魔法値0の災難
足が重い。
腕も上がらない。
体が重い。
先ほどあれだけの屍と戦い、それにプラスしてスカルドラゴンとも戦ったのだ。
いつもの何倍ものモンスターを討伐してきた。
体のキャパシティーを遥かに超えていたのは言うまでもない話だった。
「剣二様?大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。それよりすまない」
俺が謝る理由。
それは、ヒトリアに歩幅を合わせてもらっていることだった。
足取りが重く、なかなか前に進まなかった。
その分、ペランでの到着までに時間がかかる。
ヒトリアは一刻も早く、国に戻りたいだろうに。
「もう、そんなことないですよ?」
「俺を置いて先に戻ってもいいんだぞ?」
「そんなことしません」
全く、できた相棒だ。
そして、ペランに着いたのはそれから30分後だった。
「やっと着きましたね」
「ああ、途中で屍に襲われなくてよかった」
「ですね」
幸運にも屍に遭遇することなく帰還し、さっそく少しばかりの休息を取ろうとクツェルから借りた宿に戻るために門をくぐろうとしたその時ーーーー。
「そこの君たち!どこへ行くんだ!」
一人の兵士に捕まった。
俺達は今の今まで前線で戦ってきたのだ。
少しぐらい休ませてもいいのではないか?
ところが、その兵士は休むことに反対はしなかった。
兵士が言いたかったことは、
「怨霊が君たちについているかもしれないんだ」
「どういうことだ?」
「屍を倒しても怨霊が残っていれば復活する。その体で町の中に入れば・・・」
「町の中に屍が発生するということか・・・」
「そういうことだ」
「除霊する方法はないんですか?」
ヒトリアが兵士にそう尋ねた。
俺もヒトリアも恐らく同じ気持ちなのだろう。
俺達が思っていること。それは、
はやくふかふかのベッドで寝たい!
どの人種も、疲れていたらふかふかのベッドで寝たいのは同じなのだ。
二人は早くふかふかのベッドで寝たい。
そう懇願したが、それは呆気なく砕け散ったのだった。
「生贄者を討伐し、「災い」が終われば怨霊も自然と消えます」
何もかも最悪の循環だ。
生贄者を倒さなければ怨霊は消えない。
このままじゃふかふかのベッドで休むことすらできない。
だが、今更そんなことを考えても仕方がない。
とりあえず休みたかった。
「壁付近で休むか・・・教えてくれてありがとな」
「いえいえ、共に「災い」に打ち勝ちましょう!」
「ああ、行くぞヒトリア」
「はい!」
俺はヒトリアを連れて門の壁付近へ行き、腰かけた。
「ああー、疲れたー」
「ですねー」
「本当なら、ふかふかのベッドで休みたかったんだけどな」
「でも、あのような話があるのなら仕方ありませんね」
「そうだな・・・」
頭がぼーっとする。
もう何も考えたくなかったのだが、そんなことは許されなかった。
「よう、坊主。生きてたか?」
「ああ、なんとかな」
「初めてにしてはやるじゃんか」
「まあ、サバイバルゲームとかやってたからな」
「え?なんだって?」
「いや、何でもない」
それより、ここに何の用なのか。
何か用があってきたのだろう?
