憤怒の暗黒騎士VS六宝剣の勇者
クツェルは切り札を見せてやると言ったのにも関わらず、一歩も動く素振りを見せなかった。
なんだ、ただのハッタリだったのか?
勇者としてのプライドがクツェルにハッタリをかませと命令したのか?
どちらにしてもくだらない。
ありもしない力にしがみつくなど雑魚がすることだ。
そして言うまでもなく、この勇者も雑魚だということ。
全く、期待外れも良いところだ。
俺がシハルを抱えながらクツェルに近づくと、クツェルは前触れもなく突如叫び出した。
彼が放った言葉、それは・・・
「頼む!」
その合図と共に吹っ飛ばされたはずの兵士が木陰から姿を現し、俺を目掛けて斬りかかってくる。
おいおい、まさかこれが切り札とかいうんじゃないだろうな?
確かに、相手の不意を突いた攻撃としては評価しよう。
だが、クツェル。
貴様のその合図は不必要だったな。
貴様のその合図のせいで全てが台無しだ。
全部で10人と言ったところだろうか?
波の人間なら、数で押されて死ぬのが決まりだろうが、それは波の人間に限った話だ。
俺はそんな雑魚とは違う。
俺は武器を構え、腕の中にいるシハルに呟いた。
「シハル、目つむっとけ」
「う、うん」
俺の指示通りにシハルは力強く目をつむった。
なぜ目を閉じるようにシハルに命を下したのか。
それは、人も殺したことのないシハルにとって斬殺の光景はトラウマになると思ったからだ。
残酷な光景はもっと慣れてからの方が良い。
その優しさはシハルにも十分伝わっていた。
「さて、雑魚は大人しくしててもらおうか」
束になろうと俺の前では無意味である。
それにしてもこれは何かの陣形か?
3人が一斉に斬りかかってきて、その後ろで7人が斬りかかる準備をしている。
恐らくは、俺が3人を相手にしている間に斬りかかろうという根端か?
ならその予想外の出来事にどこまで迅速に対応できるか見てみよう。
俺は斬りかかる3人を後ろに待機する7人の所まで刀の風圧だけで吹き飛ばした。
これでどうだ・・・・・?
だが、俺は気が付いてしまった。
本命はこっちだ。
俺の背後に音を立てずに斬りかかろうとしている兵士2人。
全部で12人だということになる。
だが、さっきクツェルがここに来た時、12人いたか?
まあどちらにせよ関係ない。
最終的には全員殺すんだから。
そして、斬りかかる二人を駒のように高速スピンで胴体を真っ二つに。
この程度で死ぬとは、全く雑魚の中の雑魚。
正直、これでも手を抜いていた方だ。
それに、さっきの俺の攻撃は誰でも予想できる攻撃パターンだ。
よく考えてみて欲しい。
何かしらの剣を持っていて背後から襲われた時、どう攻撃するかを。
無論、横斬りに決まっているだろ?
普通に考えて2人で襲い掛かる時、横切りにはしないだろう。
横切りすることでお互いの攻撃を邪魔するだけだからな。
となると奴らの攻撃は縦切りに限定される。
そうと決まって、縦斬りにする愚かなやつはいないだろう?
要するに奴らは防げた攻撃も防げない。
脳なしの雑魚と言うことになる。
同じように鍛えられた兵士だ。
話にならないのは明白だった。
「ここで忠告してやろう。お前らには俺をどうすることもできない。命が欲しければここから消え失せろ」
話にならない連中に構ってやる程、俺は心の広い人間じゃない。
この場から消えてくれるなら願ってもない話だ。
だが、クツェルに相当な忠誠を誓っているのだろう。
迷うことなく、一斉に斬りかかってきた。
人の忠告を無視するとはな。
馬鹿なことをしたな、お前ら。
10人を相手するのは厄介というよりも、怠さの方が圧倒的に勝っている。
俺は刀を構え、2分の1の力で兵士達を斬った。
威力が増せば、強靭な風圧になるのだろう。
兵士10人は、一斉に胴体真っ二つになった。
そして、辺りは血の海と化した。
2分の1程度の力でも殺せるとはな。
全く、歯ごたえがない。
まあ、真の相手はこっちなんだが。
俺はクツェルの方を見てみると、特に変わった様子はなかった。
「おいおい、まさかあんな雑魚が切り札とか言わないよな?」
「そんなわけないだろ?それにしても、俺が鍛え上げた兵士達をよくも簡単に殺せたな?」
「笑わせんなよ。何が鍛え上げただ?剣の使い方に毛が生えた程度の雑魚じゃねーか」
この程度の兵士を鍛え上げたと言うと、この男もその程度だと言うこと。
部下の出来次第で上司が評価されるのと同じことだ。
だが、その程度と分かっていても、やはり切り札が何なのか気になる。
なのに、この男は切り札を一向に使ってこない。
そろそろ我慢の限界なんだが?
てか、そもそもなんで俺が奴のために待たないといけないんだ?
これでクツェルに切り札がなかったら大幅の時間ロスだ。
時間はお金じゃ買えないというだろ?
