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ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


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第42幕:「勅令」


第42幕:「勅令」


◇新生王国暦5年 陽光季99日



最初に異変に気付いたのは意外にも兵士だった、当初予想もしていなかった想定を遥かに上回る状況に巻き込まれ、今も自分はここに居ていいのかと内心自問していた潜入組の車輪の徽章の兵士である。

ただでさえ僻地に残された難攻不落の廃砦行きと言う事で予想の付かない行軍であったのに、現着してみれば想定を大きく上回る数のソウルキーパーの群れ、しかも村人感役として潜入組に選び出されてしまい、砦内では生きている人と何が違うのかも分からない様な白い騎士達に囲まれ、最早ソウルキーパー達と普通に会話している事にも慣れてしまっている。

そんな思考が麻痺したと言うより麻痺でもさせないとやっていられない様な状況で、ついには黒雲の竜の娘ファレーザなどと言う存在まで登場し、話は完全に一般人の把握出来る域を超えていた。

流れに調子を合わせてはいるものの、一言も発する事無く居心地の悪さを感じて少しずつ少ーしずつ、椅子ごと部屋の隅へと移動していてもそれは許して欲しいと言うもの。

そんな彼がファヴァルによる軍議の決裁とそれに呼応する揃いも揃って自分より上の身分の人と人だった者と人より偉大な者達の輪から外れて、一歩引いた位置から冷めた目…では無いがひきつった笑みで居た事が幸いした。

通路の奥から複数の足音や金属の擦れる音が聞こえた為、様子を見るべく顔を覗かせれば軍議室へと向かって来る大勢の白い兵士達と目が合った、様に感じた。


「あの辺境伯様、何か兵士達がいっぱい来てますけど」

「ん、増援かな?それじゃあ合流して一緒に聖堂へと乗り込もう!」

「兵達だと?いったいどこの兵じゃろうか」

「動きがあるとしたら輜重隊じゃないかしら」

「ああそうか、バンフルからの指示が無いから矢束やら何やらの配達を続けてるんじゃないか?」

「いや、外郭などへの移動はほとんど終わっていたはずだが」

「それではどこの部隊でしょうか、おかしいですね」


どの部隊が動いているにせよ、ベリューク兵である事は間違い無い為に疑問には思っても誰もそれが問題だとは考えなかった。

バーレットとベルニオン辺りはその几帳面な性格から、該当部隊がはっきりしないという意味でむず痒く感じたがそれでも自分たちが包囲されつつあるとは思わなかったのである。


「じゃあ俺、ちょっと聞いて来ますね」


そう言って兵士が通路へと向かったのは、ただの現実逃避だったのかもしれない、兵士からしたら魔窟の様な軍議室からの脱出である。

席を外す口実を得て意気揚々と白い兵士達へと声を掛けに行った兵士であったが、近づくにつれ雰囲気がおかしい事に気付き、それと同時に恐怖も感じ始めた。

そもそも軍議室の非日常感が際立っていたために一度離れるのは素晴らしく良案だと思っていたのだが、よく考えればソウルキーパーの集団に自分一人で声を掛けに行くなど正気の沙汰では無い。

特大の異常に気を取られて普通の異常を異常と感じられなくなってしまっているのでは無いか、そう思い至るが既にその思考も正常とは言えなかった。


「あ、どうも、あー皆さんお揃いでどうしたんです?」

「 …は軍議室を通って来たん… …の様子はどうだった、何かおかしな… 」

「軍議室の様子ですか?そりゃもうおかしい事だらけですよ、あそこは普通の人間が居て良い様な場所じゃないって言うか」

「 …いうことだ、やはりベルニオン様達に何か… 」

「 …こにグノッサリオ様やベルニオン様は… 」

「あ、居ますよ。居ますよって言うか居ましたよって言うか、さっきグノッサリオさんて人は空へ還ったし、ベルニオンて人も良く考えたら生きてないんですもんね、あはははは…」


そう、グノッサリオ・ランザークはつい先ほど彼の目の前で涙を流して空へと還って行った、あるべき姿に戻る為に。

そしてベルニオン・ラドックも健在ではあるが、出会った時点でソウルキーパーだったのだから要するに死者であった。

もう何が何だか訳が分からないですよねと呆れ顔をして見せる兵士に、白い兵士達は絶句する。


彼等は鍛冶場や武器庫へと至る通路を守っていた近衛兵であったが、近衛の指揮官であるグノッサリオやベルニオンから守りを固め待機する様に言われたのはだいぶ前の事である。

