「災い」の終結
なんでお前がここにいるんだ?
いや、見間違えかもしれない。
俺は両の眼をこれでもかというぐらい擦った。
だが、眼に映ったのは紛れもない奴だった。
「ゴレオン・・・なんでお前が・・・」
なぜゴレオンが生贄に選ばれたのかわからない。
俺に斬れるか?できるわけがない。
生贄が国王や貴族なら、さぞ簡単に斬り殺せただろう。
だが、ゴレオンは別だ。
ゴレオンには色々と世話になったから斬り殺せない。
彼との記憶が蘇り、刀に力が入らない。
なんでなんだ、ゴレオン・・・。
「ゴオオオオオオオ・・・・」
人間らしさの欠片もない奇声を発している。
だめだ・・・こっちに来るな・・・俺はお前を殺せない・・・。
無論、俺の思いは届かない。
彼はすでに人間をやめていた。
だってそうだろ?両手斧を軽々と片手で振っているのだから。
人間をやめた・・・そんなことは見ればわかる。
だが、なぜだ。刀に力が思うように入らない。
店主との思い出が完全に俺を阻害している。
「ゴオオオオオオオオ!」
「やめろー!」
「ファイア・アロー!」
襲い掛かる店主に容赦なく魔法矢を打ち込むヒトリア。
お前は何も感じないのか。世話になった奴を殺さなきゃいけないんだぞ!
怖気づく俺にヒトリアは切羽詰まったような顔で言った。
「剣二様!あの人は剣二様の知っている店主ではありません!」
「分かってる・・・!分かってるが・・・」
殺すことができない。
そもそも俺はそんなに大した男じゃない。
小心者で怖がりでヒトリアが思っているような人間じゃない。
「それでも、誰かがやらないとみんな死にますよ!」
「そんなことは分かっている!」
ゴレオンは魔法矢を食らったにも関わらず、済ました顔で立っていやがる。
やるしかないのか。
「ゴオオオオオオオ!」
「うおおおおおおおお!」
勇敢に立ち向かうも、刀は斧によって弾かれてしまった。
そして・・・。
「あ、そうか・・・情け何て必要なかったんだ・・・」
やっと気が付いた。
ゴレオンの顔を見ればわかる。完全に俺を殺そうとしている。
最初から感情という不純物は必要なかったんだ。
俺ばっかり情に振り回されているからこんなことになる。
まさか、鍛治職であるゴレオンに殺されるなんてな・・・。
「剣二様!」
その声が心臓のさらに奥まで響いた。
そうか。俺が死んだらヒトリアを守る奴はいない。
パワー、スピード。どれも俺には及ばないヒトリアは俺が死んだら確実に死ぬだろう。
そうだ、思い出した。ヒトリアは俺が守るって決めてじゃないか!
約束したじゃないか。死なないって。
だから・・・俺は!
店主は両手斧を力の限り振り下ろしたが、間一髪のところで俺は回避した。
危なかった。あのまま食らっていたら、胴体が真っ二つになっていただろう。
両手斧は地面に突き刺さり、そこを中心に地割れが発生していた。
本当に殺しにきてるなこいつ。
「剣二様!」
「ヒトリア・・・」
「剣二様、剣二様剣二様・・・」
泣きながら俺の懐に入る。
ヒトリアにとって恐怖だったのだろう。
だが、泣くのはフィナーレの後だ。
まずはあの怪物を倒さないと。
「ヒトリア。俺なら大丈夫だ。だから一緒に戦ってくれ」
「はい!」
さて、ここが正念場だ。
俺という剣士のな!
「行くぞ!ヒトリア!」
「はい!」
「ゴオオオオオオ!」
刀を素早く取り、ゴレオンの懐に一気に駆け込む。
それを察知したのか、ゴレオンはジャンプして後退する。
予想通りだ。
「ヒトリア!今だ!」
「はい!ペネトレーション・アロー!」
「ゴガ・・・!」
貫通魔法矢はゴレオンの心を貫いた。
だが、ゴレオンは死なない。
それも予想通りだった。
こんな簡単に死ぬなら苦労しない。
「うおおおおおおお!」
「ゴ、ゴガ・・!」
神速剣が店主を襲うが、どうやら効いていないらしい。
まるで攻撃を受けていないような動作で斧を振り上げた。
当然、ゴレオンから離れざるを得なかった。
「さて、どうするかな・・・」
「剣二様」
「なーに、まだ慌てる時じゃないさ」
「いや、君たちは慌てるべきだ」
ヒトリアではない女性の声が聞こえた。
声の方がした屋根の上を見てみると、長髪の赤毛をハーフアップにしている女の子がいた。
髪の色と同じ綺麗な赤をベースにした防具。
鎧とまではいかないヒラヒラした服装。
そして彼女は片手に小さく鋭い剣を逆手に持っていた。
そうそれはまるで・・・。
「おまえ、「六宝剣」のタガーの勇者か?」
「君になぜ教えないといけない?それより君はもう少し自分の実力不足に慌てたほうがいい」
馴れ合いたくないと言わんばかりのその表情。
仮に彼女が勇者だとしたら、勇者は個性の塊のような人間しかいないな。
そういうやつしか勇者にはなれないのか?
