第41幕:「物語」
第41幕:「物語」
◇新生王国暦5年 陽光季99日
魔女となった聖女は、その異変に気付いてはいた。
自らの意志の届くこの家の中で、次々と愛すべき家族が、それも名の知れた者たちとの繋がりが消えて行くのだから。
しかもそれらの魂はその直前まで苦しんでいて、しかし空へと還った訳では無く魂自体はこの砦に在り続けているのだ。
祈りのせいで自分も皆も空へと還れずにいる、皆と一緒に在りたいがそれが叶わぬなら穏やかに空へと還って欲しい。
そう願っていながらそのどちらも叶っているとは言えず、さりとてソウルキーパーとなってしまっていては命を手放す事も老いる事も出来ず、時の牢獄とも言えそうなこの暗い岩砦の奥でただどうする事も出来ずに鬱屈とした無限の時を漫然と過ごしているのだ、深い後悔と共に。
だからこそ村人などの来訪は歓迎すべき変化で楽しみであると同時に、この砦の安息を脅かす者は徹底的に追い返して来た。
既にあの時から何年が経ったのかは分からないが、だいぶ長い時間が経過している事は理解している。
兵士や職人、使用人達によって住みやすい様に整えられていた砦は痛みが激しく一部では草木が根を下ろし蔦が這っているのだから。
一度眠って、再び変化を感じ取って目を覚ました時には木の芽が若木に成長していた事もあった。
「どうせなら大樹に成長していて、その根に砦は飲み込まれていて、あっという間に数百年が経っていてくれたら良かったのに」
もし数百年の時が過ぎ去っていて、ある日ふと目を覚ますとベッドは木の根に囲まれていて、砦から人気は消えて入り口も崩れ塞がっていたならば。
そう空想してしまうのも無理からぬ事だろう、そして実際魔女にはそれが可能なだけの時間が残されているのだ、望む望まざるに関わらず。
ソウルキーパーとして空へと還らず地上に残ってしまった意志、存在する意義がいつまでも続く家族との平和な時間とは、皮肉としか言い様が無い。
「そうだわ、薪の貯蔵はまだ大丈夫かしら、バントレオに…いいえバンフルに確認しておかないと」
聖女には死ぬ間際までの記憶がある、だからバントレオが既に戦死し空へ還っている事を把握していたし、一方でその息子バンフルの魂が先程自らの保護下から失われた事も感じ取っていた。
それでも彼女にはどうする事も出来ない、どう行動を変える事も出来ない。
外からの問題があれば自ら出向き脅して追い返した、内に問題があればその歌声で鎮め平静と言う名の現状維持に努めた。
争いは望まない、自然な事として皆に空へ還って欲しいと今なら思える、だけども彼等が苦しむ姿を見れば歌ってしまう、それで昔の笑顔を取り戻せる事を知っているから。
それは彼女にとっての当たり前の行動で、その笑顔を見る事は喜びで、皆との繋がりを一番に感じられる瞬間であったのだから。
現状を把握しながらも、変化を望みながらも、存在しない解決策を模索する道を諦めて久しく、今の魔女に出来る事は皆の笑顔を守る事だけであった。
聖女は歌う、暗い岩砦の奥底で、愛する家族の笑顔を守る為に、自らの笑顔を捨ててでも。
魔女は歌う、暗い岩砦の奥底から、愛した家族の笑顔を取り戻すために、忘れて久しい自分の笑顔の代わりに。
そして次代の王は歩むだろう、暗い岩砦の奥底へ、愛してくれた家族の笑顔を見たいから、自分の笑顔を見せたいから。
互いに穏やかな時を、小さな幸せを、ただただ笑顔を望みながら、その為に悲痛な顔をして戦うのだ、どうして戦わなければならないのか自問しながら。
「バンフル、バンフル、お願い応えて、聞きたい事があるの、だからお願い」