本来であれば特に重要な場所である武器庫の守りには、近衛副騎士長のベルニオンが来て直接指揮を執るはずであった。

しかし待てど暮らせどベルニオンは現れず、慌てた様子のバーレットが兵を連れてやって来て、奥の武器庫で何やらドタバタとしたかと思えば、先程とは異なる兵士達を連れて戻って来た。

そんな良く分からないがとりあえず問題は解決したのであろう状況の後、しばらくしてファイルに呼び掛けられたのだ。


“グノッサリオやベルニオンが呼び掛けに応えてくれない、軍議室で何かあったのかもしれない、メイヤーナ軍が侵入している可能性もあるからしっかりと警戒して軍議室へ”


連絡の無い指揮官とファイルの警告、異常を感じ取って軍議室へ向かう途中で、その軍議室から出て来たのが様子のおかしい輜重隊の兵士。

その口から語られたのは近衛の指揮官であるグノッサリオとベルニオンの死、彼等にしてみれば最悪の状況と言ってよかった。

きっとこの兵士はたまたまその場に居合わせ、目の前で惨劇を目撃してしまって気がおかしくなったのだろう、そう思った近衛の一人が彼を労わり安心させるためにギュッと抱きしめれば、兵士は奇声を上げて気を失ってしまった。

壁にもたれかからせる様に座らせた兵士に俺たちが仇を取って来るからなと声を掛け、更に慎重に軍議室へと歩を進める白い近衛兵達。

同じ頃、軍議室に繋がる他の通路にも砦内各所から白い兵達が集まって来ていた…。



「ふあっ!!ふぃおうやふぁーーー…」


「…この砦って何か変な生き物を飼ってたりします?」

「仮に飼っていたとして、アノヨウナ奇声は上げないでしょうな…」

「デスヨネー、悲鳴では無かったけどさっきの人だよね」

「全く何やってるんでやしょうね、盛大に転んだか…な…んお!?」

「何ぃ?どうしたのぉ?ブノンズさんまでおかしくなっちゃ…んんんー!んぐっ!」


兵士の後を追う様に奇声の聞こえた通路を見に行ったブノンズは驚きの声を上げたがすぐに口を閉じ、通路から身を隠すと片膝を落とし片手を広げて突き出した、制止の合図である。

それを見た軍議室の面々は即座に会話を止め、ブノンズの方に視線と意識を集中する、一人を除いて。

流れも空気も読めずに暢気な声を上げて応じようとしたファヴァルはデノンに口を塞がれ足を払われ押し倒され、再び後頭部を床岩に強打して涙した。

そのあまりの手際の良さにルダンは薄っすらと口笛を吹いて見せ、アローネなどは音を鳴らさぬ様に拍手を送る、バーレットもデノンを見直したに違いない。


「近衛兵が盾を構えてこっちに迫って来てやす、さっきまで鍛冶場手前の通路に居た奴らです」

「彼等には防衛待機の指示が出ていたはずですが、もしやグノッサリオ様が還られた事で何か変化が」

「ベルニオン、お主に指示を仰ぎに来とるんじゃないか?」

「それだったら伝令を出すんじゃない?そんな大勢で来るなんて…」

「盾構えて来てる時点でおかしいだろ、何かやべーんじゃないか」


後は聖女ファイルをどうにかするだけ、だけどそのどうにかが絶望的に難しい。

ほんの少し前まで皆そう思っていたのだが、どうやら事態は更に悪い様だと歴戦の騎士達は気付いてしまった。

偵察も得意とする遊撃隊を率いるルダンが部下への伝令を出そうとして周囲を見渡し、軍議室に居た他の白い兵達は溶けてしまった事を思い出す。

仕方なく自分でひとっ走りするかと席を立ち外郭へと向かおうとしてすぐに引き返して来た、そのまま他の場所へと繋がる通路も足早に確認しギリッと歯を噛み締める。

覚醒する前には目に入っていても気にならなかった壁の痛みに崩れ落ちた岩や土砂、その先に見えたのは軍議室へと向かって来る所属の入り乱れた、とにかく大勢の白い兵士達だった。


