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ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


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第38幕:「回顧・後編」


第38幕:「回顧・後編」


◇新生王国暦5年 陽光季99日



…、何か背筋がゾワッとしたが、まあ気にする事は無い、この感覚も何か懐かしいわい。

話の腰を折られたが儂の腰はまだまだ曲がっておらんぞ、むははははははは!

さてアストガル・ガンドロウムの第四章はファイル様との出会いとその成長じゃ!



誘拐未遂事件を機に王城の騎士、そして上級騎士に任命された儂は晴れて王宮勤めになった。

これがビックリする程の出世でな、なんと王城における同格の上級騎士は当時バーレットとバントレオの他に2人のみの合計5人。

そしてこれより上の者と言えば、牙大臣と地大臣に、近衛騎士団長で将軍のワルケン殿くらいじゃ。

軍務に関する話だけならこの8人でほぼ全てが決められる、そんな立場になっておった。

無論、いざ決定となれば王の決裁は必要じゃし、何だかんだ口出ししてくる王都住まいの高位貴族はそこそこおったがのう。

他の将軍や上級騎士達は各地の城や砦の守り、そして領主の配下として方々に散っておったから、軍務に関する少ない窓口の一つとして王都の儂の館へは多い日には10人を超える来客があるようになって、常駐の使用人も何人か雇った程じゃ。

以前はたまに埃払いや雑務の為にその日限りの使用人を雇うだけで、狭く小さいが一応は騎士らしい館に儂1人じゃったのにな。


さて大きな役目を得て活躍の場も増えた事で、儂のやる気も護り竜の如しじゃ。

ああ?何故知らんのじゃ、シーサックの護り竜の比喩と言えば大空を埋め尽くす黒雲を泳ぐズィード様の様に伸び伸び活き活きとしている様子じゃろうが、これじゃから最近の若いもんは…

兎に角、儂はバリバリ働いて王の覚えもめでたく、地方騎士からの大出世と言う事もあって同じ様に長年の忠勤によって王城の騎士や兵士へと出世した者達からも頼りにされたものよ。

ま、相変わらず爵位持ちの貴族達にはずけずけ物を言うもんで煙たがれてたがの、知った事では無いが。


王城で働き始めて3季も経った頃じゃったかな、人員の管理に地大臣であったファンドラ様らしくもない手違いがあったとかで、近衛騎士と王城の騎士の一部が誤って同時に休暇不在になる事があってな。

ファンドラ様が自ら諸々の手配をすると言うてはいたんじゃが、近衛騎士から警護の人員が常より減っているのが心配だと聞かされてのう、居ても立っても居られずバーレットとバントレオに儂の仕事を押し付け…兼任してもらってだな、ファイル様の警護に就いたんじゃ。

遠目に拝見する機会はあったが、間近でお顔を見たのはその時が初めてじゃった、あの愛らしい顔と言ったら…嗚呼…あの愛らしい…あー~。

んん、まあ結果的にはすぐにファンドラ様の直属の騎士も増援で来たから問題は無かったんじゃが、普段は顔を合わせない騎士と共に働き色々と話せたのは良い収穫であった。


その後の数年は王城での軍務と王族警護の任務が半々だったじゃろうか。

本来なら王族の警護は近衛が専属で儂なんかが顔を出す場面は無いんじゃが、何やらバーレットの奴が五月蠅くてのう。

あ奴とバントレオで儂の分の軍務も受け持つから行けだとか、近衛のワルケン将軍からも声が掛かってるとかで色々と駆り出されたな。

まあおかげでファイル様の成長を度々間近で実感する事が出来て至福の時間ではあったがの…あのクリクリとした…あの…あー~。

んん、それにしても思い出せば思い出すほどバーレットはいつも五月蠅かったんじゃな、やれ庭の警護に行けだの、やれ登城貴族の確認を監督しろだの、やれ調理場の食材確認に同行しろだの…軍務を司る騎士の、それも上級騎士のやる仕事では無いと思わんか?

