贅沢に潜む羞恥
さて、モンスターを倒して、アイテムを獲得して、換金して、ついでにヒトリアの武器を作った。
良い事尽くしの今日の晩飯はごちそうだ。
「ヒトリア、何が食べたい?」
「おいしいものが食べたいです!」
「この町のこと詳しくないからな。クツェルに聞いてみるか」
「六宝剣」の勇者ことクツェルはこの町についてかなり詳しい。
彼を探して歩き回ていると、王城の前に彼の姿が見えた。
「おーい、クツェ・・・・」
俺は彼の名前を呼び掛けるのを突然やめた。
それもそのはず。
クツェルと一緒に居たのはヘカベルの貴族であり、俺達を国外追放したギルシュイン本人だった。
「あの野郎・・・」
「あの貴族は・・・」
「ああ、俺たちを国外追放した奴だ」
ようやく、俺たちの情報がペランにまで届いてしまったようだ。
だとすると、ここから追い出される可能性が必然的に高くなるわけで・・・。
「自力で探すぞヒトリア」
「あ、はい!」
こっちから会いに行けば、すぐさま追い出されるのは間違いない。
なら、せめて飯を食ってから追い出された方が何倍もマシだ。
二人は貴族から逃げるように踵を返し、おいしい店探しを再開するのだった。
「んで、結局ここですか・・・」
「仕方がないだろ。ここしかわからないんだから」
美味しい店を探して辿り着いた場所が昨夜来た店だった。
店を転々と回ったものの、料理の値段が記された看板がなかったため、入りづらかったのだ。
付け足して、お金が足りなかったら困ると言う理由もあった。
「ヒトリアは何が食べたい?」
「私はこれでお願いします!」
メニューに指をさした料理を見てみると、
「銀貨三十枚・・・」
かなりの良い肉を使っているのだろう。
まあ、仕方がない。
贅沢させてあげると決めたから。
タイミングよく店員が来たので注文した。
「注文良いか?」
「はい」
「あれ?あんたは・・・」
その顔に見覚えがあった。
まあ、昨夜も来たのだからそういうこともあるだろう。
注文を承ったのは、昨日の店員だった。
「あれ?お客様は昨日の・・・」
「おう、二人揃ってお子様メニューを食べた客だ」
「ちょ、剣二様!」
嫌みっぽく言う俺の口を止めようとするヒトリアだったが、明らかに遅かった。
「その節は大変失礼しました」
「まあ、別にいいんだが。それより注文良いか?」
「はい、承ります」
「この安い定食とこのギュートスの焼肉ステーキを一つずつで」
「かしこまりました。銀貨三十二枚です」
店員に手渡しで銀貨三十二枚を渡すと、「少々お待ちくださいませ」と言い残し、厨房に店員が消えていく。
「なんか恥ずかしかったです」
「何がだ?」
「剣二様、安い定食なのに、私はがっつりしたもので・・・」
「別に気にすることないと思うが」
ガツガツ系女子だと思われたくないのだろう。
だが、仕事をしている人間はそんなことを考えている余裕はないと思う。
照れながら料理を待つヒトリアより先に俺の料理がテーブルに置かれた。
そして、店員が去って行った後にヒトリアが爆発した。
「なんでですか!」
「何がだ!?声がでかいぞ!」
ヒトリアの声は店内に響き渡っていた。
貸し切りなわけがなく、他の客人がこちらを見ている。
恥ずかしくなったのか、ヒトリアは小声で、
「なんで、剣二様の料理だけ来たんですか」
「そんなのこの定食が凝ってないからだろ」
「そうですけど、このままでは私は恥さらしになってしまいます」
金髪の美女エルフががっつりした肉を食す。
何それ、見てみたいんだけど。
その野望が悟られぬようにしなくては。
「別に気にする必要ないと思うが」
「恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」
「お待たせしましたー」
ヒトリアは心の準備がままならない状態でその時を迎えてしまった。
店員の顔を見れないヒトリア。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「ああ」
「では、ごゆっくりどうぞー」
そして、再び店員は厨房に戻っていく。
「ほら、早く食べちゃえよ」
両手で必死に顔を隠すヒトリアだったが、真っ赤に腫れあがった耳まではどうやら隠せなかったらしい。
「私・・・お嫁にいけません・・・」
「そこまでか・・・」
「剣二様、責任取ってくださいね?」
「待ってくれ、俺は関係ないと思うんだが?」
この件に関して、俺は全くの無関係だ。
だが、そんな普通のことも今のヒトリアには理解できないようだった。
「そんなことありません!剣二様も同じものを頼まなかったのが原因です!」
「なんでそうなるんだ!?」
本当によくわからない。
謎の罪を被せられる俺。
「責任とってください!」
「わかったって、今度来た時に俺も同じの食べるから」
「それじゃ責任取ってません!」
なかなか食べようとしないヒトリアにさらなる不幸が。
「よう坊主。ここにいたか」
「クツェル」
「クツェルさん!?」
「よう嬢ちゃん。元気に・・・」
クツェルはヒトリアの料理を見た途端、固まってしまった。
そしてゆっくりと声を出した。
「嬢ちゃん・・・意外と肉食なんだな?」
「ち、ちがいます!」
彼女の顔が一気に赤く染まる。
気の毒だな。
でも、もう俺らのことを見つけたか。
追い出されることは目に見えて分かっているが、一応知らないフリして聞いてみるとしよう。
「なあ、クツェル。何か用か?」
「ああ、そうだった。この後少し時間良いか?」
「別に構わないが、ヒトリアも一緒か?」
「その方がいいかもな」
「ヒトリア、ゆっくりで良いからそろそろ食べ始めろ」
「分かりました・・・」
小声で言うと、ヒトリアは少しずつ食べ始めた。
二人の男に見守られながら。
「うぅ・・・お嫁に・・・」
「もうその話は分かったって・・・」
「だったら嬢ちゃん。俺の嫁になるか?」
「いいえ、結構です」
即答するヒトリアを前に、綺麗に振られた勇者が大声を出して笑っている。
そしてヒトリアが無事に完食した後、俺達三人は店の外に移動し始めた。