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ソウルディア戦記 ~魂歌の響く大地~(砦の魔女編)  作者: 槍の人。


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第23幕:「夜行」

第23幕豆知識

【ガサルザン】…巨大な炎の蛇・ガサルザン。人間が「偉大な者」と呼ぶ者の1つ。大陸オーグロット北西部の火山洞に住む赤熱した鱗を持つ巨蛇の長。


第23幕:「夜行」


◇新生王国暦5年 陽光季98日



夕刻、野営。

スホータム砦を包囲する辺境伯軍の野営は重たい空気に包まれていた。

予定されていた陽動攻撃と潜入部隊による砦内突入は成功した、したのだが、その戦果には顔を背けたくなる。

現在この野営を統率しているのは騎士のランバレア、そして上級騎士のエグレンが僅かな兵たちと共に砦へ睨みを利かせている。


作戦の前段に当たる陽動攻撃には、エグレンを始めビューネやランバレアなど古参の騎士が多く参戦し、さながらエキルによるスホータム砦攻略戦の再現のようであった。

それが良かったとも、悪かったとも言える、何故なら陽動を成功させるため本気で攻め、そして敵もそれに本気で応じたからだ。

その結果、射手隊を率いた騎士ビューネは重傷、他の古参の騎士も数人が戻っておらず、射手隊は負傷者多数で半壊状態、突撃した歩兵隊もうまく盾や岩陰を活用したおかげで死者こそ少ないものの負傷者多数、そして参戦した皆が疲労困憊といった有り様だ。


そして作戦の後段は潜入部隊に託されているが、陽動攻撃の最中に突如勢いを盛り返した敵の射手たちによって味方の射手が狙い撃ちされ、手元が狂い誤ってデノンを撃ち抜いたとの報告が来ている。

敵に信用させるため、熟練の射手数名を村人に扮する潜入部隊への攻撃担当に任じ、ギリギリのところを狙い外す事で砦へと逃げ込む村人という構図を確固たるものにしたかったのだが、予定通りには行かないものだ。

ある程度の学識を有するデノンは潜入部隊のキーマンで、交渉全般を担当する手はずであった、その為どの程度の怪我を負ったのか不明だが、潜入部隊にも想定外の事態が発生している可能性があった。



「はぁぁ、困った、困りました、なぜ…」


手を当てる包帯には赤が滲み、時折ビクリと震える汗ばんだ肌、熱く落ち着かない吐息、きつく閉じられた瞳と下がる眉…


「なぜ今ここには傷ついた戦乙女を描き残す画布もその痛々しくも美しい姿を讃える詩を書き留める紙片も無いのでしょうか…!」

「ランバレア様仕事してください」


妻であるビューネに寄り添いその苦しそうな寝姿を心配しつつも詩人としての感性が爆発中のランバレアは、現在野営に残っている唯一健在な指揮権保有者であった。

負傷者多数で包帯を巻き座り寝込む者がいる中で、妻の看病をしながら場違いな欲望丸出しのこの男に、それでも動ける兵たちは冷静に従っている。

なぜならこの辺境伯軍(ファヴァルと愉快な仲間たち)ではこの程度は日常茶飯事であり、兵たちにとっても見慣れた光景であったからだ。

はいはいほらほら、と天幕から引っ張り出され、代わりに水桶と布を持った女兵士たちがビューネを看るため幕をくぐって行った。

日が暮れ始め若干の風が心地よいが、しかし辺りを見渡せばうめき声をあげる兵たちがそこら中におり、ここが戦地である事を嫌でも思い出させる。

自身も先程までの激戦で危ない思いをしたその兵士は、それでも指揮官としてのランバレアの優秀さは知っており、本当の意味で危ない時には決して指揮を怠る事も判断を誤る事も無いと知っている。

つまりこの騎士が妻にかまけてだらしない表情をしていたり、呆れるようなことを言っている間はまだ余裕があるのだ、そう考えてしまえるその兵士も立派な辺境伯軍の一員だろうか。


