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ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


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第48幕:「糸紡」


第48幕:「糸紡」


◇新生王国暦5年 陽光季99日



「伝令!」最初にその声が聞こえて来た時、彼等も流石にここまでかと思った。

煙の充満した軍議室でその煙と同化する様に佇むのはアストガル、ルダン、ベルニオンの3人。

視界はほとんど無い為お互いの存在と位置は声でのみ判断している状況だが、全員健在である。

この砦で数少ない生身の人間であるデノンとブノンズは先程煙に追い出される様にしてより地下へと退避して行った。

思えば砦陥落の際にも、こんな風に熱に追い出される様にして多くの兵が奥へ奥へ、地下へ地下へと逃げて、もしくは逃げられずに砦内の各所で命を落としたのだろう。

なんて惨いと思うと同時に、なんて頭の良い戦いをしてくれたものだと改めて当時の敵将に感嘆する。


「まるで忘れていた悪夢を思い出したかの様じゃ」

「そう、ですね。最期は次第に意識が朦朧としてどうなってしまったのか定かではありませんが、これに似た状況だったのでしょうね」

「俺は覚えてるんだよな、監視所から外郭の中庭まで侵入した敵の侵攻状況を監視してて、主力が内郭に突撃したら敵の後続に奇襲を掛ける予定だったもんで」

「お主そんな場所におったのか、それでどうなったんじゃ」

「いやね、敵さん最初は少しずつ入って行ったんですよ、でも割とすぐに攻略を諦めたのか出て来ちまって」

「内郭でアストガル様やバーレット様と本格的にぶつかる前に地形を見て下がったのでしょうね、状況判断の的確な敵です」

「それで機を窺ってたら内郭の門を塞いで盛大に焚き火を始めやがって、これはまずいんだろうなと思って動いたら部下共々ヤマアラシですよ」


ルダンは砦内の味方が危ないと判断したものの、山頂の監視台からの移動は縦穴に設置された梯子を使って内郭へ戻るか、縄を伝って山肌を直接下りて行くかの二択。

実質選択肢が無かったルダン率いる遊撃隊は、一部は山肌を伝い、他は内郭から外郭へと飛び降りる事が出来る数か所の非常路から攻撃を試みた。

だが奇襲になってこそ有効な攻撃方法であり、こちらが炙り出されるのを待ち構えていた敵に対しては最初の一撃こそ有効であったものの、その存在を気付かれてしまえば局所的には数的不利な戦いとなり次々と倒れ、山肌を伝って下りていた者もその多くが無数の矢を浴びて転がり落ちた。

ルダンは得意とする奇襲の機会を失い、味方を救う為には時間を掛ける訳にもいかず、自身の主義に合わない強引な攻撃を敢行した結果、最後に見た光景は体に刺さる複数の矢とラグンの美しい空であった。


「いやいや、思い出したら悔しさもこみ上がってくるってもんだ」

「なんじゃ、まともに敵と剣を交えて最期を迎えたのはドノヴァー様くらいじゃの」

「ベリューク騎士としては些か不名誉な終わり方でしたね」


「 …伝令!… 」


軍議室に三方から押し寄せていた兵達は煙から退避していたがどうやら一部はまだ近くにいるらしい、視界はきかないがそこへ伝令の兵が走っている。

少なくともこのタイミングで軍議室への到達を諦めろといった作戦の中止を告げる内容は無いだろう、部隊間での連携を取って一気に来るか、それとも何か新たな命令が出ているのか。

どう来るにせよ既にこちらの人数も手の内も知られていて、ブノンズとデノンはおらず新たに燃やせるような燃料も心許ない。

さて最後まで抵抗して戦うか、それとも最早これまでと諦めるか、ファヴァル達を送り出してからそれなりに時間は稼げたと思うのだが。

そう思ってようやく足下から濃度が薄まり始めた煙の中、コツコツと騒音対策がされた鈍い足音を響かせて部屋の中央に移動したのはアストガル。


「さて、今度こそ最後の軍議かの」

「軍議と言うには少々参加者が少なすぎる気もしますが仕方ありませんね」

「俺はパス、そっちで決めてくれその判断に従うぜ」


老騎士の「はぁ」という声と共に煙がぶわっと吹き流れる、それを見たベルニオンは場違いだとは思いつつも成る程溜め息が可視化されると言うのは面白いと思った。

それと同時に何だか落ち着いてしまって、つい先程までの攻防を思い出してまた面白くなってしまう、だって通路を塞いだ机やら何やらを挟んで物を投げ火を投げ言葉を投げて戦ったのだ。

