シュミットの肖像 終
※文末に、少し物語を加筆しました。……2020.10.10
未来と出会ってから半年。
宣言どおり、未来は逝ってしまった。
俺は、未来が亡くなったあと、彼女が世界中にばらまいてしまった偽りの名画をすべて回収すべく、ひたすらと仕事に打ち込んだ。
元々だらしなかった俺だが、彼女のためならがんばれた。
自分の妻が残していった罪を、すべて清算してから死にたかったのだ。
俺は、数年でIT企業の社長にまでのぼりつめ、その稼いだお金で未来が残していった偽りの名画をすべて回収した。
彼女がばらまいた偽りの名画たちは、一枚を残してすべて処分した。
正確には『名画だった一枚』を残して——
今日はその報告も兼ねて、俺は十数年ぶりに未来の故郷までやって来たのだ。
彼女が住んでいた豪邸があった場所は、今は空き地になっている。
唯一、俺が処分しなかった未来の名画『シュミットの肖像』。
結局『シュミットの肖像』には、「未来の故郷の風景画」と「エルフリーデ・シュミット伯爵夫人という名の架空の人物の肖像画」の、ふたつの絵が描かれていたのだ。
そこに描かれていたひとつの絵〝エルフリーデ・シュミット伯爵夫人〟の手元には、一重咲きの黄色い花が一つだけ描かれていた。
まだ未来がいた頃、絵画を眺めていたときに気になっていたのだが、その時はそのまま忘れてしまっていた。
未来が亡くなった日、そのことを思い出してネットで調べてみた。
すると、その花はストックという名の花だった。
いろいろな色のストックがあるようだったが、色に関係なく「求愛」という花言葉が書かれていた。
そして、未来の絵『シュミットの肖像』に描かれていたのは黄色のストック。
黄色のストックの花言葉は『寂しい恋』——
「未来は一体どんな心境でこの絵を描いていたんだろう?」と想像して、俺はいたたまれない気持ちになっていた。
そして彼女が亡くなった日、この事実を知った俺は暗く狭い部屋の真ん中でひとり、涙が枯れるまで泣き尽くした。
どうして未来がいる時に、彼女が絵に込めたこの想いに気づいてやれなかったのだろうと、自分に後悔の念を抱きながら——
だから俺は、未来が残していった『シュミットの肖像』以外の偽りの名画をすべて処分してから、改めて違う色のストックをもって、ふたたび彼女と出会ったこの地を訪れたのだ。
赤いストック——。
花言葉は『わたしを信じて』だそうだ。
俺は、未来と約束したんだ。
「生涯、君だけを愛し続ける」って——
未来は、「私のことは忘れて、いい人をみつけて」と言っていたが、もともと結婚になど興味がなかった俺だ。
どちらにしても、この先、結婚したいなんて思う女性とは一生巡り会うことはないだろう。
未来の故郷にある海の見える丘の上。そこに立てた彼女の墓標。
俺は未来の墓標に、持ってきた赤いストックを一つ添えた。
「なあ、未来——。俺は、おまえの人生に少しでも幸せを与えてやることが出来たのだろうか?」
俺は流れる雲を眺めながら、いつまでも空に彼女の冥福を祈り続けた。
May she be happy in the afterlife.
—◇—◆—◇—
俺が処分した六枚の未来の絵画は、いつしか〝アーデルベルト・シュナイダー〟の名と共に、世界から忘れ去られていった。
そして、俺が入手していたことで、世界の誰の目にも止まることがなかった未来の幻の名画『シュミットの肖像』——。
俺は『シュミットの肖像』を『藤村未来』の名義で世に送り出した。
今はルーブル美術館の片隅に展示されている。
未来が絵に仕込んでいた数字は、俺が少し手を加えてわからなくしておいた。
仮に、あの絵の仕掛けに気づく人物が現れたとしても、わざわざ空き地と化した未来の故郷へ足を向けることがないように——
実際に『シュミットの肖像』は、〝特定の角度と光の加減によって、肖像画が風景画に変化する究極の名画〟として、藤村未来の名を世界に轟かせた。
未来の絵に魅入られた多くのファンが、彼女の早すぎた死を悼んで涙を流した。
彼女は、世界の多くの人の心の中に、その名前を刻んだのだ。
〝未来〟の名は、未来永劫、語り継がれていくことだろう。
街の雑踏の中、ビルの街頭ビジョンに大きく映し出された『シュミットの肖像』と、そこに添えられた〝藤村未来〟の名前——
それを確認すると、俺は辞めていた煙草に火をつけて、その場を後にした。
She will be loved by people all over the world for the rest of her life.