「こいつはやべーぞ、何か知らんが皆こっちに向かって来てるぜ」

「何で、どうして、私のとこの人もいる?直接話して…」

「机を運べ!倒して通路を封鎖しろ!」

「松明も予備に火を灯すんじゃ!いざとなったら本でも何でも放り込んで火の壁を作るんじゃ!」

「まずいですね、聖堂への通路も虎と猪でいっぱいです」

「え?やっぱりこの砦って本当に変な生き物飼ってケハッ」

「おいバーレットさん、あいつらあんたらの部下じゃなかったのかよ!?」

「ああここまで来てとうとう犠牲者が出てしまいやしたか、あんたの村人感が如何に堂に入ってたかちゃんと家族に伝えてあげやすからね」


一気に臨戦態勢になった軍議室は精鋭揃いな分、反応は速かったがそれぞれが部下を従える様な役職者ばかりで個性も我も強く、言葉の坩堝であった。

本来まとめ役になるはずの最上位者はこの中で一番無の…若く経験が浅く床に倒れ伏している状態で、全く統制が取れていない。

一応はバーレットが指示を出しそれに沿って動いてはいるものの、各人がそれぞれに最善を考え意見を出す為、行動しながら現在進行形で軍議をしている様な状態であった。


「このままじゃ完全に包囲されちまう、一気に聖堂を目指した方がいいんじゃねーか?」

「聖堂方面は近衛の騎士と兵士ばかりで一番層が厚いんじゃぞ!」

「どの道ここに居たってその近衛と私達の兵に囲まれちゃうのよ!」

「一度兵達と話してどうしてここに向かっているのか聞いてみませんか」

「だが既に犠牲者が出ている様だぞ、果たして話が通じる状態なのかどうか」

「そうでやすよ!あいつは良い奴だったのにあんな…あの奇声が最後の言葉だなんて…」

「しっかりとファヴァルに褒賞を出させよう、家族に届くようにさ。おい起きろ、ほら、おい、おーい、おらよっ…と!」

「痛い痛い痛い痛い!起きる!起きるから!」


「あいつらをまとめて消し飛ばすんじゃダメなの?」


皆が慌てて行動を起こす中、一人それを眺めながら首を傾げていた者がいる、この程度では危機感など微塵も感じていないファレーザである。

白い兵達はその魂を守られているからこそソウルキーパーとしてここに在るが、守りが無ければ当の昔に霧散していた者達で、彼女からすればどうという事は無い存在であった。

偉大なる者とただの人とではその魂に天と地ほどの違いがあり、言葉通り吹けば消し飛ぶ様な力量差があるのだ。

それはつまりファレーザが居ればこの事態も簡単に解決出来る事を意味している、いるが、大きな問題もあった。


「そうでした、ファレーザ様であればあの兵達を鎮められますか」

「鎮めるって言うのはどうすればいいのかな、人間を説得するって言う事なら正直どうすればいいのか分からないよ」

「ではこの状況を解決出来ますか」

「一番簡単なのは私が魂をまとめて吹き飛ばせばファイル以外みんな空へ行くよ、君達も一緒にだけど」

「いや、ううむ、他の方法は…」

「消し飛ばさないならそうだね、ファレーザやファイルみたいに歌ってみるとか、それならみんな悶え苦しんで結果的に消えるんじゃないかな、君達は頑張って耐えれば消えないと思う」

「いやその様な皆を苦しませる方法は…それではファイル様の想いに反し申し訳が」

「人間て面倒だよねー」

「…申し訳ございません」


力が大きすぎるのだ、そしてどんなに長い時を人間と共に過ごして居ようとも、やはり竜という存在には人間というものの根本的な部分までは理解し難く、何より彼女は産まれたばかりの新たな個体であり色々な面で未熟であった。

