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第3幕:「行軍」

第3幕豆知識

【ズロヌ地方】…メイヤーナ王国中南部の肥沃な穀倉地帯。モルグナ伯爵家からエキルが譲り受け統治する。

【南部連合】…メイヤーナ王国南部の諸侯が、エキルを中心にまとまった派閥。王国の正式な役職や名称ではない。

【ニンジンちゃん】…カウクス近郊の農園の末娘。毎日のようにカウクスまで農園の収穫物を売りに来ている働き者。可愛い。

【辺境伯】…辺境や敵地へ乗り込み安定した領地を確保する任務を帯びた貴族の一時称号。領地が確保され次第、該当地の領主・伯爵となる。


【ドノヴァー】…ドノヴァー・ベリューク。旧シーサック王国の将軍。王国第四軍を率いてメイヤーナ王国と面する北の砦スホータムを守った。

【ファイル】…ファイル・ベリューク。ドノヴァーの妻で元王女、旧姓はシーサック。幼少時より歌い続け聖女とも呼ばれた。


第3幕:「行軍」


◇新生王国暦5年 陽光季60日



王都オウベリンを出て5日、辺境伯軍は王国の南部都市カウクスに入った。

カウクスは【ズロヌ地方】にある王国第二の都市で、広大な農園と郊外の穀倉地に囲まれた肥沃な土地を有する、一大食糧供給地である。


古くはモルグナ伯爵家による安定した統治が行われていたが、最後となった当主は老齢で、子も孫も傍系の一族もそのほとんどが戦死しており、

残された数少ない家族は、同じく老齢の者や統治者として必要な知識が少ない女性や若年の者ばかりであった。

一族の誇りと家族愛の強かった老当主は、婿入りしてくる男に当主の座を譲るのも、政略的と分かり切っている養子を迎えるのも良しとせず、

また多くの家族が失われた事で武勇の民としての覇気も失ってしまい、家族と話し合いのうえ伯爵位の返還を王に願い出た。

その際、宮廷を驚かせたのが将軍に叙任されたばかりのエキルを後任として推薦したことである。

両者に面識はほとんどなかったが、エキルが南部出身で土地勘があったこと、直近で一番功績を上げていたこと、何より率いる軍の戦死者が著しく少ないことを理由に挙げた。

居合わせた下級の貴族や他の将軍たちは難色を示したが、伯爵の言葉を聞いた王はエキルを後任の統治者として即断したという。


「では聞くが、そなたら子爵家男爵家の者は如何ほどの武勇と献身を国に捧げたのか?

 我が一族は伯爵家の名に恥じぬよう息子も娘も血族の多くが戦場で武勇を示し、皆その魂をメイヤーナの空へと還した。

 我が伯爵家の後任にと言うが到底当家に勝るとも劣らない武勇と献身があったとは思えぬ。思えぬからこそ今そなたらは子爵であり男爵なのであろう。

 また将軍たちに問う、なぜ私が伯爵位を返還するのかはすでに申した通り我が一族の多くが戦場でその魂を空へと還したからだが、

 なぜ彼らの魂はここになく、軍を率いていた貴公らはここにいるのか、築き上げた貴公らの武勇を否定はせんがなぜ私の元へ彼らを笑顔と共に帰してくれなかったのか。

 …貴公らが臆病者と呼ぶエキル将軍が指揮官であったなら、私は今、ここにこうして来る事は無かったのやもしれぬ。」


エキルの統治後、その知識により区画整備や灌漑設備の改良が行われたカウクスは更なる発展を遂げ、帝国戦争時には王国全軍の常備食糧の約半分をこの都市一帯でまかなうほどであった。

