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ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


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第40幕:「雷訪」

第40幕豆知識

【ファレーザ】…黒雲を呼ぶ歌姫。大草原の一部族の娘だったがその歌声は空から黒雲を招いた。シーサック王家の始祖と呼ばれている。

【ファレーザ】…黒雲の竜の娘。黒雲の竜ズィードの胎内で死を迎えた竜。ズィードの魂の宿主であり自身もソウルキーパー、他に例の無い唯一無二の存在。


第40幕:「雷訪」


◇新生王国暦5年 陽光季99日



その声は今まで一度も聞いた事が無いものであった、少なくとも軍議室に居た面々は。

若い女性の声ではあるが、どこか不思議な声音と発音で一度聞いたら印象に残る様な、逆に言えば過去に聞いていればすぐに思い出せたであろう、そんな声である。

声の主はどうやら白い兵に道案内をさせている様で、二人分の足音が近づいて来るのが分かると、軍議室の面々は会話をピタリと止めお互いに顔を見合わせながら徐々に大きくなる足音の動向に耳を澄ませた。


「 …ルザンと言うのは… 」

「ガサルザンはね、ガサルザンだよ、大きくてすぐに首を引っ込めちゃう臆病な蛇」


「文献ではガサルザンは棲み処の火山に侵入する者を追い散らす強暴な炎の蛇、という事になっているのですが」

「僕も征服に向かったメイヤーナ軍が勝てなかった相手って聞いて何かとっても凄そうでヤバそうなの想像してたんだけど」

「殿下、言葉使いが退化しています」

「おっと、我もかの地を征くメイヤーナの屈強なる戦士達…」

「結構、少し黙っていて下さい」


「そうそう、そこら中穴だらけにしていつでもどこからでもすぐに山の奥に逃げられるようにしてるの、笑っちゃうよね」

「 …んと言いますかその、はあ… …当にそんな蛇がいると… 」

「嘘じゃないよ!ちゃんとあいつとは仲良くするって約束して来たんだから」


「儂も耳が遠くなったかのう、ガサルザンと仲良く…と言ったように聞こえてしもうたわい」

「残念ながらあなたと同じ妄言が聞こえてしまいました、きっと一度死んだせいでこんな事に…」

「いやその後も聞こえてるが本当にそう言ってるぜ、ま、続きは直接聞くとしようや」


カツンカツンと良く響く硬質な足音はすぐそこまで来ていた。

この砦は構造上そのほとんどの床は岩であり土が見えている部分は少ない、その為ベリューク軍の軍装は革靴か鉄靴の場合には足裏に革が張ってあり若干の消音性と床岩が削れるのを緩和する役目を果たしている。

しかしこの足音の主は明らかにそれとは異なる鉄靴を使用している様で、その音の違和感と存在感は一際大きい。

やがて緊張が伝わる背筋のピンと伸びた白い兵士が顔を出し、その手に力強く握られた松明に照らされて軍議室へと導かれたのは、声の印象よりは大人の雰囲気がある女であった。


「 …ど到着されました、王都からの使者様をお連れ… 」

「道案内ありがとう、助かったよ」

「ご苦労、戻って引き続き中腹の連中の監視をしっかりと頼むぞ」


一礼をして足早に戻って行く白い兵士にヒラヒラと手を振り、踊るようにクルッと向き直る様は、その密度の高い甲冑姿とは随分とちぐはぐな感じがする。

すらりと背が高く滑らかな指先の所作などは一見すると淑女の様にも見えるが、その全身を覆うのは美しく表面を磨かれ一部には手の込んだ装飾も見られる如何にも上等な金属の騎士鎧であり、顔の上半分を覆う兜の下から聞こえてくるのは元気でとても明るい少女の様な声なのである。

