悪夢の始まり
俺は朝の日差しと共に目が覚めた。
とても気分がいい。
昨日ヘカベルと貴族の悪態を聞いたからだろうか。
清々しい朝だった。
「さて、起きるか・・・・・・ん?」
俺はある異変に気が付いた。
「なんで俺はベッドに寝ているんだ?」
昨日の夜は確かに床で寝たはずだ。
また無意識にベッドに入ったのか?
そんなことを考えていると、隣に寝ていた人物を起こしてしまった。
「んーあ、おはようございます。剣二様」
「ああ、おはよう」
「あれ?剣二様、調子よさそうですね」
「分かるのか?」
「はい、いつもと違って何か疲れが取れたみたいな顔をしています」
そんなに疲れていた顔していたか?
ヒトリアはよく見てるな。
って、今はそんなことはどうでもいい!
「俺、いつの間にベッドに入ったんだ?」
その問いかけにヒトリアは「あー」と何かを思い出したような顔でこう告げた。
「私がベッドの中に入れたんですよ」
「お前の仕業か!」
だとしたら昨日もか?
尋ねたところ、隠すことなく最高の笑顔で「はい!」と一言答えた。
呆れながらも、俺は彼女に一連の流れを説明させる。
「どうやってベッドに運んだんだ?」
「えー、そんなの簡単ですよー」
ヒトリアは得意げな顔で空気をなぞるようにこう綴った。
「魔法でちょちょいのちょいです!」
「あのな・・・、そんなことで魔法使うなよ」
「え?でも回復してるし問題ないんじゃ?」
確かに幼女化が解け、大人の姿になっている。
ダメだ、この娘に何を言っても伝わらない。
そう諦めた俺はヒトリアに一言。
「さっさと着替えて、またモンスターを討伐しに行くぞ。ヒトリアの弓の確認を含めてな」
「はい!」
ヒトリアは部屋を出て、そのタイミングで俺も着替えを始める。
そして、お互いの準備が整った。
「よし、行くぞ!」
「はい!」
二人は宿を出て、屋台で出ているサンドイッチを2つ購入。
それを食べながら、門まで辿り着いたのだが、そこで俺は忘れ物をしたことに気が付いた。
「そういえば弓の矢を買うの忘れたな」
「あ、それなら大丈夫です!」
「どういう意味だ?」
「それは見てればわかります」
ヒトリアはそう言い、内容の中身は教えてくれなかった。
矢なしの弓でどう戦うんだ?
よくわからないまま、昨日の狩場まで歩いて行った。
そこには昨日と同じモンスターが揃いも揃って呑気に歩いていた。
「スコルピオ・ナイトだ。ヒトリアさっそく弓で攻撃してみてくれ」
「分かりました!」
ヒトリアは弓を取り出し、矢がないのに構え始める。
「ヒトリア、やっぱり矢が必要なんじゃ・・・」
「大丈夫ですよ、剣二様。見ていてください」
自信満々のヒトリアをしばらく見つめていると、何やら炎の矢のようなものが現れた。
そして、直線状にスコルピオ・ナイトが三体並んだ瞬間、矢を放した。
「ファイア・アロー」
ギュエエエエエエエエエ!!!
矢は見事に貫通し、三体が同時に消失した。
「・・・・・・強いな」
こんなものを見せられては弓を使いたくなってしまうではないか。
だが、弓は使うことを許されない。
せめて魔法だけでも使えるのなら話は別だった。
そう思いながら装備ステータスを確認するも、やはり魔法値は0だった。
「他のステータスは上がっているのになんで魔法だけ上がらないんだ?何か魔法の書でも読まないといけないのか?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
魔法を使いたいなんてヒトリアには言えなかった。
俺の中のプライドらしきものが邪魔しているからだろうか?