だが聖女のその呼び掛けに応えは無く、その存在も希薄で今にも消えてしまいそうだ。
少し前に彼を含む多数の騎士や兵士達が苦しむ感情が見えた事で再び意識が覚醒し、それを救いたくて歌ったのだ、それなのに救えなかった。
魂の繋がりは切れ、それを信じたくなくて声を掛け続けているのに誰も応えてくれない、そこに魂は在るはずなのに。
「消えて行く…皆消えてしまう…お別れの時は笑顔で、ちゃんと私が見送るって思っていたのに…お別れの言葉も掛けてあげられないなんて」
感情の乱れは分かりやすく体に現れていた、自分でもどうする事も出来ない程の悲しみ、怒り。
それは体中を駆け巡り聖堂内を満たす雷光となって迸る、硬い岩壁や先人が彫った彫刻が砕け散り使用人達が手入れをしてくれていた調度品も弾け飛ぶ。
光る嵐が無差別の破壊をもたらす中、その中心に居る魔女は膝を抱え泣いていた。
「ブリューメット、ノードの陽気な兵士、外郭の前衛、貴女の豪快な笑い声を忘れません」
「アルタリア、王城の門番、外郭の射手、貴女が嬉しそうに話すお孫さんのとの思い出を忘れません」
「トロス、王城の園庭守、内郭の記録係、バーレットが褒めた貴方の誠実さを忘れません」
「トルスタット、王の近衛騎士、聖堂門の守り手、近衛の心構えをグノッサリオ達に教えてくれた事を忘れません」
「ワールカ、王都の巡視官、武器庫の門番、貴女の的確な判断によって救われた命を忘れません」
嵐を纏う魔女が呟くその言葉は、傍から見れば呪いの魂歌か何かの様であったが、その実ここ数日の間に戦いや衝撃によって消えたベリュークの魂達であった。
この廃砦には最盛期には500人程の兵士とそれを支える職人や使用人達が常駐していたが、聖女はその全ての顔と思い出を記憶していた、彼女の大事な家族の事を。
それ程までに愛していた家族だからこそ、自分の知らぬ所で消えて行くのが怖く、そして悲しかった。
だから聖女は今怒っているのだ、どうしてこんな事になってしまったのか、どうして自分達をそっとしておいてくれないのか。
そもそもの原因は王都との連絡の途絶と、その後に起こったメイヤーナによる繰り返しの侵略である、だがそれは最早生前の、遠い昔の話。
ならば今起きているこの不可解な状況はどうしてか、メイヤーナからの招かれざる客のせいに他ならない。
それはつまり…
「砦外の敵、デノン、そしてファヴァルを騙る者」
戦いも争いも望まないが、座して家族が消えゆくのを放置するつもりもない。
このまま次々と苦しみ悲鳴を上げた末に魂が消えていってしまう可能性があるのならば、いっそ皆を率いて外敵を討ち払い早急に平穏を取り戻そう。
そう出来るだけの実力がベリュークの軍にはある、それを可能にする癒しと奮起の歌がある、そうする事を聖女も魔女も望んでいる。
戦いの号令を出すのは歌うよりも簡単であった、何故なら彼女は皆に愛された一国の王女であったのだから。
「皆力を貸して下さい、平穏を乱す者達をこの地から追い払いましょう」
その声は祈りによって繋がっている全てのベリュークの兵士、騎士に届いた、彼女によって生かされている、いや残されている魂達に。
バーレットの指示で砦内各所に配置され、アストガル達によって待機を命じられていたベリューク軍がより上位の命令によって指示を上書きされ動き始めたのだ。
聖堂を守る近衛達は空へ還ったグノッサリオの指揮下を離れ、聖堂門前に再集結しつつある。
地下を守る近衛達はベルニオンの指揮下を離れ、隠し通路のある武器庫の守りを固め始めた。
内郭を守る兵達はバーレットの指揮下を離れ、魂が次々と消えた軍議室を包囲しようとしている。