この突然で突拍子もない来客に一同目が釘付けになり、さて誰からどう声を掛けたものか迷った末の沈黙がおりた。

それは即ち場の主役をこの女性に持って行かれた事を意味し、今まさに決裁を下さんとしていたファヴァルはそっと、そっと口を引き結ぶのであった。


「そこのお爺さん、中腹の連中って言うのはメイヤーナの旗を掲げた人間達でしょう?あれに戦意なんて無いよ」

「む?そ、そうか、いやそうでございますか?」

「そこのお姉さん、妄言なんて酷いな~私もガサルザンもいじけちゃうよ?」

「え、聞こえて…あ、いやあれは言葉のアレと言いますかえーとごめんなさい?」

「言葉の綾ね、もっと人間語の勉強が必要だよ。それからそこの甥っ子君、私の趣味は黒雲の中を飛ぶ事だよ、覚えておいてね」

「はえ?僕を甥っ子って言う人なんて叔父上くらいしか…えと趣味は、趣味?これからよろしくねっていう意味でいいのかな?」

「えー君も酷いな~、君が私の像の前で私に聞いたんじゃないか、ご趣味はって」

「んん?王都のどこかに貴女の像があった、のかな。いや王都って言うのはそもそもこの場合メイヤーナの王都オウベリンじゃなくて…」

「そうですな、使者の方、失礼ですがお名前や所属を伺いたい、私はシーサック王国ベリューク軍所属上級騎士バーレッ」

「その声はバーレット・デルゲントさんでしょ?牙大臣グルガーの後任を辞退してお姫様に付いて行った。以前はお城でいっぱい聞いた名前だったね、頼りになるバーレット、面倒くさいバーレット、厄介な存在バーレット」

「…どこかでお会いしていたのなら申し訳ない」

「んーん、私は会うの初めてだし、私の方も空から貴方を見ていただけだから」


見た目と言動がちぐはぐなこの女性は、その話す内容もどうにもちぐはぐで、普段のバーレットであれば眉間に皺を寄せこめかみに手を当て深い溜め息をつく場面であったが、何かがおかしかった。

そもそもこの砦でソウルキーパーとなって十数年が経っているのであれば、彼が王城に居たのは20年近く前の話なのである。

まるでその当時を知っているかの様な口ぶりだが、そうであれば見た目と年齢が全く合わないのだ。



「さてと、私は王妹【ファレーザ】、現新生シーサック王国国王ファルタの妹と言う事になってる。王都ズィルドヒルから派遣された使者兼支援軍だ、軍と言っても私一人だけどね」



そう言って外した兜の下の顔に、バーレットのみならず皆が目を奪われた。


彼女は端正な顔立ちに切れ長の目と吊り眉が特徴的で、肩書やその声から想像を膨らませていると驚くほど勇ましく感じるだろう、そして長く真っ直ぐに零れ落ちた髪は吸い込まれそうな漆黒だ。


彼女はこの砦の奥で待つ聖女に、とてもよく似ていた。



「ファ、ファイル様が何故じゃ?」

「おいおい嘘だろまさかここでの軍議全部聞かれてたんじゃないか」

「違う…私が初めて出会った年頃のファイル様に似てるけどそれも違う」

「言われて見れば確かに、ですがご姉妹と言われればそうとしか」

「おい甥っ子、お前あっちの王家にも詳しいだろシーサックに王女様は二人いたのか」

「そんな話聞いた事無いしファルタ王だってそんな事は言って無かったと思う」

「ファドライア陛下にファイル様とファルタ様以外のお子様はいらっしゃいません、それは若き日より陛下を知っている私が保証出来ます。そして主要貴族は全て覚えているつもりですが、傍系にもこのお方の容姿と年齢に該当する子女はおりません」


