「ふむ、成る程これが…ソウルキーパーを見たのは初…だ」


自分の手を見ながら真面目な顔をしてそうこぼしたバーレットにファヴァルは声を出して笑い出し、デノンもブノンズも主ほど無作法では無いものの堪えきれずに笑い出した。

憮然とする彼の前でアローネは不思議そうにしながらも一緒に笑っているし、ファレーザに至っては恐らく何も分かっていないのにファヴァルに負けないくらいの大笑いをしている。

気に入らない、気に入らないがその楽し気な雰囲気自体は嫌いでは無い、何より。


「…ファイル様、嬉…うですな」

「そのよような事はありません、ただアローネがが楽しそうだから…」

「ふむ」


ならばそれで良いでは無いか、と思いかけて流石にそうも行かないかと思い直す。

すぐに隠してしまったがファイルが少しだけ見せた笑みはとても自然で、つい先程までの表情とは比べ物にならない程に良かった。

わざわざ表情を曇らせてまで敵視し、互いに傷つけあう必要性は何処にあるのだろうかとも思う。

(もう少し情報が必要だ、もう少し具体的で、最良の解決策へと至る道筋が)


「それで?仮に我等が既に亡き…ったとして、貴方は何を求める、我等に何を望む」

「あるべき空への帰還を」

「如何にして、我等の魂がファ…のご意志によって繋ぎ止められているのであれば、そこに…れ相応の理由があるはずなのだが」

「ファイル様は死してなお、この砦に住む家族との日常が続く事を願われました」

「その通りりですバーレット、だから彼等を追い出し今ままで通り戦いの無い平和なな日々をここで」

「違いますバーレット様、ファイルが本当に望んでいるのは笑顔の絶えない日常です」

「それは同義でではありませんかアローネネ」


どうして分かってくれないのかと、悲痛な声を上げるファイルは今にも泣き出しそうだ。

本当は分かっているんでしょうと、訴え掛けるアローネは今までに無く真剣だ。

そしてやっと分かったとばかりに微笑んだのは、普段は笑わぬバーレットであった。


「ファイル様も笑顔の絶え…常を望んでいると言われるのであ…、どうしてそのような悲し気な顔をされているのです、皆の手本…主であれとお教えしたはずですが」

「それは…今が戦ううべき時だだからです」

「ですが皆は笑っております、今この場で一番笑っ…ないのはファイル様ではございませんか」

「ですかから、一刻も早くくここの戦いを終えななければ」

「その通りで…して彼等は戦いを望んでいる…見えません」

「でも、今ままでは何事もな無かったのに、彼等がが来るまで変わららぬ日々を続けけていたのに」

「…本当にその日々は…様の望んだ日々…のですか」

「バーレレットは私の味方ででは無いのですか!わ私と共に戦っててくくれないのですか!ババーレットは…!」

「私の主はファイル様です、良く笑い幸せそ…イル様です、ファノア様とファ…様の誕生を泣いて喜んだファイル様です」

「だだったららなぜ!」

「そして…の誓いは、その…を守る事です」

「私だだって、私だだってて、こんな、このよようなな、こんななつもりじゃ、ここんな、ここんんなな…」



顔を覆い、人目もはばからず泣くファイルは、やはりバーレットの仕えるべき主では無かった。

彼の主は笑顔の良く似合う、それでいて皆を統べる強さも併せ持つ、とても素敵な女性であったはずなのだから。

だからこそ、彼には臣下としてやるべき事がある。


「ファ…ル殿、ファイル様に代…の場でのこれまでの非礼を…しよう。我が主も…でいた状況では無い様だ、…て今ならそのご自覚もある、な…話し合いは可能でしょう」

「バーレット殿、大丈夫ですか?」

「…、心配無用と…たいところだが、ふむ、…でもないか」

「バーレット殿、いえバーレットさん!優秀な貴方なら既に私がどうしてここに居るのか、この場所へと来る事になったのかお分かりのはずです」

「私に言わ…は意味がありません、よく…を選ぶようにと…はずです、殿下、さあ!」


バーレットが求めているのがただの答え合わせでは無く、その口その魂から発せられる言の葉による宣言である事は理解出来た。

そしてそれを宣言しそれを突き付けそれを認めさえる事が彼の魂に致命的な衝撃を与える事も理解出来た。

それすらも承知の上でバーレットは現実を突き付けろと言っている、時間の止まった彼の魂を今の時間で上書きしろと言っている。

既に黒雲の竜の加護を失った彼に残されているのは、変わらぬ日々を願った聖女による祈りの力のみ、それすらも失えば武器庫で一度姿を消した時の様に再び声が戻って来る事は無いのだ。


