第44幕:「煙軍」
第44幕:「煙軍」
◇新生王国暦5年 陽光季99日
軍議室に残った者達の状況は極めて厳しかった。
狭い通路にありったけの障害物を設置し、相手の数の優位を可能な限り減らしたうえで守りに徹する、この策が功を奏し初動の勢いは削ぐ事が出来た。
しかしいくら歴戦の騎士とは言え、物理的な量と圧をその身一つで抑えきるのは難しく、更には相対しているのはあくまでも同じベリュークの兵達であって敵では無いのだ。
これが本当の意味での敵との戦いであったならもっと自由に武器を振るい敵を薙ぎ倒せただろうし、その屍をもって更なる壁とする事も可能だっただろう。
だが殺さず耐えると言うのは力量差があったとしても避けたいと思う戦い方で、事実そろそろ限界を迎えつつあった。
未だに軍議室内への突破を許していないのは、地形的有利と守る騎士の技量、そして相手の兵士達にある“生きたベリュークの兵士として戦っている”感覚故だろう。
彼等にはファイルの命に従いなんとかそれを遂行しようという意志はあるが、未だ肉体の死を自覚しておらず死ぬ気はあっても無駄死には避けたいという感情がその動きに見て取れる。
その為ソウルキーパーであれば気にする必要の無い首筋や心臓部、装甲の薄い部位への攻撃を必要以上に警戒し、無理押しをしてきていないのだ。
焦らずとも形勢的には自分達の方が有利だという考えと、対峙する相手が見知った上官であるという点も大きいのかもしれない。
所属していた部隊の上官との連絡が途絶え、指揮系統上のその更に上の絶対的な主人から命令が届き始めるという状況は、軍に所属している者からすれば上官に何かあったと考え割り切るのが妥当だろうが、それでも相手側にその上官の顔があるというのは混乱せざるを得ないだろう。
「ええい引かぬか!下がれ、下がるんじゃ!」
「 …イル様のご命令です、お願いですから大人しく… 」
「お主等こそ大人しくせんか!このアストガル・ガンドロウムが命じておるのじゃ、だいたい待機命令を無視して…」
「 …そ無駄に強い、おい誰かあの爺さんを黙ら… 」
「くそったれ!おらどけ!どかないとその目ん玉突っつくぞ!」
「 …ダン様こそどけって!じゃないとその鎧バラしま… 」
「んだと貴様ぁ!やれるもんならってなんでお前まで来てんだよ監視台はどうした!」
「 …ってる全軍で軍議室へ向かえってあんたなんかよりずっと偉い… 」
「もう長くはもちませんね、火も消されてしまいそうです」
「これも、あとこれも、この辺の紙束も本ももう火ぃ付けて投げちまおうぜ!」
「背に腹は代えられやせんね、後で怒られないといいんでやすが」
「待って下さいその本は…!ああせっかくのアローネの物語に何という事を…いやしかし事実も物語も、どちらも最後は炎に包まれたと言うのはそれはそれでまた…」
「なんかこの近衛騎士さんは少しだけあの吟遊騎士さんに似てやしやせんか、悪い意味で」
「んだな、俺も同じ事考えてた、っと、あちっ、おらっ!」
「 …そおいやめろ… …火を消せっああアローネ様の… 」
「何をしているんですか、早くその火を消しなさい!戦いなんて後回しです早く!」
「 …い水はやめろ、布か何かを被せて… 」
泥臭く、形振り構わず行われる軍議室防衛戦はその後もしばらく続いたが、最終的にはなんとか時間稼ぎをして耐え続けた防衛側に軍配が上がった。
その変化は軍議室へと押し寄せる白い兵達のその更に後ろからやって来て、徐々に戦場を包み込んだのだ。
「 …んだこれは、どこから… 」
「 …か火攻めか?しかし… 」
「 …ッこれでは見えぬ、息が… 」
「な、なんじゃあこれは、どうなっておるんじゃ…」
通路の奥から押し寄せて来たのは色の着いた煙の奔流、どんどんと流れて来る煙は逃げ場のない狭い通路に充満し、その視界も呼吸も奪っていった。
姿勢を低くして必要の無い空気の確保と逃げ場を探す白い兵達は最早攻撃どころでは無くなっている。
軍議室にも流れ込んだ煙はそのまま室内をも覆いつくし、それでもなお余りあると今度は他方の通路へも流れ出て行く。
この想定外の事態に戦況は膠着し、実質どちらも戦いどころではない状況に陥った。
煙に巻かれて必死に逃げようと、生きようと行動する白い兵達と、生きている故に本当に息が出来なくなり、慌ててより深い聖堂方面へと繋がる通路へと避難するデノンとブノンズ。
