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ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


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第46幕:「提案」


第46幕:「提案」


◇新生王国暦5年 陽光季99日



シーサックの英雄ドノヴァーとメイヤーナの騎士エグレンとの戦いは熾烈であったが、その対戦した場所の特殊性と、目にした者の少なさ、そして何より勝者であるエグレンがその事実を喧伝しなかったが為に世に広く知られる事無く歴史に埋もれた。


当時から既にエグレンの勇猛っぷりや将才は際立っていたが、兄エキルの存在感がより大きかった事、レギエン家がメイヤーナ内で主流派では無く他の有力諸侯から嫌われていた事などもあり、レギエンの活躍を物語る詩は受けが悪かった事も理由に挙げられるだろう。

「北の民は暗い森を伐り進み、東の民は荒れ地に獣を追い、西の民は鉱脈を求め穴を掘り、南の民は穀物を食い潰す」

前メイヤーナ王の治世において、どこぞの諸侯が謳い貴族達の間で広まった言葉である。

言うまでも無く南とは南部を治めたレギエン家を指しており、他の貴族が苦労して開拓を行っているのに南では大した苦労もせず食糧にありつけていると揶揄した内容だ。

水を確保し、発育に気を配り、余計な草木を間引き、時に病気と戦い、そして迎えた収穫期は時間との勝負、そんな広大な農地を管理する苦労を何も知らない貴族の戯言であったが、それが当時のメイヤーナ王宮の風向きであった。

嫌われ者を自覚していたエグレンは例え乞われてもその活躍を語る事無く、何より万全では無かったドノヴァーに対する勝利を誇る気にもなれず、結果的にスホータム砦を巡る戦いの物語は参戦した兵士達から集めた断片を繋ぎ合わせた不完全で抽象的な表現を多く含む内容として完成し、南部の街でのみ細々と歌われるにとどまった。


片やシーサックが誇る英雄で多くの詩に登場する稀代の剣士であったドノヴァー、しかしその最期は彼と共にあった者達全ての最期でもあり、語り継ぐ者もおらず現在のシーサックでもその最期の詳細は伝わっていない。

それもそうだろう、この戦いの少し前には王都で政変が起こっており、外からやって来たメイヤーナと戦うまでも無く王国は内から崩壊しつつあった時期の話である。

敗れたベリューク軍に生き残りはいないとされ、スホータム砦を含むラグン地方はメイヤーナに奪われ他国の領土となった。

シーサック王国に代わって興った西帝国はメイヤーナと敵対せず、“過去シーサックの英雄”のその後についても興味が無かった。

そして敗国メイヤーナは王都から遠く未開のラグン地方の開拓に着手する事無く現在に至っている。



英雄と聖女が守り、名将と猛将が攻めた難攻不落の岩砦を巡る戦い、スホータム砦の戦いはこうして世に語られる事無く眠っていた。



「エグレン・レギエンですか、その名は知っています。バーレット達がまとめてくれた文献にもその名がありましたね」

「は、メイヤーナらしい勇猛果敢な騎士でありながら、その兄エキルによく従い戦術も理解する者の様です」

「あら?確か私が目を通した文面はメイヤーナらしい蛮勇の持ち主だが他の敵に比べればマシな…」


わざとらしく咳き込むバーレットをここぞとばかりにジト目で睨み返すファヴァルであったが、残念ながら誰も見てはいなかった。


「戦うべき敵の情報です、その表現において華やかに彩る必要性などありませんでしたので…」

「バーレットらしい割り切りですね。それで…」


「ドノヴァーとの戦いとその後については、是非エグレンと直接お話し下さい」

「その様な機会が訪れ得るとでも?」

「そうなる事を願って、今こうしてお話をしています」

「そうですか…聞く価値のある話かもしれません、しかしこれ以上この砦に異物を受け入れたくは無いのです」


話を聞く気にはなった、だがあくまでもファレーザとの決め手に欠ける戦いを続ける事に不毛さを感じただけで、ファイルの心は未だ開かれておらず望んでいるのは砦の平穏と言う名の現状維持である。

