疑問その1
なぜか扉が開かない。
何かのトラップに引っ掛かったのか?
可能性があるとするならば、彼女を助けたことが原因だろう。
だとしても、まだ慌てる時じゃない。
開かないのなら、
「破壊してみるか・・・おい、少し離れてろ」
「わかった」
彼女は扉から離れ、俺を見守る。
全く、本当に小賢しいことをするもんだな。
そして俺は、思いっきり扉を殴った。
ブオオオオオオオオオ!
殴った一撃は風圧で辺りを砂埃まみれにする。
その衝撃によって埃を吸い込んだ彼女は当然咳き込んだ。
「ゴホゴホ、と・・・扉は・・・?」
彼女は砂埃で隠された扉の方を注意深く見つめた。
視界に入る限りでは俺が扉の前に立っていることしか認識できようだ。
肝心の扉は・・・?
「クソ、やっぱダメか・・・」
攻撃力1万を超える俺でも破れない頑丈な扉。
この戦闘力でもこじ開けられないのに、他の人間はどうやってこの扉を開けると言うのか。
この扉を開ける手段は、この一手しか考えていなかったため、この先どうするべきか悩み込んでいた。
「さて、どうすっかな・・・」
「とりあえずゆっくり考えよ?」
悩み込む俺に、とりあえず考えるという単純な提案をする彼女。
まあ、そうするしかないか・・・
「そうだな、少し考えるか・・・」
扉から離れ、彼女が縛られていた台の上に座り込む。
これはなかなか良い高さ高さの椅子だ。
座り心地の良い椅子に感激していると、なぜか彼女がちょこんと隣に座り込んでくる。
なんでわざわざ隣に?
隣に座り込む彼女にふと2つの疑問が頭の中に浮かんだ。
同時に聞くのもなんだ。
1つずつ聞いてみるか。
「なあ?」
「何?」
「そう言えばお前の名前って何なんだ?」
今更ながら、俺は彼女の名前を知らなかった。
あれほどの壮大な話を繰り広げていたのにも関わらず、名前の1文字も知らない。
そんな彼女をパートナーにするとか、その時の自分はどうかしていたのだろうか。
もしそうなら、今すぐにでもぶん殴ってやりたい。
「私の名前・・・?」
「そうだ。お前の名前は?」
「私の・・・」
そう言いかけて彼女が止まってしまった。
初めて会った時もそうだ。
彼女自身の正体は言えても、名前は言えなさそうだった。
なんだ、自分の名前すらいえないのか。
だが、言えないだけならまだマシだった。
彼女から告げられた真相は限界を超えた先にあった。
「私の名前・・・何だっけ?」
「・・・・・・・・は?」
「私の名前何だっけ?」
おいおい、そんなことがあるのか?
名前を忘れるって相当な大問題だぞ?
何かの脳の障害か?
認知症で名前を忘れてしまったのか?
彼女自身のことだから他人の体の事情何て分かりもしなかった。
言えることはただ一つ。
「やばい」でも「大丈夫か?」でもない。
「面倒ごとに巻き込まれたのは確かだな・・・」
「名前がないといけない?」
「当たり前だろ」
名前を失うということは身元を保証できない。
この世界ではわからないが。
元の世界では名前がないと学校でも社会でも生きていけない。
ストレートに言ってしまえば、名前で人を区別する。
それほどに名前は世界にとって必要不可欠なのだ。
「どうするか・・・」
頭を抱え込んで悩み込む俺にツンツンと肩に突く彼女。
「どうした?」
「そんなに重要なら・・・」
彼女は思いのまま告げた。
種族に限らず、愛し合う男女の間に生を受けたものにすること・・・
「あなたが名前を付けて?」
「は?なんで俺が?」
「パートナーでしょ?付けて」
「俺がお前になんでそんなことを・・・」
断りを入れるも、彼女の眼光から逃れることができない。
魔人族になったにも関わらず、俺はいつまで経っても女の子に見つめられては勝てなくなってしまうのだ。
・・・・・・・あれ?
俺の脳内に不思議な感覚が過った。
いつまで経っても?女の子の願いに勝てなくなったことなんてあったっけ?
