第33幕:「残滓」
第33幕:「残滓」
◇新生王国暦5年 陽光季99日
涙で滲む視界では眼前のその白さが何なのか分からなかった。
鮮明に聞こえた声に驚き、ファヴァルは目元を拭おうとするが近衛兵の装備は鉄と革ばかりでうまく拭えず、手近にあった旗でついでに顔ごとゴシゴシと擦る。
そうして改めて確認した視界の中には、何事もなかったかのようなバーレットの姿があった。
「貴様、ああいや、しかし殿下と呼ぶには、ううむ」
「バ~レットさんがいる」
「バーレット、です、いい加減その妙な発音は止めていただきたい」
先程までの焦り、怒り、そして混乱した姿が信じられないくらいの優しい声が響き、聞いていた全員が目を丸くする。
だが本来のバーレットとはこういう男だったのだろう、法や規律には厳格で頑固だが、部下や同僚には信頼される男だ。
その臣下の鑑のような男が腕組をして眼前にいる、存在している、さっきまで見ていた消えゆく姿は幻だったのか。
「本当にバーレットさんなんですか?」
「如何にもバーレット・デルゲントですが、貴方こそ本当にファヴァル・ベリュークなのか…と、この問答をここでしても埒が明かぬか、移動しましょう」
「ですが母は今…」
「だから確認に行くのでしょう?貴方が何者であるのかを、差し当たってはグノッサリオかベルニオン辺りが良かろうか」
「改めて捕らえよとは命じないんですね、信じてくれるんですか」
「信じるに足る情報はありません、疑い捕らえるに十分な情報もありません、そしてここにいても情報は集まりません行きましょう、ああそれから」
「カッコイイ…」
「貴方が持っているその…涙や鼻水や砂で汚れた旗ですが、シーサックの将旗ですので後できちんと洗いピンと伸ばして乾かしてから元の場所に戻しておくように」
「…僕、カッコワルイ」
スタスタと武器庫本来の扉、鍛冶場や軍議室へ繋がる扉へと歩き出したバーレットを追いかけるようにファヴァルも続き、呆気に取られていたデノンたちも慌てて立ち上がる。
先程まで彼らの肩を押さえつけていた白い兵士たちは今もそこに薄っすらと白い影となって在るが、もはや手があるのかどうかも怪しい状態だ。
「なぁバーレットさん、こいつらはここに置いていくのか」
「彼らはもはや動けぬだろう、元々ソウルキーパーとなって在り続けるだけの力は無かったであろうからな、我らはソウルキーパーなのであろう?」
「あー、まぁ、そうですね、そこは分かるのか」
「知識としてソウルキーパーは知っているが、ふん、私とて“ソウルキーパーを見たのは初めて”だ」
それがバーレットなりの冗談だと気付くのに少し時間を要したが、すぐに分からずともファヴァルは嬉しくて仕方がなかった。
何故なら自分たちが彼らの守るべき領民では無いと知ってなお、敵としてでは無く、少なくとも客人として改めて知り合う事が出来たからだ。
自分がファヴァル・ベリュークであると言うのならば、この砦には最初から敵など存在しなかった事になる。
そう知ってしまった以上、その可能性が確かにそこに存在している以上、もう戦う必要など無いし仲間は一人でも多い方が良いに決まっているではないか。
「バーレットさんにはその力があった、ってことですか?」
「いや、私とて普通に死んでいたらこの様な事にはならなかったであろう、恐らくそれ程の力を持ち得ていたのはファイル様だけだ」
「ではこの砦の状況は…」
「我らの魂は守られていたのだ、聖女の祈りと、護り竜の加護により、そしてそれこそがファイル様を苦しめているのであろう…」
武器庫の入り口には松明を持って戻っていた白い兵士と、突入に加わらず扉の警備を続けていた白い近衛兵の二人が待っていた。
二人とも状況が掴めず困惑しているようだがそれもそうだろう、立て籠もった怪しい兵士たちを追い突入したはずが、当人たちが談笑しながら出て来たのだから。
口が開いたままの二人の肩に手を置き、そのまま警備を続けるよう告げるとバーレットはさっさと行ってしまう、その後ろを恐縮しながら進むファヴァルたちであった。
「貴方たちはファイル様には会ったのだな?」
