第9幕:「奇襲」
第9幕豆知識
【ショアナ】…辺境伯軍に所属する射手。元は王国南部の森林地帯にある小村の狩人。腕は確か。
【ソルクス】…ベリューク軍に所属する射手。元は旧王国北部の森林地帯にある小村の狩人。腕は確か。
第9幕:「奇襲」
◇新生王国暦5年 陽光季74日
「お初にお目にかかる、レギエン辺境伯。俺はゴルモ。ここメルヴ地方を治めるダリーシュ子爵家の長だ」
「お初にお目にかかります、ダリーシュ子爵。私はファヴァル・レギエン、新たに辺境伯として任を賜り、ラグン地方へと向かっています」
先ほどまでいつ血みどろの戦いが始まってもおかしくは無い状況であったにも関わらず、両者の会談はとても穏やかに始まった。
「レギエン伯、いや、レギエン侯とは以前に一度会った事がある。南部連合に加わるため王都の邸宅に押し入った時だ」
「押し入っ…?」
「あー!俺、いや私、はブノンズ・ダリーシュ、お頭、じゃない子爵の副官です。押し入ったのではなく押しかけた時、ですよねお頭!」
「ん?おう?そうだな。…違うのか?」
「全然違いますって、言葉選びは慎重にお願いします!」
「いや、慎重に選んだら押しかけるでも問題が…あ、私は騎士のデノン・オルトーラ、辺境伯の副官を拝命しております。そして」
「エグレン・レギエン、同じくこいつの副官だ、よろしく頼む!」
「おお!やはり名のある豪傑だったか!レギエン家のエグレンと言えば帝国戦争で数々の逸話を残した戦士。あの気迫、只者ではないと思っていた!」
「ゴルモ殿とは気が合いそうだ、一度手合わせしてみたいものだな、勿論戦場以外で、だが」
「よし。今から一勝負といこう!ブノンズ。判定を任せる」
互いにとても良い笑顔を見せ、嬉々として準備を始める。始めてしまう。
「え…もしかしてこの勝負でこの戦いの決着を付けようっていう、一騎討ち的な話なの?え、やっぱり言葉じゃなくて最後は戦うの?」
「いえ、お頭のはただの力比べ好きなだけです、止めます、止めて下さい!」
「どう見ても頭がお祭りモードだ、おい止めるぞファヴァル!」
「え…またあの二人の間に割って入るの?ええぇぇぇ…」
先ほどの怒号挟撃の恐怖がまだ鮮明に残っているファヴァルは、涙目になりながら嫌がる。
それを見て、まぁさっきのアレはなぁ、と同情する両副官。
どちらが先に行くのか、どう話しかけるのか、視線で譲り合いをしている男二人を横目に、結局蛮王祭りの開催を止めたのは新たに現れた女二人。
「エグレン様、急ぎの報告があります、“バカ騒ぎ”は宴会の席でどうぞ」
「…すまん」
その冷静で冷徹な冷笑は、祭りの篝火を一瞬で吹き消し、蛮王二人の心胆を寒からしめた。
氷の女王、辺境伯軍の女騎士ビューネは背後にもう一人、女の射手を連れて来ていて紹介する。
「辺境伯、先行して偵察に出していた射手をご記憶ですか?彼女が戻りましたので連れて参りました。…何ですか?」
きっちりと背筋を伸ばし、直立不動の姿勢で報告を聞くファヴァルと副官たち、ビューネの背後で片膝をつき神妙な態度で控えるエグレンとゴルモ。
周囲の兵たちの感想は「女王と侍女、それを囲む臣下の騎士たち」であった。
もしこの場に吟遊詩人が居ればきっと物語が…いや、この場で唯一の吟遊詩人、野営地から会談の様子を見守っていた伴侶の騎士ランバレアは、ただ一言「美しい…」と呟き涙を流した。
…しばらくした後に王国で流行した冒険譚“朝と夜の氷の女王”は、彼の作である。
ビューネに促され前に出た射手は、大きな怪我こそ無いものの全身ボロボロであった。
「ファヴァル様、遅くなって申し訳ありません、私は…」
緊張もあっただろうが、何より喉の渇きによって咳き込んだ射手の背中をビューネが優しくさすり、ゴルモが腰に下げていた革袋を渡し水を飲むよう仕草で示す。
疲れや眠気もあったのだろう、射手は一言断って革袋を頭上でひっくり返し、顔の汚れごと洗い流す。
現れた顔は、ビューネとはまた方向性の違う、切れ長の目が特徴的な野性味のある美人だった。
それは軽くなった革袋を受け取ったゴルモが、目を丸くし見入っていた事からも確かであろう。
「失礼しました。私は辺境伯軍射手隊の【ショアナ】、ソウルキーパー討伐に当たり、先行偵察を命じられておりました」
「おかえりショアナ、無事で良かったです。あなたが戻らない事を皆で心配していました」
「恐縮です、任務を果たさんとソウルキーパーの影を追い深入りしたところ、この辺りは私の住んでいた森よりも獣の数が多く、恥ずかしながら樹上や湿地に追いやられ難儀しておりました」