「だって私人間じゃないもの」


「ではシーサック王家の始祖、黒雲を呼ぶ歌姫と同じ名を名乗る貴女は、一体誰なのですか」


ファイルがここに居るはずは無いがそれでも目の前の人物はファイルによく似ていて、王妹だと名乗ったのに人間ではないと言う。

そして旧シーサック王家をよく知る者の視点で言えばバーレットが知らない王族など存在するはずがないのだ。

ファレーザは少し悩む素振りを見せた後「ま、いっか」と呟いてニコッと笑った。


「本当はファルタに言っちゃダメって言われてるんだけど、ここだけの秘密だよ」


そう言って人差し指を口に添える表情は、言いたいのに言えない、本当はダメと勿体ぶりつつ実は早く喋りたい、そんなまるで年頃の少女の様な悪戯っ気のある笑顔だ。

多くの大人たちがこの急な展開に目を白黒させる中、精神年齢が近い、かもしれないファヴァルだけは身を乗り出し目を輝かせていた。


「私の体は溶けて無くなっちゃったし、名前も付けて貰えなかったから、記憶の中にある一番の仲良しの人間になってみたの、どうすごいでしょ!」


…やはり話が急展開過ぎて誰も付いて行けなかった。

今度こそ眉間に皺を寄せこめかみに手を当て深い溜め息をついたバーレットが内容を紐解き補足を促すが、ここでも常識が通用せず頭を抱える事になるのであった。


「その、もう少し前の段階からゆっくりとお話願えますか、必要に応じて確認を挟ませて頂きますので」

「もう少し前?どれくらい前からだろう、前の前の前の王様の頃からとか。それくらいなら1年もあれば全部話せるよ」

「いや、いやいや、それではまずは貴女の溶けたと言う体についてお聞きしましょう、そもそもどの様な体をお持ちであったのか」

「体は出来上がる前に溶けちゃったから、実は自分でも良く分からないんだよね、でも人間が言う黒雲の竜と同じだと思うよ、ずっとそのお腹の中に居たから」

「…もしや貴女は黒雲の竜ズィードの残した魂なのでは、と思っていましたが、彼の竜が身籠っていたとは…初耳です」

「ずっとお腹の中で聞いてたよ、人間の言葉を。バーレットさんはいつも忙しそうだったね、陛下陛下、王妃様王妃様、ファイル様ファイル様、殿下殿下って」

「それが私の生き甲斐でした故。しかし溶けたと言われますのは、その、想像が付きません」

「ズィードが毒だらけになった地底湖に横たわったまま死んじゃって、その後いっぱい叩かれて鱗にひびが入ったから私も毒浸しになっちゃったんだよ、それでズィードと一緒に湖に溶けちゃったの」

「確認ですがそれは、その所業はファンドラさ…ファンドラによるものと言う認識で宜しいでしょうか」

「分からない、けどそのファンドラって一つ前の王様の声は聞こえていたよ、一緒にやって来た人間達がズィードを叩いたんだ、嬉しそうに叩く人も泣きながら叩く人も居たかな」


その後のファンドラによる王の弑逆と戦争へと至る歴史を予め知っていたとしても、そのあまりにも非道な行いは憤りを通り越して絶句せざるを得なかった。

そして仕えた家や主は違えども同じシーサックと言う王国に仕えていたベリュークの騎士達には、恐らくファンドラの直属であったであろう騎士達の心模様も理解出来た。

それはやがて王となる者に自らの功を示す機会であり、“偉大なる者”を屠るある種の偉業であり、王国の守護者をその手に掛ける大罪であっただろう。

果たして長年の友に裏切られた守護者はどう思っていただろうか、その怒りや憎しみは彼の者を復讐に燃えるソウルキーパーとしてこの地に留まらせはしなかったのだろうか。

「我々シーサック王国の人間を恨んでいるか」そう声に出して聞くのを躊躇ったバーレットに、ファレーザはただ微笑み首を横に振って答えた。


「ファレーザさんファレーザさん、ファレーザさんは一番の仲良しの人間になったって言ったけど、そんなに昔からお腹の中に居たの?」

「良い質問ね甥っ子君!私の記憶は前の前の前の王様が居た頃から始まってる、それよりも前の記憶は私の方の記憶なんだよ」

「へー、そっか、ふむふむ、なるほど、バーレットさんよろしく」

「かしこまりました。ではファレーザ様、貴女が育ち始めたのがファドライア陛下の前の王の御代よりであり、それ以前の記憶についてはズィード様から受け継いだ、もしくは共にある魂から得た記憶という事で宜しいでしょうか」

「そんな感じかな、ズィードの魂は砕けちゃってもうあんまり残ってないけど、私と、ファルタの持つ鱗と、ファイルの持つ鱗に居るよ。早く自分の体で空を飛んで人間と話してみたかった私には大空を旅する記憶と長い草原の民との暮らしの記憶がいっぱい残ってる、ファルタの鱗には戦いとかファンドラの記憶がいっぱい残ってたみたい」


