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ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


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第25幕:「機転」


第25幕:「機転」


◇新生王国暦5年 陽光季99日



潜入部隊による砦攻略作戦が決行される。

それぞれに役目を持ち、それぞれに決意を込め、それぞれに想いを秘め、砦内各所へと散って行く。


当初の予定では全員で協力し合って聖女の許へと向かい、トゥリスを窓口に現在の世情や皆の想いを伝えその魂を還す、もしくは共存の道を探る方針であったが予定が狂ってしまった。

良くも悪くも砦外の辺境伯軍の動きに反応して砦内のベリューク軍は大慌てで迎撃の配置に着いており、通路には兵が溢れている。

ベリューク軍の軍議では夜明けを待って迎撃のための誘引策を開始する予定であったが、それが数刻前倒しになった形だ。

砦内で待ち構えるベリューク軍の数と策を知ってしまったファヴァル達としては、辺境伯軍に攻め入って欲しくはないがそれを知らせる手段が無かった。

潜入が順調である事を伝える黄煙の矢を放てば進軍を止められるだろうが、外に向かって矢を打ち上げられそうな場所にはどこも白い射手が待機しており、流石に煙の出る矢など放っておいて見逃されることは無いだろう。


「外との連絡についてはひとつ考えがある、急がないと戦いが始まっちゃうかもしれないからこれをトゥリスに任せたいんだけど、やってくれるかい」

「分かったわ、大丈夫、無益な戦いを始めさせないためだもの」


そう言ってトゥリスが託されたのはショアナが持っていた矢筒だ、中には赤煙の矢と黄煙の矢が数本ずつ入っている。

ソルクスの妻アニス役ということで武装はせず一般的な村娘の格好をしているトゥリスだったが、矢筒を肩掛けに背負い、その上からソルクスの木箱に被せられていた色鮮やかな布をショールの様にして首に巻き背中に垂らせば違和感は無さそうだ。


「それじゃあよく聞いて、調理場までの道順はこの布切れに描いておいた、調理場に着いたら天井の穴を探して、炊事の煙を逃がすための煙突みたいな穴があるの、きっとすぐ分かるわ、その真下に炭を集めて火を着けて黄煙の矢を全部放り込んで」

「それで外の皆さんに煙が見えるのね、分かったうまくやるわ」

「無理はしないでねトゥリスさん、よし残りの皆はとりあえず軍議室まで行こう、そこからグノッサリオの部屋と武器庫、あとベリューク軍の騎士達が居た場合の対応役なんかに分かれようか」



ソルクスの部屋を出てひとり他の仲間たちとは反対方向へと歩き出したトゥリスは、すぐに物々しい雰囲気に圧倒されそうになった。

狩人で活動的な性格とは言え、辺境の村娘でしかないトゥリスには経験した事も想像した事さえも無かった状況の連続である。

ここ数日の出来事は現実なのだろうか、村にあんなにも大勢の人が来たのは初めてで、あんな近くでソウルキーパーを見たのも初めて、あんな戦いを見るのも初めてだし、何よりこの砦には幼き日に姿を消した父ソルクスの生きた証が沢山あった。

ほんの数日でこれまでの人生で感じてきた驚きの全てよりも多くの驚くべき体験をしている、正直脳と心を少し休ませて欲しい、そう思うのも無理からぬこと。

それでもトゥリスが泣き言を言わず懸命に頑張ろうとするのには訳がある。

ひとつは新領主のファヴァルに希望を託したディオニ村の皆を代表して、自分もこの新領主の為にという想い。

もうひとつは父ソルクスが命をかけて尽くしたベリューク軍とその優しい仲間たちの為にもという想い。

さらにもうひとつ、牢を訪れた際に聞こえた聖女の歌声、トゥリスにはそこにも新たに感じた想いがあった。


「あの歌声は…皆は戦歌でも癒しの歌でもない優しく悲しい複雑な感情の歌って言ってたけど、私には寂しさしか感じられなかった…ただただ寂しいって」


「 …の君、危ないぞ… …が来るかもしれないから早く… 」

「 …覚えがあるな確か昼間の… …から来た子じゃないか… 」

「あの、兵士ソルクスの妻アニスです、予定よりも早くメイヤーナ軍が来て皆さんが大変だと聞いて、調理場で夜食を作って差し上げたくて」

「 …つはありがてぇ… 」

「 …れてみれば腹が減ってた気が… …ーい夜食作ってくれるって… 」


チラチラとトゥリスを見ていた通路に居並ぶ他の兵たちも、夜食の声に小さく喜びの声を上げる。

ああもしこれが現在の現実で、彼らが生きていて本当に戦いを間近に控えた砦内だというのなら、私は一生懸命に夜食を作って彼らに配り声を掛けて回っただろうなとトゥリスは思った。