外郭を守る兵達はアストガルの指揮下を離れ、岩山の中腹に陣を構えたメイヤーナ軍を攻撃する準備を整えている。
大弓隊と遊撃隊はアローネ、ルダンの指揮下を離れ、外郭部隊と協力し攻撃配置に着きつつある。
輜重隊は空へ還りつつあるバンフルの指揮下を離れ、前衛を務める部隊の支援位置に移動している。
そしてこの大々的な軍事行動はすぐに廃砦内外の“敵”にも伝わった。
城や砦の壁上から来訪者の監視を行う事が多かったブアンはとても目が良く、夜通しの任務にも慣れていた。
もうだいぶ前に上がった炊煙の様な狼煙で潜入組の無事は確認出来ていたし、その後には門が開いて砦からの使者もやって来た。
緊張と共に迎え入れたその使者は見慣れた顔の辺境伯軍射手で、一気に力が抜けたのはブアンだけでは無かったはずだ。
その射手、ショアナからの情報でデノンの負傷と残ったファヴァル達が聖女に会う為に行動を起こしている事は把握している。
少しでも砦の兵士達の注意を外へと向けるべくこうして岩山の中腹に陣を構えてから既に数刻が経ち、大きな変化が無いままそろそろ空も白み始めて来た事で安堵の空気が漂い始めていたのだが。
その異変に目ざとく気付き同じく砦をじっと見つめていた何人かの兵に目を向ければ、彼等もブアンの方を向き頷いている。
「エグレン様!砦に動きが、壁上の射手の密度が上がってます!」
「おいおい突然何だってんだ、睨み合いには飽きたってのか?」
「もしかしてさっきの女が何か余計な事を…やっぱりアレはファルタ王の使者なんかじゃ無かったんじゃ」
「いやいやあの国王の印章が偽物だったってのか?そこまでしてこんな危険な場所にやってくる理由は無いだろ」
「それじゃあ辺境伯達に何かあったんですかね…」
「考えたくは無いがその可能性も考えとかなきゃならんだろうな、しかし合図の狼煙は上がったんだから何か勝算はあったはずだ、ギリギリまでこのまま動かんぞ」
「了解です、しかしこの距離であの数の射手に撃たれたら被害は免れませんね」
「ああチクショウもどかしいなおい」
仮眠から叩き起こされたエグレンだったがそこは流石のベテラン騎士と言うべきか、瞬時に自分たちの状況を思い出し、起こされた事への文句を言うでも無く、何を言っているか理解が追い付かないといった事も無い。
戦場のしかも最前線でこれだけ図太く眠れて、それでいて目覚めが良く把握能力も高いと言うのは、鍛え上げられた末に身に付いた得難い才能と言えるだろう。
そのエグレンから見ても今の状況は非常によろしくないものであった。
「おいショアナ、ひとっ走りして森の詩人に物語の材料が上から転がって来るぞと伝えてくれ」
「そのまま言えば伝わりますか」
「問題無い、奴なら分かる」
そう言われてしまっては本当にそのまま伝えるしかない、そう思って言われた言葉を頭の中で繰り返しながら岩の隙間を軽やかに駆け下るショアナであった。
そのショアナが使者として砦を出て来てから既にだいぶ時間が経っている。
ベリューク領の村民としてベリューク騎士バーレットからの書状を携えやって来た時、その一挙手一投足を両軍の兵士が固唾を飲んで見守った。
メイヤーナ側からすればソウルキーパーだらけの砦から使者が来るなど想定外の動きであったし、ベリューク側からすれば守るべき村人が無事で居られるか気が気では無かったのだ。
だからその村人が中腹で陣を張るメイヤーナ軍のすぐそばまで迷いなく進み、大声で呼び掛けた時には両軍共に驚き慌てたのも仕方の無い事だろう。