それは戦ったと言う表現が正しいのかも分からない程に滑稽な戦いであった。

果たしてこの戦いの様子を見ていたら、話して聞かせたら、ドノヴァーやファイルは無様と呆れるのかそれとも怒るのか、いやきっと笑ってくれるだろう。

そしてドノヴァーは俺もとばかりに戦列に加わりファイルは皆に声援を送るのだ、そんな光景がありありと想像出来てしまってベルニオンも釣られて自然と笑みがこぼれる。


「ベルニオンよ、お主はまともじゃと思っておったんじゃが、もうこの砦にはまともなのはおらんのかの?」

「これは失礼をアストガル様、いや何…クク…」

「はぁ…なんじゃいなんじゃい、こっちまで気が抜けてしもうたわ」


そう言うとアストガルは近場の即席バリケードから椅子を一脚引っ張り出してどっかりと腰を下ろす。


「ま、最後はなんだか締まらんが…よう戦ったのう。戦って戦って、シーサック中を駆け巡って好き主にも巡り合えて…」

「おいおいアストガルの爺さん走馬灯見えてんじゃないか?まあ死んだ後に見る走馬灯なんてもんがあるのか知らんが」

「心残りが無い訳では無いが、ファヴァル様のご成長も見届けられた事じゃしな、ファノア様は残念じゃが」

「そうですね、ファヴァル様はまだまだ学ぶべき事が多い様に見受けられますが、その人柄は配下の様子を見れば分かろうと言うもの」

「儂らの意志は無駄にならんよ、儂らの紡いだベリュークの糸はそう簡単には切れぬと言う事じゃ」

「おお、アストガル様にもその様な詩的な一面が…」

「ふん、まああ奴の受け売りじゃ。…誰よりも詩的で誰よりも真面目で誰よりも主想いの、な」


下ろした腰は重く、偲ぶべき過去は多く、振り返れば話すべき事柄はいくらでも転がっている。

判断に悩んでいたベルニオンも、内心は最後にもう一花咲かせようと思っていたルダンも、剣を鞘に納め椅子を持ち寄って腰を下ろした。

そこからは取り留めもなく各々が語り、頷き、笑い、泣いた。



「魂が行き着く場所というのがあるのなら、あちらに行ったら早速ファノア様のご指導を再開せねば」

「私は一足先に行ったグノッサリオ様に会いに行きましょう」

「俺はドノヴァーとの訓練の続きだな、ガキの頃は俺が勝ってたし、あいつが英雄になってからだってあと一息の所まで追い詰めた事があるんだしよ」


「うむ、心は決まったのう。さて、ファヴァル様達のご活躍による加護の消失が先か、それとも兵達に捕らえられるのが先か…」


「 …ダン様、アローネ様は居られ… くはアストガル様かバーレッ… 」


三人は突然の声に驚いた、確かに警戒は解いていたがそこまで油断していたのだろうかと自らの脱力っぷりにも驚く。

だいぶ煙も薄くなり視界が広がりつつある中、それでもソウルキーパーの兵の姿は何処にあるのか判然としないが、その声はバリケードのすぐ向こう側から聞こえて来た。

恐らく一人でそこまで来ているのだろう、いくら姿が見えずともこの距離で大勢の兵が動けば流石に気配で分かる。


「 …の外で戦っていた部隊からの伝令が一緒に来て… 」


二人だった。

アストガル達は互いに顔を見合わせ、はてこれはどういう事かと訝しむ。

デノン達が向かった聖堂方面からならばまだ分かるが、砦の外からなど今更自分達にどんな伝令が来ると言うのだろうかと。


「俺はここに居るぞ、アストガルの爺さんもだ。アローネとバーレットさんは席を外してるけどな」

「 …ダン様良かった、ファイル様の命令で仲間達とそれから他の… …も一緒にメイヤーナ軍へ攻撃を行っ… 」

「なんじゃい、儂の部下達も持ち場を離れて動いておったか」

「ま、さっきここで各隊を率いてるのが揃ってファイル様の加護を失いましたからね、そんなこったろうとは」

「 …は膠着しており、敵のエグレン・レギエンと名乗る… …級騎士がいずれかの指揮官との決闘を望… 」

「エグレン・レギエンとは大物が出て来ましたね、ファヴァル様のメイヤーナでの叔父にあたりかのエキル・レギエンの弟です」


ガシッと強い音が響いた。

デザインの違う両の拳を打ち合わせたルダンは先ほどまでの無気力が嘘の様に生き生きとしていて、ニカッと笑うその口からは今にも雄叫びが飛び出しそうだ。

ルダンの本領は大軍同士のぶつかり合いでは無く少数による個々の技量で戦局が動く場、決闘や一騎打ちとは少し異なるが互いの技が一番輝く戦いが大好きなのだ。