しかしまあ何と言うかのう、毎日登城するのが楽しみな日々ではあった。


そんなある日の、あれはいつもと変わらぬ良く晴れた日じゃったか。

王妃様が第二子をご懐妊中でな、あまりファイル様との時間を取れておらず代りにファドライア陛下がファイル様の為の庭でご一緒に昼食をとられたりしておった時期じゃ。

その日は珍しく王妃様も体調が良く、晴れた空の庭での昼食に参加したいと申され、更にはファンドラ様も王城に滞在中であったのでご家族揃っての昼食会になったのじゃ。

周囲にはワルケン将軍にエランゲル将軍、儂とバーレットとバントレオともう二人の上級騎士、近衛やマント持ちの連中も大勢おった。

早々にお食事を済まされたファイル様が機嫌良く歌い始めてな、正に家族団欒、花咲き蝶舞い小鳥も囀る、そんな物語の中の様な光景であった。

あの時の王妃様に向かっていっぱいに伸ばされた小さく愛らしい手、あの笑顔…あの…えが…あー~。

んん、そしてその歌に応えたのは小さな客人達だけでは無かったのじゃ!




シーサック王国の建国は、そもそもが黒雲の竜無くしては語れぬ。

大陸オーグロットの南部、広大な大草原を中心に広がるこの地は多くの遊牧民部族と、それを囲む少数の海辺の民や山林の民が暮らしておった地じゃ。

どの部族も自らの生活を守る為に、より良い狩り場や放牧地を求めてぶつかり合っておったが、それによって得られる物と失われる者は均衡して、結局いずれの部族も頭角を現せずにおった。

大草原の西にある日、巨大な影が降って来た。

その日そこに居たシーサックを名乗る部族の居では族長の娘の婚儀が行われており、娘は誓いと願いを込めて大空へと歌っていたのじゃ。

その娘の前に降り立った巨大な影は近くで見ても影の様に黒く美しく、そして恐ろしかった。

娘を娶った男は悲鳴を上げて逃げたが、娘はその影に歌の続きを促されていると感じて歌い続けた、以来、その黒い影はこの地に棲み付いたのじゃ。

人間の言葉でズィード(黒い星)と名付けられたその竜は度々歌を催促し娘はそれに応えた、そこから約300年にも及ぶシーサックと黒雲の竜の友情は続いておる。

シーサックの娘と心通わす竜、曇天と雷雲を好み大草原の空を舞う竜、当然の様に他の部族はこれを畏れた。

娘を娶った男がこの威を借ってかの地の大族長となるべく周辺部族に宣戦を布告し、しかし娘は嘆き竜も応えず、竜の後ろ盾を信じた男は大草原の空に還った。

それから数十年を掛けて大陸南部の民はシーサックの下に集う事となる、戦いが全く無かった訳では無い、だがゆっくりと着実に対話で信頼を勝ち取り仲間を増やした娘と竜は大草原の伝説となった。




そして今、生きる伝説たるシーサックの護り竜が、曇天と雷雲を好み晴れた日には王城の地下に広がる小さな地底湖で眠っている黒い星が、雲一つ無い晴天に輝いておった。

庭にいた王国の要人のみならず、王都の多くの民がその姿を見ておった、竜は確かに、ファイル様の歌に合わせて舞っておった。

それはまるで、王国に残る最古の伝承の絵の様であり、そして、港町ノードの桟橋から空を舞うカモメに歌っていた娘の姿を想い起させた。

涙を流しておったのは儂だけでは無かったはずじゃ、王は空へ両手を伸ばし、王妃は顔を両手で覆い、王弟は両の拳を震わせ、他の者はその場に跪いた。

この出来事があって以降、王国の結束は更に固まりファルタ様のご誕生もあって有史以来最大の安定と繁栄を迎えるのじゃ。


ファイル様はご成長と共に王妃様を彷彿とさせる美しさに磨きがかかり、歌姫や舞姫に溜め息をつかせる程じゃった。

また国内で数える程しかおらぬ魂官に学び、その才は稀有で計り知れぬと評され皆を驚かせたものじゃ。

そういえばこの頃からバーレットも魂官を招いて真似事をしとったな、才も無いのにようやるわい。

しかしあ奴め、そういえばあの“事件”もあの頃ではないか、むははははは!