「僕はちょこっとだけ、しかもほとんど話す事も出来ずにピカピカバシーンってなっちゃって、デノンは色々お話出来たみたい」
「ですね、砦を守ってる聖女さんと、静かに眠りたい魔女さんに会いましたよ」
「なるほどでは説明がしやすいな、貴方たちを追いかけていたのが聖女の祈りに守られた聖女ファイル様の臣下たる私、今ここに居るのは護り竜の加護に守られた魔女ファイル様と同様に還れぬ私だ」
「え、じゃあまた突然元に戻っちゃったりするのかな」
「どうであろうな、だがずっと夢を見ていたような気がする、離れがたき日々に縋り付いて、きっとファイル様の心情もこれに近いのであろう」
「待てよ、ってことはアレか、聖女の守りが弱まって護り竜の加護が出てきたってことは、聖女さんの方が力が強いのか?」
「それはなかろう、そうであったなら嬉しい誤算だが、如何にファイル様とて人の子、永き時を生きたあの黒雲の竜の力は圧倒的であった」
「でも、おんなじ守る力なのに違うんですね、種族が違うからかな」
「聖女の祈りは生きてほしいと願う力、護り竜の加護は死なせたくないと願う力、その魂の守り方が違うのであろう」
先程慌てた様子で通り抜けて行ったバーレットが、今度は兵たちと何やら議論をしながら戻って来たことで、通路を守っていたベルニオン指揮下の近衛兵たちは安心を得た。
ファヴァルと同じ猪徽章の兵たちは「よう」とか「お疲れ」と手を挙げて見せ、ファヴァルもそれに応じる。
この砦でバーレットが(兵たちには)小難しい議論をしている時は、つまり平和なのだ、勿論自分が議論の相手として巻き込まれていない事が条件だが。
逆に“あの”バーレットが慌てている時はとんでもない問題が発生している可能性があったのだが、どうやら杞憂に終わった様だとばかりに兵たちは各々寛ぎだすのであった。
やがてバーレットに率いられ通路を行く一行の先にしっかりとした明かりが見え始める、あの軍議室を通るのはこれで何度目か、構造上ここが砦の中心と考えられる為、必然ではあるのだが。
「それにしても、どうすれば母の祈りと呪いを解けるでしょうか、バーレットさんには何か案がありますか」
「…ファイル様を母と呼んでいる違和感にどうにも慣れぬ。そうだな、ファイル様の願いが家族と共に生きる事で、その願いが強すぎるが故に今の眠りたくとも還れない状況があるのだな?」
「聖女さんはその自覚があったみたいですよ、以前の自分が強く願っていた内容を今の自分が否定することなんて出来ない、だったかな」
「ああ、ご自身の願いが矛盾し苦しまれるなど、そのような状況を回避出来なかった我が身が恨めしい」
「バーレットさんのせいって訳じゃ…」
「いや、主の苦悩は臣下の無能故、文字通りこの魂にかけてお救いせねば!…しかし悩ましい」
「バーレットさんの頭脳をもってしても難しいですか」
「恐らく衝撃や動揺によってファイル様の魂にダメージを与える事は可能だ、しかしその方法ではいずれ護り竜の加護が働き我らはとんでもない反撃を受ける事になろう」
「ピカピカバシーンとまともに相対するのは避けたいです…」
「で、あれば…ふむ、やはりご本人で納得して還っていただくしかあるまい、そもそもこの砦にファイル様に刃を向けられる者などおらぬしな、例えそれが言葉の形であろうとも」
「やっぱり説得するしかないのかぁ」
腰に着けた魂芯灯は相変わらず煌々として眩しいほどだが、軍議室に溢れる松明の明るさはそれとは異なりどこか落ち着くものがある。
人は火に引き付けられると昔の何とかという学者が言ったらしいが、なるほどその通りなのかもしれない。
何度目かになる軍議室では、相変わらずマント付きの兵士たちが忙しそうに報告をまとめたり、記録として残す文書を作成しているようだ。
議論をしながら帰って来たバーレットに笑顔を向け、「手を止めるな」と怒られるも嬉しそうなのは何故だろうか。
「 …ちらはどうやら問題は無かったよ… 」
「いや別の問題が発生した、それもなかなかの大問題だ、至急各隊に情報を共有したい故伝令を出せ、軍議の召集だ」
「 …しこまりました!… …れからこちらの報告を預かって… 」