「メイヤーナ王国エキル軍の指揮官はいらっしゃいますか?私はディオニ村のショアナ、シーサック王国上級騎士バーレット様よりの書状を持って参りました!」
そう言って被っていたフードを外して見せたその顔とその名に、すぐにそれが誰なのか分かった兵士が数人居た、即ち犠牲者の数である。
「あ!ショアナさんじゃな…」
「何だよあんただっ…」
「良かった無事だったんで…」
「使者殿ご苦労よく来られた!!」
陣を飛び出しショアナに駆け寄ろうとした兵士達はエグレンの必要以上の大声に驚き止まり、そして振り返った先に見たのは彼等の指揮官エグレンの唸り声を上げる猛獣の様な形相であった。
ゆっくりと近づいて来るエグレンに恐怖を感じつつも、それでも自分達が何か悪い事をしている可能性など考えなかった彼等は再び声を上げショアナとエグレンに駆け寄ろうとしてなぎ倒された。
「おかえりなさいまずはゆっくり…グホッ」
「心配してたんですよ潜入組はどうなっ…ガッ」
「ほらエグレン様彼女の無事を喜…グゲッ」
「折角使者として振る舞っていると言うのに何を考えてるんだこのバカ共は」
そう言うと大袈裟な位に丁寧な礼を使者であるショアナに向かってして見せ、分かりやすく陣の方を指差しさあどうぞと言わんばかりの身振り手振りで案内する。
察したショアナもゆっくりとした動作で礼に応じて、エグレンに導かれるままに陣を構える兵達の中へと消えて行った。
ショアナが使者として名乗りを挙げた途端に敵陣から数名の兵が飛び出して来たのを見た時、実際スホータム砦の壁上で見守っていた白い射手はその兵を射ろうとしていた。
見ず知らずのはずの村人、それも非武装の女性に対していきなり数名の兵士が掴み掛かろうとしたのである、遠目に見れば領民が襲われようとしていると勘違いしても何ら不思議では無い状況であった。
だがそれを制したのは敵の指揮官らしき騎士であり、命令に従わなかったのかその兵士達はそのまま騎士になぎ倒された。
「随分と規律も練度も低そうな敵だ、やはり蛮勇メイヤーナか」それがベリュークの兵士達の感想であった。
「軍において兵士の勝手な判断や行動は厳禁、これを疎かにすると敵の罠に掛かったり道を見失ったり味方に見捨てられて早死にするから気を付けるんだぞ、さ、配置に戻った戻った」
「どう考えても最後のが一番怖いじゃないですか、さっきの奴ら死んでないといいんだけど」
「きっと身をもって示してくれたのさ、こうはなるなよってさ」
ベリューク兵から屈辱的な評価を下されているとは露知らず、とりあえず勝手に動くとこうなるぞと学んだ兵達は、ブアンの指示に従って昏倒した兵士の片付けとそれまで通りの睨み合いを続けるのだった。
この時の彼等の心境はとても複雑であった、既に昼間の戦いで砦の堅牢さと敵兵の練度の高さは嫌と言うほど思い知らされている、味方の数は半減していてもうまともに戦うのは無理だと分かっている。
出来得るならばこのまま戦いが終われば良いと思うが、久しぶりの大きな軍の召集と聞いて応じた志願兵としては手柄を上げずに逃げ帰る訳にも行かない、このまま帰るだけでは戦利品にありつけないし、褒賞金も出ず、敗軍として名誉も失うのだ。
せめて、せめて自分達の手で攻め勝つのでは無くとも、辺境伯が交渉で砦の平定に成功しこのラグン地方を治める伯爵になってくれれば、従軍した兵も勝利の立役者として富と名声を得られるのだが…。
そんな事を考えてはいるものの、長距離行軍と激戦による疲労や死傷を乗り越え未だしっかりと最前線で陣を構えているだけでも、兵士としてはかなりマシであろう事は彼等の名誉の為に付け加えておきたい。