「この地は古くからの伝統と生活を重んじ、森の獣たちにも敬意を払い必要以上の狩りは行いやせん、そのため森の在り方が古いんです」
「ああ。この地において人間は森の一部に過ぎぬ。人も獣も森に生かされているのだからな」
「とても素敵な考え方だと思います、子爵。その装束も森との一体感を示されているのですね、良くお似合いです」
「ん?うむ。…うむ。ぐふふふふ」
上機嫌なゴルモが体を揺らして笑えば、まるで肩の熊も一緒に笑っているようであった。
「それでショアナ、ソウルキーパーについて何か報告はあるかい?僕たちも一度遭遇して戦ったんだけど、凄腕の射手みたいだって事くらいしか分かっていないんだ」
「はい、私も狙いの正確な矢を見ました、遠目に見ただけですが軽装の射手で間違いないと思います」
「森に慣れた腕のいい射手か。ううむ。古い代の我ら森林兵か?」
「いえ、獣の装衣ではありませんでした、それに扱っていた弓が森で暮らすにしては大型で、あれは鎧を貫通出来るような矢を放てる物です」
「そのような弓、民は持っておるまい、あれは扱いが難しいのだ、軍でも特に選ばれた精鋭の弓隊でもなければ配備されん」
「ではエグレン様、過去にシーサック王国と戦ったメイヤーナ軍の残滓という可能性は?」
「いや、大弓は森での戦いには不向き故、スホータム砦で足止めされていた南部には回ってこなかった。活躍したのは東のケルストウ王国との海上戦や攻城戦だ」
もたらされた情報を基に、それぞれの経験や見識、土地勘のあるゴルモたちの意見も加わりソウルキーパーの正体について推察が行われるが、消去法によって次々と可能性を否定され答えに辿り着かない。
通常の戦いでも同様だが、敵の正体や素性・狙いをはっきりさせることで、対処法や攻略法も考えやすくなり、場合によっては戦闘を回避出来るため重要だ。
しかし今回のソウルキーパーのように、なぜそこにいるのか、何が目的で行動しているのか、全くもって不明なのも珍しい。
「あの、参考になるか分かりませんが、ソウルキーパーが弓を引く前に、こう…この様な祈りを捧げて…」
ショアナが記憶を頼りに祈りの動作をして見せると、エグレンが一歩後退り、ビューネの体が強張った。
熟練の騎士二人の意外な反応に、視線の先のショアナも、周囲の一同も何事かと驚く。
「…ショアナ、もう一度、もう一度ゆっくりやってみせてくれ」
ビューネに促されショアナがもう一度、記憶からそのシーンを引っ張り出してゆっくりと正確に再現して見せる。
食い入るように見ていたビューネは一度天を仰ぎ、そしてエグレンに向き直って頷けば、彼もまた頷き返した。
「間違いない、“聖女の祈り”だ」
それはかつて自分たちが見た奇跡、自分たちを苦しめた呪い、自分たちが葬った祈り。
旧シーサック王国の伝説、その目に焼き付いた死んだはずの“生きる伝説”。
聖女ファイルの残した全ての根源、その祈りの姿。
新生シーサック王国の王都にある広場には、戦後に涙還王の命で祈りを捧げる聖女ファイルの像が建造された。
その祈りの姿を真似、民たちから祈りを捧げられる像の表情は、慈愛に満ちているという。
しかし聖女ファイルの祈りの姿を、民たちが真似し始めたのはここ数年の話であり、その意味合いも追悼が大きい。
そして過去に遡れば、その祈りを見、その祈りを敬慕の念を持って捧げていた者たちは限られる。
かつてシーサック王国の最精鋭と呼ばれた第四軍、聖女ファイルと将軍ドノヴァーに率いられたベリューク軍だ。
「ファヴァルよ、これは寄り道などでは無かったぞ、これは、我々が通らねばならぬ道だったのだ」
「過去を清算する為の戦いは、もう始まっていたのね」
奴らが帰って来た、恐るべき好敵手たちが!そうエグレンが武者震いをした時、ゴルモが視界に走り込んで来た。
「うおぉぉぉぉお!」
そのままファヴァルに手を伸ばし、そして倒れた。
その角笛の悲壮な響きは、戦場で疲れ傷を負い、また倒れた者を悼み下を向いていた人々の顔を上げさせた。
そして見たのだ、森の緑とも空の青とも異なる、異質な白い人影を、放たれた矢の軌跡を。
その矢に反応出来たのはゴルモだけであった。
彼は咄嗟にファヴァルを庇い、その矢は熊の頭を貫通してゴルモの左肩に深々と突き刺さった。
声を出さず、しかし顔を歪め痛みに耐えるように唸るゴルモに、ファヴァルとデノン、そしてブノンズが駆け寄り、エグレンとビューネは肩を並べて盾を構える。
吹き鳴らされ続ける角笛に、兵たちは再び武器を抜き、野営地の樹上に佇む白い影を取り囲むように動き出した。
ガンッ!ガンッ!!