ファヴァルと交わす視線は火花を散らし、促す言葉は強く圧すら感じる程だが、それでもそこに先程の様な嫌悪は感じられない。

信じているからこそ、信じる事にしたからこそ、叩き潰すつもりでその本気をぶつけて来いと言うバーレットの挑発はファヴァルに届いた。

それが再会の言葉であり、別れの言葉になると言う理解と共に。



「私の名前はファヴァル!」


握られた拳は力強く。


「かつてこの砦に生まれレギエンによって育てられた命!」


吊り上がった眉は勇ましく。


「ここへ帰って来た今この時よりは!」


流れる涙は美しく。


「再びベリュークを名乗る…」


微笑む口元は優しい。


「…ファヴァル・ベリュークです!!」



「 …あ、殿… …派になられ… …全く、月日が経つのは…ものだ… 」

「バーレレット!!」


優しい笑みを浮かべたまま、その輪郭が滲み始めたバーレットの声はどんどん不鮮明になっていく。

聖女に望まれた永遠に訪れぬ落日の日の記憶を甦らせ、今を認めた魂は祈りを失った。

すがり付こうとするする聖女の腕は霧を掻く様にその体をすり抜け、最早その身に触れる事は叶わない。

だが霞む意識の中で彼の頭は最後の最後まで働き続けていた、彼のただ一つの願い、その魂に誓ったファイルの笑顔を守る為に。


「 …イル様見て…い私を… …は今、そのお望…りに…えているで… …か… 」


膝を落とし涙するファイルの目の前には、目線を合わせる為同じ様に膝を落とし優しい笑みを浮かべるバーレットが居た。

涙を拭おうと伸ばされた手はファイルの頬に触れると霧の様に溶けて形を失い、その目的を果たす事は叶わない。

だが2人揃ってそれを残念そうにして、その仕草に笑いが込み上げる。


「ババーレットトは今とてもも良い笑顔でです、いつも以上ののとってても優しくくて素敵なえ笑顔ですよよ」


「 …れは良かっ… 」


形を失った魂はぼやけ、滲み、霧散した。

後には何も残らない、そこに在ったバーレット・デルゲントという存在は跡形もなく掻き消えた。

ただ、声を残して…



 …どうかファイル様もその笑顔を忘れずに、我等が守ると誓ったその輝くような笑顔を…



「忘れていた訳では無いのですバーレット、皆の笑顔を守る為に一生懸命で、でも笑顔を守る為にこそ私にも笑顔が必要だったのですね、そう教えてくれたのもやはり貴方でした」


