幕間:「秘密」
幕間:「秘密」
七王国暦276年 炎熱季46日
南部の名門、モルグナ伯爵家が爵位を返上しました
後任にはエキルと言う将軍が任命されたそうです、お父様がとても怒っていました
七王国暦276年 涼音季88日
夫と共に、メイヤーナの英雄の帰還を見届けました
エキル・レギエン将軍、南部に勢力を持つ有力諸侯の一人と知りました
“臆病者”とも呼ばれているそうですが、負けた事は無いそうです、どういう事なのかしら
七王国暦279年 炎熱季17日
西方のガサルザン自治領への主戦力投入にエキル将軍が異を唱え、夫の怒りを買い王都から追い出されました
西には豊富な鉱物資源が眠っているそうですが、地形は険しく大きな街を築ける様な候補地も無い事と
それに加えて偉大なる者を怒らせては国が滅ぶと言うのです、大袈裟では無いかしら
そもそも“巨大な炎の蛇・ガサルザン”は実在するのでしょうか
七王国暦281年 涼音季51日
西方から撤退するようだと侍女たちが噂しています
結局ガサルザンが実在するのかどうかは分かっていませんが、少なくとも赤熱した鱗を持つ大きな蛇は沢山居たみたい
山地に複雑に張り巡らされた洞に棲息する彼らと、信じられない事に彼らと共存する現地人との戦いは膠着して
2年あまりの戦いで食べ物がほとんど無くなってしまったみたい
城下の市場には豊富に食べ物があるのに何故なのかしら
七王国暦281年 銀風季74日
西方から続々と戦士たちが帰って来ました
城下のあちこちで問題が起こっていると侍女たちが噂しています
戦地に食べ物が届かなかった事に怒っているのです
七王国暦282年 炎熱季15日
各地で食べ物不足が起こっているみたい
夫がイライラしていてとても怖いわ
原因はあのエキルと言う将軍みたい、一体何を考えているのかしら
七王国暦282年 銀風季39日
お兄様がエキル将軍の討伐許可を取りに来ました
お願いされたので私も口添えをしておきました
これでエキル将軍は討伐され、食べ物不足は終わると聞きほっとしています、お兄様頑張って
七王国暦283年 陽光季60日
召集が掛かっているのに戦士たちが集まらず、南部への討伐軍は未だ準備中なのだそう
何故食べ物が無い事にあんなにも不平不満を漏らしていたのに集まらないのかしら
そんな臆病者の戦士、いいえ戦士とも呼べないような兵たちなど捨て置いて王都の騎士団を使えばいいのに
七王国暦283年 炎熱季3日
南部諸侯が揃って王城へ来ているそうです
今更謝りに来てももう遅いと思うのですけど
七王国暦283年 炎熱季61日
食べ物の値段が半分以下になったと下働きの者たちが喜んでいます
何がどうなったのでしょう
お父様やお兄様たちは機会を逸したと悔しがっていました
夫もずっと不機嫌そうで最近は会っていません
お気に入りの侍女を連れて書庫の奥でゆっくりと本を読み、紅茶とお菓子を楽しむのが日課になっています
七王国暦283年 涼音季8日
最近、王城でエキル将軍を見かける事が多くなりました
他の方々は面白くなさそうです、特に牙大臣のロドバン将軍は名指しで罵倒しているのを見かけた事があります
だから、少し困っています
先日書庫にやってきた可愛い子供と仲良くなったのに、それがあのエキル将軍の子だと言うのです
あの子にはエキル将軍みたいに皆から嫌われる人には育って欲しくないと思います
七王国暦283年 涼音季47日
ファヴァルはお利口さんね
読んで聞かせた本の内容は全て覚えているのです
子が出来ず夫には打たれ侍女たちも助けてくれなかったけど
私だって好きで子を宿していない訳では無いのです、それなのになんで
私にもこの子のような子供が欲しい
七王国暦283年 涼音季80日
突如として滅びたはずのケルストウ王国やシーサック王国の旗を掲げた船がやって来て、海岸に近い土地が奪われたそうです
生き残りが何処かに隠れていたのでしょうか
夫やお父様にお兄様たち、それに名立たる将軍たちが討伐の為に軍を集めています
七王国暦283年 銀風季6日
民たちの祝福を受けて、メイヤーナの軍が行進して行きます
この雄姿を見たのはとても久しぶりです
見送りに出た私に、夫は一季以内に片を付けてやると言い、お父様や将軍たちも大きな戦いを前に高揚しているのが分かりました
七王国暦283年 銀風季15日
夫と共に討伐に行った騎士団の代わりに、王都の守りとして南部から兵が到着しました
今回の戦いには南部諸侯のほとんどが参加していません
流石は臆病者と腰巾着、などと言っている侍女もいるけど、下働きの者たちは賢い選択だと言っていました
七王国暦283年 銀風季21日
ファヴァルとあの部屋で紅茶の飲み比べをしたのだけれど…
私には違いが分からなかったのに、あの子ったら全ての産地を当ててしまったの、なんだか悔しいわ
…悔しいけど、不思議と嫌な気は、いいえむしろ誇らしいのかしら
七王国暦283年 銀風季74日
ロドア地方に続き、オロア地方も敵の手に落ちたと
お父様や将軍の多くも亡くなったと報告が
どうしてしまったの、なんで、どうして
七王国暦283年 銀風季92日
王都に敵が迫っています
夫も、もう帰って来ないそうです
エキル将軍が、これ以上の戦いは、王都の民を苦しめるだけだと
私は…私が…?