放たれた白い矢は、盾に弾かれることなく突き貫き、盾が壊れそのまま負傷する兵もいる。
「くそ、なんて威力の矢を撃ちやがる」
「あれは間違いなく、砦の壁上からエキル軍に大きな被害を出した攻撃ね」
「あんなのが何人もいたドノヴァーの軍はやっぱり異質だったんだな」
「でも、あれでは敵も逃げられない、逃げる気も無いみたいだけど」
「あの木の上に陣取った時点で、死ぬまで一人でも多く道連れにってとこか、ソウルキーパーが死ぬとかどうとか考えるのか分からないがな」
「夫と合流して下から仕掛けます、辺境伯をお願いします」
ビューネが野営地へと走り、軽く頷いてエグレンも動き出す。
「エグレン隊は散開し、負傷者を守れ!いいか、密集するな!いつもの弓隊との訓練は一度忘れろ!奴に密集陣形は悪手だ!」
「ぬ、うぅ、ブノンズ。部下を連れて村のやつらを守ってやれ」
「待ってくださいブノンズさん!」
すぐさま森林兵に指示を出そうとする副官を止めたのはファヴァル、ゴルモはそんなファヴァルを睨みつけるが。
「子爵の兵はほとんどが盾を持っていません、だから僕の隊を連れてデノンに行ってもらいます!」
「おいおバカ辺境伯、それじゃお前の居るここの守りが無くなるだろ」
「え?大丈夫だよデノン、だって子爵の軍がいるじゃないか」
大丈夫だよね?と首を傾げるファヴァルに、デノンもブノンズも、そして横たわるゴルモも呆気にとられ固まる。
ファヴァルは経験も知識も足りていないが、それでは得られない人を惹き付ける魅力がある。
それを思い出したデノンは何だか妙に納得し、まぁなるようになるでしょ、と部隊を連れて村人たちの救援に向かった。
逆にどうしたものかと慌てたのがブノンズである。
今ここに居るのは、倒れて動けないゴルモを除けば、森林兵とその兵権を握る自分、そして辺境伯とその側近の兵士数名のみ。
獣の群れの中に、一噛みで美味しく頂ける上等な獲物が取り残されているようなものだ。
そしてそうなるように命令を出したのもその上等な獲物、ファヴァル自身である。
一体この男は何を考えているんだと訝しむが、後に長い付き合いの中で何も深い考えなど無いことを知る。
ファヴァルはファヴァルであり、故にファヴァルなのだ。
そんなファヴァルの言動と、結局指示に従ったデノン、混乱しているブノンズたちを見て、ゴルモは心の中で満足そうに大笑いしていた。
本当は声に出して飽きるまで笑い飛ばしたい気分であったが、肩から貫通した矢傷は深く、笑いを堪えて震えているだけでも正直痛い。
その様は瀕死の猛獣が正気を失って唸り威嚇しているかのようで正直怖い。
そしてこの一連のやり取りでゴルモの心は固まりつつあった、そもそもの遠出の目的は辺境伯軍と合流し共闘する事だったはずで、なぜこんな状況になっているのかなどどうでもよく思えてきた。
信頼するレギエン家から出た辺境伯の軍、それが自分の領地を通り森の奥深く砦の攻略に挑む、そんな話を聞いた時の高揚を思い出す。
エキルは領地を接する隣人であり、尊敬出来る将軍であり、苦手な宮廷から距離を置いていた無作法者の自分を嫌な顔一つせず受け入れてくれた数少ない貴族の友人だ。
その友人の子が、戦争が終わって久しいこの時代に、軍を率いて戦いに行く、それも自分の領地のすぐそばで、自分たちが得意とする森を越えて。
武勲を得る又とない機会である以上に、俺が行かなくて誰が行くんだ、そう心が打ち震えたのだ。
もし懸念があるとすれば、それは友の子の資質が友の子たるか…
ソウルキーパーからの強烈な攻撃に新たな負傷者を出しながらも、ランバレアの号令により反撃を開始した辺境伯軍。
次々と撃ち上げられる矢や投石は確実にソウルキーパーを削り、その輪郭をぼやけさせていく。
このまま行けば削り切れる、たった数日だがとても長かったこの討伐劇も幕を閉じる、そう確信し物語の終演に向けて包囲と攻勢を強めた騎士は、同時に吟遊詩人としても討伐劇の最後を思い描き始めていた。
彼のような存在によって、後世に語り継がれる詩や物語が生まれるのだ。
そして名作と言われるような作品は、往々にして非日常から、作者の予想を超えた先で生まれる。
