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ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


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第37幕:「回顧・前編」


第37幕:「回顧・前編」


◇新生王国暦5年 陽光季99日



不思議な、とても不思議な気分じゃった。

儂は既に死んでいるとバーレットは言う、儂もバンフルもルダンもアローネも。

いや我らと言っていたからにはあ奴もグノッサリオもベルニオンも同じか。

半生を共にして来たあの兵たちも同じなのであろう、全く何がどうなっておるのやら。


死してなお在るソウルキーパーなどと、他の口から聞いたなら笑い飛ばすか笑えない冗談と怒鳴りつけるかのいずれかであっただろう。

そもそも実在するのかも怪しい、それこそ興味を惹きたい吟遊詩人の妄想か、名を上げたい学者の誇張か、そんな所だろうと思っておったと言うに。


儂、今、そうるきぃぱぁ。


…笑えぬ、全く笑えぬ。

しかし実際にあ奴の言葉を聞き、頭の何処かに眠っていた確かな記憶が呼び起こされたのも事実じゃ。

儂らは確かにメイヤーナの軍とこの砦で戦い、砦内に偽装退却をし、そして小競り合いはあれどいくら待てども本格的に追って来ぬ敵に待ち伏せを見破られたのかと焦った事まで覚えておる。

そうじゃ、焦って、焦れて、待ち焦がれて外を見に行こうとして部下に止められて…

ここで記憶が朧気なのは、実際に朦朧とし始めておったのじゃろうな、歳のせいでもう疲れが出て来たのかと思ったものじゃが部下もぐったりとしておったわ。

考えがうまく纏まらなくなって空気もうまく吸えなくなって、あの時には砦の入り口は燃え上がっておったのじゃろう。


そうか、儂らは敗れたか、最精鋭と呼ばれたベリュークは疾うの昔に失われておったか。

不甲斐無いのう、国の防壁の役目を果たせず、王や民の期待に応える事が出来なかったとは。

何よりファイル様の大切な家を守る事が出来なんだか…。


そうじゃ、ファイル様は?

ドノヴァー様やお子様達はどうなったんじゃ?

さっきは確かにファイル様の歌声が聴こえた、儂らを救い力づけようとするあのお優しい、それでいて物悲しい歌声が。

…物悲しい、何故じゃ、何故あの歌声はあんなにも物悲しく聴こえたんじゃろうか。

あれではまるであの日の様では無いか…儂らの前から姿を消してしまうのでは無いかと思ったあの日の…

それにバーレットはあの歌声を聴くなと言いおった、儂にとって最愛の歌声と分かっていて聴くなと。

そうじゃ、あの歌声は儂の宝物、若き日に失った妻と娘の歌声をこの老骨に思い出させてくれた奇跡のような贈り物。

ま、姫様の歌声の方が遥かに美しかったんだがの。




親父は褒められた性格でも見事な武勇の持ち主でも無かったが、確かにノード騎士じゃった。

だから儂が騎士を目指すのは至極当然な事で、母もそれを後押ししてくれておった。

幸いにして決して裕福な家とは言い難かったがしっかりとした武具は買い与えて貰えたし、何より同世代の鍛錬相手にも事欠かなかった。

同じ様な境遇の騎士見習い達とはすぐに仲良くなれたし、そのまま共に成長し従騎士となっても皆で協力し合う事で次々と武勲を上げられたのは僥倖というもの。

あの頃は良かったのう、正式な騎士では無いが故の国を守るという重責の無さ、指揮に関わる事無く命令されるがままに走り戦う気楽さ。


だからその反動もあったのかもしれん。

数年後、騎士になり緊張しながら先達の騎士達に付き従って始めて知る事になった戦場を見る大変さ、命令を下す言葉の重さ、その命令次第で多くの騎士や兵士達の命が動くという実感。

大事にし過ぎれば活躍の場を失った者達から不満の声が上がり、戦場を見誤れば多くの命が消える。

騎士として名を上げいずれ自らの部隊を率いるようになったならば、そういった日常が待って居ると思えば栄光と恐怖の天秤は揺れ続けたのじゃ。


そんな儂の栄光と挫折の第一章はここじゃな。

ん?なんじゃその退屈そうな表情は、お主も騎士を目指すならこういった機会を無駄にするでない、熟練騎士の経験談ほど貴重な物は無いぞ。

それでじゃ、何処まで話したかの、そうじゃ葛藤に終止符が打たれる時期まで話しておったな。


最初の転機が訪れたのは栄光を掴んだノード郊外での戦いじゃ、ノード公からの依頼でノード港の近辺に出没し商隊や輸送隊を狙う賊のアジトの捜索と殲滅を行っての。

その数年前に魂を還していた先代のノード公から公爵位を継いだばかりの当代ノード公は、人柄も良く配下や民からの推挙を受けてその爵位にはあったものの、まだ年若く戦事には明るく無くてな。