「ああぁ…」

「先程いただいた指示は既に全軍に伝わっています、ですが圧倒的に動ける者の数が足りてません、もし今夜敵の奇襲があったらまともに逃げる事も出来ずに全滅の可能性さえあります!」

「ビューネ…」

「…ビューネ様ならこういう時頼りになるのに、やっぱり旦那の方じゃダメか、回復したらビューネ様に全部チクってやろうかな」

「…。怒った妻も素敵だがそうも言ってられんか、よし何人動ける」

「エグレン様が従騎士見習いのブアンと50人ばかしを連れて砦への牽制に行ってます、ここには負傷者を除いて200人弱といったところでしょうか、騎士様たちは負傷者ばかりです」

「それだけか?それはゴルモ殿から借りた森林兵も併せてか?500を超える兵が居たというのに半壊ではないか」

「だからどうすればいいか指示が欲しいって言ってるじゃないですか」

「すまない、状況は思ったよりも悪いようだ、しかしなぜこんなにも被害が出てしまったのだろうか」

「エグレン様と一緒に砦の門近くまで突っ込んだ奴の話なんですが、なんでも歌声が聞こえた気がしたと」

「そうか、存在だけでなく歌や祈りも健在なのか、砦の魔女が未だにその力を残しているのなら、それはなんと美し…厳しい局面だろうか」

「潜入部隊の方も怪我人が出たみたいですし、大丈夫なんですかね」

「分からない、だがまずは信じて待つしかないだろう、そして我々も援護せねばな、兵100を残して負傷者の手当てと飯炊きに当たらせ、残りはエグレン殿に合流させろ、それから…」


「ランバレア様!ビューネ様の意識が戻りました!」

「ビューーーーーネェェェェェ!!」


天幕から顔を出した女兵士の言葉に脱兎の如く踵を返したランバレアを見送り、兵士は呆れながら指示をこなすのだった。




同刻、前衛。

「エグレン様、また兵が増えました、かなり厳重に警戒しているみたいです」

「難しい局面だな、討って出て来られたら勝負にならんだろう、もしここを突破されたら野営の怪我した奴らが蹂躙されるな」

「一度砦から大きく離れますか?」

「まともに戦って勝つ予定なら一度仕切り直すためにそうしたいところだがな、潜入したファヴァルたちの事を考えれば敵の目も数も可能な限りこちらに引き付けたい」

「今頃どうしてますかね、辺境伯様たち」

「まぁ、捕まるなり殺されるなりしてたら敵の動きにもうちょっとそれらしいものがあるだろうから、とりあえずは大丈夫だろう、が」

「…が?」

「敵の統制に乱れが無いところを見るにまだ英雄や聖女との交渉には至れていない可能性が高い、あれは過去と変わらぬ士気の高いベリューク軍だ、戦う気満々の、な」

「あー、交渉が順調に進んでるか決裂していたらもっと別の動きが、ってことですね」

「動けぬのか、何か想定外の事態か、さてどうするか」


この時、森の木々に身を潜め砦を窺う辺境伯軍の前衛は数も少なく表情にも疲労が色濃く見て取れた、エグレンの危惧している通り疲れを知らぬソウルキーパーの大軍に攻め込まれたら勝ち目は無かったはずだ。

しかしエグレンの鼓舞と的確な指示、そしてアルダガ村に未来の妻を残して来たブアンの頑張りを見て、兵たちはなけなしの元気と負けん気を発揮し砦の動きに注視している。

例え砦から敵が討って出て来てもここで食い止めて見せる、何なら逆撃してやろうかなどと軽口まで飛び出す程度には士気は高かった。

そしてその裏では、エグレンが危惧するベリューク軍による反撃作戦が立案されつつあったが、これはファヴァルの軍議の場での演説により、その開始が即時では無く翌朝からに延期されることになる。