思い出の中にいるバーレットはいつも厳しく、いつも真剣で、いつも誰かの為に難しい顔をしていた。

そんな彼を見る兵達の目には畏怖があり、指揮する騎士達の顔も真剣で、誰もが共に難しい顔をしていた。

だが兵達が奮えばよく褒め、騎士達の肩を叩き、後ろを向いて誰よりも満足そうに笑うのだ。


笑顔と共に消えたバーレットは、自身の最後の仕事にも満足したのだろうと思えた。


ファイルは目の前で消えた忠臣に弔いと忘郷の祈りを捧げると、その魂の行く先を、見えぬ空への帰還を願い聖堂の天井を見上げた。

彼女が最後に空を見たのは果たしていつだったか、櫓から見下ろす戦場と、グノッサリオの背中と、そして降り注ぐ矢の雨の向こうの青空。

今までファイルはその空を見た日の数日前、まだ戦いが始まる前の矢一つ無い青空の日に戻りたいと思っていた、そう願いそう祈りそう演じて来た。

だが今はあの日に戻りたいと思った。

あの矢が降り注ぐ空の日、砦が燃えた日、命が消えた日。

そこであるがままに魂を空へと還すべきだったのだと、今ならば思う事が出来た。


だからファイルは、自分では説得出来そうに無い、あの日のファイルの説得を愛しい我が子とその仲間達に託す事にした。



「お見苦しい所をお見せしました、歓迎しますメイヤーナの方々、そしておかえりなさい、私のファヴァル」


バーレットの最後と、彼への祈りを静かに見守っていたファヴァル達は、ファイルの突然の変わり様に驚いたがそれもそうだろう。

振り返ったその表情はまるで別人の様に穏やかで、切羽詰まった様な声は影を潜め滑らかで、何よりその佇まいはそこに在るだけで王女なのだ。

そこにはどんなに荒削りな石の王座でも、どんなに荒れた聖堂でも、どんなに荒んだ空気でも、全てを包み込んで美しく見せる輝きがあった。

メイヤーナの女王マインサの見せる美しさがその美貌と母性なら、シーサックの王女ファイルの見せるその美しさは…


「聖女」


デノンがこぼしたその名に反応する者は居ない。

言わずとも皆が皆その言葉に同感であったし、その聖女の発する空気に呑まれ圧倒され、目を離す事など出来はしなかったのだから。

そこに居るのは間違いなく聖女ファイル、歴史と伝承にその名を残すシーサック最後の王女その人であった。



「あの、えっと。ファイル様は…」

「おかえりなさい私のファヴァル、ね、もっとよく顔を見せてちょうだい」

「母さん!!」


温もりは感じられずとも、そこに在る母に抱き付いたファヴァルは確かな感触と魂の繋がりを感じた。

母の詩に包まれていた記憶を思い出すことは出来ずとも、自分は確かにその腕の中で眠っていたのだと感じる事が出来た、顔に触れるその黒髪を引っ張ってしまった事もあったかもしれない。

まだ実感は湧かずとも、家に帰って来たのだと言う感慨深さがじわじわと込み上げて来る、幼い自分が走り回っていたかもしれないこの砦内を隅々まで見て回りたいと思う。


久しぶりに抱き締めた息子の背は高く広く、ファイルにその成長をこれ以上無いくらい実感させる。

共に過ごす事が出来なかった季節達を、そしてこの先に続く季節達も共に在れぬ事に一抹の寂しさを覚えるが、今はここに共に在る安心感がそれを上回っている。

息子の側に残して行ける者は居ないが、共に在ってくれる者は多そうだ、きっと心配する必要は無いのだろうと思う。


互いに止まらぬ涙は頬を伝い続け、声無き抱擁は長く長く続いた。

やっと叶った母子としての13年ぶりの再会は静かで、穏やかで、まるで時が止まったかのようだ。

それを邪魔する無粋な者など居るはずも無く、ファレーザすらも黙ってその様子を見守っているが、その表情には微笑ましさと同時に焦りも浮かんでいた。

一度止まったはずの時が動き出し、感動と共に再び止められ、そしてじきにまた動き出すだろう。

だが本来止まった時が再度動く事など無いのだ、ましてや止まって動いてを繰り返していてどうして壊れずにいられようか。

既にファレーザの瞳には美しい光景の中に綻びも映し出されていた、それは人間には見えていない魂の輝きの揺らぎ、そしてそれは聖堂に広がり光として可視化され始めている。


「まるで祝福してるみたい…」

「そうっすね…これはこれで綺麗だ…」

「へへ…まるで光も泣いてるみたいでやすね…」


聖堂の壁に取り付けられている魂芯灯の半数は、時の流れと荒れ狂った雷光によって破損したり床に落ちてしまったりしている。

それでも残りは無限とも思える燃料をファイルから供給され、整備する者が居なくなって久しいにも関わらず煌々と明かりを灯している。

それらはこれまでファイルの感情の起伏に併せて光量を増したり減らしたりはしていたが、今や突然ぶわっと光を放ったかと思えば蝋燭の灯りの様にチロチロと儚く瞬き、不規則な明滅を繰り返している。

一見すると光のショーの様で綺麗だが、その燃料たる聖堂中に渦巻く光の波を見るファレーザには、その形状や規則性が乱れファイルの感情以上に大きく蠢き、まるで別の生き物がそこに居るかの如く暴れているのが見えている。


「それはどうかな、ねえファイル?」

「はい、分かっています」


閉じていた瞳をゆっくりと開けて、ファヴァルの背中とそれを抱き締める自らの手の感触を確かめてからファレーザと視線を合わせる。

ファイルは自身の変調を把握しており、ファレーザがそれを危惧している事も織り込み済みであった。


「ファレーザ、ズィードが私に残してくれた記憶には貴女の姿や過去の出来事に関するイメージはありません、それはきっと貴女やファルタと共にあるのでしょう。ですがズィードの感情とでも言うべきものがそこにありました」

「へえ?まあ魂はこっちに居るけど、ズィード自身の意識はそっちに居るみたいだからね」

「ええ、長い夢の中で一緒に大草原を旅した事も、悩む私に話しかけてきてくれる事もありました」

「で、何か言ってたあの竜?」

「共に飛ぼうと、共に還ろうと。思えばそれは私を解放する為の言葉だったのですねズィード、私の友達」

“我ガ友の娘ヨ、よく眠れタカ、今ハ機嫌が良イ様ダ”