「これはベルニオンからの報告か…ああ、この怪しい兵士たちというのは貴方たちの事だな、随分と砦をかき回してくれておりますな」
「すいません、必死だったもので…」
「全く誰に似てこんなに小賢しい策を、ああ、あのエキルか、忌々しい」
「うぅ、すいません…」
以前のバーレットからその発言を聞いたのであれば、額面通りの意味と受け取っただろう。
だが今の彼の発言にはファヴァルたちにしてやられた自分たちへの戒めと、若干の称賛もあったように思えた。
報告書を流し読み細々とした指示だけ出すと、バーレットは休むことなく聖堂や牢へと繋がる通路へと向かう。
がしかし仕事の邪魔にならないようにと壁際に寄っていたファヴァルたちはすっかり休憩を取る体勢になっていて動かない。
振り返ってその様子を見たバーレットは深く、深くため息を吐いた。
「おい、ファイル様をお救いするのでは無かったのか」
「ああ待って下さいすぐ行きます、何だか一度腰を下ろしちゃったら急に疲れと眠気が」
「バーレットの旦那、あっしら昨日から寝てやせんししっかりと休憩する暇も無かったんでさ」
「それがどうしたね、城や砦が攻囲を受けた際には三日三晩寝ずに戦う事もあったのだぞ、それともお前たちの決意はその程度かね」
「…ガンバリマス」
「…くそぉソウルキーパーは疲れを知らないだろうけど、こちとら血が足りてないっての」
「そういや腹も空きやしたね、何か食べ物も見つかるといいんでやすが…」
「デノン君とブノンズ君だったか、“その名は覚えておこう”」
唐突であまりにも冷たいその切れ味に、心胆を寒からしめるという言葉を実感する二人であった。
そして凍り付く二人からいそいそと離れ、バーレットの横で直立不動の体勢を取る近衛姿のファヴァルと車輪徽章の兵士がどう見ても彼の配下にしか見えなかったのは余談である。
「あのバーレットさん、こっちに行くと聖堂か牢だと思うんですが、向かうのはベルニオンさんのとこじゃなくていいんですか」
「ベルニオンはグノッサリオと共に居る、不審な者たちが砦内にいる以上、体調が悪くとも守るべきを守るそうだ。つまり彼らにとって最重要の聖堂門を守る為に大階段に展開しているのだろう」
「あーあの長ーい階段、硬貨を落としたら転がって行ってそのまま音が聞こえなくなるくらいすごく長いですよね」
「…あの不審な音の報告もお前たちか」
「…スイマセン」
階段と牢への分かれ道の場所は、離れた場所からでもすぐに分かった。
多数の近衛兵たちが大楯を壁にして通路を塞いでおり、階段方面からは赤々とした明かりが漏れ出ている。
そしてその近衛兵たちの後ろにはしっかりと武装したベルニオンが仁王立ちしていた。
「ベルニオン」
「バーレット様どうされました、貴方が軍議室を離れているという事は外の様子は問題無しかと思いますが」
大楯を構えた兵たちが両脇にどき道を空けてくれたが、それはそれで圧のある大楯に挟まれた細い空間を通る事になり恐怖を感じる。
このまま左右から大楯の硬さと突起に押し挟まれたら只では済まないだろう、勿論それも想定されているのだろうが。
「外のメイヤーナ軍は当面問題無い、それよりも大きな問題が発生している、その件で貴卿とグノッサリオ殿と先に話がしたい」
「只事では無さそうですね、こちらの報告は?」
「把握済みだ、それに関係している」
「ではグノッサリオ様の部屋へ、そこで話しましょう。…警備を続けて下さい、厳重にお願いします」
聖堂へと続く階段にも一定間隔で近衛兵たちが待機しており、その守りに隙は無い。
中には先程ファヴァルたちと会話をした兵もおり、顔を見て“あっ”という表情を見せるが、バーレットとベルニオンが先導している為騒ぎにはならずに済んだ。
階段の先には重厚な門が見え、ついさっきまであの門の向こう側に居たと思うと不思議な感じがする。
派手に硬貨が転がり落ちてぶつかっても中には聞こえていないだろうと言っていたが、この近衛兵たちの落ち着きを見る限り、中で起こっていた出来事も外には聞こえていなかったのだろう。
「グノッサリオ様、入りますよ」