軍の中でも異質なその身に付けた継ぎ接ぎ鎧は、過去の強敵から奪った戦利品の一部や、その技を活かす為の物。

それ故、パーツごとの作りや材質、色や形も不揃いだが全身がそうなので逆に違和感を感じさせない不思議な特注の複合装甲鎧である。

隠されたナイフは3本、攻撃に使える突起は2か所、左腕の外側は魚の背ビレの様にギザギザで、武器を握る右の拳は殴打に適した厚みがある。

左足のつま先には小さな多用途の鉤があり、右足の踵の後ろには強い衝撃に耐え得る踏ん張りを生む返しがある。

ルダンは名の有る騎士の中では唯一、騎士となってからも剣闘士や傭兵としての戦い方を貫いた者であった。


「そんな事は知ってるしどうでもいい、大事なのはその男がドノヴァーと最後に戦った相手だって事だ」

「ふむ、戦士としての技量ではあのドノヴァー様を上回るのかのう?」

「いえデノン様の話ではドノヴァー様は熱でだいぶ弱っていたと、それを差し引いてもそれなりの者であるかとは思われますが」

「俺は戦って来るぜ、最後の最後にこんな舞台を用意してくれるなんざ、ドノヴァーが代わりに戦って来いって言ってくれてるみたいだ」

「儂も同道しよう、見届け人は必要じゃろうし、指揮下を離れたとは言え兵達の事も気になる」

「それでは私はここに残りましょう、残ってこちらの兵達の対応を引き受けますよ」


3人の騎士は互いに向き合うと胸を拳で2度叩き、その音を以て了解と、それぞれの健闘への祈りと、別れの言葉に代えた。




「ファイル様、少し奥の部屋でお休みになられては」

「いいえ、大丈夫でですバーレット」


山の中腹でぶつかった辺境伯軍とベリューク軍との戦いは、バーレットが想定していたよりもかなり穏やかな展開になっている様だ。

恐らくは辺境伯軍が守りに徹しているか、受け流し後退しながらの戦いを行い、まともに斬り合っていないのだろうと思われた。

それは最終的な事態の解決に向けては無駄に時間を要している事になるが、ファイルの事を想えば悪くは無い。


「(ふむ、一度に多くの悲鳴が、還り逝く魂の叫びが聞こえればファイル様のお心が痛み乱れると思ったが、どうやら杞憂であったようだ。敵の指揮官はエキルだろうか、その優秀さに今は感謝しても良い。が、はてどのような経緯で砦外まで我が軍が出撃しているのであったか…)」


やや体調の悪そうなファイルの後ろ姿を見ながらバーレットは霧の掛かったような記憶を手繰り寄せる。

まるで寝起きの様な何ともスッキリとしない自分の頭を思いっきり叩きたくなる衝動を抑え、必死に記憶を繋ぎ合わせ状況を整理する。


「(何故だか、つい最近も同じ様な事があった気がする、この不快な感覚はなんだろうか)」


どうにも記憶のピースが足りていないように思えるが、それでもものすごい勢いでパズルを組み上げ目の前の状況を理解した。

常に現状を正確に把握しないと気が済まない質であり、それが自らに課せられた役割だとも思っているからこそ意識せずとも勝手に頭が働く。

“バーレットは自分がそういう人間であると知っている。”


「…ファイル様申し訳ありません、あそこの方はどなただったでしょうか、どうやらご挨拶をした際に他の案件で頭がいっぱいだった様です」

「まぁバーレットにしてては珍しいわね、それともバーレットらしいとと言うべきなのかしら。あの方は…ファレーザと名乗っています」

「は?ファレーザ、ですか。まさか古のシーサックの娘では無いでしょうが、それは何とも、不遜と言うべきかその真意を問い正すべきか」


今のバーレットの頭の中には「何故」が次々と生み出されていた。

何故ファレーザと名乗る女がそこに居るのか。

何故アローネがそこで泣いているのか。

何故ディオニの村人達がここ(聖堂)に居るのか。

何故ファイルと彼等彼女等がこの様な形で相対しているのか。

何故自分はこの様な事態になるまで手を打たなかったのか。


砦外に迫る辺境伯軍と我が軍がぶつかる可能性は元々あったが、どうにも展開が急すぎる。

いやそもそも、何故辺境伯軍なのだろうか、あれはエキル率いるメイヤーナ軍、レギエン軍であって辺境伯軍などと言う呼称は何処から出てきたのか。


「(辺境伯軍…メイヤーナの新任の辺境伯はファヴァル・レギエン、この情報は何だ?報告書の中にあった情報か?それにしてもファヴァルとは何とも、不遜と言うべきかその真意を問い正すべきか…)」