溜息を吐きながら途方に暮れていると、ヒトリアが疲れた様子でこう告げた。
「剣二様、この攻撃手段は魔法の消費がかなり激しいみたいです」
「使いすぎると幼女化してしまうということか」
今のヒトリアに魔法が欠けてしまうと、戦力的に大幅ダウンだ。
それはどうしても避けたかった。
「仕方がない。矢を買いに行くか」
「はい・・・すみません・・・」
「とりあえずその買った矢で交戦するとして、危ない時だけその魔法矢?で攻撃するスタイルはどうだ?」
「そうですね・・・私もそれが良いと思います」
「決まりだな。さっそく買いに戻るか」
「あの、剣二様」
戻ろうとする剣二を引き留めるヒトリア。
「どうしたんだ?」
そう聞き返すと、甘えた声で言った。
「おんぶ」
「・・・は?」
「おんぶー」
「幼女化してないんだから、おんぶは無理だぞ?」
「おんぶーーーー」
言うことを聞かないパーティーメンバー。
このままでは時間が無くなる。
仕方がない。
俺は座り込んだ。
「ほら、早く乗れ」
「おんぶー!」
ヒトリアは弓を仕舞い、俺に飛び乗る。
なんだよ、元気じゃねーか。
こんなわがままに付き合っているのって正直な話、俺ぐらいじゃね?
「魔法を回復するアイテムがあったらそれも買いに行くぞ」
「えー」
「いいな?」
「はい・・・」
こうして二人はペランへと戻っていった。
門の近くになると、ヒトリアが「降ろしてください」と暴れながら頼み込んでくるが、そんなことする訳がない。
そのまま門に入ると、ヒトリアは顔を真っ赤にして俺の背中に隠れるように縮こまる。
そして、昨日の武器屋に入店するも決してヒトリアを降ろさない。
客の来店を知らせるベルが鳴ると店の奥からロヴェンが出てくる。
「いらっしゃいませ・・・。随分とラブラブだね?」
「そうか?」
「剣二様・・・そろそろ降ろしてください・・・」
小さい声でぼそぼそ呟くヒトリアを俺は降ろした。
これでもうおんぶとは言わないだろう。
「さて、ここに来た要件は?」
「ああ、弓の矢を売ってほしいんだ。魔法矢だと魔法消費が激しくてな」
「なるほどね、何本ぐらい欲しいのかな?」
「1本いくらだ?」
「銅貨5枚ってところかな?」
ただいまの所持金が銀貨50枚。
銀貨1枚当たり銅貨10枚。
買えるのは100本ってところか。
「100本用意できるか?」
「ええ、ちょっと待っててね」
ロヴェンが店の奥に消えていく。
「剣二様、そのぐらい私が」
「ヒトリアはいざとなった時までとっといてくれ」
「・・・わかりました」
ロヴェンが矢を100本持ってくると同時に、銀貨50枚を差し出した。
「ちょうどですね。ありがとうございました!」
店を出て行こうと思ったが、あることを思い出した。
「なあ、店主。魔法回復のポーションみたいなの売ってる所を知っているか?」
「あー、それならうちにも置いてあるよ」
聞いといて助かった。
危うく遠回りする所だった。
「でも、剣二様・・・お金が・・・」
「こういう時のヒトリアの金だろ?」
ヒトリアは「あー!」と言ったような顔をした。
そのポーションは店の奥に置いているのではなく、表に出ていたらしい。
ロヴェンはすぐにそのポーションを取り出した。
「これかな?」
「これが、魔法を回復できる奴か?」
「そうだね、本来は銀貨5枚と言ったところだけど・・・」
その後にこう綴った。
「今は「災い」が近いらしいからね。5本だけ無料で差し上げます」
「本当か?」
それは願ってもない話だ。
タダでもらえるならそれに越したことはない。
俺が受け取ろうとすると、ロヴェンは後から条件をつけ足してきた。
「ただし、条件があります」
「言っておくが、無理難題な条件は勘弁な?」
「そんなことは頼まないよ」
何を頼むか予想できなかったが、考えなくてもいい。
すぐにロヴェンの口から言ってもらえるのだから。
意を決したようにロヴェンはこう告げた。
「この国を守ってほしい・・・・」
「・・・・・・はぁ、何だそんなことか」
「そんなことかって何ですか!」
「心配しなくても守る。いろんな人に世話になったからな」
この国には少なからず恩がある。
それを踏みにじるようなことは絶対にしない。
「任せとけ。行くぞ、ヒトリア」
「は、はい!」
ポーションを受け取り、店を出て行く。
「さて、また狩場に・・・・」
その瞬間、天高く昇っていたはずの太陽が消え、辺りは薄暗くなった。
「あんなに快晴だったのに・・・・まさか!」
嫌な予感がした。
「剣二様!」
「ヒトリア、急いで門に行くぞ!」
「これって・・・」
「ああ・・・」
俺の冷汗が止まらない。
「「災い」かも知れない!」