仕方がない。
もう殺すか。
俺が一歩、二歩とクツェルに近づいたその時だった。
クツェルを中心に暴風が突如発生したのだ。
こいつの切り札で間違いなさそうだが、この程度の暴風じゃ俺を吹き飛ばすことはできない。
終わったな・・・。
暴風がまるで起こっていないようにクツェルにゆっくり近づいた。
いや、おかしい。
ゆっくり近づいた?
確かにクツェルにゆっくり近づいているが、あまりにも奴に接近するのが速すぎる。
ゆっくり近づいているのにも関わらず、接近がやけに速く感じるこの現象。
まさか!?
俺は素早く刀で防御の構えを取った。
感は正しかったのだ。
防御の構えを取ったすぐに、エストックソードの先が俺に目掛けて飛んできたのだ。
「へえ、良い感してるじゃねーか」
これは、周りを吹き飛ばす暴風ではなかった。
周りを引き込む暴風だったのだ。
危うく、生身で受ける所だった。
剣先と言えど、さすがは勇者と言ったところだ。
俺を数メートル先まで吹っ飛ばす。
他の兵士とはやはり違うということか。
さっきの雑魚呼ばわりは訂正しなくては。
だが、俺のように吹き飛ばすまでの力はないようだ。
まだまだだが、殺すのが惜しいぜ。
瞬く間に第二の攻撃が俺を襲った。
全く、いくら攻撃しようと同じ事。
そう思っていたが、
「お前、攻撃力が上昇しているのか?」
「お!気が付いたか?」
「どういう仕組みだ?」
「この連撃を耐えきったら教えてやるよ」
連撃を耐えきる?そんなの簡単じゃないか。
と思っていたが、これは厳しいな。
こいつの攻撃力は一体どこまで上がるんだ?
連撃を重ねて行くにつれて攻撃力を伸ばしていくクツェル。
まだ余裕はあるが、このままではシハルを巻き込みかねない。
そろそろ本気を出すか。
とりあえず、この連撃を止めなければな。
俺は、全力で刀をクツェルに向けて振るった。
クツェルは間一髪のところで防御に転じていたらしい。
しぶとい奴め。
「おいおい、まだ本気じゃなかったってことかよ」
「手の内全て見せるのはバカのすることだ。そんなことより連撃を耐えきったんだ。その力を教えてもらおうか?」
奴をあそこまで動かした力の正体は何なのか。
ようやく明かされる秘密は明かされないまま終わってしまった。
そう、クツェルの裏切りによって、
「手の内見せるのはバカのすることなんだろ?だったら教えるわけないじゃねーか」
「だったらもういい・・・」
もうこいつに用はない。
後は殺すだけだ。
先ほどに増して、動きが機敏な俺に対して成す術もないクツェル。
のはずだったんだが、なぜ奴は俺の動きについてこれるんだ?
幾度の攻撃をエストックソードで回避するクツェル。
こいつやはり何か・・・。
俺が攻撃をやめた一瞬をクツェルは突いてきた。
「充填完了っと。じゃあな!」
クツェルは突如とエストックソードを槍のように構えた。
こいつは何を考えている?
剣とはそのように扱うものではない。
さすがの俺でも、その行動が意味していることを理解できなかった。
そして、それは一瞬だった。
「くらえ!ホーリーストライク!」
剣先から光の矢が放たれ、俺に向かって飛んで・・・いや違う!この軌道は!
ホーリーストライクの攻撃先は、俺ではない。
シハルだった。
「このクソ野郎が!」
俺はすぐさまシハルを回避させるように逆側に移動させた。
横に回避する手段もあったのだが、予想外の出来事で体が動かなかったのだ。
そして、ホーリーストライクはシハルが元々いた場所。すなわち、俺の脇腹を直撃したのだ。
「くは・・・!」
「サタルドス!」
大した攻撃だった。
脇腹からあふれ出る血が止まらない。
それどころか口からの吐血も激しい。
そして全身にも力が入らなくなってきた。
だから、俺は不本意ながらその場に倒れ込んでしまったのだ。
「サタルドス!」
「シハル・・・お前は逃げろ・・・」
「いやだ・・・いやだよ・・・」
一向に逃げようとしないシハルにゆっくり近づくクツェルの姿が見えた。
このままではこいつまでやられてしまう。
「早く逃げろ!」
「いや、いやだ!サタルドス死なないで!」
俺は死なないから早く逃げろ・・・。
だが、もう声が出ない。
意識が朦朧とする中、クツェルが俺に向かって剣を突き刺そうとしているのが分かった。
「ダメ、殺さないで?」
「なんでだ?こいつは俺の仲間を殺したのにか?」
確かに奴の言っていることは正論だ。
俺は殺されて当然のターゲットだった。
「やめて、殺さないで!」
「じゃあな、サタ何とかさんよ」
「もうやめて!」
シハルが腹の奥から声を出し、叫びだしたその時だった。
暴風は吹いていない。
なのに、なぜかクツェルは吹き飛ばされたのだ。
見たところ、シハルが推したようには見えなかった。
なら、一体何が起こったのか。
そして、シハルは数メートルにいるクツェルに向けてこう告げた。
「絶対に・・・・許さない!」