笑える話じゃぞ?あのバーレットが、あのバーレットが、あのバーレットが!

女物ばかり扱う商店に現れてドレスを注文しおったと噂になってな!これはついに夫人に愛想を尽かされご機嫌取りでもしたんじゃろうと思っておったら!

後日開かれた王城でのパーティで、あ奴めファイル様のドレス姿を見て拳を握りしめて涙を流しておったわ!むははははははは!

ま、あ奴にしては良いセンスじゃったのう、ファイル様は確かに美しかった、うむ。



…しかしその美しさとその才は、同時に争いの種にもなりつつあった、かのう。



バーレットは益々気難しくなった、いつ寝ているのか分からぬ程に働き、常に王城の全てに目を光らせておった。

バントレオは戦場に出なくなった代わりに腹が出て来たと嘆いておったが、指揮官としての手腕は健在でそれを国内の街道整備や交易事業で発揮した。

儂は、まあ変わらぬのう、しかしこの頃からだったか、近衛とは別に王族の警護をそれもファイル様の警護を任される事が多かった故、“姫付きの臣”などと呼ばれ始めたのは。



さあいよいよ第五章、波乱の幕開けじゃ、儂ら“姫付きの臣”の結束が確固たるものとなり、後の仲間達との出会いもこの頃じゃ。

仲間とは即ちベリューク軍で中核を担った者達じゃな、そうここで、この軍議室で顔を合わせては怒鳴り合うあ奴らの事じゃ。


あの頃のファイル様は何と言うかこう口数が少なくなり…切り立った崖にひっそりと咲く花とでも言うべきか、それまでの朗らかで凛とした様子を見る機会が減って、楚々として端麗な雰囲気が神秘的であり近寄りがたくもあった。

あれはなんじゃ、まだまだ少女であったのが大人の…いや王族に相応しい威厳が備わって…ああいやその通りなんじゃが何と言うか…

兎に角、お優しいのは変わらぬのじゃが以前ほどお優しくは無い、いやそんなはずも無いんじゃが、むむむむむ。

ああ、あ奴の言葉を借りるなら“笑顔が無くなった”だったかの、優しく丁寧で儂らだけでなく兵や使用人にも笑顔を向けられる、だがあれは本当の笑顔では無いと言っておったわ。

そしてそう言われて接してみると、あのドレスを褒められ心の底から嬉しそうに笑っていたあの頃のお姿は確かに見えなんだ。


決定的な変化が見えたのはあの日、ファイル様の16歳の誕生日を祝うパーティを境に。

あれほどの規模のパーティは年の離れた弟君ファルタ様の誕生を祝って以来の数年ぶりのものじゃった。

当然の様に国中から領主や名のある騎士、名士らが集まり王城も王都も人人人でごった返しておった。

そしてその華やかな表舞台の裏で、王と近衛のワルケン殿達や儂ら王城の上級騎士などは一つの危惧を共有しておったのじゃ。

それは16年前のあの出来事、ファイル様の生誕時に起こった誘拐未遂事件、殺害では無く誘拐を狙った理由として考えられたのは王族への脅迫による王国転覆、もしくは王族の影響力の削減による台頭、何らかの形での恩の売り付け辺りじゃったか。

考えたくも無い事じゃが恐らくあの場で殺害してしまっておったら、王に集まるのは同情と結束。

じゃが誘拐となると王は解決に向けての手腕を問われる事になる、そして交渉ともなれば要求を飲むと弱腰と、王女を見捨てれば冷酷と言う輩はおったじゃろうからな。

そして最大の問題は結局その黒幕は捕まらなかったと言う事じゃ、勿論賊と共に人知れず果てていた可能性も無くは無いがのう。

ファイル様の16歳の誕生日、成人を迎えられるその日に集う者達は皆思っておったはずじゃ、一体誰が王女に求婚するのか、誰に付くべきなのか、そしてそれを良しとするのか否か…。