「ええとても久しぶりに清々しい気分です、今なら貴方と一緒にあの大空を飛んで行けそうなくらいに…ずっと待って居てくれたのですね」

“空ノ見エヌこの場所ハ退屈だったが、山ヤ森ガ姿ヲ変える程の時デモ無イ、あっと言ウ間ノ出来事ダ”

「でもそのあっと言う間に、私の息子はこんなにも大きくなっていました、見て下さい!」


勿論、実際にそこにズィードが姿を現している訳では無く、その声も聞こえているのは魂が繋がっているファイルとファレーザのみ。

だが事ここに至って一体何をなどと言う者は居ない、皆そこにシーサックの護り竜、黒雲の竜ズィードが存在しているのだと知った。

友達に自慢の息子を紹介する母親の笑顔は眩しいくらいに輝いていて、見守る家族達の気配も温かい。


“君にも、アノ王子にも、似テいないナ”


ファレーザの少しひねくれた性格はもしかしたら親譲りなのかもしれない。

自由で気まぐれだが、なんだかんだ最後には協力してくれる優しいところも。


「その分ドノヴァーに似たのです!よく見て下さい、髪の毛だけじゃなくってこの目元とか唇とか、ほらこの鼻筋なんかも!」


勢いに呑まれポカンとするファヴァルの顔を両手で挟み込む様に押さえ、必死に虚空へ向かってドノヴァーとの共通点を解説するファイルの姿はこれ以上は無い位に場違いで滑稽だが微笑ましい。

実際に血は繋がって無くとも、指を差してケラケラと笑っているファレーザの姿も、恥ずかしいから止めてと言わんばかりに苦笑するアローネの姿も、家族団欒の一幕の様である。

求めていた日常を取り戻した聖堂には、笑顔の花が咲き乱れ、陽気な声が木霊した。


「なんつーか、聖女さんでも親バカなんだなぁ」


そして、二度とそれを失ってはならないと決意する。



「ズィード、私は貴方と共に空へと旅立ちましょう、ここはファヴァルが居れば問題無いもの」

“楽しみダ、城ノ下手くそナ詩歌いノ言葉ナラ、待ち焦がれテいた時とやらダナ”

「ああ、ええ、そうね、お城に呼ばれた吟遊詩人さんも上手だったと思うのだけれども」

“魂ノ無イ歌だっタ”

「その方面でファイルと比べられる奴は可哀想だよねー。で、旅立ちの準備は?」

「お願い手伝ってズィード、ファレーザ、勿論アローネも」


ファイルを中心に聖堂内に膨れ上がった目に見えぬ魂の暴風雨は、今や逃げ場の無い程にこの場を覆いつくしていた。

雷雲を好む黒雲の竜ですら避けたくなる程の濃密で近寄りがたい冷たい感情の波。

その波を見えぬからこそ平然と掻き分けファイルの手を取ったのはアローネだった。


「どこまでも、いつまでも、お側に在りますファイル様!」

「ありがとうアローネ、でもベリューク家を統べるのは今や私では無くファヴァルです」


「…それじゃあ一緒に行こうか、ファイル」

「ええ!」


その手を“取っていた”のを“繋ぎなおし”て、2人は抱擁を交わす。


「今日だけで何回目の面倒事だろう、これはご褒美奮発して貰わないとなー」

“アノ王子やコノ王子が、何でモ聞いテくれるダロウ”


そう言って臨戦態勢を取り、早くもご褒美をどうするか考え始めているのはファレーザ。

アノ王子ことファルタ王はこの場に居ない為、コノ王子ことファヴァルを見て舌なめずりする様子は、得物を狙う蛇の様だ。


「ファヴァルのお友達のお二人もどうか、巻き込んでしまって申し訳なく思いますが、どうかこの子の為にお力をお貸し下さい」


「お友達っつーか部下なんでまぁ言われずとも戦いますけど、なぁ?」

「全力で!全力でお力をお貸しさせていただきやすます!」

「あっ?ブノンズさん抜け駆けかよ!」


とっくに腹など決まっていた副官達も、いつもの調子でおどけて、いつも通りにファヴァルを助けるのだろう。

長い道のりの末にやっと辿り着いたこの場所で、ちょっと鍛えられているだけのただの人間に何が出来るかは分からないが、それでも彼等が疲れを押して全力を尽くす事は疑い様が無かった。


「素敵なお友達ですねファヴァル、あの方達を大事にして、共に協力しあって、良い領主になるのですよ。民を慈しみ、罪を憎み過ちを罰し、心を救って領地の財と成すのです。そして…」