如何にして変化を受け入れ安息を得て貰うか、如何にして変化を諦めこの場から退去して貰うか、両者の思惑は平行線を辿っている。

果たして1000年先まで続く平和な国創りと、1000年先まで続く平和な眠りはどちらの想いが勝るのか、天秤の傾きは今はまだ後者の皿の上の想りの方が大きい。


「それでは、ご息女ファノア様とご子息ファヴァル様についてですが…」

「二人の魂もドノヴァーと同じ、探しても見当たりませんでした。まだ幼い子供の魂ですもの、この砦では無くきっとドノヴァーと一緒に居るのでしょう」

「ファノアは、ファノアさんはそうなんだと思います、この聖堂から繋がる小部屋のベッドで眠っている子がいます、黒髪の女の子です」

「そう、ですか。すぐ目と鼻の先ね。でもきっとそこに居るのだとは思っていました、確認をする気にはなれなかったけれど」

「静かに眠っています、部屋もきっと当時のままだと思います、…一緒に行きますか?」

「必要ありません!…その必要はありません、眠っているのならばそっとしておいて、いつか全てが終わるまで」


力強い否定は、ファノアをそっとしておいて欲しいのか、それともファイルをそっとしておいて欲しいのか、そのどちら共なのかもしれない。

一瞬放出された雷光は誰を狙うでもなく、空間を走って壁を焼いた。


「全てが終わる日は来ないかもしれません、何故ならまだ全てが終わって無いからです」


この場において不純物でしか無いメイヤーナ人の言葉に何を馬鹿なと思ったファイルが、しかしそれを声に出して言わなかったのは真剣な顔をしたバーレットとアローネが居るから。

心の底から不毛だと思っているこの時間を苦々しく思いながらも、それでもファレーザとの戦いは同じ位に不毛で、そして信頼する臣下の眼差しは無視出来なかった。


「時間はたっぷりとありますが、それでも頭の痛くなる様な話はしたくありません、何が言いたいのです。それに、あなた方には時間が無いのではなくって?」

「えっと、確かにお腹は空いたし喉も乾いたしクタクタだけどでも…」

「そろそろ戦端が開かれますよ、貴方の言うエグレンはどうなるのかしら、その配下の可哀想な兵達も」


急速に慌てふためき不審者の度合いを増すファヴァルは完全に相手にペースを握られている、それはそれは可哀想な程に。

才が無い訳では無いのだ、しかし無駄に格好付けて回り道をしてくどい説明をして表現を脚色して仰々しく語ろうとして失敗する、全くもっていつも通りのファヴァルに出会ったばかりのファレーザまでもが溜め息をつくのも仕方の無い事だろう。

だってファヴァルなのだから。

しかしそれでもここまでやってこれたのはここぞという場面で発揮される本人の力と、それ以上にその人柄に魅かれて何だかんだ彼を支えずにはいられなくなる仲間達の存在が大きかった。

そう、例えば有能な副官の様な…


「(叔父上達が!叔父上達が!狼煙!伝令!どうしよう!!)」


背を向けおたおたと不審な挙動で閉じられた聖堂門へと向かうファヴァル、その姿はまるで敗軍の将だが実際このままではそうなるのも時間の問題だろう。

背後からバーレットの声が聞こえた気がしたがファヴァルはそのまま歩み続け、一人では開けるにも難儀しそうな重厚な門に手を伸ばし、内開きのその門を一生懸命押そうとして、突然自分の方へ開いて来た扉に押し戻されて無様に尻もちをついた。