そういった表立って行われる交流や牽制とは別に、そもそも王女もその伴侶の候補もまとめて葬ってしまおうと考える者が居ないとは限らんかったのじゃ。

王妃様は警戒する儂らを見てそういった空気を察したのであろう、パーティを中座してファルタ様と共に城外へと続く地下通路を備えた東の塔に籠られたと聞く。


儂はその日一日を王城の門で過ごし、数人の貴族の登城を認めず追い返し、二人の使用人を斬った。

もしかしたらその使用人は無実だったかもしれぬ、確かにどこぞの貴族の使用人である事を示す蝋印付きの札を持っておったからじゃ。

それでも儂の制止を無視し、遅れると主に罰せられると言う理由で確認を十分に行わせず通り抜けようとしおった、じゃから斬った。

血に濡れた石道を見てその後の貴族どもは確認に素直に応じたし、何人かは口元を押さえ列を離れて城下へと引き返しておった。

それから王都が普段の姿に戻るまでの幾日か、王城でも城下でも大きな事件は起きんかった。


じゃがのう…祝いの席であったはずなのにファイル様は以前にも増して塞ぎ込まれてしもうた、庭でお姿をお見掛けする機会も減って、お声も何日も聞いておらん、そんな日々が続いたんじゃ。

そう、何日も何日も、気付けば何十日も、儂らの前からファイル様は消えてしまわれたのじゃ。


ある日、もうファイル様をお見掛けしない日々にも違和感を覚えなくなってしまっておった頃。

ふと風を感じて城壁から夜空を見上げれば黒雲が掻き乱されておった、きっと護り竜が散歩でもしておるんじゃろうと眺めておったら、同じ様に塔の上で空を見上げている人影がある事に気付いてな。

塔の騎士はマント付きの古参で儂とは長い付き合いの者達じゃった、じゃから誰も通すなとの王女の命と儂の命と引き換えの通してくれの声にしばし沈黙した後、一歩下がってこう言っておった「王女様は泣いておられました」と。

久しぶりに会ったファイル様は…お美しかった、以前にも増してお美しかった、横顔も、風に揺れる髪も、頬を伝う涙さえも、夜空をキャンバスに描かれた伝承画の様にお美しかった。

じゃからこそ悲しかった、笑顔であったならどれ程良かったかと思ってしもうた、そう思ったらのうどうせ騎士達を守る為に捨てて来た命をとことん使い尽くしてやろうと思えてだな、そのう何と言うかじゃ、あまりはっきりと覚えておらなんだが…ファドライアの小僧だとか色々と言った、かもしれぬ。

兎に角、儂と塔の騎士は久しぶりにファイル様の笑顔を見れた、そして儂も騎士もお咎めは無かった、そういう事じゃ。


それから…何年経っておったかのう、ファイル様が少しずつ城下へとお出掛けをされる事が増えてな、バーレットやバントレオ、王城の他の者達とも喜んでおったんじゃが、それがどうやら闘技会にご執心と聞いて驚いたもんじゃ。

あの優しさの権化の様なファイル様がまさか闘技会にご興味を示されるなど、と思えばどうやらファルタ様とエランゲル将軍の企みであったらしくてな、王も王妃も一枚噛んでおると聞いて儂らも影から万難を排す覚悟で見守っておった。

ファイル様と少しでも繋がりのあった闘技会関係者や参加者は全て素性を調べ上げておったわい、その中で当時まだ名を上げている剣士程度であったドノヴァー様やグノッサリオ、ルダン、アローネ、ベルニオンらとも出会ったのじゃ。

最初の印象は正直あまり良くなかったんじゃぞ?出身地不明、不良鍛冶屋、貧しい漁村出身、剣奴、商家の放蕩末子、これがドノヴァー様達に関する情報だったんじゃから。

バントレオなんぞは頭を抱えておったが、地方騎士出身で各地の前線にばかりおった儂はその戦いっぷりを見て次第に評価を改めたがの、少なくとも金の亡者では無かったし簡単に味方を捨てて逃げたり保身に走る様な者達では無かったのでな。

じゃからファイル様と距離を取らせる必要も排除する必要も無かった、逆にその他では“対応”を行った者達もおったのでな、結果的に兵や身元保証のある使用人以外では数少ない交流のある民間人となっておった。