そうとは知らぬ前衛の面々はひたすら目を凝らし、ベリューク軍の一挙一動を見逃すまいと気を張り詰めさせていた。


「日中の戦いの緊張感もとんでもなかったですが、このヒリヒリとした緊張感もなかなかですね」

「ああそうだな、実戦の緊張感は体を動かし叫ぶことで紛らわすことが出来る、新兵が緊張のあまり悲鳴のような雄叫びを上げ滅茶苦茶に振った剣が名の有る敵を仕留めたりすることもあるもんだ。だが、敵と睨み合う緊張感ってのはやっかいでな、静かにしろ、動くな、敵の動きに集中しろって言っても新兵は絶えられなくなって声を出したり無駄に動いたり目を逸らしたりしちまうんだ」

「ああ…確かに若い頃の自分の身にも覚えがありますし、嫌な思い出もあります」

「ほう?」

「むかーしとある小さな城に居た頃にですね、山賊みたいな奴らが門の前に姿を現して開けろって言うもんだから、どこの誰かも分からない奴を入れる訳にはいかないって答えたんですよ」

「まあ当然だな」

「そしたらちゃんと城主からの招待状を持ってるって言うから、仕方なく新兵たちにその場を任せて自分が門まで確認に行ったんですが…」

「ああ、分かってきたぞ、むはは」

「まあ警戒を怠るなとしか言わなかった自分も悪いんですが、新兵たちは真面目に弓を構えてじっと山賊みたいな奴らを睨んで、そのうち緊張感に耐え切れずに誰かが矢を放ってしまったそうで、そしたら他の奴らも驚いて混乱した挙句矢を乱射してしまって」

「おお!これは大変な事になってきたな!うはははは!」

「いやいや他人事だからって…とにかく私が通用門を開けて外に出ると降り注ぐ矢に右往左往する山賊みたいな奴らが目に入った訳でして」

「で、結局どうなったのだ、おまえは斬首刑か?」

「エグレン様、敵も味方もソウルキーパーでしたとか笑えないですよ!その山賊、は結局他領の騎士と兵たちで幸い新兵の乱射は当たらず誰の首も飛びませんでした」

「なんだつまらん、くっくっく」

「はあ、兎に角その事件のせいで当時の城主は相手の領主のとこまで謝罪に行く事になって、私は新兵訓練がなってないという事で減給の上に新兵の特訓、特に弓の訓練を1年も担当させられましたよ」

「ツイてなかったな、だがその経験は今に活きてるだろう、そう考えれば悪い事ばかりでもなかったではないか、なあ従騎士ブアンよ、ああまだ見習いだったか?」

「はいはい、せいぜい頑張らせていただきます、っと援軍の到着ですかね」




黄昏。

野営のランバレアからの増援を得た前衛の兵たちは交代で休息を取り、背後の森の奥から美味しそうな匂いが漂い始めた頃。

もう今日中の攻撃は無いだろうと判断され、見張りを続ける兵以外はどっかりと地面や木の根に腰を下ろし、ある者は気心の知れた仲間と僅かな硬貨や食事のおかずを賭けて様々な勝負に興じ、またある者は膝を抱えて仮眠を取り始めた。

取れる時にしっかりと休息を取り、食べれる時にしっかりと食べ、耐えるべき時にはしっかりと耐える、これがしっかりと出来ている軍は強い。

エグレンは猛将とでも言うべき筋骨隆々の体躯と豪放な性格だが、必要な時に頭の切り替えが出来る名実共に優秀な上級と呼ぶべき騎士だ、その命令は分かりやすく的確で有無を言わせない。


「おいおまえたち、この後見張りの交代があるだろうが、貧乏くじ引いて既に賭けに負けたも同然なんだからとっとと寝ちまえ!」

「おいいつまでちんたら食ってんだ、戦いになったら飯を食う余裕さえない場合もあるんだぞ、ああそんなに慌てなくてもいいからとにかく賭けの続きは食い終わってからやれ!」