横穴に逸れ部屋に入ると、そこにはベッドに腰かけ肘を膝につき両手で顔を覆ったグノッサリオが居た。
ぐったりとしている様子だが、入室には片手を軽く挙げて見せる事で応えた。
「大丈夫なんですかグノッサリオ様」
「様は要らぬと何度言えばよいのだ、ベルニオン」
「何度でも仰って下さい、私は気にしませんので。ところでバーレット様が一緒です」
「おお?おーバーレット殿これは情けないところを見せてしまったな、なに、部下たちの前ではこんな姿は見せぬよ」
「それでこそ騎士の鑑と言うもの、しかし本当に大丈夫なのか、ベルニオン共々体調不良とは聞いていたが貴方の方が遥かに悪そうだ」
「大丈夫と言いたいところだが、正直何とも言えぬ」
「そうか、ではその心労を和らげる為にも共に手を尽くそうではないか」
「ふむ、私の症状は心労だと?何故そう思われた」
「“今”の私ならば相談に乗れるぞ、だから知っている事を話してくれ、貴方は“今”を知っているのだろう?」
二人の会話に困惑しているベルニオンだったが、それ以上に衝撃を受けているのはグノッサリオであった。
ソウルキーパーに頭痛と言う感覚があるのかは定かではないが、再び頭を押さえるようにしてうずくまってしまう。
その横に片膝をついて肩に手を置き、バーレットは続ける。
「グノッサリオ殿、一体何があったのです、“あの日”貴方は一体何を見て聞いたのです」
「う、うむ、うむ、ここは熱いな…喉が渇く、とても喉が…」
「ここが熱い?そんな事は…いや熱くて思考が朦朧として、確かに私も…」
成り行きを見守りながらファヴァルはテーブルに用意されたティーセットに駆け寄る、それはさっきこの部屋を訪れた際に自分で用意していたものだった。
ティーポットの蓋を開け、腰の革袋に残るなけなしの飲み水を注ぎ、ゆっくりと味が染み出すのを待っていられないとばかりにポットをぐるぐると揺する。
すると近づいて来たベルニオンにそっと手を抑えられ、セットごと取り上げられてしまった、「美しくない」とばかりに。
「バーレット様、グノッサリオ様、お客人が紅茶を用意して下さいましたよ、一度落ち着いて下さい、座ってゆっくり話しましょう」
「ああ、それはありがたい…私はこのままで失礼するよ」
グノッサリオはベッドに腰を掛けたまま、バーレットとベルニオン、それにファヴァルが呼ばれ部屋の中央にある小さなテーブルを囲む形で座り、残る3人はティーセットが用意してあった壁際の日用品が並ぶテーブルの近くに椅子を並べた。
ソーサーを持つ手もカップをつまむ手も震えていたが、グノッサリオは水出しで丁寧に抽出されてもいない液体をゆっくりと味わうようにその白い口の中へと流し込むと満足そうにひとつ、頷いた。
そして一呼吸を置いて、語り出したのはスホータム砦陥落の日の一幕、グノッサリオの最後の記憶であった。
「あの日、メイヤーナ軍が攻勢に出たと聞き奥方様と共に外郭に出た私は、物見櫓の上から戦況を見守っていた、横には数人の弓兵と、後ろには魂歌を紡ぐ奥方様が居た。
メイヤーナ軍は勇猛果敢であったが戦況は我らに有利に見えた、ドノヴァー様やアローネ、ルダンが砦に取り付こうとする敵兵を撃退し、一度はその波が引いたのだ。
だがなるほど、それも敵将の手であったのであろうな、敵の退却を砦から出て追う事はせず戦いはこれで終わりかのような空気があった、私もそうだった。
岩陰や倒れ伏していた兵の下から現れた敵の弓兵が矢を放ち、束となって櫓へと突き刺さった、私は盾と鎧で無傷だったが横にいた兵は倒れ、振り返れば数本の矢が突き立った奥方様が居たのだ。
あの光景は、何故忘れていたのだ…忘れられぬ…光景であったのに。
それを見て再び攻勢に転じた敵軍に対し、我らは砦内へ引き込んで迎え撃つ作戦へと移行した訳だが、奥方様の容態は思わしくなかった。
私は…そうだ黒雲の竜にその加護を求める為に雷鱗を…武器庫で保管していた2枚の片方を握りしめ聖堂へ…ああ、そうだ、そうであった、そこで見たのは今にも還り逝きそうな…。
バーレット殿!お主はその横で必死に祈っておったではないか!
