「災い」の始まり
辺りがだんだん暗くなっていく。
どう見ても雨雲ではなかった。
不気味な気配を感じる。
「クソ、タイミングが最悪だ」
「ですね。急ぎましょう」
「ああ」
町の中を駆け抜け、ようやく門に辿り着いた時には沢山の兵士が集められていた。
「やっぱり「災い」か」
「あ、剣二様。クツェルさんがこちらに来ます」
俺達を探していたのか、急いでこちらに向かってくる。
「クツェル、「災い」が来たのか?」
「ああ、そうだ。ちょっとこっち来い」
クツェルの様子がいつもと違っていた。
いつもみたいにお茶らけている場合ではないのだろう。
走るクツェルの後を追うようについて行く。
つれていかれたのは門の上だった。
「ここに何があるんだ?」
「坊主。地平線の方を見てみろ」
言われるがままに地平線の方を目を凝らして見てみる。
するとそこには悍ましい光景があった。
「なんだよ、あれ・・・まるで・・・」
「生きる屍みたいだろ?」
そう、俺達が見た光景は、人の形をした屍に獣のような屍。
多種類の屍がこちらに接近していた。
「いいか、坊主。落ち着いて聞け」
「あ、ああ・・・」
「「災い」ってのは人間が犯した罪を償わせる日なんだ」
「どういうことだ?」
話の趣旨を全く読み取ることができない。
「災い」について分かっていることは、その前兆に七つの大罪がモチーフにされているモンスターが現れることと、誰かが生贄になっていることだけだった。
それ以外のことは知らなかった。
「一から説明しよう、七つの大罪のモチーフになっているモンスターが前兆として現れるのは教えたよな?」
「ああ、それで生贄になっている人を殺すと」
「そうだ、今回出てきたのは熊だ。熊は「怠惰」のシンボル。つまり、怠け者を殺した人物に向けられた憎悪が形になって表れたのがあいつらだ」
「怨念ってことか」
「そうだ、そして奴らの怨念を抑えるには・・・」
「まさか!?」
全て繋がった。
「災い」の正体が。
「災い」は身勝手に殺された運命を許さない種族が殺した奴らに罪を償わさせようとする日。
そしてその代償に生贄の命を頂くというものだった。
「悪趣味だ・・・」
「そうだな。だが、やるしかない」
「ああ、それよりちょっといいか?」
「なんだ?」
「生贄は一人だけなのか?」
生贄を殺すとは聞いていたが、人数までは聞いていなかった。
「ああ、そうだ」
「わかった」
「あと、生贄になってるやつは赤い目をしている。気をつけろよ」
「了解だ」
「それじゃあ行くぞ!」
クツェルは門の上から飛び降り、一人屍の方へ向かっていった。
「俺達も行くぞ!」
「私はここから援護射撃した方がいいでしょうか?」
確かに高さがあって狙撃ポイントとしては最高だったが、
「ダメだ、周りに何もなさすぎる。狙われた時、隠れられる場所がない」
「分かりました。でも私、遠距離なのに大丈夫でしょうか」
平地で遠距離攻撃をしかけるのは相当な不安だろう。
俺だって同じ立場ならそう思う。
だからこそ彼女の気持ちを理解できる。
「大丈夫だ。ヒトリアは俺が守る。そして、ヒトリアが俺を守ってくれたら、俺らが負けるはずない!」
彼女は微笑みながら頷く。
ここからは生きるか死ぬかのデスゲームだ。
「行くぞ!ヒトリア!」
「はい!」
二人はクツェルと同じように門から飛び降り、敵陣へと向かっていく。
「かなりの数だな」
「そうですね。でも剣二様なら大丈夫です!」
「俺のことを買いかぶり過ぎだ」
高く評価してくれるのはありがたい。
だが、俺はヒトリアが思っているような人間じゃない。
一人じゃ何もできない人間だ。
だから、ヒトリアがいてくれたから俺は救われた。
彼女がいないと何もできない。
だから、この戦い。
絶対にヒトリアを死なせるわけにはいかない!