それではファイルの持つ鱗には一体どのような記憶が残っているのか、それを計り知る事は出来ないが皆が思っているだろう、それが平和で穏やかな、優しい思い出であって欲しいと。

初代ファレーザが願った平和と友情、その想いに長い時間寄り添ってきた黒雲の竜、その魂がシーサックの末の娘と共に安息を得て欲しいと願わずには居られなかった。



「あ、そうだった、君にお礼を言っておかないと、私が…ズィードが離れ離れになったファイルの事を毎日教えてくれてありがとう、想いを繋げてくれてありがとうって思ってたよ、だからありがとう、おかげで湖に溶けたズィードは最後にファイルに会いに行けたって」



視線が合い、ファレーザにそう告げられた大男は膝から崩れ落ちた。

肩の震えは徐々に大きくなり、嗚咽はやがて悲鳴の様な泣き声に変わり、零れ落ちた涙は乾いた床を潤した。

おおよそその屈強な男に似つかわしくない姿を茶化す者などおらず、そっと肩に手を乗せようとしたベルニオンの手はしかし水を掻く様にその体を通り抜けた。


「グノッサリオ様!?落ち着いて下さい、これは恐らく…まだ私達には成すべき事が残っているではありませんか!」

「すまぬ、すまぬベルニオン。だがこれ程までに、私は、私が…良かった、良かった…」


岩山の内部、四方を岩に囲まれたこの軍議室で大きな声を出せば反響して良く響く、この砦の者なら誰もが知っている事だ、だからこそその変化は分かりやすかった。

泣きながら床岩を叩く大男の声は既に失われ始めていた、それは大声を出して飲み歌い騒ぎ倒した翌日の様なかすれ具合では無く、声が滲み響かなくなっていくとでも表現すれば良いのだろうか。

声と共にその輪郭も滲み始めた大男の右手は、床岩に打ちつけると同時に砕け散る様に霧散した。


「これは最早止まらぬか、それ程までに自らの祈りを悔いておったのだな」

「そんな冷静な…どうにかならないのですかバーレット様!」

「すまぬベルニオン、今の私にそなたの友を救う手立ては思いつかぬ」

「アストガル様、どうかもう一度、今度はこの大馬鹿者を怒鳴りつけてやって下さい!」

「すまぬなベルニオン、もしこれがファイル様と儂であったならと思えば、掛けてやれる言葉が見つからぬ」

「ルダン!アローネ!お前たちも何故黙っている、グノッサリオが…!」

「すまんベルニオン」

「ごめんなさいベルニオン」


その体の輪郭も崩れ始め、誰の目にもこれが“還っている”のだと分かった。

分かったがそれを止める術も、止める理由も、分からなかった。



ベリューク最後の日、彼は祈った、強く、強く。

彼の主ファイルの為に、彼の大切な仲間達の為に、彼の命を掛けてその無事を黒雲の竜に祈った。

その祈りは地底湖に横たわりゆっくりと朽ち始めていた黒雲の竜に、そこで澱んでいた彼の者の魂に届いた。

だから確かに、グノッサリオの最後の記憶の通り、祈りは、声は、黒雲の竜に届きその魂を招いて皆への護りを得ていたのだ。

その死の間際のほんの僅かな間、グノッサリオは黒雲の竜の魂の宿主となり、護りの力を振り撒き、そして偉大な魂に耐え切れずに死を得た。

グノッサリオの魂には最初から黒雲の竜の加護は無かった、砕けた魂を護っていたのはファイルの祈りだけ。

だから彼は安息を得るのだ、他の仲間達の様に三度死ぬ事は無い、再び甦ることは無い、その魂はこの暗い岩砦から解き放たれ空へと還るのだ。


「一足先に眠れ、グノッサリオ。貴卿はファイル様と同じ様にずっと覚醒していた、我らが話し衝撃を与えるまでもなく状況を理解していた、それはなんと、なんと辛く長い自己嫌悪の日々であったことか」


「シーサックの騎士、ベリュークの騎士、英雄の片腕、聖女の守り人、そして優しいおじちゃん、グノッサリオ・ランザークさん。貴方の祈りの強さに敬意を表します、母とその友の魂を繋いで下さった事、私にこうしてベリュークの皆さんと会う機会と時間を残して下さった事に感謝を」