「この岩を砕いて道を塞ぐなんてのはどうかな」という提案など、壊した後どうするのかは考えておらず自分は問題無く脱出出来るからこそ出る発想であった。


「この砦はファヴァル様とファイル様の大事な家なのです、壊してしまう訳には」

「じゃあどうすればいいのー、分からないから何かして欲しかったらどうするのか決まったら教えて」

「よーし、それじゃあもう一回会議を…」

「そんな時間ねえって話してんだろうが」

「やっぱりとにかく聖女のとこを目指すしかないんじゃないでやしょうか」

「あ、門が開いた」

「ええ?ファレーザさんそれってどこの門です?この下の聖堂門かな、母さんからこっちに向かって来てくれるなら好都…」

「下じゃなくて上、ここに入って来た時の門だよ、兵達がいっぱい出て行ってる」

「いかん、外郭に居た兵達が外のメイヤーナ軍に攻撃を仕掛けたか!?」

「なんじゃと!儂の命令はどうなったんじゃ!」

「お爺さんの命令は知らないけど、みんなファイルの命令に従って動いてるね」


そこで全員が状況を把握するに至った、今自分達を包囲しつつある兵も外で動いている兵も、皆ファイルから直接指示を得て動いているのだと。

部下達が指揮下を離れた理由は分かったしその内容にも納得したが、最早指揮権は取り戻せないだろう事も同時に分かってしまった。

彼等は今、正しくベリューク軍として動いているのだ。


「ファイル様は砦に迫るメイヤーナ軍との決着を付けるおつもりなのでしょう」

「まずいのう、両軍がぶつかってしまえば少なからず被害が出る、どちらの兵が死んでもその魂の苦しみをファイル様が感じ取ってしまうじゃろう」

「ファイル様はそれを覚悟の上で命じたと思う、悲しい決断を下して、きっと今もお心を痛めながらそれでも被害を最小限に食い止める為に歌ってみんなを鼓舞してるんだわ…」

「やってらんねーな、なんでこうも湿っぽい話ばかりなんだか」

「私たちも動きましょう、戦闘が激化すればファイル様の心もささくれ立ち、ますます話など聞いて頂けなくなってしまう」


聖女の祈りを失い、繋がりの切れた騎士達にはファイルの声は届いていない。

それは自我を保ち過去に呑まれぬ事を意味するが、同時に当たり前の様にそこにあった存在を感じられないというのは寂しくもあった。

それでも感傷に浸って居られないと奮起し得たのは、今の自分達だからこそファイルを救う事が可能だと思う気持ちと、そのファイルの子が目の前に存在しているからであった。

覚醒し、時の流れを知り、一度は途絶えたと思ったベリュークの血が今目の前で流れている、自分達の体からは失われた赤い血が。

砦を攻め落とした敵将の子として育ったと言うのは皮肉だが、この同行者達の態度とお人好し過ぎる性格を見れば大切に育てられた事位は分かろうと言うもの。

そして最後に会った時まだ幼かった王子が、今はファルタ王と呼ばれているファイルの弟がこの計画を後押ししているのであれば、ここはベリュークの騎士としてシーサックの騎士として、間違いなく自分達の戦場である。