そのノード公が討伐軍の指揮官に任命したのはノード公付きの壮年の騎士じゃった。

公としては信頼が出来て尚且つ側近を起用する事で討伐への意欲や本気具合を示したかったのだろうと思う。

じゃが、公爵の側近とは即ち王族の近衛騎士の様な立場の者、殊に城塞や街での防衛戦を得意とし野戦には出て来る機会がほとんど無い騎士じゃ。


そう、そういう事じゃ、その予想は正しいぞ。

その騎士の指揮の下、賊のアジトはすぐに見つかったんじゃがこれがなかなかどうして背丈より高い草の生い茂る一帯のど真ん中にあってのう、今思い出してもあれは無謀じゃったわ。

結論から言うと大敗、敵は脱走兵や傷病で除籍された兵を多く含む集団で、規模は大きくないが元兵士だけに戦いという物を知っておったからな、賊と侮って真正面から草を刈り進ませた結果兵達は次々と草の中に消え悲鳴ばかりが響いておった。

続けて残りの兵を率いて密集陣形で突破すると命じた指揮官の顔を見たのはそれが最後じゃ、儂は危険じゃと訴えたんじゃが臆病者と罵られ待機を命じられてな、賊のアジトに到達する事無く炎に包まれて逝く味方を僅かに残っていた兵と共に助けノード港へと引き揚げたのじゃ。

城塞での守りや馬上を意識した重装で進軍した騎士達は誰一人戻らず、部隊を率いる唯一の騎士となった儂と半減した兵を見たノード公の落胆は今でも覚えておる。

兵の証言で儂が罪に問われる事は無かったが名声は地に落ちておってな、ノード公の計らいで挽回の機会を与えて貰ったのじゃ、“戻って来た部隊をそのまま率いて引き続き賊を討伐せよ”とな!

ノード公としては勝てば好し、負ければ厄介払いが出来るとでも考えておったのかもしれぬ、じゃが儂にはまたと無い好機じゃった。

生き残った兵達は再び賊のアジトを囲む草むらへと分け入るのを怖がっておったし、作戦は至極簡単じゃ、全員弓装、火矢の乱射、矢には矢を、火には火を、じゃな!

幸か不幸か部隊の数が減った事で、本来は全員に弓を持たせるなどと言う贅沢は言えぬ所が許可が下りての、鬱憤晴らしとばかりに撃って撃って撃ちまくってやったわい。

そうして炙り出された賊を討つべく待ち構えておったが、戦うまでも無く賊のほとんどが焼け死に残りは降伏しての、凱旋した儂は名声を取り戻し率いた部隊に降伏した賊も加えて部隊持ちになったのじゃ。

その直後には縁談にも恵まれすぐに娘も生まれた、正に順風満帆じゃな。

妻も娘も黒髪と日焼けした小麦色の肌が美しくてのう、部下も交えて宴会を催せば妻が踊り娘が歌って飲み潰れるまで騒いだもんじゃ。



それから十年くらいかのう、ノード港で流行った病で妻も娘も両親も失ってな。


戦場に立てば一時でも辛い事を忘れられるだろうとノード公に送り出された戦いで、総指揮を執った上級騎士の差配で長らく共に在った部下もほとんど失って。


ノード公も儂の扱いに困ったのじゃろうな、栄転の体で王都に異動となったのじゃ。

その後の数十年は只騎士じゃった、只々騎士じゃった。



むむ、そう暗い顔をするでないわ、第一章と言ったじゃろう?

まあ第二章も明るいとは言い難いんじゃが、それはそれじゃ!