七王国暦283年 銀風季93日
あれだけ居た侍女たちが、今日はいません、来てくれたのは二人だけ
私が子供の頃から知っている子爵家から一緒に来た婆やには、大きな宝石が2つと鳥の意匠があしらわれた杖を
紅茶やお菓子に詳しくよく働いてくれていた若い侍女には、貴重な東大陸の本と彼女のお気に入りだったティーセットを
それで、誰も居なくなってしまいました
七王国暦283年 銀風季98日
私はメイヤーナ王国の女王として、誰も継ぎたがらなかったメイヤーナ王国の国主の座に就き
その最初の仕事として、降伏文書に自らの名前を記しました
後はエキル将軍が対応してくれるそうです
忘れてしまいたいけれど、きっとそれではダメだから、今起こった事を書いておかないと
夜、一度寝静まった王城で戦いが起きました
私の降伏文書への署名を国への裏切りだとして、一部の騎士や兵士が私の殺害と王城の占拠を狙い反乱を起こしました
反乱の首謀者として首となり私の前に現れたのは、兄と弟でした
高位の騎士が何人も参加していた事で、最初こそ勢いがあったそうですが、南部からの兵がなびかず、部隊内でも仲間割れが起き瞬く間に鎮圧されたそうです
涙は出ませんでした、泣き疲れて枯れてしまったのかもしれないし、でも…
七王国暦283年 銀風季99日
今日もこの日記を付ける事が出来ています、出来ました
突如として連合王国軍の将兵が私室に入って来て、私は縛られ中庭に連れて行かれました
降伏は王国の民を傷つけない事が条件となっていて、そこに私は含まれていないと言うのです
突き付けられた剣、耳にこびりついたすぐに殺してしまえと言う声、怖い、今でも怖い、まだ怖い
エキル将軍たちが騒ぎを聞きつけ来てくれていなかったら、あの時私は死んでいたのでしょうか
連合王国の将兵と将軍たちがすごい剣幕で言い争う中、私の隣に居てくれたのはファヴァルでした
しばし怒号が飛び交い、やってきたファルタ王やシャストア王が私の前に立った時
ファヴァルが私を〝母〟と呼んでくれました、母上をいじめるな、と
腰の短剣の柄に手を掛けたファヴァルに周囲は色めき立ちましたが、それを制したファルタ王は優しい顔をしていました
その後、何か、何か私に語り掛けていてくれた気がします、けれども何も覚えていません
ただぼんやりとした視界の中で、ファルタ王がファヴァルの頭を撫でていた光景は記憶にあります
七王国暦284年 陽光季1日
王城で陽光の宴が開かれました
私の前には誰も挨拶に来ませんでしたがそれも当然です、だってどなたも知らないんですもの
挨拶待ちの列が出来ていたのはもう過去の話、今の私は挨拶に訪れるメリットなど無い一人の女、敗国の女王
事前に、メイヤーナ王国は引き続きケルストウ王国とシーサック王国への補償の方法について協議する事を前提に連合王国軍に加わることが告げられていました
それでもつい先日まで敵だった人間です、シャストア王は私たちに国を奪われ多くの民を殺されました、ファルタ王の姉君はスホータム砦で戦死しています
私は自らの足で、連合王国に名を連ねる王やその代理の方たちの下へと出向き
精一杯の謝罪の気持ちと、可能な限りの民への配慮をお願いしました
頭を下げる私に、それでもほとんどの方が始めは良い顔をしませんでした
そして時に、芸も能も後ろ盾となる勢力も無いのに王妃として取り立てられた理由を思い出させる視線も感じました
それでも、それならば、メイヤーナの未来の為に私に出来る事がまだあるのならば
一度は本当にそう思ったのです
途中でファヴァルが来た事で全てが変わりました
彼ら曰くファルタ王に挑んだ“小さな英雄”の登場に場が和み
そしてここに来てはダメでしょうと私がファヴァルに言い聞かせている姿を見てほんの少しだけ、視線の険が和らいだ気がしました
それまで遠巻きに見ていただけの女性騎士や婦人、令嬢たちがファヴァルに声を掛けに来てくれて
私はその話の輪に、自然と加わることが出来ていました
ありがとう、私のファヴァル
七王国暦284年 陽光季11日
連合王国軍は補給と再編成を終え、明日にも旧シーサック王国領、現在の西帝国領へと向かいます
そんな折に、エキル将軍に呼ばれた先で待っていたのは、ファルタ王とエグレンという大柄な騎士でした
この日この時聞いた話を、私はその魂と共に空まで抱いていく事を誓います
七王国暦284年 陽光季38日
王国の要職は現在そのほとんどが空位となっています
しかし連合王国軍が南へと抜けた事で国内は落ち着きと日常を取り戻しつつあり、城下には活気も戻って来ました