「誰が残るかの?」

「話をするより体を動かしてる方が性に合ってるんで」


剣を抜き横倒しの机の影に隠れた老騎士の言葉に継ぎ接ぎ鎧の騎士が応じた。


「じゃあ私も残る、3人居れば三方向の通路はとりあえず抑えられるんじゃない?」

「いいえ貴女はファイル様のもとへ行って下さい、私がここに残りましょう、アローネ・ベリューク」

「そうだな来なさいアローネ、お前はベリュークの養女、そしてファイル様の大切な友人だろう」

「その名は!…私には相応しくない、相応しくないけど、ファイルともう一度話したいからその言葉に甘える」


王女ファイルに出来た初めての臣下では無い友達、剣奴騎士はその場を情報屋の騎士に託した、きっと鍛冶屋の騎士が彼を守ってくれるだろう。


「あっしも一緒に行きたい所でやすが、正直疲労は限界、生身の体が今は恨めしい位に動きやせん、近衛兵達を突破するには足手まといだと思いやす」

「俺も正直ギリギリだぁ、聖女さんの顔はさっき拝めたし話もいっぱい出来たからさ、後は俺より優秀な騎士様達に任せたぜ、うちのおっちょこちょいを宜しく頼みます」


二人の副官達は、この大事な場面で主の命運を古い騎士達に託す事にした、託すのにこれ以上の人選は無いだろう。


「おっちょこちょいじゃないし!…でもここまで一緒に来てくれてありがとう、頑張って来るから、だから、だから絶対に死なないで…!!」

「縁起でもねぇこと演技するんじゃねぇ!!」

「これはダメかもしれやせんね」


溜め息を付く二人に食って掛かろうとしたファヴァルの首根っこを掴み、上級騎士は黒雲の竜の娘に頷いて見せた。


「可能な限り穏便にお願いします」

「細かい力加減なんて分からないよ」


そう言いながら聖堂へと続く通路へと軽快に走り出すファレーザの後に、バーレット、ファヴァル、アローネが続いた。

振り返った先にはとっとと行って来いとばかりに左右に振られる松明が見えた。




長く下へ下へと続く通路を埋め尽くす近衛の先頭から上がった誰何の声を無視し、ファレーザは叫びとも咆哮とも取れる声を吐く。

巻き起こった突風の様な衝撃の回答に、問い掛けた近衛を始め何人もの兵達が後ろの兵にぶつかるようにして倒れた。

だが数列目の近衛騎士が大楯を構えてこれを耐え勢いを打ち消して見せると、「みんな倒れて転がり落ちちゃえ」と思っていたファレーザはふくれっ面を隠さない。


「 …り侵入者が居る… 」

「 …衛の誇りに懸けてここを通しは… 」


「うるさいうるさーい」


勢いよく跳躍した体は華奢で、その身のこなしも飛ぶように軽やかで、簡単に受け止められると思った近衛騎士は勢いよく後方へと吹き飛ばされた。

ひょいひょいと飛び込んで来た小娘の一蹴りで、重装の騎士が吹き飛ばされるなど誰が予想出来ただろうか。

そのまま後方の多くの兵達を巻き込み盛大に転がり落ちた騎士達の悲鳴が連鎖し狭い通路にこだまする。


「ねえあれ大丈夫かな」

「まあ、あの程度では死にはしないでしょう…」

「でも痛そうじゃない?」

「幸いにもこの体では物理的な痛みは感じませんので…」

「すっごい悲鳴が聞こえてくるけど」

「鍛え上げられたベリュークの精鋭です、恐らく大丈夫です…」

「なるべく苦しませないようにって」

「この程度は想定して訓練を行っています、心配御無用っ…」


若干バーレットの声が上ずって聞こえるのは気のせいでは無いだろう。

呻き声を上げて転がっている近衛達の合間を縫うようにして走る一行、その視線の先で倒れた兵の上に立って息一つ切らさず首を傾げる少女は間違いなく偉大なる者であった。


「ねえこれはどっち?ファイルの輝き的にはこっちかな?」

「聖堂門を正面から突破するんでいいんだよね」

「あの武器庫に繋がる隠し通路以外、聖堂に至る道はここしかありません、ファレーザ様左です」


そう聞くや否や再び風の様に階段を駆け下り出すファレーザ、そのスピードは以前にファヴァルが落としたコインよりも早い様に見えた。

大階段には松明が点々と灯され以前の様にその姿が闇に吸い込まれて行くような事は無かったが、それ故に何重にも敷かれた近衛の壁を軽々と粉砕して進む姿が目に焼き付き、ファヴァルは若干の罪悪感を覚えるのだった。


「ベリュークの、それも精鋭中の精鋭の近衛騎士が…流石に相手が悪すぎるけどそれでも可哀想」

「生前であれば自信を喪失し兼ねない光景ですなこれは」

「でもやっぱりベリュークの精鋭です、後ろの奴らもう起き上がって来てる、止まらないで下さい!」

「良かったちゃんと手加減してくれてたよ!」

「ファレーザ様の配慮は有難い事ですしベリュークの立ち直りの早さも喜ばしくはありますが殿下は後ろを振り向く暇があったら前を向いて走って下さい」

「大丈夫ちゃんと走、って、っと、った、うわぁぁぁぁぁぁぁグヒッ」


転がり倒れ呻いていた近衛の山から白い腕が伸び、しっかりと油断していたファヴァルの足首を掴んだ。

走りに勢いが付いていた事もありその腕自体はすぐに振り解けたが当然の様にファヴァルは体勢を崩し、側転でもするのかという格好で前方、大階段の遥か先に見える聖堂門へとダイブしそうになる。

それは空へと続く、空へと還れる跳躍になりそうだったが、後ろから伸ばされたアローネの手がしっかりとファヴァルの髪とベルトを掴みそれを食い止めた。

プラチナブロンドが舞い散りとても痛そうな音もしたが、命に比べれば安い物だろう。

バーレットが軽く振り返れば涙目で首をさすりながら下を目指すファヴァルと視線を逸らすアローネ、その後ろには同じく階段を駆け下って来る兵や再び立ち上がりつつある兵達の姿が見えた。


「殿下はこのまま一気に駆け抜けて下さい、ファレーザ様その門をお願いしま…ああ、閂は壊して構いませんが扉は破壊せぬ様に押し開けて下さい、アローネ扉が開くまで私と足止めだ」

「ファレーザさん慌てず急いでー!」

「五月蠅い、意味わからない、面倒くさい、力一杯殴りたい!」

「密集して階段を走り下りてくる兵達なんて、物理的に受け止め切れないわよ!!」

「ファレーザさんそれも大事な門だし中に母さんが居るから殴っちゃダメー!」

「殴りたいのは甥っ子君の方!」



舞台、それは魂が輝く場所、魂が躍る場所、魂が震える場所、或いは魂が失われる場所。

望もうとも望まざるとも、人はいずれその場所へと誘われる、観客のいない人生など有り得ないのだから、その時瞳に映るのは虫か鳥か人間か、それとも竜か。



「こ゛ーめ゛ーん゛ーな゛ーさ゛ーーーーーい゛」



◎続く◎


二週間空いてしまいました、失礼失礼。

クライマックスに向けてどうやら概ね予定通りの筋で行けそうなんですが、若干の道中の展開変更によりこの後一文だけ、一番最初の投稿(開幕部分)に修正を入れる事になりそうです。

でもそれだけで不整合無く走り抜けられそうです。

あとちょっと、がんばるます!(花粉の影響により錯乱中

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