まあそんなことはどうでもいい。
それより・・・。
「慌てるべきだって一体どういうことだ?」
「そのままの意味さ。この程度の雑魚にここまでやられていることに恥を知った方がいい」
「なんだと?」
すると店主は、ターゲットを変えたかのように赤毛の女の子の方を向いた。
「まずい。ヒトリア射撃を」
「はい!」
「余計なことはしないでもらえるかな?」
「ゴガガガガガ!」
「危ない!」
店主が赤毛の女の子に飛びつき、気が付いた時にはゴレオンの体はバラバラに散っていった。
何が起きたんだ?全く見えなかった。
いや、動きは見えていた。だとしたら何だというんだ。
その答えはヒトリアのシンプルな単語で解決された。
「綺麗・・・」
そうか・・・無駄のない可憐な動きに見とれていたんだ。
だから、見えなかったと錯覚したのか。
スタッと赤毛の女の子が地に足をつけたと同時に「災い」が終わりを告げるように辺りは明るくなっていった。
「おわった・・・のか?」
「そうですね」
なんだかあっけなかったような長かったような。
とりあえず、やることは一つだけだった。
「とりあえずペランに帰るか・・・」
「はい」
踵を返す前にあることを思い出した。
そういえば、あの子は結局何者だったんだ?あんなに強いならやっぱり勇者か?
振り返ってみるも彼女の姿は見当たらなかった。
「剣二様?」
「いや、なんでもない」
彼女に言われた言葉。
苦戦していたゴレオンとの闘い。
それをあっさり倒してしまった赤毛の彼女。
彼女との実力の差を突きつけられた今日、その屈辱を胸に二人はペランへと帰っていった。
大森林を抜け、門の近くまで行くと何やら人だかりが。
なんなんだ?
目視で確認できるのは、クツェルが大きく手を振っているぐらいだ。
それ以外の情報は得られなかった。
「おーい!坊主!嬢ちゃん!」
「どうしたんだこんなところで」
「そんなの決まっているだろ?坊主たちの帰りを待ってたんだよ」
クツェルから目を逸らし、後ろの人だかりを見てみると、みんな暖かな目で俺のことを見つめていた。
そうか。これが優しさっていうんだったな。
ヘカベルでは考えられない光景だった。
その光景に今にも泣きだしそうになるが、今は涙を見せるところではない。
「俺はもう疲れた」
「おう、ゆっくり休んでくれ。英雄さん」
「俺は何もしていないんだがな」
「そんなことないだろ?生贄者を倒して「災い」を終わらせたんだからよ」
そうか、こいつらは俺が倒したと思っているのか。
本当はあの赤毛の女の子が倒したんだけどな?
まあ、この状況に水を差す勇気も気力もない。
肯定も否定もしないでおこう。
今はゆっくり宿で休みたかった。
「じゃあ、俺らは宿に戻るから」
「おう、今日はゆっくり休めよ」
「ああ、そうさせてもらう。行くぞ、ヒトリア」
「はい」
俺たちが門を通ろうとすると、住人は道を作ってくれた。
まるで、英雄が無事に帰還したかのように。
その間をゆっくり歩いていき、ようやく宿に着いた。
「「はぁ~」」
二人して溜息をする。
無理もないだろう。
今日は頑張り過ぎた。だからせめてものご褒美が欲しかった。
「ヒトリアー。今日はよく頑張ったな」
「私頑張りましたー」
「そうだな。今日だけ何でも言うこと聞いてやるぞ?」
「それじゃあ・・・一緒に寝てください」
それは名案だ。
丁度俺も、ヒトリアと寝たいと考えていたところだ。
別に変な意味じゃないよ?
疲労が蓄積され、正常な判断ができなくなっていた。
だから俺はこう答えるのだ。
「おう、一緒に寝よう」
「やったー。あとお風呂も一緒に入ってください」
「おう。良いぞー」
「わーい」
今日はなぜかヒトリアと一緒に居たかった。
そのせいで柄にもないことを口にしてしまう。
これはあれだろうか・・・。
俗に言う、甘えたい日というやつだろうか。
だが、今更そんなことはどうでもよかった。
「よーし、早く風呂入って寝るぞー」
「はーい」
そして二人は、一緒にお風呂に入って一緒に就寝するのだった。
二人が起きた頃には翌日になっていて、太陽は天高く大地を照らしていた。
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