それだけ広大な領地と強い影響力を獲得していたのが当時のエキルであり、その発展と貢献に心惹かれた近隣領主が皆エキルを支持したため、

自然とエキルを長とする【南部連合】が出来上がり、所属する領主のほとんどが戦争を生き延びて領地も安堵される結果となった。

武勇の国メイヤーナにあって、唯一今も昔も豊かで穏やかな時間の流れる地、そんな南部諸都市への玄関口となるカウクスは…




久しぶりの大所帯の客、つまり俺たちの到来に沸いていましたっと。


「騎士殿、カウクス名物アップルタルトは如何ですかな?」

「ホクホクの焼きポテトだよ~岩塩もサービスしとくよ~!」


帝国戦争時、連合王国軍は北と東から攻め寄せて来た、その際南部の領主たちは王都の守りに兵を派遣するからと言って、王の率いる迎撃の軍に加わらなかった。

まぁ、今のこの発展と平和っぷりを見ちゃうと、間違った判断じゃ無かったのかなとは思うけどね。


「兵隊さん、このニンジンは私が収穫したんです!」

「今日はこの町に泊まるんだろ?ウチは見晴らしの良い部屋ばかりだよっ」


…さっきの【ニンジンちゃん】、可愛かったなぁ。後で買いに行こうかな、ついでに食事にでも誘ってみるか。


「これは…大歓迎だな」

「まぁ、最近のお客と言えば、行商人や旅芸人が数十人単位、兵の移動があってもせいぜい100人くらいだろうしな」

「何にせよ、これなら飯にも宿にも困るまい、俺は飲ませてもらうぞ」


酒豪のエグレン様には、様々な果実酒が名産として名を連ねる王国南部は天国だろうなぁ。

それに牙大臣の息子とは言え、辺境伯という破格の叙任となった我らがファヴァル君にとっても、民たちの歓迎は追い風になるね。

普通ならどんなに高位の貴族の子弟でも、成人時に賜るのは従騎士、親からの領地分けがあっても男爵ってとこだしねぇ。



爵位、七王国では武人としての貴族を従騎士、騎士、上級騎士、将軍と定めており、

領地を任された貴族を男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵としている。

【辺境伯】は未開拓の領地や、敵に占領されている地域の領主に任命された場合に使われる一時的な名称であり、

管理の行き届いた領地として、開拓や制圧が完了次第、そのまま伯爵としてその地の領主になる。

また、王は基本的にメイヤーナ家から出ているが、それを支える最高位職として、武人を束ねる牙大臣と、民を束ねる地大臣が存在する。



「いやまぁ、あの坊ちゃんがエキル様の実の息子じゃないことは予想が付くんだけどなぁ」


牙大臣エキル様は根っからの武人、帝国戦争以前より騎士、上級騎士、将軍と昇進を重ね、ついには伯爵位を任されたやり手だ。

多くの役割を任される者は、その全てを名乗る権利を有する、だから帝国戦争後に侯爵に昇格、牙大臣も任されたエキル様は…


「王国の牙大臣にして将軍、侯爵にして女王陛下の重臣、南部諸侯の長、エキル様。されど生涯妻を娶らずってね」


エキル様には正式な妻がおらず、本人も「私の関心は勝利と統治にある、妻など可愛がっている暇は無い」と豪語していたらしい。

しかしある時、幼子を抱いて館へと帰り、これは我が子であると宣言、そのままエキル様の息子として育てられた。


「まぁ、大貴族に愛妾の一人や二人当たり前だし、エキル様のイメージには合わないけど、どこぞの愛妾との子って可能性もあるが…」

「それはあまり詮索せんことだな」

「エグレン様!?」


いつの間にか背後を取られていた、あの大柄な体格でこの身のこなし、さすが歴戦の…。

体を強張らせて立ち尽くしていると、目の前に何かの串を差し出された。


「食え、今朝採れたキノコの塩焼きだそうだ、美味いぞ」

