第32幕:「過日」
第32幕:「過日」
◇新生王国暦5年 陽光季99日
「もう、もう限界ですよブノンズ様ぁ何かないんですか!」
「そうは言っても押さえる以外どうしようも無いだろうが」
ズンッズンッと地響きのような音と共に部屋が微かに揺れ、その振動で天井からは砂粒が降って来ている。
武器庫の扉を閉めそこら辺の箱やら何やらを積み上げ開けられないように押さえている二人だったが、少しずつ伝わってくる振動が大きくなっている事を考えると、既に鍵によって扉を閉じていた機構は破損した可能性がある。
そうなるとこの部屋とあちら側とを隔てているのは、重厚な岩と鉄で出来た扉の単純な重さと、積み上げた物とそれを押さえる二人の力のみである。
対して扉の外ではバーレットと配下の兵士そして警備に当たっていた近衛兵たちが、恐らく鍛冶場から持って来た大型の資材か鍛冶道具か何かを数人がかりで扉に打ちつけて強引に突破しようとしている。
状況はややバーレットたちに分があるように思えた。
「はぁ、お頭には辺境伯にしっかり協力してレギエン家への恩返しをしつつ、その後の利権も確保して来るよう言われやしたが…」
「やしたが…?」
「やっぱりこの数のソウルキーパー相手にどんな形であれ戦いを挑むのは無謀でやしたかねぇ」
「なんで諦め気味なんですか!?俺はまだ死にたくないですよ!」
「こんな時にビューネの姐御が居てくれたら何とかしれくれそうな気がしやすが」
「姐…御…?」
「姐御の機転や胆力、観察力は並じゃないでやすからね、上級騎士に最も近い騎士とかって呼ばれてるんでやしょう?それも納得ってものでさぁ…」
「確かにビューネ様はエキル将軍にも片腕的な評価されてましたねぇ…」
「このブノンズ、自分を無能だとは思っちゃいやせんが、なんでこういう場面では力を発揮出来ない全てほどほどの何でも屋なんでやしょうねぇ…」
「いやいやブノンズ様だって立派なものですよ、こうしてここまでデノン様不在の我らを導いてくれたじゃないですかぁ…」
「そう言ってくれてありがたいっす、結局デノン殿も無事だったんでやすかねぇ…」
「どうですかねぇ…」
扉には容赦なく大きな衝撃が加えられ、じりじりと押され始めている。
残り僅かになったかもしれない自分たちの命を思い、妙に感傷的になり始めた二人に砂が降り注ぐ。
そして扉が押され隙間が出来たからだろうか、外で声を上げるバーレットたちの会話が聞こえて来た。
「いいぞ、このまま押し込め!押せえ!今この瞬間にも脱出されたファイル様たちが危険に晒されているやもしれぬのだぞ!」
「今ファイル様って聞こえましたよね」
「だなぁ、ってことはやっぱりあの隠し通路は脱出用で聖堂まで繋がってたんでやしょう」
「辺境伯様は無事に聖女に会えたんですかね」
「少なくとも交渉成立って状況では無さそうでやすがね」
「ああ、もうダメかぁ」
がっくりと肩を落とす兵士に、その気持ちはお互い様だと思いながら後ろを振り返ったブノンズは、信じられないものを見た。
なんと例の絵が後光が差すように光り輝いているではないか、これは聖女の奇跡か幻か。
死を覚悟し始めて何か変なものでも見てしまっているのではないかと頭を振るがその光は消えない、それどころかより強くなってさえいる気がする。
ブノンズの視線に気付いた兵士も後を振り返り思わず声を上げて、二人して目を合わせ、そして横に吹き飛ばされた。
「よし盾構え!進め!おい明かりを…行くぞ!」
最後の一押しとばかりに強烈な衝撃が加えられた扉は押し開かれ、積み上げられた即席のバリケード諸共ブノンズと兵士はゴロゴロと床を転がる。
盾を構えた近衛兵を先頭に武器庫へとなだれ込んで来たのは焦りがありありと浮かぶバーレットであった。
「待て!止まれ!貴様たち何をしている!何故扉を閉めたのだ!ここへ来て答えぬか!」
絶望的な悲鳴を上げ部屋の奥へと逃げる兵士と、妙に落ち着いているがやはりじりじりと後ずさって行く兵士。
それを追いかける様に松明を掲げて奥へと進もうとして、バーレットは異変に気付いた。
「絵が…聖門がやはり開いている?しかし誰が…」
この砦内で近衛たちが守っている階段の先の聖堂門を除けば、後はここにしか無い聖堂と繋がる道、自らが描いた絵で隠した聖門。