そして、騎士としてはかなりマシな方だが、夫としては評価の低い男は、騎士としての評価も失おうとしていた。
ショアナが岩山を軽やかに駆け下り森の中に展開していた散兵を捉まえてランバレアの居場所を聞けば、再び容態の悪化したビューネの許に戻ったと言うのだ。
この綱渡りの戦況の中で、後方支援を担当する騎士が持ち場を離れていいのか、いいはずは無い、そう思って散兵に同情を示せば意外な答えが返って来た。
「あー、まあね、でもランバレア様だしなー、何かあった場合の初動はどうすればいいかも指示して行ったし、ランバレア様だしなー、まあランバレア様だしいいんじゃないか、だってランバレア様だよ」
指揮下の兵がこう言っているのだからそれ以上文句を言う事も出来ず、何とも言えないもやもやとした感情を抱えたままショアナは野営地まで走る事になった。
この辺境伯軍(ファヴァルと愉快な仲間達)はやっぱりどこか普通じゃない、そう改めて思うのだがどこかで「確かにあのランバレア様が離れて大丈夫と判断したなら」と思ってしまう辺り、彼女自身も立派な辺境伯軍の一員だろう。
「ランバレア様、ショアナが戻りました、報告があるそうです」
「後で聞くから酒でも出して少し待たせておいてくれ、ビューネの体調がやっと安定して話せるようになって来たんだ」
「…ビューネ様、ショアナが戻りました、ランバレア様に報告があるそうです」
「通せ…コップを寄越せ一人で飲める、責務を果たせ」
「嗚呼、まだ無理をしてはいけないよ、強がる君も美しいけれど」
吟遊騎士は相変わらずの様子であったが、だからこその安心感もあった。
戦時には勇敢かつ有能、平時は詩人で無能、つまり無能な今は彼にとっての平時であり、それは状況が落ち着いている事を意味するのだ。
機転を利かせてビューネの許可を取り付けた勝手知ったる兵士はショアナにウインクをして見せ、彼女はそれに苦笑する事で応じた。
幕をめくれば籠っていた空気が流れ出てくる、それはふわっと甘く香る酒の匂いで、一瞬この吟遊ダメ騎士が酒を飲みながらべったりと甘々な看病をしているのかとも思ったが、そうでもないらしい。
ショアナの目に入ったのは天幕の支柱に背中を預け片膝を立てて座るビューネ、その手には酒が注がれたコップ、そして至る所に赤く染まった布を巻かれた鍛え上げられた肉体、傍には使い込まれた剣鞘が無造作に転がっていて、なるほど戦姫だ。
酒の入った革袋を手に持ち恭しく横に控えるランバレアが夫でも騎士でも無く、ただの使用人にしか見えないがそれは指摘しないでおこう。
「おかえりショアナ、無事で何より、ファヴァル様達は一緒かな?」
「お気遣いありがとうございますビューネ様、残念ながら私一人ですが、状況に進展があります。ビューネ様こそお体は大丈夫なんですか?」
「そうか、立ち上がるのは難しそうだがこの通りだよ。報告と言うのは?他の騎士達には?」
「エグレン様とブアン様には報告済みです、他の騎士の方々はその、会っていないのですがこちらに一緒にいるのかと」
「それについてはまだ伝えて居なかったけど、困った事に昨日の戦いの被害が思ったよりも大きくてね、君も含めて騎士のほとんどが倒れた、退却時に最後まで踏みとどまって指揮した結果だよ」
「その調子では兵の被害も聞いていた内容より大きそうだな…それで」
「潜入組は皆さんの援護のおかげで無事に入り込む事に成功しました、ですが砦内に残る敵兵の数が予想よりも多く、名の有る騎士も多数健在で迂闊に動けない状況でした」
「あちらも苦労していそうだな、デノンの心労の方が心配だ」
ハハハ、と笑って見せたのは重くなりそうな空気を感じ取ったビューネなりのユーモアであったのだろうが、困ったのはショアナである。