「ありがとうございます、これはお酒が進みそうですね」


樽ジョッキを豪快にあおるエグレン様はいかにも武人で、武辺一辺倒のイメージがあるが、違う。

素早い身のこなし、戦場での勘の鋭さ、的確な指示で味方を勝利に導く、まさに上官の鑑のような存在だ。


…俺はいったい何をしているのだろう。

大恩あるエキル様やエグレン様のご子息おっちょこちょいの副官という大任を頂いたのだ。

この歳で辺境伯の副官だぞ?戦争が終息して久しいこのご時世に、武人としてこれ以上の出世があるだろうか。

今は余計な事は考えまい、辺境伯軍の一員として、あの廃砦をどうするかに集中しよう。

当時、難攻不落と呼ばれたスホータム砦を再び、今度は完全な形で攻略するために。



その後、俺は旅の疲れを吹き飛ばす美味い酒をちょっぴり楽しみながら、日暮れまで兵たちを労って回った。

思い出して広場に戻ると、残念ながらニンジンちゃんの姿はもう無かったけど、まぁ運命に導かれたらまた会えるだろう。

辺りが暗くなってからは、エグレン様や古株の騎士たちが酒盛りをしている見晴らしの良い部屋へ押しかけ、過去の戦いについて、特にスホータム砦の戦いについて聞いた。

以前に何となくその話題になった時には、皆一様に口数が少なくなり詳細は聞けずじまいだったが、今夜は違った。

ま、今まさにその砦を目指しての道中な訳で、どうしたって意識せずにはいられないんだろうねぇ。


「あれは酷い戦いだったな、いや勝ったんだしそんな事言ったら失礼に当たるんだが、仲間も大勢魂を還したし、結局砦も確保出来ずに帰って来たしな」

「ああ、勝利の瞬間、みたいなのは無かったね。みんなじっと砦を見上げて長かった戦いが終わるのを噛みしめていた」

「私はその時、重傷を負って野営地に寝かされていたの、兵たちの怒号が次第に静かになって砦が崩れ落ちる音を最後に…嘘みたいに何も聞こえなくなったの」


これはこれは…、歴戦の顔ぶれが揃って歯切れの悪い。

それに吟遊詩人の詩なんかで伝え聞く内容はもっと勇壮で華やかだったんだけどなぁ、烈火の如き猛攻と、勝敗を決したエグレン様と敵将との一騎討ちとか。


「難攻不落と言われただけあって、さぞ防備の堅い砦だったんでしょうね、それを時間をかけて攻略したと。具体的には?」

「火だ。それ以上でもそれ以下でもない。奴らは強く砦は堅牢で、敵将は砦のある地形や防衛側の優位性を最大限に利用して我々の力押しを拒んだ」

「力押しですか?それはエキル様らしからぬ…」

「兄貴も俺も悩んだが、そうするしか無かったんだ、あの砦は岩山の頂上付近をくり抜いたみたいな場所にあって、背後や側面に回り込むって事が出来なかったからな」

「それに岩山の麓は深い森で、大掛かりな攻城兵器も持ち込めないし、砦には正面から斬り込むしかないのに足場は凹凸が激しくて移動しづらいし」

「最初に火矢を打ち込んでみた時にはがっかりしたね、あの辺りの森はよく霧がかかるから、しめった空気が流れていて全然燃え広がらないんだ」

「しかも奴ら、戦いの前にしっかりと森から木材や食料を確保してやがったからなー、包囲されても平然としてやがった」

「そういった地勢的不利もあった上に、問題は【ドノヴァー】と【ファイル】よ!あれが反則ね!」


ああ、ファイル。シーサックの聖女、ドノヴァーの伴侶となったシーサック王国の王女、そして今もかの地を守り続ける砦の魔女、生きる伝説とは正にこの事か。

聖女ファイルの伝説、剣士ドノヴァーの英雄譚、シーサックが誇るこの二つの詩が特に人気なのは、その後二人が結ばれ新たな悲壮譚を生んだからだろう。

そう言えば現シーサック王、涙還王の姉君に当たる訳だけど…ソウルキーパーとは言え討伐してしまって良いのだろうか?