「いいか?ヒトリア。作戦はこうだ」
敵陣に切り込む俺のサポートをヒトリアがする。
ヒトリアが襲われそうになったら俺が助ける。
至ってシンプルに聞こえるが、普通ならここに大きな問題が存在する。
それは、二人の距離感だ。
ヒトリアは遠距離攻撃。
俺は近距離攻撃。
二人の間に大きな距離感があった。
普通ならこの作戦は無理な話だが、俺にはこの作戦を実行できるだけの力があった。
魔法値が0の分、他のステータスが平均値を大幅に上回っていたのだ。
作戦の概要を説明し終えると、ヒトリアは首を横に振ることなく、快く了承した。
「それじゃあ・・・行くぞ!」
「はい!」
俺は更にスピードを上げ敵陣につっこみ、ヒトリアはその場に立ち止まった。
ガガガガガガ
「うおおおおおお!」
俺が一匹を斬り殺すと、それと共にボンっと消失する。
休んでいる暇はない。
一体倒したと思ったら、次から次へと襲ってくる。
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
「クソ、切りがねーな!次から次へとよ!」
いくら斬り殺しても次から次へと襲い掛かってくる。
仕方がない。
「ヒトリア。魔法矢で一掃してくれ!」
「分かりました!」
一般矢での攻撃をやめ、速やかに魔法矢に切り替える。
その間、屍は彼女を襲う。
犬のような屍がヒトリアの元に一直線に向かっていく。
だが、邪魔はさせない。
「うおおおおおおら!」
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
俺の神速剣に、屍は成すすべなく消え去る。
「剣二様!いつでも大丈夫です!」
「よし、あそこの大軍に目掛けて打ってくれ!」
「はい!」
一部に密集している屍がいた。
そこに目掛けて、ヒトリアは魔法矢を放った。
「セイン・アロー!」
光の魔法矢は凄まじい威力で飛んでいく。
彼女の髪が靡くほど、強力だった。
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
数多くの屍が消失した。
この一撃はかなり大きい。
とりあえず、彼女の周りをうろついている屍を排除しよう。
「ヒトリア、弓で応戦してくれ」
「分かりました!」
そこからは斬る、射る、斬る、射るの繰り返しだった。
そして、ヒトリアの周りに屍がいなくなった今がチャンスだ。
「ヒトリア、援護頼む!」
「はい!パワーテンション!プロテクトオーラ!アジリティバースト!」
俺の攻撃と防御、スピードが上がる。
こうなってしまえば、俺は無敵だった。
スピードに目が追い付いて行かない屍は、一方的な殺戮を受ける。
そんな俺を差し置いて、屍がヒトリアに近づこうが、そんなもの関係ない。
50メートル。
100メートル。
1キロメートル。
全て一瞬でヒトリアの元に辿り着く。
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
ガガガガガガ
二人はこの調子で屍を倒し続けた。
屍を倒し始めてからどのくらいが経過しただろうか。
辺りに屍がいなくなり、戦場には俺とヒトリアの二人きりだった。
俺は倒れこみ、ヒトリアは幼女化した。
「はぁはぁはぁ・・・」
「剣二様、大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと飛ばし過ぎただけだ、平気だ」
平然を装う俺だったが、すでに手足が痙攣していた。
体がまだあのパワー、スピードについていけないようだ。
「俺より自分の心配をしろ。幼女化してるじゃないか」
「そうですね、この頂いたポーションを使いますね?」
ヒトリアは魔法が回復するポーションをグビグビ飲む。
ボンッ
すると、一瞬で大人ヒトリアに戻った。
「魔法値はどのくらい回復したんだ?」
「えっと、フル回復みたいですね」
「凄いな。だが、あと4本だ。慎重に使っていこう」
「そうですね」
その時・・・・。
ゴガガガガガガガガガ!
俺達の前に突如現れたのはスカルドラゴンのような屍だった。
状況は最悪。
疲れが溜まっている時に襲ってくるとは。
だが、ヒトリアだけ戦わせるのはあまりに危険だ。
死ぬ覚悟でやるしかない!
「やるぞ、ヒトリア!」
「はい!」
ゴガガガガガガガ!
スカルドラゴンは俺達に向かって「獄炎ブレス」を放つ。
間一髪でヒトリアをお姫様抱っこで回避する。
そして、ゆっくりヒトリアを降ろす。
「あれを食らったらやばいな。ヒトリア、気をつけろよ?」
「はい、わかりました!」
俺はスカルドラゴンの懐に一瞬で入る。
体は意外とまだ動くな・・・、よし!
「うおおおおおおおおお!」
刀をスカルドラゴンを懐を斬り裂くように振った。
だが、その一太刀は入らなかった。
一旦体制を立て直すべくヒトリアの元へ戻る。
「クソ。あいつ、尋常じゃないほど硬いぞ」
「私に任せてください!」
俺の一歩先に飛び出し、矢をなしに構えた。
スカルドラゴンは彼女の邪魔をしようと襲いかかる。
俺が攻撃しても刃は通らない。
分かっているが、守るためには攻撃して食い止めるしかない。
「うおおおおおおおおおお!」
向かってくるスカルドラゴンの頭から羽を目掛けて深く斬り裂く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
あれ?おかしい。
さっきは刃が通らなかったのになんでだ?
懐は斬り込みが入らなかったのだが、他の部位は斬り込める。
答えは明白だった。
「そうか!こいつの心臓部分だけ硬いんだ!」
その部分だけ硬いということはそこが弱点だ。
そうなれば話は早い。
「ヒトリア!奴の弱点は心臓だ。貫けるか?」
「やってみます!」
自己回復持ちのスカルドラゴンは、斬り込まれた傷口を修復していく。
その間、奴は動かない。
「今がチャンスだ!やれ!」
「はい!ペネトレーション・アロー!」
彼女が放った一撃は鋭く、スカルドラゴンの心臓を貫いた。
ゴオオオオオオオオ
スカルドラゴンは倒れ、間もなくして消失した。
「「・・・・・・はぁーーーーーー」」
二人はもう戦う気力がなかった。
これだけ活躍したのだ。
少しは休ませてくれるだろう。
「一度、ペランに戻るか」
「そうですね・・・」
とりあえず、二人は戦線離脱をしたのだった。