そしてその中には父の背中もあり、湯気の立つ器を渡すと優しく頭を撫でてくれるのだ、恥ずかしがる私を見て父の仲間が笑って…そんな想像をして溢れそうになる涙を堪え調理場への道を急ぐ。

彼らが普通に“生活”をしているから忘れてしまいがちだが、壁や天井そして床を見れば所々崩れていたり苔むしていたり蔓草が伸びていたりして、ここは自然の中に沈みゆく廃砦なのだ。

弓が立てかけられた壁の窓穴からは月明かりが差し込み通路を照らしてくれている、しかしその青白さが、白き兵たちと風化の始まった砦の姿と相まってより一層の物悲しさを覚えた。

しかしここを取り巻く全ての人々の為にも、今は感傷に浸っている場合ではない、そう自分に言い聞かせトゥリスは時折振り向く兵士たちに笑顔を返しながら進む。



決意と共に辿り着いた夜の調理場は、一切光の無い暗闇であった。

不気味なまでに静まり返ったその場所に足を踏み入れるのを一瞬躊躇したものの、持って来た決意と使命感が恐怖を上回り一歩を踏み出す。

軽く声を出してその反響からこの空間が思いのほか広い事が分かると、トゥリスはベルトに下げた小さな革袋から火種として所持していた大鋸屑を取り出し火打石を走らせた。

やがて赤く輝きだしたその小山を包み込むようにすくい上げると、大きく息を吸い込み一気に吹きかける。

一瞬の発火と、赤く淡い光が飛び散り、トゥリスは目的の場所と探し物を見つけることが出来た、真上の天井に穴の開いた竈と壁に設置された松明だ。

ひとつ火を灯せば後は順に調理場内の各所に設置された松明にも火を点けて回り、残されていた薪や炭をかき集めて竈に放り込むとそこにも火を放つ。

カラカラに乾燥した薪とボロボロに崩れかけた炭はすぐに大きな炎を生みだし、勢いよく燃え煙が上がり始めた。


「あとはこの大鍋に水を張って適当に具材を…ってそうじゃないそうじゃないよトゥリス、本当に料理を作るんじゃないんだから、もう!」

「 …の、何か手伝う事は… 」

「っひゃい!?…あ、大丈夫です、1人で大丈夫です、それにまだまだ時間がかかりますから!」

「 …りました何かあったら遠慮なく… 」

「 …たちは敵が門を突破して来るまで出番… 」

「 …もアローネ様には内緒にし… 」

「はぁい、ありがとうございます」


話しかけてきた兵士だけではなく、いつの間にか調理場の入り口には10人ほどの兵たちが集まり興味津々といった感じで覗き込んでいた。

トゥリスに手を振ったり、何か小声で言い合いながらお互いを小突く者など、有体に言ってとても楽しそうである。

その様子を見てトゥリスはまた泣きそうになるのを必死に堪えた、そして彼らと同じ時間を共有し、同じ時代を共に生きられていたのなら、その先に待つのが砦の陥落であったとしてもきっと楽しく幸せな時を過ごせただろうな、と思うのだ。

両手で胸を押さえ深呼吸をし、頬をペシペシと叩いて気合を入れ直すと、父の残した布で隠していた黄煙の矢を竈の火にくべ黄色い煙が立ち上り始めたのを確認すると、何か調理に使えそうな物が残されていないか探し始めるのだった。




トゥリスと別れ反対の通路を進み、時折兵士に声を掛けられながらも何とか怪しまれずに辿り着いた軍議室では、更なる難問がファヴァルたちを待ち構えていた。

上級騎士バーレット・デルゲント、祈祷室の主でここ内郭の指揮官でもある。

その性格は厳格で細かい事にもうるさくよく気付く、軍の参謀的な人物でしっかりとした実力に裏付けられた上級騎士だ。

スホータム砦には上級騎士が4人居たらしいが既に1人は戦死しており、残る3人のうちの1人という事になる、もっともソウルキーパーとして今ここに在る事を残っていると表現するのが正しいのかは疑問だが。