「貴女の率いる射手隊の誤射でデノンは重傷を負いました」とは言いづらい。
まるで太鼓持ちの様に横で笑っているランバレアが憎らしいが、今は黙っておくのが得策だろう。
「…ブノンズ様が頑張っていました。砦の奥に居ると思われるファイルに会う為に皆で手分けをしてその方法を考えて、手掛かりは幾つか見つかっていたので今頃は会えているんじゃないかと思うんですが…」
「そうか、順調だといいな。それでランバレアへの報告と言うのはその事についてかな」
「あ、いいえ、エグレン様からランバレア様への伝言があるんです、えっと待って下さい、今思い出します」
「思い出す?そんなに複雑な内容なのか」
「そうじゃないんです、えっと上から転がって来る、だったから…」
「上から、落石か?それとも砦の奴らが石や丸太でも落として来たか?」
「いえ、そうじゃなくて物語の、そう物語の材料が上から転がって来るぞ、こう言えばランバレア様なら分かると」
「物語の材料?おいランバレアこの戦いの最中にも物語だの何だのってお前たちは…」
「まずい、すぐに動ける兵を集めてエグレン様達を援護しないと!」
それまで物語の脇役だか小物だかよろしく横で台詞も無しにニコニコしていただけの男が突然舞台の中央に躍り出て来た、そんな状況である。
そのあまりの豹変っぷりにショアナはどちらかと言うと驚きよりも笑いが勝ってしまった、まるで喜劇役者の様な変わり様であったから。
そう思ったが実際、この男は喜劇役者の様なものでは無いか、荘厳に伝承を謳い、雄大な自然を詩い、過酷な戦場で歌い、場末の酒場でも兵や民達とバカみたいに飲み歌う、時に騎士で時にダメ詩人。
でもだからこそビューネが背中を預けられる相手として、もしくは良くも悪くも釣り合いが取れる相手として、お似合いの二人なのだろうと妙な納得感がある。
何となくほっこりとしてしまって、その笑いをビューネと共有したくて横を向けば、そこには信じられない程に鋭い眼光の戦姫が居た。
「ランバレア、状況」
「物語の材料、それは物語に出来る程の状況や戦いを意味します、ただの小競り合いでは物語にはなりません」
「続けろ」
「上から転がって来る、言わずとも上とはあの岩砦であり転がって“来る”のですから、先程の材料と合わせればそれはただの矢や投石等による攻撃に留まらず、門を開いて岩山を駆け下って来る直接攻撃の可能性があります」
「対応は」
「エグレン様の所にはブアンと兵100、森に散兵100、この野営地に兵50と多数の負傷者。怪我人で戦えずとも動ける者はいるだろうから彼等にここを託し残る50も前線に投入する、私が率いて砦に向かうよ」
「騎士の顔になったな、行って来い」
シレッとビューネの額にキスをして立ち上がり、命令を出し始める男は確かに騎士だった。
「なるほど吟遊騎士ね」と呟いたショアナに小声で「私のだぞ」と返したビューネ、二人は声を殺して笑い合った。
開幕、それは物語の始まり、一度上がればやり直す事など出来ない。
演者が飛び出し舞い踊る、歌に合わせて軽やかに、過去を背負い今を生き、未来を望んで舞い踊る。
「すまないが頼んだぞ、さあ急げ出発だ!この物語を完成させなくては!」
◎続く◎
さて、クライマックスに向けてベリューク軍の反撃ターン!
自分の祈りが届かなくなったバーレット達の存在に悲しみと恐怖を感じ、聖女様、動きます。
一方ファヴァルと愉快な仲間達も迎撃態勢を整え…?
果たしてファヴァル達は包囲網を突破し再び聖女との邂逅を果たせるのかっ…!(謎煽り