儂も壮年の域を超え、同世代には引退する騎士も出て来始めた頃の話じゃ。

流石に長年王都に暮らしていれば、気心の知れた同僚の騎士や兵士、顔馴染みの商人や民も多かったが、小さな館に帰れば孤独なままじゃった。

うだつが上がらない騎士、とりあえず実戦経験だけは豊富だから戦いがあれば駆り出されたが、あの部下を失った戦い以降は昔抱いた重責や恐怖が蘇ってのう、軍議では古参ながら黙して語らず唯々諾々と指示に従うのみ。

共に戦列で戦う騎士や兵士からは頼りにされたが指揮を執る立場の者達からの印象は、それはそれは良くなかった事じゃろう。


参戦した戦いは大小数知れず、時には王に従わぬ領主の軍と、時には不正が発覚した騎士と、時には法を犯した兵士と、時には賊に身をやつした民と、時には海を渡って来た蛇の戦士と。

国内を縦横無尽に走り回ってほとんどの地方を踏破し、主要な城や砦だけでなく、監視塔と呼ぶのが相応しい小城や放棄された廃砦、基礎しか残っていない遺構なんかも把握しとったわい。


そんな儂も戦いが長引くと体が言う事を聞かなくなって来おってな、王城勤めの騎士へと異動を願い出たのじゃ。

王城の騎士と言うのは第一に信用信頼が求められる、故にそれに足るか否かの判断材料に乏しい若い騎士はおらん。

次いでいざと言う時には近衛騎士達と共に王を守る最後の盾になり得る訳じゃから、当然騎士としての技量も求められる。

最後に、王族や上位貴族と関わる機会が多い故、それなりの品格も求められるのじゃが…言葉使いとか身のこなしとかそういうのじゃな。

この最後の点で儂はどうやら異動が認められなかったらしい、全く腹立たしい限りじゃがの!

しかもその審査をしたのがあのバーレットと言うのがまた腹立たしい、今思い出しても腹立たしい、嗚呼腹立たしい!


バーレットは名門デルゲント家の家長でな、領地を持たぬ爵位無しの貴族じゃが、その智勇兼備の実力で祖父と父に続いて三代連続の上級騎士となった男じゃ。

同じく名門と名高いロバンツ家のバントレオや、エオゾート家のエランゲルとも仲が良く、王城における勢力図では中立、敢えて言うなら親王派の一人じゃった。


兎に角!

そのバーレットの奴に却下されてその後も数年、良くも悪くもない騎士人生を続ける事になるのじゃ。

今思えばなんと無為な時間だった事か、もし儂が10年、いや20年遅く生まれておればまだまだ現役と言える歳でファイル様のお役に立てただろうに!

いや、それでも儂はファイル様に出会えただけ幸せだったのじゃろうな、あの出会いが無ければ騎士人生を終え、王都を徘徊する老人になっておったじゃろうて。



さて第三章はやっと明るい話じゃ、聞きたいじゃろう?

何かバーレットの声が五月蠅いがどうでもよいわ、話を続けるぞ!


あれは何年の事じゃったか、王女誕生の祝祭が開かれて…王都がお祭り騒ぎになった年じゃ。

王様と王妃様の初のお子様に祝福を贈ろうと国中の貴族が来訪し、城下の民のみならず近隣の街や村からも民が押し寄せ、ここぞとばかりに商隊も集まって来ておった。

まああのファイル様の誕生を祝う為じゃからな、それくらいは当たり前の事だったのじゃがな。

何はともあれ人が多く集まれば騒動も起きやすくなるもんでな、城下では連日喧嘩だの盗みだの事件が起こって、儂ら王都の騎士や兵士はその対応に当たっておった。

王城は王城で陽光の宴にも勝る数の貴族が集まっておって、王城の騎士や近衛の連中も大変そうじゃったわい。


そんなお祭り騒ぎが始まって3日ぐらい経った日の事、旧主のノード公が国の東端に位置するノード港から国土を横断してやっと到着すると言うんで儂は仲間と共に王都の東門で出迎える準備をしとったんじゃ。

城下でまた厄介ごとが起きればそちらに向かわねばならんかったが、幸いにもそのタイミングでは自ら出向く様な事案の報告も入っておらんかったからな。

ノード公は別に悪い方では無かったし、儂としては何も遺恨は無く感謝を述べ旧交を温める良い機会だと思ったんじゃ、公爵相手に一騎士がわざわざ公式の面会を申し込むのも変な話じゃし、貴族が多く集まる場で社交に忙しいであろう公爵も儂相手に時間は割けんじゃろうしな。