辺境伯軍の上級騎士はエグレン1人のみ、対してベリューク軍の上級騎士は3人、更に辺境伯軍の総大将は実質従騎士のファヴァルだが、ベリューク軍の総大将は英雄と聖女の二枚看板である。

今目の前で気難しそうな顔をしている難敵も言わば軍の一翼でしかなく、まだまだそれ以上の難敵が控えていると思うと戦う前から心が折れそうな一同であった。


「アストガルの爺さんからは部屋での待機と言われていたのではないか?」

「そうなんですが、突然騒がしくなって敵が来たって聞いて、居ても立っても居られずに…」

「民兵という訳でも無いのだから大人しく部屋に戻って勝鬨が上がるのを待ちなさい」

「勝てそうなんです、ね?」

「当たり前だろう、この砦の堅牢さは王国随一であるし配備された我らにも油断は無い、兵の配置も…ここ内郭と外郭は既に完了している、問題ない」

「地下と聖堂はどうしたんですか?近衛騎士のあのお二人の所ですよね」

「さあ分らんが、グノッサリオもベルニオンも調子が悪いらしい、この肝心な時にまったく…さあ部屋に戻りなさい、心配なら兵を警護に付けてやろう」

「あ、いや、えっと、まだその」


有無を言わせぬ物言いに半泣きになりながら助けを求めてみるが、ファヴァルとバーレットのやり取りを聞いていたブノンズたちもお手上げの表情であった。

あれよあれよと言う間に警護として邪魔な兵が1人付けられ軍議室から追い出されそうになるが、そこへ伝令の兵が駆け込んで来た。


「 …令!メイヤーナ軍はゆっくりと山の中腹… …寄せた後、そこで陣形を組み動きを止めま… 」

「止まった?わざわざ射程内まで来ておいてか?撃ってくれと言わんばかりではないか」


「 …令!アストガル様より、敵に不自然な… …か策か判断がつかぬ、との… 」

「 …令!アローネ様からいつ… …の為に出撃可能で作戦開始の判断を… 」

「 …令!ルダン様は遠方の火が気に… …ばらく様子を見るのが得策と… 」


「おのれ敵将エキル、一体何を考えている、何も考えていない愚か者なら良いが策があるなら一体それは何だと言うのだ」


次々と舞い込んだ情報に、にわかに軍議室は慌ただしくなる、それを好機と捉え一同は「邪魔しないように」と敢えて警護の邪魔な兵に聞こえるように呟き壁際へと移動する。

軍議室からは4方向へと通路が繋がっているが、そのいずれからも兵が出入りし始め、いよいよ開戦間近といった様相だ。

陽光季は間も無く終わりを告げやがて炎熱季へと移り行くこの時期は、陽の光こそ暖かいものの月下の夜はまだ肌寒い。

ましてやここは高地で岩に囲まれた砦内である、更にはそっと佇む白き兵たちの姿もその感覚に拍車をかけていたのだが、今ファヴァルたちの目の前でキビキビと動きそして感情豊かな仕草や躍動感さえ感じさせる彼らからは、不思議な熱気が発せられていた。