「おいおい今のは先に攻撃せずに待つべきところだろう、だからおまえは賭け事に弱いんだよ!」


その大声で仮眠中だった兵士の何人かが驚き飛び起き武器を構えたのもいつものことである。

そして勝手知ったる従騎士見習いのブアンや幾人かの古参兵たちは、大樹の裏側に回り根と根の間に体を預け悠々と仮眠を取るのであった。



やがて日が暮れ森が静まり返り、両軍の兵たちも互いを警戒し息を潜めて睨み合う中、それは聞こえて来たのだ。

ささやかな虫の鳴き声や、風が緑を撫でる音、そして焚き火のパチパチという音に混じり、微かだが確かに記憶の中にある歌声が、それは間違いなく戦場に響き渡った聖女ファイルのあの歌声であった。


「(だがそれにしてもこの歌声は、なんと、なんと複雑な感情か、優し気でそれでいて物悲しい、少なくとも兵たちを鼓舞する類の歌では無い)」


仮眠中であったブアンを始め他の兵たちもこの微かな歌声に心の平穏を乱され、吸い込まれるように夜空に浮かぶ砦を見上げる。

その歌に敵意は感じられず敵の夜襲を疑う者はいないが、かといって子守唄には程遠い、呆然と聴き入りながらも武器を握りしめる手は汗ばみ力がこもる、そんな不気味さがあった。


「エグレン様、これは何かの合図でしょうか」

「分からん、分からんが、戦歌とも癒しの歌とも違う、こんな歌は聞いた事が無い」

「兵たちに陣形を組ませますか?」

「いや、あれでは敵も戦意は湧くまい、だが砦内で何か動きがあった可能性はあるか、今まさにファヴァルたちが行動を起こしているとすれば…ふむ、ブアンよまた貧乏くじを引く気はあるか?」

「………は?」




夜半前。

ビューネの容態が落ち着き、スープを飲ませることも出来たランバレアは天幕を出て夜空を見上げていた。

あの日もこんな澄んだ夜空だったなと思う、星を赤く照らす燃え盛る炎と立ち昇る幾筋もの白い煙、それなのに空気は澄んでどこか穏やかで。

歌声も剣戟の音も途絶え、ただただ誰もが砦を、その先にある夜空をじっと見上げていたあの日のことだ。

終わった、それが多くの者が感じていただろう感情であったが今夜は違う、むしろこれから始まるのだ。



負傷兵たちを見舞い、健闘を称え鼓舞し、皆と大鍋を囲み食べ笑い、そうかと思えばさっさと指示を出して愛する妻の横たわる天幕に引き籠ったランバレアのもとに、前線のエグレンから伝令が届いたのは女神の横顔を見ながら仮眠を取ろうとした矢先だった。


「それでエグレン殿は何と」

「は、砦の防備はより厳重になるも討って出る気配無し、聖女の歌声を確認、戦歌にも癒しの歌にもあらず、砦内に動きありし模様、援護陽動のため夜半に陣を進め反応を見る、とのことです」

「どうやら潜入部隊はまだ無事なようですね、それにしても聖女の歌、それも戦歌でも癒しの歌でもない歌というのは非常に気になります、どんな歌声なのか…ああ聴いてみたい…」

「そん、なに聴きたいなら、行ってくればいいじゃ、ないか」

「ビューネ!無理をするな横になっててくれ」

「まったく、これでは前回と同じだな…決戦の夜に天幕で寝てなければいけない、とは」

「前回と同じなら、それは君が今回も生き残るという事だね」

「ははは、その発想は無かった」

「あの…長くなりますか?エグレン様からランバレア様の返事を貰って来るように言われてるんですが…」

「…、あーすまん、それでどうするかな、この野営に指揮官無しというのは流石にマズイか」

「いいよ、行ってきてよ、歩き回るのはキツイけど指揮だけなら私が出せる、それでしっかりとこの攻略戦の顛末を教えてよ」

「分かった、君は本当に無理な事は言わない、君を信じるよ、そしてこの戦いがどうなるのか、辺境伯と砦の魔女の物語がどんな結末を迎えるのか、後世に残るような壮大な叙事詩を…」