だから門でのちょっとした確認作業、形ばかりの身分確認や連れている兵士の数、持ち込む品々の確認とかじゃな、その時間に挨拶をと思ったんじゃが…


馬商と言うのは他の商人とは違い馬飼いが直接村から群れを連れて来る場合や、群れを管理するのに必要な人数が多く必要な事から傭兵団の様な集団が仲買をして輸送している場合が多いんじゃ。

じゃがその時目に入った馬商は如何にも裕福な育ちといった出で立ちでまるで旅に向いとらんかった、そしてその後ろで馬の世話をする武装した者達は傭兵団にしては統率が取れ動きが洗練されておった。

既に売買済みでどこぞの貴族が買い取った後なのかと思ったが、販売用の旗や価格の目安を書いた札は立っておる。

それで気になってその馬商にどこの馬なのか、良い買い手はみつかりそうかなど世間話を吹っかけてみたのよ、そうしたら慌ておる慌ておる。

騎士装の儂が近づいていくだけでも不自然に気付かない振りをしておったのに、話しかけたら慌てふためいて適当ぬかしおってな。

儂が王都を離れぬ騎士だったなら通じたかもしれんが、その馬商が言った産地は起伏が激しく岩場や沼地が多いおよそ馬を飼うには向かぬ土地じゃった。

背後で作業をする傭兵達もこちらをそれとなく警戒しておるし、その動向は怪しかった。

とは言え別に悪事を暴こうだなどと思っていた訳では無いし、きっとどこぞで安く買い叩いた馬を祝祭に乗じて高く売ろうとしているのか、或いは盗んで来た馬なのだろうと思ったがそれ以上は追及せんかったんじゃ。



その数刻後、そろそろ日が暮れ始める頃じゃった。

ノード公は儂が健在である事を喜んでくれたし、祝祭も三日目ともなれば城下に大きな混乱も無く小さな事件をいくつか確認して回っておったのじゃが…

急に王都の外門を全て閉じ往来を固く禁じる様にとお達しが来てな、何人たりとも通すなと、何事かと思いながらも儂も東門を封鎖して警備に就いたのじゃ。

本当に突然の事じゃったからな、同僚達とこれは大きな盗みでもあったか、もしくは王都外で異変でもあったか、と互いの妄想を披露し合っておった。

そのまましばらく動きが無かったが腹は鳴るし用も足したくなるしで、まあ食い物は街のもんに頼んで適当に買って来てもらったし、儂らは通用門からちょいと出て用を足せたが、女の兵士達は難儀しとったのう、あれは可哀想じゃった。


日が完全に暮れた頃に近衛やら城の騎士やら見慣れぬ装備の兵士やら、とにかく所属ごちゃ混ぜの一群を率いて現れたのがバントレオじゃった。

その当時はまだ見ず知らずの上級騎士でな、いきなり現れた名の有る騎士に儂の名を呼ばれた時はそりゃ驚いたもんじゃ。

聞けば王城で妄想を超える大事件が起こっておった、産まれたばかりの王女の誘拐未遂じゃ!

未遂とは言っても、訪問貴族達へのお披露目の後はどうやら身代わりの赤子と入れ替えられておったそうでな、侍女や兵士が数名殺されその身代わりの赤子が誘拐されたのじゃ。

身代わりとなっておったのは近衛騎士の子だったらしく、王も念の為の対応で起こったまさかの事態に、それも王城内での殺しと誘拐を許した事に激怒したそうですぐに事件解決に全力を尽くす様命じられたという訳じゃ。


最初に疑われたのはノード公、なんせ王城内で殺しと誘拐を行った上に賊は見つかる事無く逃げおおせておるからのう、王城の構造にある程度詳しく入城の手引きが容易で城の者を油断させられる人物の可能性が高かった。

となれば高位貴族か王族か、ノード公は間が悪かったと言う他あるまい、その日に兵を率いて到着したばかりだったからの。

じゃが確認の結果、公の配下は全員王都内での所在が確認され怪しい所も見つからず、公自身も諸侯と共におった故無事に疑いが晴れた。

そこへ事件が発覚し城内が騒然としていた頃に騎馬の一群が北へ走り去ったという目撃情報が入ったのじゃ、しかも確認の結果その移動に該当する部隊は存在しておらん。

報告を行ったのは東門に居た兵士じゃった、儂らが到着して門を封鎖するほんの少し前だったと言う。

これを聞いたバントレオがその場に居た騎士やら兵士やらをかき集め、その際にノード公が東門なら儂、アストガル・ガンドロウムに頼るのが良いと助言して下さったそうじゃ、なんと名誉な事か。