ソウルキーパーに呼吸は必要ないと理解しているアストガルとルダン、そしてベルニオンだけが軍議室に取り残され、平然と、しかし呆然と立ち尽くすのだった…。
「なんか思ったよりすごい事になってないか」
「これはっゴホッ、もうどうなってるのかさっぱり分からん」
「でもこれできっと外も中も時間が稼げると思います、あのベリュークの皆さんも煙は嫌がっていましたから」
祈祷室へと続く階段の前で篝火台を扇ぐ三人、調理場に行っていたトゥリスと、任務を終えた剣と盾、猪の徽章の兵士達である。
持って来ていた合図用の煙矢の残りを全て放り込み、更には祈祷室にあった布や服、木製品や革製品なども次々と足しながら火と煙をどんどんと生み出して通路へと送り出していく。
涙を流し、咳き込みながらも手を止めないのは彼女達なりの気概と、敵味方どちらにもこれ以上の被害を出して欲しくないと言う想いからであった。
バーレットの誘導に成功した剣と盾の徽章の兵士は、いち早く役目を終えて祈祷室へと戻って来ていた。
緊張に耐え、あの、“あの”バーレットを騙して上手く誘い出して見せたのだから、少し空いてるベッドに身を投げ出して休憩しても罰は当たらないだろう。
そう思って軽く飛んだ兵士は着弾と共に砂埃に覆われ悲鳴を上げた、実際彼は良い仕事をしたと思うが、それでも罰が当たってしまった様だ。
長く放置されていたベッドは一見綺麗に見えたが、空が見える祈祷室の立地故か表面は砂埃だらけだったのだ。
口に入ったザリザリとする砂を吐き出し、ソウルキーパーの様に全身白くなってしまった体をはたいて立ち上がると、改めて手近な椅子に腰を下ろして深くため息を吐いた。
「あーーーーー~~~~~………、疲れた、眠い、これで眠って起きたら砦の制圧終わってないかな」
今頃他の仲間達は体を張っている頃だろうが、一度腰を下ろしてしまえば疲労はドッと押し寄せて来るし、睡魔の誘惑も容赦が無い。
抗おうにも既に気力は限界で、何よりファヴァルから指示された内容の残りは「とりあえず祈祷室で待機」なのだ。
とりあえず待機って何だよと思うが文句の言葉を考えるのも面倒で、自らの顔を引っ叩こうとぼんやりと考えたが最早その為に手を上げるという行為すら億劫だ。
「あー」と言って脹脛に力を込めるがすぐに抜け、「うー」と唸って背もたれから上体を起こそうとするも重力に負け、「んー」と呟いて何かを悟り、そのまま意識を手放した。
ぐったりと脱力し膝からずり落ちた手やだらしなく伸ばされた足を見れば、その姿はまるで言葉通り死んだ様に眠っていて、砂埃に汚れた白さも相まって白い兵達の仲間入りをしたかの様であった。
次に祈祷室に戻って来たのは猪の徽章の兵士であった。
聖堂門へと続く階段でファヴァルと別れ、グノッサリオからの伝言をベルニオンに伝えると言う体で来た道を引き返した彼は、用の無いベルニオンの下へ向かう事無く何気ない顔をして軍議室を抜けると祈祷室へと走った。
その内心にあったのは「終わった」これだけである。
彼の役目は伝令、もしくは付き添いの者としてファヴァルを怪しまれずにグノッサリオの居室へと送り届ける事であった。
ありもしないベルニオンからの伝令と言う適当な嘘を付いてまんまとグノッサリオ達近衛を騙して見せたのだから、その役目は十分に果たしたと言えるだろう。
だから彼の役目は終わったはずで、後はファヴァルの作戦が無事に成功する事を祈るのみ、そう考えれば待機場所が祈祷室と言うのは素晴らしい偶然に思えた。
「ここまでやったんだから、後は辺境伯様が絶対に上手くやって下さる…はず」
ファヴァルの姿を思い浮かべて少しだけ不安が蘇ったが、ここまでこれだけやって来れたのだきっと大丈夫、そう自分に言い聞かせて不安を紛らわす事にした。
「大丈夫、いざとなったらブノンズ様も居る、そうだまだブノンズ様が居る、ブノンズ様が居るじゃないか!」
道中、アルダガ村での予想外の出来事には焦ったが、その結果想定外の仲間が増えたのはとても心強かった。
あの獣の様な森林兵は敵に回せば恐ろしいが味方でいてくれるならばとても心強い存在で、メイヤーナの武骨な気質を象徴する様な者達でもある。
その中にあってあの熊の様なダリーシュ子爵の知恵袋的な副官であったブノンズは、色々な面で頼りになる有難い存在なのだ。
「未開地での戦闘に慣れていて、上官を上手く支える方法を知っていて、割と知恵者で良く気が付いて、軍人として古参なのに気さくな性格で話しやすい、良い人だよな」