そうだ、思い出したぞ!私はここで、自分で彫ったあの黒雲の竜に祈りを…!」
そう言って壁を見つめたまま押し黙ってしまったグノッサリオに、バーレットたちは何と声を掛けたら良いのか分からずただ俯く。
ファヴァルだけがその壁の先にある存在を知っていて、それでも同様に掛けるべき言葉は見つからなかった。
誰も言葉を発する事無く脳内で様々な想いや思い出が交錯し重たい空気が漂う、皆に共通しているのは聖女ファイルの存在であった。
思い出の中の幼き日の笑顔、この人の為に尽くそうという想い、初めて会った日の感動、生きる伝説の様な存在への畏怖、そして思い出の無い母への思慕。
やがて、最初に起きた変化はベルニオンであった。
テーブルの上で両手を組み俯いていた彼の肩が震え出し、「う…う…」と小さな唸り声が聞こえたかと思うと、突然椅子を倒す勢いで立ち上がったのだ。
その顔はぼやけ表情を読み取ることは出来ず、きつく握りしめられた拳はその力み具合とは裏腹に形を失いつつある。
これまでに何度も見たソウルキーパーの存在の揺らぎ、きっとグノッサリオの話を聞き自分の記憶を蘇らせようとして存在に大きな負荷が掛かっているのだろう。
そのもがき苦しむ姿は何度見ても慣れそうに無いなとファヴァルは思った。
「ベルニオン、耐えよ、そして思い出せ我らの過去を」
バーレットが揺らぐベルニオンの肩をしっかりと掴み必死に訴えかける、自分と自分の過去を取り戻せと。
だが…
「優しき笑みの貴方を、悲しき瞳の貴方を、守り救いたい守り癒したい」
「胸の奥の葛藤も、心の中の蟠りも、解けて消え行け溶けて散り行け」
何処からでは無く、まるで自分たちを包み込むように聞こえて来た歌声に皆が顔を上げる。
これは自分に、自分たちに向けて歌われている、その場に居た誰もがそう確信するほどその歌は心に直接的に響いた。
まるで目の前に聖女が居るかのような、聖女が自分の目を見て歌っているような、そんな錯覚を覚える程だ。
呆然とするファヴァルたち、静かに祈りの姿勢を取るグノッサリオ、そしてしっかりとした姿を取り戻し聖女への感謝の言葉を口にするベルニオンに対し、今にも泣き出しそうな顔をしたバーレットだけが冷静だった。
「ベルニオン、ベルニオン!こっちを見ろベルニオン現実を見ろベルニオン!…ベルニオン!!」
「ああ、バーレット様?そうでした報告するべき事が…いえお話があるのでしたか…侵入者がいる可能性があるのです、不審な兵の…」
「ええいこの歌は…抗わねば意識を持って行かれるぞ…この願いは心に響きすぎる…平和を願う声が抗おうとする“今”を蝕む…」
「バーレット様?何を抗う必要があるのですか、我らはファイル様の願いを叶えて差し上げねば…」
「ぬ、うう、グノッサリオ!貴方は覚醒しているはずだ!私の声を聞け、この歌声を…愛すべき歌声を今は聞いてはならぬ!動け、手助けせよグノッサリオ!今動かねば我らは永遠に後悔し続ける事になるぞ!」
「バーレット殿…私は抗うのにも、自我を保つのにも、何よりファイル様の願いに反して戦い続ける事にも疲れたよ…」
「ならば共にファイル様の苦悩を終わらせ我らも役目を終えようではないか!」
「我らの役目は…ファイル様とドノヴァー様をお守り出来なかったあの日に…もう終わって…」
その声はとても小さく弱々しかった、まるで旅先で主を失い見知らぬ荒野を行く犬の様だとバーレットは思った。
だがその気持ちは痛いほどに分かった、分かってしまった、自分自身も主を失い虚勢を張ってよく吠える犬の様だったではないかと思えてしまったから。
自分だって同じ気持ちだと言ってしまいたかった、そうして抗う事を止めこの歌声に身を任せてしまえたらどんなに楽だろうかと。
そうすればずっとファイル様と共に在れるではないか、そしてそれこそがファイル様の願いではないか、なぜこんな簡単な事に気付かなかったのだろうか。
フッと力を抜きかけて、しかしバーレットは首を振った。
(だがそこに、ファイル様のあの日の笑顔は無いではないか)
バーレットがその晩年に見出した生きる意義とは即ちファイルの笑顔を守る事である。
ファイルの笑顔なくして何が願い通りか、何が騎士か、何が“姫付きの臣”か。
それに何より、その笑顔を取り戻すための戦いに既に自分はこの身を投じていたではないか。
そう思って振り向いた先には、歌声にしっかりと耳を傾けながらも決然とした表情へと変わった新たな主の姿があった。
窓、それは四季を切り取る額縁、変わりゆく景色、移ろいゆく心。
呼び覚ませ、陽光の様な笑顔も、炎熱の様な心も、涼音の様な声も、銀風の様な視線も、いつか見た記憶の中に確かに在る。
「役目を果たせ、グノッサリオ・ランザーク、貴方の母と父への想いはその程度か」
◎続く◎
バーレット覚醒!!(デデン
と言う訳でバーレットさんが仲間に加わったようです。
とは言えソウルキーパーであることに変わりはなく、状態も完調ではありませんが、
何よりも大きいのは経験の浅いファヴァルたちに経験豊富なベテランの頼れる味方が増えた事でしょうか。
このまま勢いに乗って味方を増やしたいものです。
たぶんファヴァルがへまをしなければなんとかなります。たぶん。不安。




