第17幕:「雷鱗」
第17幕豆知識
【グノッサリオ】…グノッサリオ・ランザーク。旧シーサック王国の上級騎士。騎士時代からドノヴァーの副官でその実直さを買われベリューク軍近衛騎士長を務める。
第17幕:「雷鱗」
◇新生王国暦5年 陽光季98日
いやはや、困ったことになったもんです。
まさかデノン殿があんな怪我をしちまうとは、ファヴァル…ヴァル坊の護衛役とは言えこのブノンズがもっと周りにも目を光らせておくんでした…。
とは言え起こっちまったもんはどうしようもないんで次の一手を考えやしょうかね。
「酒は…おお~、こいつはすげえ、良くも悪くもこんだけ熟成された匂いと味は初めてでさ」
戦前から戦後も含め長いこと樽だか壷の中で眠ってたんですかね、びっくりするくらい濃縮された香りと甘みが口の中で暴れてやす。
にしてもこの甘さは、砂糖漬けにした果実を更に酒に漬け込んでたんすかね?この味を意図して造ろうとしたらどれだけ時間がかかるのか…。
それでもやってみる価値はあるかもしれやせん、何しろダリーシュ家の治めるメルヴ地方の特産と言やあ“森の宝石”、方向性こそ違いやすがその濃厚な甘さが売りの希少な果実。
そして蜂蜜酒と獣肉なんかも美味いんですから、これを一手間加えてうまく組み合わせたら、更に名物となるような物が出来るかもしれやせん。
幸いメルヴ地方には大規模な洞窟もいくつかありやす、あそこは貯蔵庫にもなりやすし、奥の方なら温度変化も少なくて邪魔にならないし年単位での保管も問題無いはず。
本当にこれは帰ったらお頭に提案してみやしょうか、美味い酒と肉、これが何よりも好きなお頭が喜んで領地も潤う、なんてことになれば万々歳ってやつですぜ!
っと、そのためにもまずは生きて帰らないといけやせんね、そんでもって味方や交易相手は多いに越したことはないんですから、なんとしてもヴァル坊には頑張ってもらわないと。
「そのためにも、まずは聖女ファイルの居る場所を確認しやしょう、もしデノン殿たちが戻って来ない、交渉の席に着けないようならあっしらだけでも行くしかありやせんぜ」
そうしてあっしらはそれぞれ別行動を取り、まずはこの砦についての情報を得ることにしやした。
こういう大規模な砦には必ず武器庫があるはず、でその武器庫は大抵の場合、鍛冶場と一緒か近い場所にあるはずなんすよ。
この二つは多くの兵が駐屯する場所では重要度の高い施設なんで、きっと色々と情報が眠ってるんじゃないかと、色々と話を聞けるんじゃないかと思ったわけです。
思ったわけですが、予想の遥か上を行っちまって正直焦ってやす…。
「ほう、それは大変であったな、そのデノンとやらも無事だといいのだが」
「ありがとうございやす、【グノッサリオ】様」
「何はともあれ全員がこの砦に辿り着けたことは僥倖、奥方様がお心を痛めずに済んで何より」
思った通り、鍛冶場へ案内して貰うとそのすぐ横には武器庫へ繋がる通路がありやした。
鍛冶場は当然のことながら炉に火が入っておらず、金属を叩くハンマーの音や武器を砥ぐあの音もしやせん。
何人か居た兵士の姿のソウルキーパーは虚ろで輪郭も定まっておらず、声を掛けてみやしたが答えは判然としやせんでした。
きっと下級の兵士か何かで比較的力も魂も弱く、もう何年かしたら自然と還り逝くんでしょう…
ですが武器庫への通路を守っている兵士は全然違いやした、明らかに上等な鎧を着込んでやすし、持っている武器もハルバードやら飾り付きの剣です。
ハルバードなんてもんは槍に似てやすが全くの別物です、別格に重いし扱いも難しくて使いこなすには高い技量を要する、そんな武器です。
案内してくれた白い兵士と一緒だったのに歩み寄ればその得物をこちらに突き付け誰何するあたり、その職業意識の高さも伺えやす。
で、この話の通じそうな彼らに売って貰えそうな武器は無いかと、デノン殿の行方について聞いてみたら、責任者を呼んでくるって言うから待ってたらコレですぜ?