兵達の間でこのまま辺境伯軍に残ってくれないかなと思われるのも当然だろう。
そのブノンズがもう一人の村人感役の兵士と共に動いている、きっと何とかしてくれるだろうという期待があった。
頼れるブノンズ、悪知恵の働くデノン、驚きの胆力を見せるトゥリスやショアナ、きっとこのメンバーが揃えば作戦を成功させられるだろう。
兵士は共に貧乏くじを引いた潜入組の顔を思い浮かべてうんうんと頷く。
そこで名の挙がらないファヴァルは決して蔑ろにされている訳では無い、そう信じたい。
「さて、後はここで成功を祈りつつとりあえず待機か、とりあえず待機って何だよ」
そうして愚痴りながら祈祷室に帰り着いた兵士はしかしそのまま固まってしまった、つい今しがた階段を上り通路へと差し込む明かりを見た時には安堵感を覚えたと言うのに、その明かりに照らされた祈祷室の光景に目を疑う。
彼の瞳に映るのは、天窓から差し込む月明かり、照らし出される黒雲の竜の像、その下で眠るベリュークの兵達。
並んだベッドには鎧を拝借した多くの遺骸があった訳だが、その内の一つ、手前に見えるベッドの上には人が眠っていたと思われる窪みだけあって遺骸が見当たらない。
はてあそこのベッドには遺骸があっただろうか、それとも空だっただろうか。
何となく気味の悪さを覚えて鳥肌の立った腕をさすりながら室内へと入れば、件のベッドの横が何やら白く汚れているではないか。
ぎょっとして立ち止まり、目を凝らして光りのカーテンのその先を見てみれば…
「なあおい…生き返ったなんて事は無いよな…?鎧はちょっと借りただけで、盗むとかじゃないんだ…な?」
乱れたベッドから続く白の先には、椅子に座る白い兵士の影があった。
そのだらりと垂れた手がピクリと動いた気がして、慌てた兵士は祈祷室から逃げようとして盛大に躓き転び、痛みと共に襲ってきた疲労感に敗北してそのまま意識を手放した。
最後に祈祷室にやって来たのはオロオロとした様子のトゥリスであった。
調理場に赴き狼煙を上げると言う大役をこなした後その場でとりあえず待機していたのだが、煙矢はその役目から煙が発生しやすい材料が使われていて、それを一度に燃やした為に濛々と立ち上がる煙が天井の穴から抜けきらず徐々に室内を満たし始めてしまった。
慌てて布で扇いだ結果、煙は散り安全は確保出来たものの調理場から漏れ出たその煙を見た兵達が慌てた様子でやって来て大騒ぎになってしまったのだ。
結局火元は兵達によって消火作業が行われ、トゥリスもソルクスの部屋へと戻る事になったのだが…
「 …ですって、俺たちはこの通りピンピンして… 」
「 …ない調理場できっと鍋とかの大きさも違うしそれで… 」
「 …度また飯を作って下さいよ、楽しみにし… 」
一生懸命に“調理の失敗”を慰めてくれる兵達の言葉に、色々な意味で涙が溢れるトゥリスだった。
「はぁ…お料理には自信があるんだけど、あんなにも失敗しちゃった体で慰められると…それに騙されてるって微塵も思ってないんだもの…」
与えられた任務には成功したのに物凄い敗北感を覚え、とぼとぼとソルクスの部屋へ帰ったトゥリスは、父の残した色鮮やかな布を抱きしめてベッドの上で身を丸める。
兎にも角にもやるべき事はやったのだ、あとは場所が変わってしまったけれどとりあえず待機しておけばいいだけ、とりあえず待機って何よと思いつつもこれ以上はただの村人である自分に出来る事は無いと考えじっとしている事にした。
そのまま少しうつらうつらと、もしかしたら気付かぬ内に少し眠ってしまっていたかもしれないが、ソルクスのベッドの上でじっとしていたトゥリスは微かな振動と共にその異変に気付いた。
明らかに大勢の兵達が移動している、まさか戦いが始まってしまったのだろうか、そう思ったがそれにしては号令なども聞こえず静かで足音も一定のリズムを刻んでいて急いでいる感じでは無い。
不安の正体を確かめるべく通路に出て視線を彷徨わせていると、やがてその通路にも大勢の兵達がやって来た。
「あの、何かあったんですか」
「 …か、危ないから部屋で大人しくしていてくだ… 」
「 …も状況は掴めていないんだけど、どうやら軍議… 」
「 …イル様からの命令が出ているんですよ、ルダ… 」
詳しくは分からずとも、軍議室で何か問題が起こっていてその解決の為に聖女が兵を動かしている、であればその問題とはきっとファヴァル達によって起こされているものだろうと予想が付いた。