さて、所属不明の騎馬の一群、そうじゃな、言わずもがなじゃな。

先刻見かけた馬商と傭兵らしき一団は綺麗さっぱり消えておった、北へと向かう馬蹄の跡を残してな。

じゃが流石に日が暮れた野で松明で照らしながらその跡を追うのは難しくてのう、翌朝に軽騎馬で臨時の部隊を編成して追い駆ける事になったのじゃ。

有難い事に儂は部隊を率いるバーレット、バントレオ両上級騎士の副官として同行させてもらえる機会を得てのう、思えばあれが始まりだったのじゃろうな。


馬蹄の跡を追ってシーサックの王都があるズィルドファー地方を北上していた儂らだったが、途中から草原地帯に入り行方を失ってのう。

さてどうするか、隊を複数に分けて多方面へと進んでみるかと軍議が纏まりかけておった時、ふとあの馬商の言っていた産地を思い出したのじゃ。

それはズィルドファー地方の北、大公ファンドラ様の治めるズィルドラ地方を抜けた先にある小領地の名、エンブレア。

軍議では黙して喋らぬ儂だったがこの時ばかりは直感を信じて進言した事を今でも誇りに思っておる。

バントレオは賊が比較的人口の多いズィルドラ地方を縦断する可能性は低いと言った、確かにその通りじゃった、じゃが咄嗟の回答としてあの馬商が自身と無関係の地名を答えたとは思えんかった。

意外にも儂の進言を採用したのはバーレットじゃった、まあ西は断崖絶壁の海に行き当たり、東は大人数が身を隠せる場所の少ない大草原だから、という理由ではあったがの。

ファンドラ様はすぐに領内での自由な行動の許可を出し、そればかりか領兵を増援として寄越してくれたのは有難かった、流石賢弟と呼ばれるお方じゃ。


一路北上した儂らはズィルドラ地方を最短で抜けエンブレア地方に入ったんじゃが、ぬふふあの時のバントレオとバーレットの顔は忘れんぞ。

エンブレア地方はそのほとんどが荒れ地、岩場、沼地じゃ、沼の魚は臭くて売れぬし作物を育てられる土地も限られておってな、産業は唯一石材、それも品質が良いとは言い難い物じゃった。

そんな訳で人口は少なく領兵からの例の一群の目撃情報も無く、補給にも難儀し騎馬もその機動力を活かせない、自身の人望や名声も過去の経験も活かせない土地柄にあ奴らめ大いに困っておったわ。

となれば儂の出番じゃのう、満を持しての登場じゃのう、そうじゃのう。


エンブレアの領主であったアロモント男爵は、まあ悪い男では無いんじゃが端から貧しい領地に住む気が無くてな、王都に館を持ち領地は部下任せじゃった。

その部下とやらも生産性の低い土地をこれ以上どうすることも出来ず全てにおいて現状維持、その結果住民達は良くも悪くも各村長を中心に暮らしてたんじゃ。

その辺の事情を知っておれば最初から情報を得る為に向かうべきは領主の館では無く村長の家になる訳じゃな。

そこでもよそ者の儂らが情報を得る為に協力してもらうにはどうすべきか、金貨を取り出したバントレオを制して儂が提案したのは荷馬車一台分の肉と酒、大金を胡散臭げに見ていた村長の目がキラッキラに輝いたのは言うまでもないのう。


その村で待つ事三日、と簡単に言ったがその間バントレオもバーレットもじっとしてはいられぬとばかりに斥候を出したり少数の兵を率いて周辺の見回りに出たりと落ち着きが無かったの。

しかしあの様な地図も不正確でまともな道も整備されていない土地では闇雲に動いても良い事は無いもんじゃ。

儂は弓の上手な補強の仕方を教えたり砕石用のハンマーの柄を握りやすく改良してやったりしてな、その他にも暇そうな兵と村人を引き合わせてちょっとした訓練を受けさせたりと、まあそんなこんなで小金も稼げたし兵と村人からの信用も得たし充実しておったな。


そしていざ決戦の時、村人同士の繋がりから荒野で根菜類を探しておった者が傭兵団らしい列を目撃しておったんじゃ、そのおおよその位置と方角から儂はビビッと来た!