「あの…まだかかりますか?俺まだ飯食えてないんですけど…」

「…、私が野営に残る戦力の半数を率いて夜半前に合流すると伝えてくれ。あ、あとこれを上げよう、アルダガ村で貰った蜂蜜酒だよ、うん」



ぐっと体を伸ばし、腕を回し、頬を叩いて気合を入れ、ランバレアは野営を発った。

潜入部隊の作戦が最短でうまくいけば、夕刻には状況が変化する可能性があった。

そうでなくとも交渉が進んでいれば、今夜はゆっくりと眠れる可能性もあった。

進展が無いにしても、何らかの合図があるだろうと考えていたが、動きと言えば聖女の謎の歌が聞こえて来ただけだという。

最悪の事態は考えたくないが、最悪までを想定して動かなければならない、やれやれ骨が折れる戦いだと思いながら、ランバレアは出迎えたブアンに片手を上げて応えて見せた。


岩山の麓、森の端ギリギリに陣を敷く前衛は既に臨戦態勢にあり、昼間の激戦から半日ほどが経過して休息は十分に見える。

皆揃って片手に未着火の松明を持ち、もう一方の手には即席の物も含め盾を装備しているようだ、これは消耗した射手隊に代わって火矢ではなく松明を投げ込もうとでも言うのだろうか。

しかし仮に過去の戦いの再現をするならば、それは砦内にいる潜入部隊まで蒸し焼きにしてしまうという事だ、ランバレアはふと浮かんだ『辺境伯の姿蒸し ソウルキーパーソース掛け 村人の悲鳴を添えて』というフレーズを慌ててかき消した。

例え発したところでエグレンや辺境伯軍の兵たちは腹を抱えて笑い転げてくれるだろうが、あまりにも旧ベリューク軍や村人たちに対して失礼だと思ったからだ。


「さて、俺たちに残された戦力は俺とランバレアとブアン、それに兵が200とちょっとか」

「それに比べて敵は数が減りませんし、それどころかむしろ増えてさえいる気がします」

「砦の奥にまだいたのかもしれん、もしかしたらもっともっと中に潜んでる可能性さえあるぞ」

「やめてくださいよ、エグレン様の感は当たるんですから…」

「うはははは、ならば実はあの砦の奥にはまだまだ未知の階層や聖女が座す地下神殿があったりしてな!」

「そんなものまであったらもうあれは砦じゃなくて城とか街ですよ…歩き回るだけでも大変そうじゃないですか」

「案外、今頃辺境伯は他の者とはぐれて道に迷っていたりするかもしれません」

「…無い、とは断言出来ないな」

「…流石にそれは、と言いたいところですがあの辺境伯様ですし」


「さ、さて、彼我の戦力差を考えれば戦術的には撤退するべき局面ですね、数でも質でも劣っていて攻砦戦で不利な攻撃側、互角なのは士気の高さくらいですか」

「撤退出来れば楽なんだがな、合図も何も無いのが果たしてどういう状況なのか、身動きが取れないならこちらでかき回してやる必要があるだろうし、交渉がまとまりそうなら下手に刺激はしたくない、って訳でだ」