兵達は途中の通路で他の場所からも集まって来て合流しかなりの規模になった、そのまま軍議室へと進軍して何やら怒鳴り合い、ついには強引に軍議室へと進入しようとしている。
こっそり後から付いて来ていたトゥリスは「きっと辺境伯様が何かヘマをして危険なんだわ」と思った。真っ先にそう思った。
だから何とかしないとと考え、そこでもう一度外へと狼煙を上げられないかと思いついたのだ、まだ彼女の背中の矢筒には赤煙の矢が残っていたから。
しかし手元に弓が無いトゥリスは悩んだ結果、砦内の高い場所にあって空も見えるとファヴァルが言っていた祈祷室の存在を思い出す、確かこの通路から繋がっていて、そんなに遠くなかったはずなのだ。
そして無人の通路を走り、階段を駆け上り、到着した祈祷室で見たのは光射す天窓、闇に浮かび上がる黒雲の竜の像、眠る多くのベリューク兵の遺骸と、床に倒れる白くないベリューク兵に椅子でいびきをかく白いけど実体のあるベリューク兵だった。
「くそー涙が止まらない!ちょっと休憩!」
「もう腕が上がらない、俺もちょっと休憩…」
「何言ってるんですか、頑張って下さい、さっきぐっすりと眠ってたでしょう?」
「あれはぐったりと眠ってたんですってば」
「俺もばったりと眠ってたんです…」
「で、文句ばかり言って二人だけで休憩するんですね、女の子にモテませんよ」
先程トゥリスの悲鳴で叩き起こされた二人は、今度はトゥリスの罵倒で退路を断たれた。
彼等も限界を迎えつつある中で頑張ってはいると思うが、トゥリスだけに続けさせて座り込む訳にも行かず、悲鳴を上げる腕を騙し騙し振り続けるしかないのであった。
少なくともトゥリスの持っていた赤煙の矢だけでは煙の量が足りないと判断して、彼の持っていた他の色の煙矢もそこら辺にあった燃えそうな物も全部放り込もうと言った剣と盾の徽章の兵士も、
調理場での成り行きとベリューク兵達の動きを聞き、祈祷室へ繋がる階段下で燃やして外と中どちらにも煙を送り出そうと言った猪の徽章の兵士も、間違いなく頑張っているのだ。
ついでにブノンズと共に武器庫に立て籠もり、バーレット相手に時間稼ぎをした後、今は通路で気絶している車輪の徽章の兵士もとても頑張っていたと言えるだろう。
それぞれが自発的に考え動き頑張った結果、逆転の一手は砦の魔女に届きつつある。
砦外ではエグレン達が多くの兵を引き付けたまま踏ん張っている。
軍議室ではアストガル達が多くの兵を抑えたまま煙に助けられ耐えきった。
聖堂門へと繋がる階段を駆け下りて行くのは煙に巻かれたデノンとブノンズ。
そして聖堂で対峙するのは全てを諦め変化を拒む聖女と、ファヴァルと愉快な仲間達。
声援、それは客席から香るスパイス、演者達の食欲を煽り満たし力を与え、時にそれ自体も拍手を浴びる。
良い声援は第三の役者と言えるかもしれない、舞台は客席も含め皆で作り上げる物なのだ、そしてそれは歴史も同じだろう。
「辺境伯様、どうかこの砦に関わる全ての人達をお救い下さい、お守り下さい、お導き下さい」
◎続く◎
ものすごーくどうでもいい事なんですが、私は一人のすごい能力や強さを持った主人公を中心に展開されるヒロイックな物語よりも、あくまでも同じベースからそれぞれが時間をかけて磨いた個性や鍛え上げた能力を発揮して頑張る群像劇が好きなのです。
なので、与えられた、選ばれた、生まれながらにして、といった設定のキャラは私の創る物語にはほとんど登場しません。
その中で例外とも言える存在がファイルでありファレーザです。
まぁ、ファイルも生まれながらの王女の素質と魂を扱う素質はありつつも、あくまでも成長の過程での努力によってその能力を大きく開花させたタイプで、ファレーザはそもそも竜の突然変異種みたいな存在です。
このソウルディア世界に神やそれに該当する存在は居らず、神に選ばれた超人的な人間も、天に選ばれた超能力者みたいな人間も、生まれながらの天才で幼くして大人を凌駕する人間なんてのも居ません。
なので、コツコツ頑張って鍛え上げられたエグレンやアストガルの様な存在の強さが輝きます。
そして現在進行形で頑張っているキャラが大好きです。
結局何が言いたいかというと…今回頑張っていたトゥリスや無名の兵士の様なキャラが大好きです。
…どうでもよすぎる。