「分かってる、大丈夫だから、母さん心配し過ぎ、本当に大丈夫だってば!だから…」


一通り多くの家庭で見られそうな親子喧嘩とも言えないようなじゃれ合いをして、もうこんな事を出来るのは最後だと分かっていてもそんな事はおくびにも出さず何も特別では無い会話をして。

最後にファイルは自慢の歌声を披露した、家族や友の背中を押す応援の詩を、同時にその手でアローネとファヴァルの背中も押す。

アローネに手を引かれ石の王座から離れたファヴァルが振り返れば、そこには武器庫の絵の中で見た通りの優しい笑顔の母が居た。

バーレットが描いた、バーレットが守った、家族と一緒のあの笑顔が。



空の下で歌おう 人々を見送り雲を追い あの青の彼方へと旅立とう

何も縛らず縛られず あるがままに風に乗ろう

眩しい陽光に手を翳し その暖かさを感じ取ろう


波の上で歌おう 鳥たちを見送り雲を追い あの青の彼方へと旅立とう

何も遮る物など無い あるがままに風に乗ろう

頬撫でる炎熱で身を焦がし 希望の炎に薪をくべよう


草原に寝転び歌おう 馬たちを見送り雲を追い あの青の彼方へと旅立とう

何も憂う事など無い あるがままに風に乗ろう

吹き抜ける涼音に耳澄まし あの日を思い出しやり直そう


身を寄せ合い歌おう 歴史を見送り雲を追い あの青の彼方へと旅立とう

何も躊躇う必要など無い あるがままに風に乗ろう

凍える様な銀風もやがて必ず 過去になると信じよう


貴方の歴史はまだこれから 貴方達の歩みはまだ続く

綴るべき頁はまだこんなに ペンを置くにはまだ早い

託した夢はまだ半ば 再び出会うにもまだ早い


さあ時を戻して過去を変えて

さあ時を流して過去を流して さあ


私達は空で待ちます 遥か高く遠く手の届かぬ場所で

だから沢山ののお友達を作って

だから世界中のお土産げを持って

だからゆっくくりと支度をして


絶対に忘れるる事ななど無いのだだから

だかからゆっくりりと支度ををして


…いつかまた会いましょう 私の…



13年もの間、魂達を見守り続けた砦の魔女は笑顔で去った。

そして…



黒幕、それは幕間に潜む影、全てを知る者、物語を司る者。

その企みは成功するのか、それとも白日の下に素顔を晒されるのか、幕が閉じるその時まで分からない。



「お黙りなさい、私の守るこの砦で、勝手な真似はさせませんよ」



◎続く◎


少々書き直しを行った結果、やや間が空いてしまいましたが気付けば50幕でした。


バーレットさんは変わらぬまま最後まで仕事人間だった模様。

誘われるようにしてファイルさんの片割れもフェードアウトしました。

片割れさんの方は無事に旅立てた様ですが、さて問題はもう片方ですね。

とっても頑固でだいぶこじらせてしまっているようで…

しかも本人は本気で大真面目だから手に負えないですなぁ。

あーあ、ファヴァル達はたーいへんだなぁ( *´艸`)


そういえばこの世界にも歌や歌劇の様な物は存在します、しますが文化レベル的には固定の大劇場などは無く、基本的には旅芸人の体であったり酒場の華程度のレベルです。

有名な歌、定番の歌といった物も存在するものの、ほとんどはその地の伝承や歴史、出来事などを詩人が歌にした物で、それ以外は個々の詩人や楽人がオリジナルで作った弾き語りの歌といった感じでしょうか。

その一方で魂歌には基本的に明確な歌詞やメロディ、楽器演奏などはありません。

ソウルディアの魂から発生する力は感情や想いに大きく左右され、ほとんどの人間はそれを使いこなせるほどの力(輝き)を持っていません、無くて普通です。

そんな中、大きな力を持った一握りの人がその力を使いこなす為に生み出されたのが魂歌です。

その時その時で、表現したい叶えたい想いをそのまま詩として歌うのが魂歌なので、決まったルールもありません。

人によっては呪文の様であったり、ルルルラララだけであったりと様々です。

想いや感情を込められれば、乗せられればそれで良いのです。

そんな中、ひと際大きな力を持って、人一倍努力をして、人並み以上の歌声を持って、とても感情豊かだったのを一度抑制されその後爆発させ人じゃなくなっちゃったのが某聖女さんです。

あれ?タイトルも砦の魔女だしやっぱりこの物語の主人公ってファヴァ

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