まぁうちの女王陛下やエキル様たちがその辺の外交を怠っているはずもないか、気にせず征くとしよう。


「聖女ファイルの歌は味方を奮い立たせ、敵の士気を挫いたとも、傷を負った兵士たちを癒したとも伝わりますが」

「そういう詩とか伝説って多いじゃない?でもどこまで本当かって心の奥底では思ったりするけど、困ったことに本当だったのよね」

「そう、戦いの間、彼女の歌声は常に戦場に響き渡っていた。…そして歌声がやんだ時、均衡が崩れたんだ」

「敵は手練れの上に士気は恐ろしく高く自信に満ち溢れていて、聖女の歌を一緒に口ずさんでいたのが印象的だったな」

「しぶとく倒れない敵、傷を負っても聖女の下で癒され戻ってくる敵、そんな奴らを相手にして次第に味方の士気は奮わなくなっていったんだ」


それは嫌な戦場だなぁ、生きながらにしてまるでソウルキーパーのような敵だ、確かにそんな相手とは好んで戦いたくは無いなぁ。

ま、それを打ち破ったからこその今に伝わる詩が出来上がった訳で、それに憧れないわけじゃないけど、死んじまったら自分を称える詩を聴けないんだよねぇ。

…そっか、死んじまったら、聴けないのか。


「そこでしばし攻撃を諦めて、全軍会議を開いたんだよ」

「全軍会議?作戦会議とは違うのですか?」

「普通は将軍の所に副官や上級騎士、ベテラン騎士なんかが集められて開催されるだろう、でもその時のエキル様は普通の戦場ではないからって」

「森の中に切り開いたちょっとした広場に、将軍を取り囲む形で騎士も兵士も関係なく全員が集まってな」

「立場に関係なく攻略に関して意見や案がある者は言ってくれって、ほんとエキル様らしいわよね」

「で、撤退やら大きな木の板を掲げて全員で突撃するとか色々意見は出たんだがな、決め手となったのは案内役に連れて来ていた木こりだったんだ」

「案内役の木こり…裏道とか、実は砦に繋がる洞窟か何かを知っていた、とかでしょうか」

「いや、あれは町や村で普通に暮らしてる人間には思いつけない内容だよ、山奥の開拓村とかで使われる技だって言ってたな」

「自然の力が強い森は、それ自体が多くの水を蓄えていて燃えづらい上に濃霧の時にはそもそも火が点かないが、それでも家の中なら火は使えるだろ?」

「適当に掘っ立て小屋を作って、家の中からそれを燃やしてそこに獣脂を放り込むと、大きな火柱が上がるそうだ」

「一度火が大きくなれば、その熱と舞い上がる風で周囲の霧が晴れる、空気が乾燥すれば熱せられた木々も燃え始める、で森の中にぽっかりと焼け野原が出来上がるんだと」

「他にも同じ要領で、木の(うろ)の前で火を焚けば穴の中の獲物を炙り出せるし、猛獣の住む洞窟の入り口をふさいでから火を焚けば安全に蒸し焼きが食えるとかな」

「木の洞の中の獲物を捕まえる技はその後何回か野営地でお世話になったわね!」


開拓の技か、確かに聞いた事も無い内容で想像が出来ないし、敢えて聞こうとしなければ一生知る事の無い情報だったかも。

これこそがエキル様が仰っていた、知識を武器とせよ、如何なる知識も勝利に繋がらん、ってことなのかな。

いや待て、それはいいんだけど話が逸れてないか、砦攻略の方法は何処へ行ったんだ!


「あの皆さん、開拓の技がすごいのは何となぁく分かりました、で、それでどうやって砦を陥としたんでしょうか…」

「分からぬかデノン、考えろ、砦は岩山の中、周囲は森と霧、正面からの正攻法ではじり貧だ」

「…、…?、…!」

「閃いたか?よし答え合わせをしてやろう、ちなみにファヴァルは同じ話を聞いて12歳の頃には答えに辿り着いたぞ」


うおお、負けられねぇ、しかも皆してニヤニヤしてるのやめてもらえませんかね、先輩方?

いやそもそも砦攻略の為の情報集めのはずだったのになんで俺がこんな目に合ってるんだ、ちくしょう!


「あーっと、まずまともに戦えば守りは堅く味方の被害も大きくなるから、決定打になったのは先ほどエグレン様もおっしゃった通り、火攻めなのでしょう。

 で、霧の影響による火力不足は砦を囲む森を燃やす事で解消し、その後に改めて砦に火を…しかし岩山の砦では木造部分はともかく燃えないか?」

「ふむ、良い筋立てだ。もう一息だぞ(ぐびっ)」

「エグレン様、実際のスホータム砦の構造ですが、偵察隊の情報では半ば崩れた石壁と、燃え落ちた木造の櫓や監視台に兵舎、そして岩肌沿いの窪みに主郭があったとの事ですが、これは言わば岩山の横穴ですよね」

「いいぞデノン!流石は兄貴が期待している騎士だ!(ぐびぐびっ)」

「きゃーデノン君かっこいいー!今夜私の部屋にくるー?(ぐびぐびっ)」


あなた隣に旦那がいるでしょうが!冷やかさないでくださいよ!皆も笑うなニヤニヤするな!全員飲みすぎだー!!