「まさか近衛騎士長様から直々にそのように言って頂けるとは…」
「領民を案ずるのは我らの務めよ、そう大袈裟に言うでない」
ここを守っていたのは近衛の兵や騎士で、呼ばれてやって来たのが近衛騎士長…下手なことは言えやせん。
このグノッサリオ・ランザークと名乗った人物、とても紳士的で理知的な雰囲気ですが、鍛えられた体躯は並じゃありやせん、お頭以上の力量の持ち主な気がしやす。
…、こんな人物が主と仰ぐドノヴァーってのは一体どんなヤバイ奴なんでしょうかねえ。
「そうすると、なるほど先ほど報告のあった聖堂へ運ばれたという重傷者はその者のことだった、か?」
「お心当たりがありやすか!出来れば様子を見に行きたいんですが」
「ううむ、私が聞いた話では外の正門を守るアストガル殿の配下、ということだったのだ、どこかで行き違いがあったやもしれぬ、そしてそれはそれで問題なのだ」
これは、勢いや整合性の無い適当な話では絶対に納得してくれない手合いですぜ、味方なら頼もしいけど敵だとなんてやっかいな。
そしてこのブノンズ、お恥ずかしながら話術は得意じゃございやせん、ダリーシュ家ではそこそこ頭の回る方だと思ってやすが、これは相手が悪すぎやす。
「せ、せめて無事かどうかだけでも分かれば…」
「よかろう、人物確認も兼ねて部下を走らせる、おい」
話の流れから「おい」の一言だけで近衛兵の一人が走っていきやす、練度も連携も見事なもんです。
「さてと、後は武器の購入希望だったか、得物は剣でいいのかね」
「一般的な長さの剣を一本と、出来れば手斧もあると助かりやす」
「弓はいいのかね?」
「へ?ああ、弓も得意でやすが…」
「お前の柔軟な身のこなし、それと利き腕では無い左腕の鍛えられ方を見る限り弓を扱う狩人なのではないか?」
冷や汗が止まりやせん…。
良く見てるとは思ってやしたが、体つきや身のこなしでそこまで、きっとどんな仕事をしているのか、どんな武器を主に扱うのか、兵士としての訓練を積んでいるのか、はたまた騎士や貴族特有の身のこなしを身に付けているか、なんかも見抜かれそうな。
危ない、危なかった、あっしらダリーシュ家の主従や森林兵は、良くも悪くも森の民の色が濃いから実質みんな狩人みたいな生活です、それがこんなところで役に立つなんて。
きっと護衛役がエグレンの旦那やランバレア殿を始めとする辺境伯軍の騎士たちだったら、その出自を見抜かれていたかもしれやせん。
「流石、近衛騎士長様ともなるとそんなことまで…お察しの通り普段は森に入って狩りをして生活しておりやす」
「ふむ、感は鈍っていない、か?最近は頭に霧がかかったような、なんとも言えない感覚に襲われることがあってな、これも歳のせいだろうか、ははは」
きっと、きっとそれは僅かずつ魂が空へと還ってるんですぜ、旦那。
時が止まっちまった旦那たちの感覚や心中は計り知れやせんが、いずれにせよ正しく還って、正しく流れて欲しいもんです。
こんなにも立派な騎士様が、いつまでも過去に囚われたままでいるなんて、なんだか悲しくなっちまうじゃないですか。
「どうした、今頃無事でいる安心感が溢れたか?それとも仲間の安否が気になるか」
「いや、面目ない、その両方かもしれやせん、あっしも歳ですかねえ涙脆くなっちまって、へへへ…」
「ではその涙を祈りに変えようではないか、共に村人デノンの無事を願い捧げよう、聖女の祈りを」
そっと片膝を着き祈り始めたその姿は、なるほど確かに、お頭を撃ち抜いた弓兵ソルクスのあの祈りと同じでやすね。
目に焼き付いたあの時の光景を思い浮かべながら祈りを捧げれば、グノッサリオ殿だけでなく周りの近衛兵たちも一緒に祈ってくれやした。
この一体感はとても心地よくて、実際に聖女が目の前に居ようものなら、何とも言えない感動や衝動が湧き上がり…共に聖女様のためにどこまでも…
ハッ…!