霧散しつつある大きな白い影はよろよろと立ち上がると、覚束ない足取りでファヴァルの前までの数歩をゆっくりと移動し、バーレットに頷いて見せ、ファヴァルの前に片膝をついて頭を垂れ、だが最後に発した言葉は目の前の主に対するものでは無かった。



「 …久しぶりだな、ベルニ… …が友よ、お前が“様”を付けずに… …ッサリオと… 」



ベルニオンの悲鳴とも叫びとも取れる声に見送られ、大きな白い影は息を吹きかけられた蝋燭の火の様に一瞬揺らいで掻き消えた。

自分の余計な祈りのせいで事態を悪化させたと、ファイルを苦しませる事になったと、どこかで慙愧の念を抱えながらもファイルの祈りに包まれ流され自分を誤魔化していた大男は、魂の救いを得て空へと還った。

鍛冶屋の末っ子として腐っていた屑石は、しかし良き友を得た事で日々研鑽し、ついには磨き抜かれた魂を輝かせ皆の道を照らして見せたのだ。

その輝きはとても優しく美しく、儚かった。


「鍛冶屋のバカ息子が…戦場の暴れん坊が…最後の時は花火みたいに派手に散って見せると嘯いてたじゃないか…」

「その体躯に似合わぬ繊細な心の持ち主であったからな」


「綺麗な魂の輝きだったね、いっぱい悩んでいっぱい考えていっぱい努力したのかな、ズィードが気に入るのも分かる気がするよ」

「ファレーザさんにそう言って貰えるならきっとグノッサリオさんも喜んでるね」

「そうだね、今の甥っ子君よりもとっても綺麗だったもんね」


しっかりとファヴァルに止めを刺したファレーザはしかし、無意識だった。



「それでー?今はどういう状況なのかな、私はファルタから甥っ子君が砦を制していれば書簡を、そうでなければ手助けをする様に言われてるんだけど」

「残念ながら未だこの砦は眠れぬソウルキーパーの住まう家、ベリュークの継承者たるファヴァル様の統制下にはありません」

「そっか。確かにファイルが反発してるね、嫌われてる訳じゃないけどそっとしておいてって言われてるみたい」

「ファレーザ様どうかその偉大なるお力をお貸し下さいませ、我が友グノッサリオの意志も引き継ぎ、我らの手でファイル様の魂をお救いしてこの地をファヴァル様の手に渡したく存じます」

「君、さっきとは別人みたいじゃん、人間て変な生き物だよね。それはそうとファイルの魂は凄いね、私やガサルザン、レラメイネスよりはちょこっと弱いけど、ヒュライラーよりは強い、かな、ズィードの魂も一緒にいるみたいだしね」