儂はエンブレアでも戦った経験があったからの、もっともその時の敵は生活に困窮した民の成れの果てじゃったが…。

兎に角、一群が向かう先には古い採石場跡がありそこが根城となっている可能性に賭けたのじゃ。


儂の感、大当たり!


二手に分かれたバントレオ、バーレット両上級騎士による挟撃で賊は壊滅、事件は解決に向かうのじゃが…少々後味は悪い感じになってしまったのう。

採石場に突入した時点で勝敗は決しておったから、賊の何人かは生かして捕らえる様にと命令が出ていたのじゃが、思いの外抵抗が激しかったらしくてな。

狭い穴の奥で乱戦になって賊は全滅、最前列を買って出てくれたズィルドラ領兵にも被害が出てしもうた上に、誘拐された近衛騎士の子も殺されておった…まだ温かかったそうじゃ、恐らく死を覚悟した賊に道連れにされたんじゃろうと。

そんなこんなで誘拐事件については一応の解決となった。



産まれたばかりのファイル様はその後警備が更に厳重になり、王と王妃の溺愛もあって国内での注目度は右肩上がり、それが後年の政争を招いたのかもしれぬ。

殺された身代わりの赤子の親はその後近衛騎士団長に任命された、思う所はあったじゃろうがその任を受け、近衛の役目を立派に果たす道を選んだようじゃ。

大公ファンドラ様は誘拐されたのがファイル様では無かったと知り喜び、同時に殺された赤子の為に大々的に喪に服すと、領内を賊が通過したであろう事を恥じ治安維持の強化を宣言した、事件時の領兵の迅速な派遣や被害の事もありその行動には称賛が集まった。

ノード公はその後の黒幕探しに物資提供や領主間の橋渡し役として積極的に協力して下さったが、残念ながら黒幕に辿り着く事は叶わなんだ。

エンブレア地方のアロモント男爵は流石に叱責を免れなくてな、事件に関わっていた可能性は低いとされたがその後の調査が終わるまで領地はファンドラ様が管理する事になった。

バントレオはその迅速な初動対応とその後の追跡指揮を評価され、恩賞を賜り地大臣の補佐官にも任命され王城での存在感が高まっておった。

バーレットはその豊富な知識に基づく柔軟かつ高度な判断力を評価され、恩賞を賜り牙大臣の補佐官にも任命された、老齢の牙大臣の後任になるのではと噂されておったの。


そして儂じゃ、このアストガル・ガンドロウムはこれまでの長年の功績と今回の事件における王都警備、追跡部隊内における軍議、追跡先での判断がたかーく評価されてのう!

晴れて王城の騎士に任命されると共になんと、上級騎士にも任命されたのじゃ!目出度い!!

まあ、バントレオやバーレット、それにノード公の推薦が大きかったんじゃがの。


ここからの儂の人生はやる気に満ち満ちておったのう。

何と言っても儂の黄金期はここからじゃ、第四章はついにファイル様との出会いとその成長を見守る一大すぺくたくる五月蠅いのう!

今一番良い所なんじゃ邪魔するでないわ!儂を上級騎士に推薦したからと言ってこの話を遮って良い道理は無いぞ!

全くこれだからバーレットは…さて何処からじゃったかな、そう儂の感が大当たりして賊の根城を見事に発見して見せてのう、二手に…ん?んん?



語り部、それは村の長老、森の古老、空の大老、海の巨老、眠る白き古の影。

老いたる者は語りたがる、自分の生きた証を残す為、酸いも甘いも伝えるため、さあそこに座りたまえ、語る為の時間なら幾らでもあるのだから。



「もう一度だけ言いましょう、私の話を聞いていますか、殿下、爺さん、それともそのお飾りの耳は切り落とした方が良いか?」



◎続く◎


アストガル爺さんの反乱により前後編になりました…

本当は37幕でまるっとアストガル編を終わらせる予定が「儂にもっと語らせろい!」と煩くてですね…

再編集して次回はアストガル編の後半です。

まったくバーレットさんといいアストガル爺さんといい、ベリューク組はなぜこんなにも元気で出たがりなのか、もうこれはベリュークがメインの物語なんじゃないだろうか。

いや、ベリュークがメインの物語でした、そういえば。

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