混乱するファヴァルの目の前で近衛兵達によって扉は開かれ、開けた近衛兵達も目の前にペタンと座る不審者に混乱するが、素早く立ち直った一人がソレの横を通り過ぎて跪く。


「 …イル様、ディオニの村人と付き添いの兵が謁… …んでもそこにいるバーレット様達の知り… 」

「ディオニの村人ですか、名は何と」

「トゥリスさんだ!じゃない!アニスさんだ!きっとそう!」

「 …っと、その者はデノンと… 」

「まあ、あのデノンね、いいわ通して」


通り過ぎざまに「アニスじゃなくて悪かったな」と吐き捨てたデノンとブノンズは近衛兵に周囲を固められたまま進み出て跪く。

役目を終えた近衛兵達は今度は命じられずともその意を得たりとばかりに整然と退出し、再び聖堂門を閉じた、門の前に座るファヴァルを邪魔そうにしながら。


「聖女様にこうして再び会えました事、嬉しく思います」

「メイヤーナの騎士デノン、私も嬉しく思います、貴方とのお話は楽しかったわ」

「ありがとうございます、こちらは同じくメイヤーナの騎士でブノンズです」

「お、お初にお目にかかりやすます、メイヤーナ王国ダリーシュ子爵家のブノンズと申しやすます」

「ダリーシュのブノンズ、その名も覚えておきましょう。確か森の民と呼ばれている方々ね」

「!、ははい、親ぶ…子爵は“優しい熊のゴルモ”、あっしは“吊り目の狐のブノンズ”なんて呼ばれた事も…」

「まあ!そのお話もゆっくりと聞いてみたいわ、でも、そんな状況では無さそうね」


こういう時はしっかりと騎士なデノンと、こういう時もしっかりと良い人なブノンズ、そしてこういう時ですらしっかりとやらかすファヴァル。

未来はとても心配だが、それでも何の根拠も無く明るさや希望、そして笑いの絶えない日々を想像出来るのは何故だろうか。


「それで、これはどういう状況でしょう?どこまで話は進んでます?」

「なんでヴァル坊は門の前で座ってるんでやすかね」


これ、と言いながらファヴァルの方を見たデノンと率直な疑問を浮かべるブノンズに再び精神を抉られながらも、“日常”が帰って来た事でファヴァルは冷静になれた様だ。

それで冷静になれる自分を情けなく思いながらも、気合を入れて立ち上がりしっかりとした足取りで今一度聖女と相対する。


「ファイル様とファレーザ様の力は拮抗、未だご理解は頂けておらず、殿下の“全てが終わる日は来ないかもしれません、何故ならまだ全てが終わって無いからです”とのお言葉の続きからです」


「…あー、何となく分かった、また格好付けてやがったなコイツ」

「…なるほど、それは皆さんお疲れ様でやす」

「ちょっと、本気を出せばこんな岩山ぶっ壊せるんですけど、拮抗してないんですけどー」


「う、う、う、うるさいうるさいいいから説明させてー!」


うるさいのはどっちだとばかりに突き刺さった複数の視線に涙目になりながらも、それでもギリギリ耐えているからきっともう大丈夫だろう。


「デノン、貴方の部下はとても…楽しい方ね」


崩れ落ちた。


そもそも上官と見られておらず、明らかに言葉選びで忖度された。


「なんでだぁ」と泣き叫びながら床を叩くファヴァルに、構わず笑うデノンと我慢し切れずやはり笑うブノンズ。

ファレーザに至っては腹を抱え足を踏み鳴らして爆笑しており、もしこれが黒雲の竜の姿であったなら尻尾が暴れて周囲に大変な被害が出ていた所だろう。

流石にバーレットとアローネは笑わなかったが、それでも俯き体を震わせている様子を見たファイルは自分の失敗に気付いてしまった。


「あの、ごめんなさい、えっと改めてご紹介頂けるかしら?」


涙を流して崩れ落ちた体勢のまま床板に悔しさをぶつける様子は騎士らしくなく、身に付けているベリュークの近衛の重鎧も似合っておらず、皆から笑われていておまけに鈍臭そう。

見るからに若く老練と言うには程遠く、それでいて騎士であるデノンより上位にあるのなら最低でも騎士隊長格か上級騎士辺りか、もしくは何か特殊な条件下で領地を任された新任貴族なのか。

どう考えてみても違和感しか無く、だからこそファイルの心に初めて蚊帳の外に居たこの若い男への興味が湧いた、文字通り興味本位の関心であったが…。


「こちらのお方は…殿下、立って下さい」

「鼻水出てんぞ、みっともないからふけ」

「涙の跡も拭って下せえ」

「ほら砂埃も払って下さい、手もお尻も真っ白ですよ」

「あはははは小さい頃の王様達みたいだー」


余りの情けなさにまた涙が溢れそうになったが、ここが重要な場面である事は誰の目にも明らかで、流石のファヴァルも懸命に鼻を啜り上げ涙を堪えた。

…その必死の形相がまた笑いを誘いそうになるのだが、ファレーザ以外は空気を読んでくれた様である。


「それでは改めて、まずはメイヤーナの騎士デノンよりファイル様へご紹介を」


バーレットが横を向き軽く頷いて見せれば、デノンも流れを理解して頷き返す、副官達による意思疎通は完璧だ。


「シーサックの聖女、ベリュークの主、ファイル様にご挨拶申し上げます。私はメイヤーナ王国の騎士デノン、以前の主はメイヤーナの将軍エキル、現在はその子でここに居る辺境伯の大任と大権を与えられたファヴァル・レギエンの副官を拝命しております」