ベリューク軍の強さの一端が分かった気がしやす、恐るべし聖女ファイル。
「祈りの姿が堂に入っておるな、ディオニでも奥方様へ祈ることはあるのかね」
「い、いやあどうですかね?でもソルクスの野郎が祈りを捧げてる姿は見た事がありやして」
「なるほど納得の答えだ、あれは特に熱心に祈っておったからな。さてそれでは部下が戻るまで武器を見繕うとするか」
そう言って通路の奥へと歩き出したグノッサリオ殿に付いて行きながら、果たしてどんな武具が眠っているのか、ついでに武器庫への入り方も覚えておけば、なんて思ってたんでやすが。
まさかの武器庫の鍵は、グノッサリオ殿が腰のベルトに着けていた小袋から取り出した、白い鍵でやした…。
きっと本物の鍵はグノッサリオ殿の部屋かその遺骸と共にあるか、もしくは既に失われているのかもしれやせんね。
さて通路の奥、短い階段を下った先に…うわ…これは…
「随分と厳重な警備だと思うだろう?しかしここにはな、備品の武具だけでなく奥方様が降嫁された際に持ち込まれた王家所縁の品なども眠っておるのだ、なんせ城と違って防衛の為に整備された砦だからな、宝物庫なんてものは存在せん、大事な物はまとめてここに放り込まれておるのだ」
「おぉお?それはまたすごそうな、ってことは何ですか、名前付きの剣とか逸話付きの宝石とか…」
「ははは、そういった品も存在しているが、それらは日常的に奥方様やドノヴァー様が身に付け使用されているよ、ここにあるのは歴史的な価値を有するが日用品では無い物、文献や記録、そして記念の品などさ」
グノッサリオ殿は気さくに色々と話してくださいやすね、それもこのブノンズのことを守るべき領民、そして聖女の祈りを知る仲間だと思ってくれてるからでやしょう。
重厚な扉の鍵を開け、松明を受け取り武器庫の中へと入っていくグノッサリオ殿と近衛兵たち、しかしその歩みが踏みしめる足元には沢山の骨片や骨粉、破損した武具が…
更に開かれた扉の先には暗がりに浮かぶ多くの白い影と、床にはやはり、彼らの残骸が…
ここは、恐らくこの場所は、多くの兵たちが立て籠もった最後の砦、の一つだったのでやしょう。
火攻め熱攻めにあったこの岩砦の中で、奥へ奥へと押しやられた多くの兵が奥まったこの場所へ辿り着き、そして最期を迎えたんでやすかね。
此処こそ、これこそ、聖女の祈りが必要な場所ですぜ、そう思って心の中でしっかりと祈らせていただきやした、それはもう心の底からしっかりと。
「む、おまえたちここで何をしている、扉は閉まっていたはず…いや、むむ?しかしまだ負けたと決まった訳では…違う、何だ?とにかく前衛の者はすぐにアストガル殿の許へ、苦戦しているようだ、急げ!弓兵はアローネ殿の指示に従え!近衛兵は私に続け、今すぐに砦内の各門を閉じさせ…敵の侵入を…む、むう?」
武器庫内の白い兵たちを見て突然ハッとした様に指示を出し始めたグノッサリオ殿でしたが、何やら混乱しているようです、きっと記憶と今が混濁しているんでしょう。
とにかく巻き込まれないようにと扉の横の壁に張り付いてじっとしてやしたが、ブツブツと呟きながら動きを止めてしまいやした。
松明に照らされた庫内を見渡してみると、奥の方は未だ光が届かず果たしてどれほどの規模なのか測りかねやすが、明らかに一般的な武器庫のイメージを超える空間が広がっていて、微かに光を返す品々は武具だけでなく本当に色んな物が置いてあるようです。
豪華な装飾の施された衣類や馬具、元々は光り輝いていたであろう鈍色の食器類、それぞれ紋章の異なる金繍の旗、積み上げられた革張りの書物、複雑な彫刻に縁どられた肖像画や絵画、精緻な地図等々、近衛の騎士や兵が厳重に守っていたのも頷けやす。
それにしても、先程グノッサリオ殿の言葉で動き出した白い兵の数、50は居た気がしやす…これは、敵の数を大幅に増やしてしまったかもしれやせん…すまねえみんな!