そうして少しずつ笑顔も儂らとの交流の時間も戻って行くファイル様に皆歓喜しておった、あの笑顔の為ならば例えそれがバーレットからの無茶な頼みであったとしても聞いたわい、儂もバントレオも身を粉にして任務を全うしたのじゃ。


そして忘れ得ぬあの時、もし儂の娘が生きておったなら…いや孫でも曾孫でも姪でも構わぬ、勿論娘にもあれにも生きていて欲しかったが、そのような年頃の縁者がおったならこんなにも感動はせんかったじゃろう…

あの様なじれったい…いや悪い意味では無いんじゃ決して!しかしあの様な…あの…あー~。

あの顔を見て、あの声を聞いて、あの想いを打ち明けられて、どうして味方をせずにおれようか!どうして守らずにおれようか!

この儂を私のお爺ちゃんみたいと言ったのだぞ?ファイル様が?私のお爺ちゃんだぞ?儂ファイル様のお爺ちゃんぞ?


そこからは早かったのう。

なんせ王城にファイル様の味方をせぬ者などおらんかったからな。

圧倒的な支持の声に推されて、王国は王女の笑顔を取り戻したのじゃ!

建国期の英雄の名を家名として授けられたドノヴァー・ベリュークとファイル・シーサックの婚儀は永遠に王国史に残るじゃろう。


ファイル様の笑顔を取り戻し、その平和と幸せを守る、その誓いは果たされ、そして続きはドノヴァー様に託された、めでたしめでたし。


 シーサック王国史 アストガル・ガンドロウム伝 完 



…儂ら“姫付きの臣”はそう思ったんじゃがの。

少なくとも儂はもう歳も歳じゃから王都からの異動は無いと思っておった。

バーレットは牙大臣の補佐官として信頼されとったし、何より自分が王都から離れる事で何か変事が起こるのではと危惧しておった。

バントレオも地大臣になる日は近いと噂され、その大権を手放すような愚は犯さぬだろうと言われておった。


儂らがファイル様から直々にお願いされて断ると思うか?泣いて喜ぶ事はあっても断るなど!

結局ベリューク軍には王城から上級騎士3名と多くの古参騎士、古参兵が参加する事になった、長らく王国に仕え王国の為に戦い抜いてきた者達じゃ。

ファイル様自身の願いでもあったし、王妃も可能な限りの支援をと王を説得してな、最大戦力を有するエランゲル将軍の第二騎士団が入れ替わりで王都に常駐する予定であった為に認められたんじゃ。

そう言う訳で終わったと思った儂の物語には追加の章が出来た、ベリューク騎士としての濃密で…幸せな日々じゃ。


何が濃密だったかと言えば、ほとんど毎日の様に喧嘩をし、その度にファイル様に呼び出され、毎晩の様に仲直りの酒を酌み交わしてたからのう、ファイル様の話題で皆で盛り上がってな!

…訓練でアローネの胸甲を砕いてしもうた時は本当に殺されると思ったがの。


しかしなんと、なんと穏やかで楽しい日々だったか。

バーレットは砦の構造に目を輝かせておったし、バントレオは新たな補給線と商路の開拓に意欲を見せておったわ。

ファイル様とドノヴァー様の仲睦まじさはそれはもう火傷しそうな程じゃったし、英雄と共に戦い大出世を果たした剣士出身組の士気は天を衝く勢いじゃった。

稀代の才を持つ王女に当代の英雄、大臣候補に百戦錬磨の騎士や兵士に剣士達、ベリューク軍は名実共に間違いなく王国最精鋭であった。


そして儂の語るべき最後は…ファノア様とファヴァル様についてであろうのう。

ファノア様のご出産はちと難産でな、日暮れから体調の変化を感じ取られたファイル様の側に皆が付いていたんじゃが、結局夜中になってから苦しみだされてのう産まれたのは夜明け近かったんじゃ。

それに比べてファヴァル様の時は皆がびっくりするほど順調でな、さあこれから長くなるからしっかり腹ごしらえをして備えようと騎士連中が集まって飯を食っておったら「お生まれになりました!」と来たもんじゃ。

あれにはびっくりしたのう、じゃがお生まれになった直後からファヴァル様は良く泣いておられたし、ファイル様もお元気で一同揃ってホッとしたのが懐かしいわい。


…そうか、懐かしいか、そうじゃな、記憶の限りでもそれから数年、そして記憶は途切れておったがあれからもう20年近く経つというのか。

そうじゃ!なんと惜しい、そして悔しい!ファヴァル様のご成長を支える役目がこれからだったと言うに!