いつもはあんなにまともに見えてた先輩騎士たちなのに、エグレン様と酒盛りするとこんな状態になるのか、戦いの前夜は酒禁止をファヴァルに進言しておこう。


「…で、どうなんですかエグレン様」


なんか先輩女騎士さんがぶぅぶぅ言ってるけど気にしない、気にしたら負けだ。傷は目立つけど整った顔立ちで綺麗なんだよなあの人。いやそうじゃない。


「そうだな、あの砦はまず石壁による防備があり、中庭に複数の通り抜けづらい建物群が、続いて岩壁の防備があって、その奥に大きな空洞がある。そこが正しく最後の砦だな」

「では、石壁と中庭を火攻めによって制圧の後、主郭へ突入ですね」

「ところがどっこい、通路が枝分かれしてる上に敵からの奇襲ポイントもあって、まともに進めなかったんだ。ほんっとーにめんどくせぇ砦だったぜ」

「なんですかその砦、そんな砦聞いたことありませんよ!」

「だから難攻不落で未だにこんな事になってるんだろうが。しかしまぁ砦攻めの考え方はひとまず合格だ。普通の砦なら中庭まで抜いた時点で陥とせるだろうよ」

「はぁ…結局どうなったんですか」

「ひとつ、周囲を焼き火攻めで石壁と中庭を抜いた。ふたつ、聖女ファイルは射手総がかりで射貫いた。みっつ、猛獣が立てこもる横穴はふさいで燃やした」

「あ…猛獣の蒸し焼き…立てこもる敵の生き残りをまとめて蒸し殺したんですね…しかしそれは…なんとも」

「ああ、誉められた手段じゃないが、こちらも犠牲を増やせなかったし他に決定打も見いだせなかったからな、兄貴が決断した。そして、最後に奴が出てきた」

「ドノヴァー!」

「シーサックの将軍ドノヴァーは王国で随一との呼び声高い剣士だった、奴との対決は武人として待ち望んだ瞬間だったがな」


そうそう、それですよエグレン様、それを聞きたかったんです!

両王国でいずれも名高い戦士同士の死力を尽くした戦い、詩となり語り継がれるこの戦いのクライマックス!

詩の最後はこう締めくくられる「両雄譲らず、互いの戦技をぶつけあい、長きに及ぶ激闘の末、ついに片雄膝をつき、その首は落ち魂は空へ還る、雄叫びを挙げたるはメイヤーナの雄、これにて砦はついに陥落せり」


「激闘の末、最後はエグレン様の戦斧がついに力尽きたドノヴァーの首筋に深々と!」

「…まぁ、そういう見方も出来るが、詩にした時に随分と格好良くしやがったな」

「そう、なのですか?しかしそれが戦いの決め手になったのでしょう?」

「敵も途中で気付いたんだろうな、自分たちが如何にして攻撃されているのか。散発的に穴をふさぐ板を蹴破って飛び出して来た兵もいたが、待ち構えていた射手に撃たれた。

 そして奴も幾人か従えて出て来たが、既に満身創痍だった。俺が戦ったのは熱風に弱り、矢に貫かれた手負いの獣だったと言う訳さ」

「それでも敵将ドノヴァーは、最後までエグレン殿を真っすぐに見つめ、打ちかかった」

「あれこそ鬼気迫る、って表現するべきなんだろうな、皆固唾をのんで二人の戦いを見守っていたよ」

「デノン、詩なんてのはそんなもんだ」


エグレン様の勝利により戦いはシーサックの敗北で終わる、でも、エキル様の軍は砦を占領せずに周辺の村のみ平定して国へと戻った、なぜだろうと思っていたけど…


「その後はまぁ、こっちもボロボロだったし、未だ炎は強く燃え盛っていたし、主郭の中は血を流さずに死んだ敵兵だらけで、兄貴が国への帰還を選んだ、異論は出なかったよ」


まぁ、そのまますぐに自分たちの砦として使うには厳しい状況だったんだね、それでもシーサックから英雄を二人奪った功績は大きかった、と。




その後、シーサック王国は西帝国に内側から飲み込まれる形で事実上滅亡、帝国と馬の合ったメイヤーナは国境線のスホータム周辺に大軍を配置する必要も無くなり、砦はそのまま長年に渡って放置された。