万が一の場合に備えて聖堂側から抜け出せる様に設計されており、扉となっている岩壁も奥側、つまり聖堂側からしか押し開けることが出来ないよう作ったのは彼である。
動かされると鐘が鳴るよう仕掛けがされており、それが鳴った時はつまり聖堂からの脱出者がいる事を意味するのだ。
その聖門が開いている、しかし武器庫に居たのは兵士が二人のみ、これはどういう状況なのか。
そう訝しみながら眼前の兵士を問い詰めようとし、バーレットも絵の異変に気付いた。
「絵が、光っている?」
「 …レット様、これは聖女様の… 」
「いや待て、おまえは松明を持ち入り口で待機しろ、残りの者は松明の火を消せ」
壁に設置された松明は燃え尽きかけチロチロと火を揺らめかせるのみであり、手持ちの松明を消す事で再び明るさを失った武器庫の奥で、確かに絵が光り輝いている。
厳密には前面から照らす明かりが無くなった事で、絵の背後から光が溢れているのが分かった。
その溢れ出るような眩いばかりの光は徐々に大きく強くなり…
「痛ったぁぁ、ちょっと狭いんだから押さないでよ、押したって早く進める訳じゃないんだから」
「うるせぇおまえが鈍臭いだけだろうが」
「言ったなぁ、後で覚えてろよデノン」
「わりぃがお前と違って頭が良いからさ、必要ない事はすぐに忘れられるんだわ」
「そういうの頭悪いって言うんですー、バーカバーカ、あ、ブノンズさん良かった無事だったー」
強烈な魂芯灯の光を手に絵の裏から現れたのは、相変わらず空気の読めないファヴァルであった。
「あー、ご無事で何よりです?ファヴァル様、それにデノン殿も、良かった良かった?」
「なんでそんなに歯切れが悪いかな、もっと喜んでよ、ほら!」
「なぁファヴァル、あそこにいるのだーれだ」
「ん?あーあれは…」
魂芯灯を高く掲げ振り返ったファヴァルの瞳に映ったのは、ものすごく機嫌の悪そうな表情のバーレットであった。
「バ、バ、バ、バァー~~ーーレットだぁぁぁぁぁ!!」
「バーレット、だ!貴様なぜそこから出て来た!近衛の様だが何が起こっている!」
怒りながら困惑し焦っているが冷静さも失わない、その結果悠然と腕組をしながら立っているのに顔は獣の様、というバーレットが居た。
しかも暗がりの中、ファヴァルとデノンの持つ魂芯灯の明かりでその姿が浮かび上がっているため尚更恐怖感が増す、まさにバーレットに適任のシチュエーションと言えよう。
そして何が起こっているのか、それを問うているのに兵士たちは驚愕するばかりで答えない、それが更に彼を不機嫌にさせる。
バーレットにとって聖女ファイルに関する事柄は最優先事項であり、なぜ脱出用の聖門が開いているのか理由が分からぬ状況が、不安であり不快であった。
「もう一度聞く、この状況は一体何が起こっているのか、まさかおまえたち知らぬ訳ではあるまい、答えよ!」
(ファヴァル様、結局聖女との交渉は失敗、なんでやすか)
(交渉の席に着く前に追い払われちゃったけど、交渉の糸口は掴んだよ)
(あ、ならバーレットの対応もよろしくお願いします、ほら)
(はぁぁ?ここは経験豊富なブノンズさんがやってよ)
(バカ言っちゃいけねぇ、こういう時は大将が出て行くもんですぜ)
(いやいや大将命令だからブノンズさん行って、ほら)
「よし分かった、この者たちを捕らえよ、私は門の先を見てくる」
「待って、待ってください、話し合いましょうバーレットさん」
「私は先ほどからそう言っていたはずだが?」
「いや何と言うかこの砦の未来を見据えた長期的戦略に基づく…」
「貴様、近衛とは言えさっきは私を呼び捨てにしていたな、その後も“様”ではなく“さん”だったか、なんなのだおまえは、ベルニオンの副官たちにも見なかった顔だが」
「い、いやぁ誰なん、でしょうねえ?」
頭を抱えるデノンとブノンズ、膝から崩れ落ちる兵士、既に白い兵たちに半包囲されており突破も難しいだろう。
そのまま武装解除され、兜も外され床に座らされると、バーレットが順に顔を覗き込む。
「ふむ、記憶に無いが見覚えのある顔だ…ああそうか、なるほどおまえたちか」
「あのバーレットさんお話が…」
「それで、祈祷室に向かったはずのディオニの者たちがここで一体何をしていたのだ、そもそもどうやって入ったかが分からぬ、この武器庫の鍵はグノッサリオが管理し、聖堂門も内側からしか開かぬ」