何が悔しいかと言えばバーレットじゃ!あ奴めまんまとファノア様の指南役に収まりおって!儂だってやりたかったのに!

じゃが流石ファイル様、ファヴァル様の指南役にはこの儂を選ばれた、男児の指南にはやはり頭ばっかりのバーレットでは無く歴戦の儂だったと言う訳じゃな!

それなのにファヴァル様の騎士修練はおろか基礎訓練を始める年頃までもご一緒する事が叶わぬとは…腕はまだまだそこらの騎士には負けぬと自負しておったが、我が運命諸共炎にのまれたか…

バーレットめは成長したファノア様と楽しそうに読み書きなどの勉強をしておったと言うに!絶対に不公平だとは思わんか!思うじゃろう?絶対にそう思うじゃろう!?そうじゃろう!!


ああファヴァル様、色々とお教えすること叶わず申し訳ありませぬ。

儂の会得した戦技百般全てを伝えるつもりでしたのに、結局教えられたのは…教えられたのは…


こっそり料理を味見する方法、こっそり武具を新品に交換する方法、こっそりバントレオの物資目録を書き換える方法、こっそり…


ああファヴァル様、色々とお教えすること叶わず申し訳ありませぬ、本当に。

しかしまあ一緒に食事をし、一緒に景色を眺め、一緒に兵を叱り、一緒にバーレットの奴に怒られたのはかけがえのない思い出じゃ。

そうかけがえのない…おのれバーレットの奴、どこにでも現れて儂とファヴァル様の邪魔をしおる!

何故あ奴はあんなにも先回りして…いや行動を読まれていた訳では無いぞ、たまたま運が悪かったかあ奴が必死に駆けずり回った結果じゃ、裏では息を切らしてへばっていたに決まっとる。

そうじゃとも、消化に良くないからダメだとか訳の分からん事を言いおったから隠れて猪肉を分け合った時も、まだファヴァル様には危ないから禁止とか勝手な事を言いおった監視台へ行った時も、指揮官とはどういうものかを見せる為に適当な理由を付けて兵を叱ってみせてたら横槍を入れて来た時も。

しまいにはあ奴め儂だけじゃなくファヴァル様まで叱りおってからに、教育も必要に応じて叱るのも儂の役目だと言うのにじゃ!!

子供はよく動き回り様々な物を見て育つものじゃ、そんな中でたまには失敗する事もあるじゃろう、それを叱っては逆効果だとなーぜ分からんのじゃあ奴は!

あの時貯蔵庫の奥に隠れていたのだって、絶対にバーレットには見つかりたくないと思っていたからに違いないわ、ふん。



…思えば、あの事件が平和な日々の最後の思い出、か。



じゃが。

この儂の物語に、追加の章の、更に追加の章があるとは思わなんだ。

ファヴァル様の成人までは見届けられぬだろうと思っておったが…

ここにおられるのが成人したファヴァル様とは、一体何がどうしてこうなった?

いや理由などどうでも良い、今はただファイル様とシーサックの護り竜と、そして戦友達に感謝しよう。



伝承、それは語り継がれし伝説、語り継がれし絆、語り継がれし思い出。

史書に残る偉大な伝説も、口伝で残された多くの生き様も、忘れられた石碑の記録も、全て等しく語り継ぐべき記憶である、それは繋がり新たな物語を生むのだ。



「…殿下も爺さんもあの時から全然成長していないではないか、このままでは軍の士気が下がる、この者達を捕らえよ、ルダン!アローネ!」



◎続く◎


遅くなりました、少し苦戦中な回想パートでした。

結末は決まっているのにバーレットさんもアストガルお爺ちゃんも暴れて果たして予定通りの形で終われるのか若干怖いです。

次回はブチギレバーレットと復活の騎士(ハリポタ風)です。

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