「良案がありますか?」

「とりあえず中途半端な策を取る!」

「それは…いよいよ全滅してしまうのでは…あ、もしかしてさっきの自分の発言を参考にしてこちらも一度全滅してソウルキーパーになり互角の勝負に持ち込も…」

「落ち着いて下さい人は死んでもそう簡単にソウルキーパーになったりしません、ブアンのさっきの発言と言うのも気になりますがまずは落ち着きましょう。で、エグレン殿?」

「うむ、内部の状況が分からんがこれだけ待って合図の一つも無いところを見るに、順調とは言い難いと思う、デノンらしき奴を射手隊が撃ち抜いたって報告もあったしな」

「そうですね、今夜は山頂から夜空でも眺めながら祝杯でも挙げられたら最高だったんですが」

「ビューネと一緒に、か?うはは悪くないな!だがしかし今なお眼前に広がるのは白き精鋭たちの群れよ、って訳でだな」




夜半過ぎ。

盾を構え盛大に松明を灯した50人ずつの部隊が2つ、森を出て岩山を登り始めた。

静かに、ゆっくりと、手に持つ炎を高々と掲げ、二列の赤い鎖となって。

それは遠く高く砦の上から見下ろすと、まるで巨大な炎の蛇【ガサルザン】が岩山を這い上ってくるかの様であった。

そして迫り来るその炎の蛇の後方では、森の至る所で焚き火の煙が上がり、木々の間に松明の炎が見え隠れしている。

明らかにメイヤーナの軍が何かしらの行動を起こしているのだが、わざわざ松明を煌々と灯し自らの位置を示しながら、気勢を上げるでもなく、怒涛の勢いで攻め寄せるでもなく、粛々と山肌を登って来るのだ。

砦上の兵たちが慌ただしく動き出し、防壁上の兵の密度が増したのを確認すると、エグレンは停止命令を出した。



「まずは第二次陽動作戦の第一段だが、この作戦の肝心なところは如何に敵さんに攻撃をさせないか、だ」

「ややこしいからやめませんかその名前、で夜闇にでも紛れるんですか?」

「逆だ、大々的にこちらの存在をアピールして、その上で堂々と行進してやるんだ」

「そんなことしたらいい的じゃないですか」

「その通り、だがわざわざこの闇夜に夜襲をかけるでもなく、雄叫びを上げて突っ込むでもなく、松明を掲げてゆっくりじっくりと前進する、攻撃側としてはその利点を全て捨てた形だ」

「それは何て言いますか、愚将の采配って感じですよ」

「ぐふふ、だろう?だからもし森を出てすぐに矢が飛んでくる様なら作戦中止だ、だが敵さんがこちらの出方を窺う様ならしめたもの、そのまま進み砦までの中間地点で壁陣を組み後は睨み合いだ」

「なるほど、あまりにも愚かに見える謎の行動で逆に手をこまねかせ、こちらからはそれ以上仕掛けず睨み合いの膠着状態を敢えて作り出す作戦ですね」

「そしてこちらに攻撃の意志があるのか、それとも何か話し合いにでも来たのか、真意を読ませずとりあえず夜明けまではそのまま時間を稼ぐ」

「はーなるほど、って、当然兵を率いるのは歴戦のお二人ですよね?」

「古参で熟練の従騎士見習いブアンよ、歴戦のおまえと俺が進軍役だ」

「貧乏くじだぁ…」

「私は待機ですか、他にも陽動を掛けますか?」

「お前は森の中の待機兵を散開させて、なるべく広範囲で焚き火と松明を持った兵の巡回をさせてほしい、少しでもこちらの残兵を多く見せたい」



さてここまではうまくいったぞと内心ニヤリとし、エグレンは岩山の中腹で兵たちに盾を構え密集させた壁陣を組ませた。

やや離れた場所で同様にブアンの隊も壁陣を組んでいる、今のところ砦から矢は飛んでこず、これならもし敵が射撃を開始してもこの距離で壁陣を組んでいれば大きな被害は出ないだろう。