「 …レット様、この者は武器庫の鍵… …サリオ様から預かったと… 」
「ふむ、どれ…なるほど間違いなく本物だな、しかしなぜグノッサリオがこれを渡した?」
「それはグノッサリオさんがその~体調が悪いから自分たちで欲しい武器を見…」
「まさか!グノッサリオに毒を盛り鍵を奪ったのか!そういえばベルニオンも、それにルダンも監視所におらず会っておらぬ、アストガルやバンフル、アローネはどうだ、軍議以降誰一人会っておらぬ!」
「え?いやいやいや流石にそれは…」
「 …いえば炊事場で村から来た娘が夜食… 」
「砦の皆に毒を盛り何か企んでおったか!はっ…まさか貴様らファイル様たちにまで毒を盛ってきたのではあるまいな!!」
「い、ち、違、違います誤解ですそんな事しませんするはずありません!」
「どけ聖堂へ行く!」
「待ちなバーレット、あんたは主の息子にそんな扱いをするのか?」
突然のデノンの発言にバーレットの動きが止まる、肩を押さえていた白い兵たちも何事かと驚いている。
つい数瞬前までの怒声が嘘のように静かになり、凍り付くような空気が流れる。
微かな物音さえ響き渡りそうな雰囲気に呑まれ誰しもが硬直する中、誰かの唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。
先ほどまでの不機嫌であったバーレットとは明らかに違う、明確な怒りを纏いまるで存在そのものが膨張しているのではないかと思える男がそこにいる。
絶対に踏み込んではいけない領域に足を踏み入れた、そんな感情がありありと伝わって来るが、デノンは息を整え直すと更に続けた。
「我が主はファイル様以外におらぬ、そのご子息とは唯一ファヴァル様しかおらぬ、それを知って…」
「ああそうだよ、あんたの主はあの聖女さんなんだろう、そしてその家族はあんたにとっても大事な存在のはずだ」
「貴様、ファイル様に対しその言い方は不敬であるぞ」
「聖女さんはとっても優しかったぜ?あの聖女さんが“私に様を付けないなんて不敬な”って言ってるの、俺には想像出来ないんだけどなぁ」
「…、一理あろう、だがそれとこれまでさしたる面識も無い貴様が気軽にそう呼ぶのとでは意味が違う」
「まぁそうだよなぁ、それじゃあ十数年会ってなかったとは言え主の息子に、おまえとか貴様ってのも良くないんじゃないか」
「何を、言っている」
「おいファヴァル、自己紹介してやれ」
そう言ってしたり顔のデノンが視線を向ける先には、タイミング悪く大きな口を開けて…くしゃみをする男が。
「え?」と上げた顔には、威厳も教養も感じられないが、改めてこの男がこの場にいる最高爵位の存在である。
「あ、えっと僕はディオニ村のヴァル…」
「違ぇ」
「それは既に聞いた」
「あ!ふっふっふこの私こそがメイヤーナ王国の辺境伯…」
「それでもねぇ」
「メイヤーナ、だと?」
「あー…ああ!そうかそう言う事か!」
「そうか、貴様らはメイヤーナの斥候であったか、止む無く敵に降った村人なら戦闘後に解放しよう、村人になりすましただけの敵なら今すぐ排除してくれよう」
「おやおや、バ~レット君そんな事言っていいのか…ッゥァーン」
「バーレット、だ!」
白い兵たちに押さえられ動けぬデノンの代わりに、という訳では無かっただろうが、バーレットに頭をはたかれたファヴァルを見て思わず“よし”と思ったのはデノンだけでは無かったはずだ。
バーレットはバーレットで、この後排除するべき敵であるかもしれないとは言え、思わず手が出てしまった自分に驚いている。
皆が叩きそして蹴り飛ばしたくなるファヴァルという存在は、ある意味では皆が自然とそうしたくなる魅力的な存在と言えなくも、いや無い、全てファヴァルが悪いのであってそこに同情の余地は無い。
「おまえたちと話していると頭が痛くなってくるな…」
「なんか、すいやせん…」
「いやほんと、その点については俺も申し訳ないと思ってます…」
「それで、時間稼ぎならもう十分だ流石と言っておこう私にも反省点はある、これ以上何も聞くべきことが無いなら私は聖堂へ行く、ファイル様の状況を確認せねば」
「バーレットさん、今の母は近づくと危険な状態です」
「ほう、まだ続けようと言うのか?ファイル様を母と呼ぶとは大胆な、しかし私もこうしてまた足を止めてしまった以上、貴様への評価は改めよう、なかなかの胆力を持つ策士であると」