異変が伝えられたのは銀風期の頃、雪と長雨で作物も森の恵みも少なかった村の狩人が、やっと見つけた鹿の群れを追って遠出し、いつしか濃霧に包まれ方位を失った。

霧中を彷徨い歩いた末、崩れてはいるものの屋根のある石造りの建物を見つけた彼は数日ぶりに深い眠りに落ち、翌朝霧の薄まった辺りを見渡して愕然とする。

そこには様々な石材や木材が朽ちて転がり、その傍らに佇む人影があった。

後ろを振り向けば焼け焦げた巨大な岩肌に人工的に作られた道や窓のような穴があり、そこにも多くの人影が行き来しているのが見える。

もしそこに人の賑わいも見えたのなら、彼は喜んで彼らに助けを求めただろう。

だが目に入るすべての彼らは透けていて、彼の知る限りそのような存在はソウルキーパーと呼ばれる者たちだけだった。


やがて王宮にその情報がもたらされた時、エキルは手に持っていた書簡を取り落としたという。


「その者が申すには、南部ラグン地方の森の奥深くに、ソウルキーパーたちによって支配された古い砦があったとのこと。恐らくは旧スホータム砦ではないかと思われます」


ソウルキーパーは稀有な存在、魂を空に還さず留まり続けるのはよほどの事がない限りあり得ない。

きっと濃い霧を見て勘違いしたのだろうと、そうであって欲しいと願いながらエキルは偵察隊を出した。

偵察隊は全員帰ってきた、そして全員が取り乱した様子で同じ報告をした。あの砦にはソウルキーパーたちと、それを統率する魔女が居た、と。


最早疑いの余地は無かった、彼女の魂が残っていた、砦の聖女が未だそこに存在し続けているのだと。

あの歌に導かれ、雄々しく最後まで戦った砦の兵士たちが未だそこを守り続けているのだと。

動揺を隠せぬままにエキルは女王に謁見を求め、その日の夜、王都オウベリンから新生シーサック王国の涙還王の下へと早馬が発った。

そろそろファヴァルの成人の祝いの準備をせねばと思っていた、そんな時期だった。




「もう、飲めません…」


いやはや、お坊ちゃんは呑気なものだね、俺のさっきまでの本気と書いてマジを返して欲しいね。

まさか酒場で兵や民たちと大宴会を開いて、そのまま床で寝てるなんてなぁ。

こっちは先輩たちに弄ばれながら砦攻略の糸口を探っていたっていうのに、にしても先輩の唇やわらかかったなぁ、その後の理不尽な一発で顎が痛いけどな!

ま、成人したとはいえ、こいつまだ16歳だったな。あとで酒を飲ませた奴を縛り上げよう。


「う…おしっこ」

「うおぁぁぁぁぁ!っざけんなよ!?」


危ねぇ、マントが使い物にならなくなるところだった。

いや、漏らしてないよな?仮にも辺境伯が石畳の上で大洪水とか前代未聞すぎて洒落にならん。

はぁ…難攻不落のスホータム砦、陥とせるかな…。




翌朝、しっかりと、本当にしっかりと羽目を外して休息を取った辺境伯軍は再び南下を始めた。

町での狼藉は無し、集合への遅刻も無し、ただ騎士と兵士が4名ほど、デノンに呼び出され青い顔をしていたが…。

兎にも角にも一行は街道を進み、やがてラグン地方まであと数日の所へ来ていた。

このまま寄り道をせずに一気にラグン地方へ入る予定であったが、街道脇で一行を待っている一団が居たのだ。


「ラグン地方へと向かわれる、新辺境伯のファヴァル様とその軍勢とお見受け致します。私たちは…」


その男、街道を逸れた先にある村の長と名乗った者は切々と語った、村の窮状を。




「つまり、森の中で度々ソウルキーパーが目撃され困っている、と言うのですね?」


どうしよう、王命の下、任地へと移動中の身としては寄り道はしたくないんだよなぁ。


「ファヴァルよ、たった1体とは言え民には脅威。まして何年も前から繰り返し目撃されているとなると」

「そうですね、エグレン様の言う通り相当に力を持ったソウルキーパーのようです」


うーん、叔父上もデノンも寄り道に賛成か。

確かに村長が街道沿いで数日前から待ち構えてまで訴え出た案件を、無下には出来ないよね。

それに、もし父上だったらきっと助けに行くはず、なんだけど…


「状況は分かりました、ですが僕たちは王命による行軍中です、協議を行うので少し…」

「民の窮状を憂い、辺境伯は村へと駆け付けた、なぁんて聞いたらお優しい女王陛下は喜ばれるだろうなぁ」

「…」



寄り道、それは旅人の楽しみ、酒場で語られる華。

竜は地に墜ち、巨人は倒れ、邪悪なソウルキーパーは霧散する、真偽など誰にも分からない。



「我らは民を愛する女王陛下の騎士!どうしてこの窮状を見捨てられようか!進路変更、アルダガ村へ!」



◎続く◎


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