いざとなれば松明を捨て2隊が同時に動くことで敵の狙いを狂わすことも可能だ。

森の中の散兵による見せかけも機能すれば、砦から追討の兵は来ないだろう。


「間違いなく敵の目は引き付けた、今頃砦は地下へ地上への大騒ぎだろう、あとはこの局面がどう転ぶかは…ファヴァルのみぞ知るってか?」



そして、策がハマリ睨み合いを続けて少し経った頃、持久戦に備えてエグレンが岩陰で目をつぶっている時にその変化は訪れた。

最初に気付いた兵はあくびを我慢しきれずに夜空に向かって口を大きく開き、そのだらしのない表情のまま固まった。

横で盾を構える同僚は空を凝視したまま変顔を続ける戦友を小突き、何事かと問う。

返って来た答えは「合図かと思ったけど違った、ただの炊事の煙だった」というもの。

同僚も「なんだそうか、そりゃ敵も腹が減るよな」と応じ、その違和感に気付かなかった。

だが、それをきっかけに盾を構える何人かが小さな声で会話を始める。

「夕飯が日が暮れてすぐだったからな、そろそろ腹減ってきたよな」

「今朝の、いやもう昨日の朝か?あの戦いの前の飯は美味かったなぁ」

「くそー敵さんはどんな飯食ってんのかな、今頃壁の中でくつろいで飯を囲んでるのかな」

「かもしれねぇ、シーサックの料理ってのも気になるよな」

「おい砦に入って食いもん見つけても食べるなよ?きっと腹壊すぞ」

「別にメイヤーナの人間が食ったからって腹壊すようなもんじゃないだろ」

「阿呆、何年前の飯だと思ってるんだよ、とっくに腐ってら」

「そりゃそうか、危ない危ない、あはははは…」

そこで会話をしていた兵たちも、聞いていた周りの兵たちもハタと気付く、ソウルキーパーも料理ってするのか?と。


「あのエグレン様…」

「ん?何か動きがあったか」

「動き、と言えば動きなんですが、ソウルキーパーって料理は得意だと思いますか?」

「今その質問は必要か?真面目にやれ、あと得意かどうかは生きてた頃の個人の技量次第だろ」

「じゃあ料理をするソウルキーパーも居るかもしれないですよね」

「ん?まあ居ないとは言い切れないかもしれないが、んん?」

「いや、炊煙が…」


エグレンが岩陰から顔を出して空を見上げれば、なるほど岩山の頂上付近から薄っすらと一筋の煙が立ち昇っている、距離が遠く夜という事もあって判然としないがそれはただの炊煙・白い煙では無く黄色のようにも見えた。

ソウルキーパー学者でも何でもないエグレンは彼らが料理をするのか否かの答えは持ち合わせていなかったが、しかしあれが潜入組からの何らかの合図であろうことは理解出来た。

(黄煙の矢では無いが…成功、か?しかしそれにしては敵の守りに変化がねぇな、ま生きてる事が分かっただけでも良しとしよう、これで腰を据えて待てるってもんだ。ってか普通に考えたらまずはあの煙に違和感を感じてくれよ)

そう心の中で思いながら、砦に変化が起きないかしっかりと確認し報告をするよう命じ、新たに伝達と確認に関する訓練も必要かと思案するエグレンであった。



更に若干の時間を膠着状態のまま稼ぎ、これはこのまま夜明けを迎えるかと思い始めた頃、待ちに待った大きな変化が訪れた。

痛んだ門が重厚な軋みを上げて少し開き、中から松明を持った村人が1人、数人の白い兵に囲まれて出て来たではないか。

ざわつく兵たちを黙らせ、ブアンの隊にも動かぬよう合図を出し、エグレンはさてどうなるのかと腕組みをして見守る。

両軍の兵に見守られながら、村人は一緒に出て来た白い兵たちに丁寧にお辞儀をすると1人でこちらに歩いて来る、遠く月明かりと松明だけではそれが誰なのか判然としないがそれでも女であることだけは分かった。

1人だけで歩み来る村人、立ち昇る一筋の炊煙、果たしてそれが何を意味するのか。

…ま、じきに分かるだろう。そう思い不敵な笑みを浮かべるエグレンであった。



灯火、それは生まれ来る者が最初に見る希望、最初に見る渇望、最初に見る願望。

そして、望まれた命が、望まれた幸せが、望まれた家族の絆が、その笑顔を紡ぎ始めた。



「メイヤーナ王国エキル軍の指揮官はいらっしゃいますか?私はディオニ村のショアナ、シーサック王国上級騎士バーレット様よりの書状を持って参りました!」



◎続く◎


潜入組はいよいよ糸口を掴み、さぁやるぞ!のタイミングでの、砦外のお話でした。

陽動作戦は成功し潜入組を無事(デノンを除く)砦に送り込んだは良いものの、その後合図も動きも無く行動方針に悩む砦外組。

果たしてこの動きが吉と出るか凶と出るか…

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