「バーレットさん、シーサック王国上級騎士バーレット・デルゲントさん、母を救うため、そして貴方を含めこのスホータム砦を救うため、どうか力を貸してください」
「貴様…」
勢いよく何かを言いかけ、しかしバーレットは口を閉じた。
彼の主である聖女ファイルには、夫の英雄と、その間に娘と息子が一人ずつ居る。
それは当然理解しているが、果たして英雄ドノヴァーと最後に軍議を行ったのはいつだったか、その娘ファノアに絵を教えたのはいつだったか、その息子ファヴァルの教育方針を巡りアストガルと喧嘩したのはいつだったか。
つい昨日の事のようであり、遠い日の事のようでもある、霧に覆われた視界のようにスッキリとしないその感覚にバーレットは不快感を覚えていた。
「バーレットさん、母のあの歌声を聞いたでしょう?あの悲しい歌声を。貴方なら母の心が穏やかでは無い事が分かるはずです」
「…確かにここのところファイル様の様子は…いやお会いしたのはいつだったか…またあの時の様な顔をしていらっしゃるのか?」
「今母は苦しんでいます、それは」
「貴様たちのせいであろう!?メイヤーナが、国境を侵し、民の平穏を破り、この砦に…この砦で迎え撃ち…」
「確かに根源はそこにあるかもしれません、ですが、それは今の苦しみの原因ではありません」
「今、今だと?今まさにメイヤーナの軍が砦を包囲しているではないか!」
「バーレットさん、私の名はファヴァル・レギエン、メイヤーナ王国牙大臣エキル・レギエンの息子、そう教えられ育ちました」
「レギエンの、あのエキルの、ならば貴様を捕らえ交渉の材料に」
「父エキルがこのスホータム砦を攻め落としたのはもう十数年前です、旧シーサック王国を滅ぼした西帝国も既に滅びました、戦争は、終わっています」
「何…を、言っている?」
七王国暦276年、前年末に起こったシーサックの護り竜ズィードの毒殺に端を発する帝国戦争が勃発、
ファドライア王は王弟ファンドラにより護り竜殺しの濡れ衣を着せられ弑逆される、シーサック王国はその名を変えファンドラによる帝国が誕生、
王城を追われた後の涙還王ファルタは姉ファイルを頼り東へ脱出するも、スホータム砦の陥落を知り涙と共に海を越えフォーセルへと落ち延びる、
この帝国戦争の一連の初戦において、シーサック王国は王、王妃、王女、5人の将軍と国土を失い、事実上の滅亡となった。
「これが、今に伝わる歴史です」
「王が、死んだ?あの聡明なファンドラ様がファドライア様を弑逆だと、それはあり得ぬ、そのような…」
「アンデント・デルゲントさんという方は、もしや貴方の親族ではありませんか」
「なぜその名を…アンデントは…まだ成人を迎える前の私の孫だ」
「今は立派な外交官となり、新生シーサック王国の使節の一員としてメイヤーナの王城でお会いしました」
「アンデントが、そのような大任を…いや、いやいや、しかし…」
「バーレットさん、それでは貴方の横に転がるその遺骸は何です、そのベリュークの兵の遺骸は!」
これまでも視界には入っていただろうが、仲間の遺体とのみ認識していた存在であった。
戦時においては死んだ仲間の遺体を埋葬する時間を取れず、取り急ぎ一か所に集めておいたり、どこか目に付かぬ場所へ移動して後に処理するといった事も珍しくは無い。
そう、あの仲間たちの遺体もいずれちゃんと埋葬してやらねば、そう考えてはいたはずなのだ。
いずれとはいつか?それは戦いが終わったらだ。戦いとは何か?砦を包囲するメイヤーナ軍との戦いだ。その終わりはいつか、敵の撃退に成功した時だ。
「もしくは、我々が敗れた時か」
「バーレットさん、私には母の記憶がありません、あるのは父エキルとの思い出と、育ての母とも言うべきメイヤーナ女王マインサ様との思い出のみです」
「マインサ?それはメイヤーナの王妃の名であろう」
「今はメイヤーナの女王です、メイヤーナの王も将軍も有力な貴族たちも、その多くがファルタ王との戦いでその魂を空へと還しました」
「…ファドライア王の死も、反乱も、国の滅亡も真実であり、今はファルタ王、王、王、王子が新たな王だと、おまえは、言う、のだな」
「その通りです、そして新たなシーサックの王と、新たなメイヤーナの女王の名の下に、私は今ここにいます、ファヴァルの名を持つ私がこの地へと送り込まれました」