「ファヴァル…レギエン?…ファヴァル」


「シーサックの王女、ベリュークの主、我等が聖女、ファイル様に申し上げます。臣バーレットの忠誠は揺ぎ無きものの、その身は既に滅びこの身は新たな主を見出しました。ここに居られますファヴァル・ベリューク殿下でございます」

「バーレット…?」


泣き疲れ、悔しがるのにも疲れたファヴァルは威厳を見せる事も忘れて立っている。

いつもであれば二人の紹介に鷹揚に頷いて得意気に長い台詞を喋り始める場面であるが、今は疲労感と半ばやけくそな気持ちで只々そこに突っ立っている。

そのとても自然体で落ち着いた雰囲気は左右に跪く副官の存在によって昇華され、更には背後に控える眼光鋭い鎧装の麗人達と、宮廷画家の様にその様子を書き留める騎士の存在によってまるで王者の如き風格を醸し出している。

本人は折角の場面なのに僕格好悪いと失意のどん底に居るが、その物憂げな表情さえも今は絵になっていて、望まぬ方が手に入る威厳がそこにはあった…本人は不本意だろうが。

だが少なくともその絵面はファイルから見た印象をガラリと一変させ、それまで眼中に無かったファヴァルと言う存在にフォーカスさせるには十分であった。


「私は今の説明をどう受け止めればいいのかしら…レギエンがファヴァルの名を奪った?それとととも哀れみをもってその名を残そうとした?それとも本当ににに…」


眉間に皺を寄せる聖女の表情はそれはそれで美しいが、同時に威圧感も凄まじい。


「(あ、このゾクゾクするような表情ファレーザさんに似てる、やっぱり姉妹って言われたら納得しちゃうんだよなあ)」

「殿下、ファイル様に、殿下の母君にご挨拶を」

「おいファヴァル、聞こえてんのか」

「(それに瞬間的に爆発する殺意とか雰囲気が似てるからかな、アローネさんにも似てるかも、三人並んだら格好良いだろうなあ)」

「あの、ヴァル坊…じゃねぇファヴァル様、あまり聖女さんを待たせるとその、怒ってらっしゃるみたいでやすし…」

「(待てよ…これはビューネさんも呼んで来れば最高なんじゃあ…)」


「それでで…本当の貴方は誰なのです、何故貴方はファヴァルと…」

「母さんはこれが四姉妹だったらやっぱり長女…」


迸った雷光は手を伸ばしたファレーザによってその威力の殆どを相殺されたが、籠められていた怒りの強さと無動作で打ち出された唐突さによってファレーザの警戒を突き抜けファヴァルを襲った。

咄嗟に顔の前にかざしたファヴァルの左手は手甲も鎖鎧も弾け飛び皮膚も赤黒く変色している。

それだけに止まらず、仰向けに倒れたその体は左上半身の装甲も兜も焦げて穴が開き、下に覗く痛々しさと流れ出る赤い血が軽傷では無い事を物語っている。

慌てて周囲の人間が手を伸ばすが、真っ先に届いたのはファレーザの足だった、兜ごと頭を踏みつけゴリゴリと踏み拉けば低い呻き声が漏れる。


「ファレーザ様何を!」

「おい何やってんだ!」

「うるさい黙りなさい、何でコイツはこうも面倒で、面倒で…あと面倒で」

「面倒なのは分かりますがそれでは殿下が死んでしまいます!」

「これでも今日はまだマシな方なんだよ!とにかく一回ストップ!」


とてもとても不服そうに足蹴にするのを止めるファレーザだったが、なおも口からは文句がブツブツと湧き続けている。

若きファレーザからすれば人間など脆くてそこら中に沢山いる存在、人から見た蟻の様なもので「ちょっとくらい減っても変わらない」「すぐまた集まって来る」程度の印象である。

ズィードの魂の一部と記憶を持つからこそ、シーサック王家の人間は友達であり、その国民は困っていたら助けてあげる対象なのだが、ファヴァルはシーサックの人間なのかメイヤーナの人間なのか、ファルタ王の言う通り王家の甥っ子なのかどうか未だにはっきりしない。