時には平凡な民が、時には名も無き兵が、時には忘れ去られていた者が、運命と魂に導かれて“ひょい”と物語の主役に躍り出る。
やがて放たれる白い矢の勢いに衰えが見え始めた頃、現れた一兵士によって、この物語はありふれた討伐劇とは異なる最後を迎える。
「村長!エグレン様!テリンは、アルダガ村のテリンは無事ですか!?」
戦場の端から聞こえたその声は、同じ質問を繰り返しながらどんどんと近づいて来た。
その声は必死で悲痛で、戦場にありながら自分の身を守ることも、目立つことも気にせず全力で走っていることが伺える。
頭を下げろとか、狙われるぞと注意が飛ぶがお構いなしだ。
そしてその声が届いたテリンが森林兵の制止を振り切って飛び出し、戦場のど真ん中で互いに抱きしめあえば、それを見守る村人、辺境伯軍、子爵軍にあったお互いへの疑念や敵意は完全に霧散した。
人は美しいものを見た時、心が満たされ、優しくなれるという。
戦場にふいに訪れたその平和に、剣も盾も構えるのを忘れ見入っていたランバレアは、しかし己の責務の重大さを思い出し、再び武具を構えなおして樹上を見上げる。
そこにあったのは今しがたの自分と同じように弓も矢も構えるのを忘れて見入っている白い影だった。
「あれはベリュークの生き残りだ」
隣にやってきた伴侶の女騎士が言う、その昔に戦った相手の中で一番手強かった敵の名を。
「なるほど、それならばあの弓の冴えも、ソウルキーパーとしての魂の強さも納得かな」
「そして、聖女の如き慈悲深さもまた納得、といったところか?」
二人が見上げる樹上で、白い影はその形を崩しつつあった。
しかしそれでも、その影が抱き合う二人へと、聖女と同じ祈りを捧げているのは分かった。
その姿は過去の戦場で見た戦意を昂らせるための動作と同じであったが、感じたのは勇ましさではなく、とても優しい、二人の幸せを願う祝福の祈りだった。
やがて消えゆく影に吟遊騎士は声をかけてみる。
「ベリュークの兵よ、おまえは何者だ」
「【ソルクス】」
「ソルクス、なぜここに居る?なぜ我らを攻撃した?」
「任務…メイヤーナは敵…エキル将軍をこの手で…」
「エキル様?おまえの任務は将軍の暗殺か?」
「偵察…だがもう…帰れな…最後の武勲を…」
「お前を縛っている想いは果たせなかった偵察任務か」
「報告を…アスト…金貨を…村で…ああ大事にするよ…」
「村、アルダガ村か?」
「村…俺の村…帰る…お守り…大切な…」
しゃべる言葉も判然としなくなった白い影はゆっくりと溶け霧となり、多くの人々が見守る中、消えた。
「 ……鞄を… 」
少なくない犠牲を出したソウルキーパー討伐は終わった、苦く得難い経験を残して。
そこに勝利の歓声は無く、人々は彼が溶け消えた樹上をじっと見上げていた。
「まるで、あの日のようだと思わないか」
「そうだね、どうして彼等はこうもスッキリと勝たせてくれないのか」
「これから赴くあの砦で、借りを返すとしよう」
「それは名案だ」
「しかし、ソウルキーパーと会話とは、な?」
「あれは名案だった」
「返事があったことにも驚いたが、最後に大切な鞄、と言っていたか」
「これは名作の予感」
「ふ、残った謎も含めてどうなるのか、物語の完成を楽しみにしている」
「ああ、期待に応えてみせるさ」
「さて、負傷者も多いし死者も埋葬しないと。子爵と村との話もついていないし、それに」
「それに?」
「あの幸せそうな二人の祝福もしてやらないと、な」
「あれは絶対に名作の予感!」
取り囲む兵や村人たちからもみくちゃにされながら笑顔を見せるブアンとテリンは、とても幸せそうだった。
恋人、それは将来の伴侶、生涯の半身。
始まりは甘く、やがては熱く、触れ合う魂は新たな物語を産み、最期は溶け消える、二つとない詩を残して。
「おまえの物語は完成させてみせるさ、だからもう還れ、おまえの村の空へと」
◎続く◎
はぐれソウルキーパーことソルクスさんはついに空へと還りました。
もやもやの残る一同は反省会をするようです。
ブアンとテリンは良い架け橋になることでしょう、二人に幸あれ。