「…私が出会ったドノ、ヴァーという男は、既に名を上げ、た壮年の男だった、…故に幼き日の面影、など知らぬし分からぬ、だがその瞳とその髪には、…既視感がある」
「バーレットさん、私は…ファイルとドノヴァーの子なのでしょうか」
「分からぬ!分からぬ、分からぬ、そんなはずは無い、と、思っているが、分からぬ!なぜその、ような事を私に聞く!」
「貴方がこの素晴らしい家族の肖像を描いたのでしょう、ここに描かれた私が私なのか、貴方なら分かるかと」
バーレットは自ら描いた絵の中の幼子と、目の前のファヴァルとを見比べる。
ファイルの胸に抱かれたプラチナブロンドの髪のファヴァル、横に描いたドノヴァーとそっくりの髪の色や質感は彼自身がしっかりとこだわって描いたのだ、覚えていないはずがない。
(そう、この少し後にじっとしているのが我慢出来なくなったファノア様はドノヴァー様の膝から飛び降り、ファヴァル様は泣き出してしまったのだったな)
「どう、ですか?」
「…分からぬと、言ったであろう。しかし、もう少し若い頃、のドノヴァー様を知っ、知っ、知っている者なら、答えは違うかもしれぬ」
「それじゃあ一緒に会いに行きましょう!」
「今一度、問おう、今の状況、は、おまえた、ちは、何をし、て、いる、何を、成す」
「私の名前はファヴァル・レギエン、メイヤーナ女王の名の下に、帝国戦争で焼け落ちたこの廃砦、スホータム砦に入り新たな領主としてこの地を統治します、その為には貴方がたの協力が必要不可欠だと考えています。そして…」
「 …して?…」
「私の名前はファヴァル・ベリューク、この地の領主の子として、この砦の全てを救いたい、母も、父も、姉も、騎士も兵士もこの砦の歴史も未来も!」
「 …ああ…その声、はあの男… …の表情は、ファイル様に… 」
バーレットの体は崩れては形を取り戻し、その声も白い兵士たちと同じ様に滲んで聞き取りずらい。
更にファヴァル達を押さえていた白い兵士たちに至っては、既に輪郭がぼやけ何か喋っているようだがその声も届かなくなった。
ソウルキーパーたちに見られる記憶の混濁と混乱、これを見るのは既に四度目か。
ファヴァルとしては賭けに半分勝ち、半分負けた状況であった。
狙いとして敢えて事実をぶつけ存在の混乱を招き、窮地を切り抜ける道筋が見えた時点でとりあえずの勝ちではある。
しかし同時に、バーレットならば状況を理解して味方になってくれるのではないか、という期待もあったのだ。
だがバーレットの反応は以前に見たベルニオンの反応と似ており悶え歪むばかり、ファイルの様に攻撃的で無かっただけマシなのかもしれない。
やがてバーレットが連れて来た兵士たちはほとんど見えなくなった、牢で泣いていたメリージュの様だとファヴァルは思う。
バーレットの姿も存在感が薄れこのまま消えゆくのではと思えたが、果たしてそれは魂を救った事になるのか。
追い詰められていたとは言え、こんな方法に頼るしかなかった自分への悔しさと、そして揺らめく魂の姿に、涙が溢れた。
扉、それは他人との境界線、他人との接続点、自ら決めるべき他人との関係の形。
押し開いたその先に待つのは笑顔か恐怖か、それとも未知の存在か、それでも人は扉を開ける、未来はその先にあるから。
「…なるほど、その泣き顔は確かにあの日のファヴァル様のようではないか」
◎続く◎
荒れ狂う聖女の住まう聖堂から脱出したファヴァルたちでしたが、今度は怒り心頭の騎士様に追い詰められました( *´艸`)
たぶんファヴァルたちではまともに戦ってもこの騎士様には勝てませんw
辺境伯軍の女騎士ビューネが上級騎士に最も近い騎士と呼ばれていますが、
敢えて言うなら、バーレットは将軍に最も近い上級騎士と言ったところでしょうか。
旧ベリューク軍は娘が可愛くて仕方ない王様が人材をもりもりで創設した軍、
規模こそ小さいものの人材面では旧シーサック王国の軍で一番の規模を誇った第二軍に引けを取りません。
兵力の多さが活かせない局地戦では、もしかしたら当代最強、だったかも?
さて次回は解決に向けて微かな光明を追いかけます、エグレンや騎士夫婦が不在の潜入組に足りないベテラン視点からの援護を受けられるのでしょうか。