そこへ本人のとてもとても愉快な(面倒くさい)性格も相まって、いっそ居なくなってしまえば万事解決なのでは、と思わせるに至っている。

未熟で短絡的なファレーザの思考も問題だが、未熟で色々と読めないファヴァルも大概で、この二人の相性はあまり良いとは言えないかもしれない…。


雷光を纏ったままのファイルと、軽く痙攣しながら呻くファヴァル、傍らに仁王立ちするファレーザ。

あともう一歩という所で歯車が噛み合わない三者に、バーレットは頭を抱えたいのをグッと我慢して思考をフル回転させる。

この局面を打開するにはどうすれば良いのか、行動の読めないファレーザに頼るのは難しく、感情に揺さぶりを掛ければ同時に攻撃的にもなり得るファイルも危険な存在で、ファヴァルはファヴァルだ。

で、あれば。


「…ファイル様、殿下の無礼は些か問題ではありましたがここで客人を殺してしまえばベリュークの名に傷が付きましょう」

「どうせせよと言うのです」

「癒しを与えては如何でしょうか」

「私が歌わずともすぐにに治療すれば死にはしないででしょう、お帰り頂いては如何?」

「砦外では戦いが始まらんとしております、応急措置として癒しを与えるか兵達を呼び戻し戦いを回避させ送り出すか…」

「どちらも必要ありません、そこに居るファレーザを名乗る者であれば連れ出せるでしょう、ねえ?」

「お断りね、面倒くさい」

「あら薄情な、でもそれでは困ったわね、その子、死んでしまうのではない?」


アローネが火傷の様になっている被弾部位を抑え止血し、ブノンズがひしゃげて皮膚に食い込む鎧を何とか取り除こうとしている、デノンの必死の声掛けにファヴァルは微かに頷き返すが呻きも痙攣も止まらない。


「それでは…状況を収めるべく最善を尽くしますので、指揮権を私に」

「バーレット、貴方は頼りになる大切な家族だけれども、今は貴方の魂が見えないのが不安で仕方ないの、だから…」

「それでは、それでは失われたファイル様の加護を再び与えて頂く事は可能でしょうか」


バーレットの発言に敏感に反応したのはデノンであった。

それはつまり、再びファイルの加護下に入り、ファイルの魂と繋がり、そして自我を失う事を意味するのではないか。

「あんたまで何考えてんだ」そう思って振り返った先には、自分を見るバーレットの冷厳とした姿があった。


「幸い殿下の下には優秀な副官が他にもおります、私がおらずとも問題は無いでしょう、“同じ副官ですので”」

「殿下殿下と、何故、あの、…いいえ貴方が戻って来てくれるならきっと全てが」


疑問と苛立ちで揺れ動く感情を未だに雷光を纏うという形で溢れさせているファイルは、その矛を恭しく手を差し出すバーレットに預ける事にした。

きっと彼ならばうまくその矛を投げるなり折るなりしてくれるだろうと思って。


「ああそうでしたファレーザ様、代りに貴女から頂いている加護をお返ししましょう、私にはもう不要です」

「別に私があげた訳じゃないけど貰っておく、ズィードの負担は減ると思うから」


ファイルが伸ばした手からは噴き出す様に白い霧が流れ出しバーレットを包み込もうとする、その霧に追い出されるかの様にバーレットの体から流れ出した白い霧はファレーザが伸ばす手に吸い込まれる様にして消えて行った。


「そんな…バーレット、これじゃあもう貴方の魂を傷つけられない、今度溶けたら貴方まで消えてしまうじゃない…」

「おい、おいおい、どうすんだよバーレットさんよぉ!あんたヤベェ奴だけどスゲェ奴だとも思ってたのによぉ!」



転換、それは流れの節目、好転か、暗転か、逆転か。

予期せぬゲストが場を盛り上げる事もあるかもしれない、予期せず闖入者が場を乱す事もあるかもしれない、そしてベテランはそれすら飲み込み物語を演じ続けるのだ。



「喚くのは止めなさいみっともないそれでも騎士かね。…君も副官を名乗るならしっかりしたまえ」



◎続く◎


交渉は難航、と言うか取り付く島なしな状況で膠着する中、頼もしい援軍が(煙に炙り出されて)到着しました。

ファヴァルはいつも通りのファヴァルです。

新しい風を呼び込んだデノンとブノンズによって話は変化を見せ、バーレットもこの追い風に乗ります。

が、光が差し込む交渉に再び水を差すファヴァルはいつも通りのファヴァルです。

それでも打開策を模索し続けるバーレットの数打てば当たるかも的な提案の数々、その最後の一手が放たれました。

さてさて最後に笑うのは誰なんでしょうか…!

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