微かな唸り声を聞いて振り返ったファイルの目に映ったのは片手で頭を押さえ難しい顔をするバーレット。

自分も体調が良いとは言えないが、バーレットだって人の事を言えないではないか、この忠実で働き者の副官はいつも全てを背負い込み寝る間も惜しんで考えているのだ、今よりも良い状態を求めて。

働き過ぎて倒れたバーレットに癒しの詩を歌ったのはいつだったか、もう何年も、いや何十年も前だったかもしれない。

アローネが鼻歌を歌っていた様に、アストガルが港町の漁師歌を歌っていた様に、ドノヴァー達剣士仲間が飲み歌っていた様に、召使い達が故郷の歌を歌っていた様に、昔は自分も含めてもっと気軽に詩を歌いこの砦は歌に包まれていたではないか。

どうして今は歌が聞こえて来なくなってしまったのだろうか、その気持ちが平和なはずのこの砦に寂しさをもたらす。

だから歌いたくなったのかもしれない、そうだ砦外の戦いでは少ないとは言え犠牲も出ているのだ、兵達の為にも癒しは必要なはずなのだ。

そう自分の気持ちを納得させて、ファイルはバーレットと兵達の為に歌う事にした、歌い慣れていたはずなのに久しぶりな陽気な詩を。



働き者のバーレット バーレット バーレット

眉間の皺は増すばかり 砦の笑顔も増すばかり

寝る間も惜しんで考えて 代わりにルダンは昼も寝る


働き者のバーレット バーレット バーレット

空を睨んで風を読み 皆を睨んで風を説く

机を挟んで教え合い アストガルとは怒鳴り合う


働き者のバーレット バーレット バーレット

本を片手にお茶を飲み ペンを片手に食事を摂る

盾を両手に兵と舞い 剣を両手にアローネと舞う


働き者のバーレット バーレット バーレット…



溢れ出した光はファレーザにしか見えていなかったが、輝きだした魂の光は膨れ上がりバーレットの魂を煌々と照らし癒す。

その光の強さはきっと歌声の形でこの岩山全体に響き渡り、砦内砦外の各所で傷ついた者達を癒したのだろう。

それは偉大なる者ファレーザにも真似する事の出来ない癒しの技、幾千幾万と歌い磨き上げられた家族を想う願いの歌声。



「今のはなんだったんだ?」

「何だかこれまでの聖女さんの雰囲気とは違いやしたね」


この場で歌の意味を理解出来なかったのは、癒しの対象では無く輝きも見えなかったデノンとブノンズのみ。

突然歌い出した聖女への理解が追い付かず、それなのに周囲の者達の反応は自分達と大きく異なるのだから困惑するしか無いだろう。

「私の為にこの様な…」と感動しているのはバーレット。

「まだちゃんと繋がってた…」と涙するのはアローネ。

「へえすごいじゃん…」と感心しているのはファレーザ。


そして…


「あはははは…何て言うか、バーレットさんはやっぱりバーレットさんだよね」


その歌詞を聞いて笑っているのはファヴァル。

聖女の歌声は彼女の家族を癒した、彼女の家であるこの砦の者達を。

だからデノンとブノンズには、ルダンと対峙するエグレンには、そして突然の事に驚くトゥリスや村人感役の兵達にはそれは歌声でしか無く、ファレーザにとってもそれは光であり輝きでしか無かった。


だが悩みが晴れたかの様に穏やかな表情を見せるバーレットは清々しく。

失ったと思っていた物を取り戻したアローネの泣き晴らし顔は凛々しく。

文字通り地の底から湧き上がる主の声援を受けたルダンの顔は雄々しく。

いつかどこかで聞いた母の歌声を思い出したファヴァルの顔は弱々しくも優しい。


流れた血は戻らない、失われた体力も即座には回復しない、だが先程まで呻き震えていた男はしっかりと笑い、しっかりと喋り、しっかりと母を見ていた。



上演時間、それは迫り来る終わりへのカウントダウン。

本に最後のページがある様に、舞台に最後の台詞がある様に、人生に最後の日がある様に、だが今は今を精一杯楽しもうではないか。



「それに、母さんの歌声はやっぱり母さんだ」



◎続く◎


紡がれた絆と歴史は未来へと繋がっていきます。

バーレットさん頑張るの歌(仮題)は個人的にお気に入りの歌、イメージは絵本の世界です。

ファイルさんが本当の意味での日常を思い出して歌った歌の力は、ファレーザさん曰く

「やっば何これ凄すぎなんですけどー?」な感じでした。

※ファレーザさんは決してギャルではありません、ただの黒雲の竜です

そしてその家族を癒す歌声はファヴァルも癒しました、だって家族なので、でもファイルさん的には想定外です。

この綻びを修復する為に使われるのはベリュークの絆で紡がれた糸、さぁ直しましょう全てを。

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