そうなれば当然の事ながら王国を運営する為の人手が必要になります
残念ながら私に政の才能はありません
これまでもそういった問題には関与させて貰えず…いいえ、興味を持つ事も努力をする事も無く、ただ漫然と生きて来たのです
そんな私を女王として戴き、この敗国の立て直しとこれからの対外的な対応や補償の為に尽力してくれる様な方は居ない、そう思っていました
初めて女王という立場で参加した政、その眼前には
夫の時代よりは少ないものの、まだ王城にこれだけの人が残っていてくれたのかと驚くほどに多くの臣下が並んでいました
その初めての場で、私は正直に自分の無能さを伝え、そして国の今後への想いを語り、皆さんの力を貸して欲しいとお願いしました
臣下の列の最前列に居たエキル将軍が敢えて鎧のぶつかり合う音を立てながら片膝を付き仰々しく頭を垂れれば、皆がそれに続きました
全てはエキル将軍の筋書き通りでしたが、それでいいのです、自分に能が無いなら人に頼ればいい、任せればいい
そうしてその裏で、今度こそ私はその仕事ぶりを見て、学び、いつの日かお飾りの女王ではなくなるのです
七王国暦285年 炎熱季23日
連合王国軍が戦いに勝利し、西帝国が滅亡
この戦争の発端となっていた東西両帝国がなくなったことで、この戦争は終結しました
西帝国の地には再びシーサックの名が戻り、東のケルストウ王国も復興を果たしています
東帝国から名を取り戻したエルドマも含め、再び世界に七つの王国が並び立ち、以前よりも遥かに強固な同盟関係が結ばれました
西帝国と東帝国がそれぞれに帝国暦や帝界暦などと言う名称へと改暦していた事による混乱もあったため
この七王国暦285年という年は、新たな全世界共通の暦となる新生王国暦の1年目となりました
新生王国暦4年 陽光季77日
近頃はファヴァルが一緒の時間を過ごしてくれません
声を掛けても政治学や騎士修練の忙しさを理由に断られてしまうのです
騎士修練はともかく、政治学なら私と一緒に学んでもいいではありませんか
書庫奥の部屋には、来年には成人を迎えるファヴァルと一緒に入るのは良くないと言われていますが
書庫で本を読み、様々な学びを得る分には問題無いはずです
新生王国暦4年 銀風季66日
牙大臣のエキルが秘密裏に面会を求めて来ました
明日、正式に政務の場でも公開する情報を先に伝えたいと
私は空まで抱いていくと誓った内容がこんなにも早く私の人生に立ちはだかるとは思ってもみませんでした
ファルタ王との約束もあります、どうするべきか、どうなって欲しいか
私たちの意見も添えて新生シーサック王国へと早馬を出しました
新生王国暦4年 銀風季89日
新生シーサック王国からの使者が到着しました
こちらが送った使者と入れ違う形で、あちらも使者を送っていたのかと思ったのですが…
だって早馬を飛ばし乗り継いでも片道で30日ほど掛かるのですよ?
それなのにその使者の少女は送った手紙の返答を持って来ていたのです
たった一人でやって来たから身軽、などという話でも無いでしょうし、一体どんな奇跡を起こしたのでしょう
手紙は間違いなくファルタ王からの物でした、そしてその内容は驚くべき提案だったのです
ですが、確かに決して簡単な話ではありませんが、メイヤーナ王国のシーサック王国への贖罪と考えればこれ以上の方法はありません
エキルとも相談し、私はこの方法を選択する事にしました
ファヴァルに果たしてどの様な未来が待ち受けるのか、全く予想出来ません
もしかしたら、何かの間違いでファヴァルの魂が空へと還ってしまう可能性だってあり得るのです
逆に、ファヴァルの人生で最良の日を迎えられるかもしれません
あの子と離れ離れになってしまうのは悲しいけれど
私に今日という日を与えてくれたファヴァルの為に
子のいない私に母としての時間を与えてくれたファヴァルの為に
もっともっと優しく輝かしい場所で生をおくれるはずだったファヴァルの為に
私の、ファヴァルの為に…
〝母〟として最後の仕事を、そして女王として彼に下す初めての仕事を
新生王国暦5年 陽光季10日
「ファヴァル、貴方を王国辺境伯に任じます。任地は王国の南、新生シーサック王国との国境にあるスホータム砦とその一帯です」
メイヤーナ王国女王マインサの秘密の記録。
エキルさんの昔の様子なんかも交えつつ時代は現在に繋がり、次回からは再びスホータムでの戦い(?)に戻ります。
引き続きファヴァルくんさんの数奇な運命を冷やかお楽しみください。