「それは…」


バーレットとベルニオンが言葉を失うがそれも無理からぬ事、彼らの知識に当てはめるならそれは、最早ファイルの魂は…


人間が“偉大なる者”と呼ぶ者達にも様々な種族や個体がおり、例えば竜と呼ばれる種族であれば全ての個体が偉大なる者と呼ばれている訳では無い。

強大で強靭な肉体を持ち、それに見合う知能や実力を発揮し得る個体を畏れ崇拝し、人が勝手に名を付け偉大なる者と呼んでいるだけである。

だが全てに共通しているのは、それは人間など到底敵わない程の巨躯であり、それこそ一人で人間の国を滅ぼす事も護る事も成し得る力を持っているという点だ。

それが彼女はさっき何と言っただろうか。


私とは即ちファレーザ、“ズィード”の娘でその魂の一部を持つ、黒雲の竜の新たな個体の事である。

“ガサルザン”とは西大陸北西部の火山に棲まう赤熱した鱗を持つ巨大な蛇達の長の事である。

“レラメイネス”とは東西大陸間の大海に棲まう船よりも遥かに長大な竜魚の事である。

“ヒュライラー”とは東大陸の友好国フォーセル王国の湖に古来棲まう三日月のヒレを持つ巨大魚の事である。


いずれも名の知られた偉大なる者達であり、当たり前の様に人間如きが挑んではならない存在と言える。

だがその偉大なる者側の存在であるファレーザが自ら言っているのだ、ファイルの魂の輝きはその偉大なる者達と同列にあると。

ソウルキーパーの状態であるとは言え、かつて人間の身でその域に達した魂の持ち主は存在しない、未知の領域である。

それはつまり、ファイルも人間如きが挑んではいけない相手なのでは無いだろうか。


「事は私達の想定よりも遥かに大きいのかもしれません」

「正面からぶつかれば間違いなく空が見えるな」


ううむ、と唸り押し黙ってしまったベリュークが誇る知恵者二人に、他の騎士達も発すべき言葉が見つからない。

彼らの主たる聖女に挑むというだけでも心中複雑であったのに、それが偉大なる者に挑む勇敢か蛮勇かはたまた無謀なのかも分からないとなれば、最早複雑を通り越して現実逃避でもしたくなる所だ。

挑まぬ訳には行かないのに勝算が欠片も存在しないまま挑むのも愚行というもの、それなのに時間は有限でいつまたファイルが行動を起こすか分からないまま手をこまねいている訳にも行かない。

既にバーレット達ベリューク騎士が聖女の祈りから外れた事は知られているはずだ、そしてファイルならば攻撃をする事は無くとも再び自らの影響下に戻そうとするかもしれないし実際それは可能だろう、そうなってしまえばファイルに挑む機会は永遠に失われてしまうかもしれない。

ソウルキーパーとなったベリューク騎士達はその意志の及ばぬ行動は取れない、一度砦を離れて作戦を練り直す事も、ただこの砦から逃げ出す事も、それは魂が残った意義を見失い存在を滲ませる事に繋がるだろう。

ファイルと話し合え得るファヴァルという存在が在り、その間を取り持つ事が出来得るベリューク騎士達が在り、黒雲の竜の加護を相殺し得るファレーザが在る今こそが、最初で最後の機会かもしれないのだ。


「行くしかないと思います、このメンバーで、皆さんの意識の覚醒と、ファレーザさんの来訪が重なった今この時に」


「我らは殿下の決裁に従うのみです」

「甥っ子君の為に出来るだけ頑張ってみるよ、あちらのズィードを抑える事は出来ると思う」


「ま、やれるだけやってみるしかねーよなぁ、まだ死にたか無いけど」

「そうでやすね、もうこれだけとんでもない事ばっかし起きてるんですから、一々悩むのもバカバカしいと言いやすか何と言いやすか…」


「君たちについては死んでくれた方が気が楽だけどね、ほら私の秘密を知っちゃった訳だし、甥っ子君はいいとして、この人たちも皆そのうち消えるでしょ、そうなると生きてる人間って面倒だよね」


「…はい?」


軍議の締めくくり、最後の最後にこれまでで一番とんでもない事を言って見せたファレーザは、しかし至って真面目な顔をしていてデノン、ブノンズ、車輪の徽章の兵士を震え上がらせた。

主に泣き付く3人と、ここぞとばかりに偉そうにするファヴァル、溜め息をつくバーレットに温かく見守るアストガル、ファレーザはその全てに目を輝かせ興味深そうに見つめるのだった。


かくして偉大なる者と伝承のソウルキーパーを味方に付けたベリュークの遺児は、偉大なるソウルキーパーとなった母に挑む。

ソウルディアの地の小さな岩砦の奥底で、人知れず計り知れぬ魂と魂のぶつかり合いが巻き起ころうとしていた。



夜明け、それは明日の到来、新たな旅の始まり。

明けない夜もあるだろう、望まぬ明日もあるだろう、ならば語ろう心行くまで、心が赴くその時まで。



「なぁ、勝算はあるんだよな、俺たち帰って来れるんだよな、なぁ、なぁ!?」



◎続く◎


実質ズィード回。

黒雲の竜にまつわる顛末と、自分が祈ったせいでと後悔していたグノッサリオさんのお話でした。

残念ながら前回まででバンフルさん、そして今回でグノッサリオさんは退場です。

個人的に一人の特別な英雄なり主人公なりが活躍する物語よりも群像劇の方が好きなので、私の作品には多くのキャラが平行して登場します、そして群像劇として登場させた以上はそれぞれにしっかりとラストを用意したいとも思っています。

さて次は…

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