何かを忘れている気がする。だが、気のせいだろう。
そんなことより、彼女の鋭い眼差しからどうやら逃げられそうにないな。
「名前か・・・・・・シハルっていうのはどうだ?」
「それって何か意味合いとかあるの?」
「ああ、お前の髪がアジサイっていう植物みたいで綺麗だから、そのアジサイていう漢字の読み方を変えただけなんだ」
自分でもなんて安直な名前なんだろうと思う。
まあ、彼女が満足してくれればいいのだが。
名付けた彼女の方を見てみると、とても驚いた顔をしていた。
まるで新大陸を発見してしまったような顔だった。
そして唐突に彼女はこんなことを言い出した。
「あなた日本人?」
「ん?ああ、日本人だ」
「そうなんだ!私も日本人なんだ」
彼女の口から飛び出した日本人発言。
驚くことは特になかったが強いて言うなら、なんでその記憶だけ覚えてんだよ。
名前はどうした?名前は?
そうつっこみたかったが、聞かなくてもわかり切っていることだ。
聞くまでもなかった。
「てか、なんで日本人ってわかったんだ?自動翻訳機能がついているのに」
こちらの世界に来たときは気にならなかったが、イタリア出身のクツェルと出会った時に知った自動翻訳機能。
日本人と特定するのは困難なはずなのに、どう結論付けたのか。
その訳を聞きたかった。
結論から言うと、彼女がそう結論付けた確証はそもそもなかった。
その代償で手に入れた彼女の情報。
それは・・・
「だって、あなた日本語喋ってるでしょ?それにアジサイって日本語だし」
あー、そう言うことか。
こいつはただのバカだったようだ。
お前は今まで何を見てきたんだ。
こっちの世界に召喚された時にみんな日本語話してなかったか?
そしたらみんな日本人だぞ?
まあ、ここで反論すればややこしくなること間違いなし。
だから、話を進めることにした。
「とりあえず、お前の名前はシハルでいいか?」
「分かった、今日から私はシハル。それであなたの名前は?」
あー、参った。
大変なことになったぞ?
この先の展開が手に取るようにわかるようだ。
この後に正直に名前を告げたら必ずシハルはこう言うだろう。
え、日本人じゃない・・・と。
ここで嘘をついたところで、どうせ後でバレるだろう。
「仕方ないか・・・」
「え?何が?」
「いや、何でもない。俺の名前はサタルドスだ」
さて、彼女の反応は・・・っと
彼女の顔を見るとそれは何ともわかりやすく表情に出ていた。
え?日本人じゃないの?と。
間違いなくこれは言うな・・・
そして案の定、彼女は言った。
「日本人じゃないの・・・?」
「まあ色々あったんだよ」
「何があったらそんな名前になるの?完全に外人じゃん」
「まあいいから聞けって」
そしてサタルドスは事の成り行きを説明した。
「さっき、人間族から魔人族に生まれ変わったって言ったよな?」
「うん」
「その時に名前が変わったんだよ」
説明がざっくりしすぎている。
まあ、これだけじゃ納得できないだろうな。
だが、彼女の顔は目を大きく開き、口を開け納得している様子だった。
こいつはもう少し人を疑うことを覚えた方がいいな。
馬鹿にも限度がある。
人格が良いのか純粋なお馬鹿さんなのかわからなくなる。
「まあ、お前はシハル。俺はサタルドスでいいな?」
「わかった!」
次の瞬間、シハルの左脹脛に勇ましいドラゴンの入れ墨が現れた。
「な、なにこれ!?」
慌てながら俺にそう尋ねるシハル。
俺にそんなこと聞かれても、無論わかるわけがない。
でも、大体の見当はつく。
俺がシハルに名づけをしたせいだろう。
だが、あくまで予想に過ぎない。
確実な情報を手に入れるには、あそこに行くしかなかった。
あそこに戻りたくなかったが、致し方がない。
「それは後で解決してやる。そんなことよりも・・・」
そして、俺はゆっくり視線を落としていきながら告げた。
「なんでお前裸なの?」