「あのバーレット様」

「まだ居たのかね、おい早く部屋まで連れていきなさい」

「敵将のエキルは私たちの村を襲うことなく使者だけ寄越してこの砦へと向かいました、だから…」

「…ふむ、だから?」

「敵は話し合いを望んでいるのではないでしょうか」

「その可能性が無いとは言い切れぬが、そうであれば白旗を掲げた使者が1人で来るだろう」

「この砦の射手はソルクスさん同様とても優秀だと聞いています、それこそ麓の森を出て来た敵をすぐにも狙い撃てるほどに」

「アローネの大弓隊なら造作もなかろうな」

「敵は使者が使者と認識される前に撃ち抜かれるのを危惧したのでは?」

「…なるほど、優秀すぎる大弓隊が過度に敵を警戒させている、か」

「そこでご提案が、私をこちらからの使者として送り出して頂けませんか、村の者が1人で行けば対峙する両軍を刺激せずに済むと思うんです」

「ほう?なんでまた自ら危険な役割を引き受けようと言うのだね、君たちにその任を負う必要性は無かろう」

「ご恩返し、ではダメですか?あの敵は村を焼きませんでした、砦は私たちを迎え入れ癒しと安息を与えてくれました」

「弱い」

「…戦い続きで殺気立った兵や斥候が森を行ったり来たりして、森の獣たちが怯えて隠れてる、狩人としての仕事があがったりなんだよ」

「良い胆力だ、弁も立ちそうだし悪くない、君は残りなさい、これから文面を考える」


後ろ手に小さく拳を握り、お礼を言いながら下げた頭はしてやったりの表情のショアナ、大金星である。

その一方で残りの面々は再びバーレットと警護の邪魔な兵に追い立てられるように追い返されそうになるも、ファヴァルが転んで痛がったりファヴァルが「何か言いたい事があったはずなんだけど…」と悩んで見せたりファヴァルが「ショアナさんが心配で…」と泣きそうになってみたりと時間を稼ぎながら足掻いていた。

バーレットやマント付きの兵士たちからとても残念そうな目で見られ、同時に同情の視線を受けるブノンズたちはとても居心地が悪そうだ。

これ以上は付き合いきれぬとばかりにバーレットが自身でファヴァルたちを追い出すため、その背中を押す。


「まったく君はなんだね、しっかりしているのか愚図なのか分からん、軍議での発言には驚かされたがやはり賢しいだけの子供か」

「お褒めに与り光栄です!」

「…褒めておらぬが?もうよい行け、折角良い顔立ちなのに勿体ない事だ」

「お褒めに与…」


より力が篭った背中を押す手と無言の圧力に負けたファヴァルがうな垂れ歩き出すと、バーレットはやれやれとばかりにため息をついた。

これから頭をフル回転させて敵将と間接的な舌戦を繰り広げなければならないと言うのに既に疲労感が押し寄せつつある、夜も明けていないのに早く今日を終わらせたい、なんとなくそんな事を考えるバーレットであった。

そして書状用の紙を広げインク壷の栓を開け、羽ペンを手に口髭を撫で、目を閉じ思考の海へ船を…漕ぎ出そうとしたところで邪魔が入った。

軍議室へ出入りしていた伝令兵の1人が、マント付きの兵士では無く直接バーレットに話しかけてきたのだ。


「 …祷室の準備に手が回って… …そこには動けぬ兵たちが… 」

「…ふむ、戦闘が開始されれば多からずともあそこでの治療や祈りが必要になるか」

「 …伝ってくれている下働きの者たちの姿も見え… 」

「この時間だ深く寝入っているのであろう、しかし可哀そうだが起こして仕事をしてもらう、か」


「バーレット様!バーレット様!!」

「まだ居たのか、邪魔だすぐに部屋へ戻りなさい。おい」

「バーデッドざま!はなじをぎいでぐだざいよー!」

「バーレット、だ!煩いみっともない立ちなさい何だね」

「僕たちが祈祷室へ行きます!行って負傷者の受け入れ準備を進めます!あそこなら避難にもなるし一石二鳥でしょ?」

「…、ふぅむ、一理ある、か?」

「では行ってきますありがとうございます感謝しますさあ警護の兵士さんも一緒にほら早くそれではまた後程バ~レット様ぁ~」


「バーレ… だ!!」


後から聞こえるバーレットの怒鳴り声に悪戯が成功したような小賢しい笑みを浮かべるファヴァルに、ブノンズは呆れながらも感心していた。

みっともないし情けないし頼りないし呆れるしもうちょっとリーダーらしさを見せて欲しいとは思うものの、結局事態を好転させるための時間稼ぎは成功していて、あの引っ叩きたくなる表情を見れば考えてやっていたことは明白なのだ。


「はぁ、後にも先にもこんな辺境伯はヴァル坊1人でしょうや、こら歴史に名が残るかもしれやせんね」

「お褒めに与り光え…」

「褒めてやせんぜ?」


再びがっくりと肩を落としたファヴァルと一行は、急ぎ足で古い英雄たちの眠る祈祷室へと向かうのだった。



烈火、それは強き意志、強き心、強き魂、全てを呑み込む大火。

秘めたる烈火をその身に宿し、秘された烈火はその身を焦がし、重なる炎は全てを焼くか全てを照らすか。



「…褒めてやせんが、貴方は大した人ですよ、ファヴァル様」



◎続く◎


さぁ事態の解決に向けて具体的に動き出しました。

合図のため皆と別れたトゥリスはベリューク軍への想いを更に深めながらも役目を果たします。

一方のファヴァルたちはバーレットに撃退されました。南無。

それでもやられっぱなしと言う訳にも行かないので何やら思いついた模様、はてさて…。

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