「あの、グノッサリオ様?」
「ん?…んん、“様”と言う必要は無いと言っておるだろうベルニオン、今の立場は違えども我らは騎士時代から共にドノヴァー様の…ドノヴァー様の…ドノヴァー様とお子様たちを頼む!私は雷鱗に加護を願おう、黒雲の竜が奥方様の魂を護って下さるように、あの方が空へ還ること無くこの地に留まれるようにと!」
「グノッサリオ様!グノッサリオ様!!」
「行けベルニオン!ああ、どこだ、どこへ仕舞った、早くせねば還ってしまう、あの矢傷では…!!」
「敵は退きましたグノッサリオ様!グノッサリオ様!!!」
「退いた?…傷を…敵はもう…傷が深い…ベルニ…、ブノンズ?おお一緒に雷鱗を探してはくれぬか?どの箱に入れたのだったか、とにかく急いで…いや、雷鱗を?それよりも剣に斧、それと弓だったか…」
「そうですグノッサリオ様、あっしの買える武器を見繕って下さるんでしょう?」
「うむ…。そう、であったな、よし見せてやろう、とは言っても兵たちが使う一番簡単な造りの物になるが良いか?他のはそれなりに良質でな、値もそれなりに張るのだよ」
正直、行動の読めない取り乱した状態のソウルキーパーには声を掛けるどころか近づくのも怖かったんでやすが、勇気を出して良かったぁぁぁ。
最初に会った時の状態に戻ってくれたようで何よりでやすが、さっきのあれは過去にこの武器庫へ訪れた際の記憶でしょうか。
あの切羽詰まった感じは、きっと陥落寸前の、聖女ファイルと英雄ドノヴァーが倒れたその日の…
「(おお、若かりし日のドノヴァー様に、こちらはご家族揃っての肖像画、ここに仕舞ってあったか…これはお子様たちの誕生を記念して作らせたメダルではないか、なんと懐かしい…)」
「あーっと、グノッサリオ様?もちろんその武器で構いやせん、そんな高い買い物が出来るほどの持ち合わせはございやせんし。ところで、雷鱗、ってのは何なんでやすか?」
「なぜそれを知って、いや先程私が話したのだった、か?あれはな、黒雲の中を飛び雷を纏う、かのシーサックの護り竜の鱗でな、過去の王や妃が大切に保管して来た物の幾枚かを奥方様が受け継がれたのだ」
「へええ、そいつはすごい品ですね、もしかして何か特別な力でもあるんでやすか」
「特別な力では無いが、竜のその身を離れてなお帯電しておるから迂闊に触れば驚くだろう。だがそれ以上に、あれに触れて祈れば黒雲の竜に届くと言われておる、真偽は分からぬがな。…いや、確かに届いた、そのはずだ…確かに祈って…祈って?」
聖女ファイルの最期については詳しく伝わっておりやせん、ですが戦いが激しくなる中、英雄ドノヴァーと共に前線に出て歌い味方を癒し奮い立たせ、そして数多の矢をその身に受け倒れたと言われておりやす。
聖女の祈りを失ったベリューク軍はドノヴァーと共に岩砦の奥へと後退し、その必死の抵抗を打ち破れなかったエキル将軍たちは火を使って戦いに終止符を打ったと。
きっと、矢を受け瀕死の重傷を負った聖女のために、グノッサリオ殿は祈ったのでしょう、黒雲の竜よ聖女を護ってくれと、その魂をまだ空へ還さないでくれと。
…もし本当に雷鱗に黒雲の竜と繋がる力があったとしたら、グノッサリオ殿の必死の祈りが届いていたならば、黒雲の竜の加護でその魂が護られ、“空へ還らずにいる”ならば…?
「すまぬ、だいぶ疲れが溜まっておるようだ、この一角にあるのがそうだから部下と確認して好きな物を選ぶがよい」
「はい、ありがとうございやす、グノッサリオ様も…身体を労わってくださいや」
「気を遣わせたな、お前も無理せず休むのだぞ、何かあればアストガル殿に言うが良い。おい、鍵を預ける、終わったら武器庫を閉じて私の部屋へ届けよ。ああそうだ、聖堂へやった兵が戻ったらブノンズに伝えた後に私の所にも報告に来るよう伝えよ」
そう言ってグノッサリオ殿は少しよろけながら去って行きやした。
鍵を受け取った近衛の兵が保管されている武器について教えてくれやす、「この剣はメイヤーナ軍の鎧も貫通する」とか「この弓矢でメイヤーナ兵に見立てた的に向けて練習している」とか。
熱の入った説明を聞きながら思いやした、ここに居た多くの人たちが勝利を信じ、諦めず、抗い、耐え、祈り、最後の最後まで死力を尽くしたんだろうと。
そして、この砦の奥には未だに勝利を信じ、諦めず、抗い、耐え、祈り続けている人が…いるんでしょうね。
果たしてあっしらの声は魔女となった聖女さんに届くんでしょうか、メイヤーナの、敵でしかないあっしらの声が…
響く声、それは歌、それは願い、それは祈り、そして偉大なる者たちの声。
繰り返される祈りの歌は魂を輝かせ、願いの声は種を超え魂に響くだろう、そして偉大な声が応えた時、それは歴史をも動かす。
「ではお代はこれで、ところで軍議室とやらはどちらに?一緒に来た村の者がアストガル様と一緒にいるはずなんでやすが」
◎続く◎
前回のファヴァル視点での終わりから打って変わって、ブノンズ視点でのお話です。
潜入組はそれぞれに動き出し、ブノンズは鍛冶場・武器庫に狙いを定めて情報を探し、大当たりを引きました。
歴史上類を見ない密度のソウルキーパーたち、その真相に少しだけ近づいた…のかもしれません?
次回はアルダガ村編で活躍し損ねた、弓兵隊のショアナが…