要件はすぐさまクツェルの口から告げられた。
「まずいことになった」
「何かあったのか?」
「実はな・・・」
クツェルがこんなに深刻な顔をしたのは見たことがなかった。
予想外の事態に焦りを感じているのだろうか。
「今まで倒した屍の怨霊が一ヵ所に集中しているらしいんだ」
「そんなことが分かるのか?」
「いや、知り合いの魔術師がいてな、その人に聞いたんだ」
「そうか、それで怨霊が集まると何かまずいことになるのか?」
クツェルは血相を変えてこう言った。
「当たり前だ!怨霊は力の源。それが一ヵ所に集まるんだぞ?」
そういうことか。
怨霊が残っていれば復活するとあの兵士は言っていたな。
要するに、今まで倒してきた屍やスカルドラゴンの比にならない強力のモンスターが生まれてしまうと。
そうと決まれば話は早い。
「ごめん、俺はもう使い物にならない。頑張ってくれ」
「はあー?何言ってんだ坊主!」
「・・・冗談だ」
決して冗談じゃない。
足も腕も体もガタがきていた。
だが、クツェルが予想以上に怖かったので冗談だと言ってしまった。
やるしかないのか・・・。
「んで、その怨霊モンスターを倒すのに協力しろということか?」
「いや、倒す必要はない」
「じゃあ、どうするんだ?」
クツェルはパチンと指を鳴らし、俺の後にこう綴った。
「浄化するんだ!」
「・・・それは倒すの分類に入らないのか?」
「入らないだろ?」
「そうなのか?」
言葉とは難しいものである。
簡単な言葉でも、どこからどこまでを指すのかわからなくなってしまうからだ。
今回の場合は「倒す」という単語はどこまでを指すのかわからない。
まあ、そんなことは言語学を研究する博士がその解を導き出せばいい。
俺達が考えるような事象ではなかった。
「それで、どうやって浄化するんだ?」
「光の魔法が使える魔術師がいればいいんだが、この国に居なくて困ってるんだ」
「ヒトリア、お前は使えるか?」
いきなり話を振られたヒトリアはきょとんとした顔でこう告げた。
「はい?使えますけど?」
「まじか!嬢ちゃん、お願いできるか?」
クツェルは興奮のあまり、ヒトリアの手を両の手で握りしめる。
「はあ、良いですけど。それより離してもらえます?」
「ああ、すまない」
謝罪を入れ、手を放すクツェル。
謝るぐらいなら最初からしなければいいのに。
ヒトリアもヒトリアだ。
何もそんな真顔で冷酷な事を言わなくてもいいのに。
二人のやり取りにそれぞれコメントし、話を元に戻す。
「それじゃあ、さっそく浄化しに行くか」
「そうだな、坊主、嬢ちゃん。場所は知ってるからついてきな」
そう言い、クツェルは二人を怨念が集う場所に案内された。
「ここだ」
クツェルがそういうのだが、はっきり言って何もない。
まさか、こいつ嘘ついたのか?と疑ったが、どうやら本当らしい。
「く、くさいです!なんですか!ここは」
「怨念は独特な匂いでな。少量の怨霊なら匂いが気にならないんだが、沢山集まるときつい匂いになるんだ。気分悪くするやつもいるからあまり嗅がない方がいいぞ?」
「いや、そしたら呼吸できないじゃないですか!」
「口で呼吸すればいい」
「それでも臭いものは臭いってわかりますよね!?」
二人が会話を繰り広げる中、一人取り残される人物が一人。
その人物は、鼻に全神経を集中させて深く息を吸ったり浅く息を吸ったりした。
だが・・・、
「え、何も匂わないんだけど・・・」
「え、剣二様匂わないんですか?羨ましいです」
いや、そっちには良いことなのかもしれないが、こっちにとっては悪いことなんだよ!
会話に一切入れないんだからな!
俺はそう言ってやりたいが、ここは身の安全も考慮して黙っておくことに。
「坊主?匂わないのか?」
「ああ、これっぽっちもな」
「まさか坊主・・・・」
一拍置き、クツェルはこう綴った。
「魔法値が低いのか?」
「いや、それどころか0なんだが」
「0!?」
驚いた様子のクツェル。
随分と良いリアクションをするではないか。
まあ当然だ。
本人でさえ驚いているんだから、他人ならなおさらだ。
「魔法値が低いと感知しにくいというが、0というのは今までに聞いたことがないな」
「やっぱりか」
「そもそもこの世界は剣と魔法の世界だから生きづらいんじゃないか?」
「まあ生きづらいな。ただ鉄の塊を振ってるだけだからな」
「そうだよな」
クツェルは俺の肩に手を乗せ、憐れむように目を見つめる。
「そんなことより、早く怨霊とやらを打ち払ってくれ」
「ああ、そうだな。嬢ちゃん頼む」
「はい、わかりました」
ヒトリアは両手を前に出して、光の魔法を放った。
「プリフィケーション」
光が辺りを覆い、光が収まった頃にはヒトリアはこちらを向いていた。
「終わりました」
「そうだな。匂いもないしこれで大丈夫だろう」
どうやら無事に終わったらしい。
いくら匂いを嗅いでも、ずっと同じ匂いなんだがな。
でも、これでまた休めると思ったら、今度は忍びらしき人物が突然現れた。
ったく、次から次へと何なんだ!
早く休ませてくれ!
そして忍びが口にした言葉。
それは、
「生贄者を発見しました」