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第二話 弓使いの疑問・後編

はたしてルリュスの疑問は解消するのでしょうか?

「言える範囲で良いから教えてよ。こっちはもう気になって仕方なくて困ってるんだから」

「へぇ、ルリュスも結構な『知りたがり』だったんだ」

「悪い?」


 あたしが軽く睨むと、キーマは「別に?」と言った。自分も人のことは言えないしねぇ、と。


「じゃあ」


 すると、彼は腕をすっと伸ばしてきた。こちらが驚いている間にも、その大きな手で背中に軽く触れてきて、武器庫のもっと奥へと連れていこうとする。

 じんわりと伝わる温かい感触に胸が跳ねた。


「えっ、ち、ちょっと」


 ちょうど他の者達は出払っていて、この場には二人きりだということを急速に意識する。顔が熱くなり、頭が白くなりかけた。

 な、何々? 「じゃあ」暗がりで何をしようって……!? 彼はそんなあたしの慌てぶりを見てポカンとしたあと、「あぁ」と合点がいったように呟いた。


「人に聞かれたくないから、念のためにもう少し向こうでと思ったんだけど……やめとく?」


 今度こそ羞恥で完全に紅潮するのが分かった。多分、向こうもお見通しだっただろう。それでも認めるのはしゃくで、「聞きたい」とだけ、なんとか口から搾り出す。


「あー、一応言っておくけど」


 左右に開け放たれた入り口の傍とは違い、奥は薄暗くて更に(ほこり)臭い匂いが充満していた。気を付けないと咳き込みそうだ。

 それでも何を教えて貰えるのかと期待を込めた眼差しで待っていると、キーマはそんな前置きをしてきた。


「喋れることしか喋らないし、他言無用で頼むよ?」

「オッケー。分かった」


 前にもこんなやり取りをしたのを思い出す。武具屋で再会し、騎士見習いになった経緯を教えて貰った時のことだ。あたしは周りに言いふらさないと約束し、きちんと守っている。

 だからこそ、今回も教えてくれる気になったのだろう。


「そうだな……。なら、ヤルンの魔力がどれくらい強いのかは知ってる?」

「どれくらいって?」


 とても多いとは聞いているものの、魔導師でない人間には未知の分野である。

 彼らが王都では魔力を抑える腕輪やカフスを着けていることと、石の色によって強弱が分かることくらいしか自分には知識がない。そう伝えると、キーマは詳しく説明してくれた。


「簡単に言うと、普通は上から赤、青、緑って感じで変化していくんだ。ココは薄い赤だね」

「へぇ、剣師なのに詳しいんだ」

「……まぁ、二人の近くにずっと居ると、自然とね」

「?」


 とにかく、一番上の色なのだからかなり強いのは間違いないだろう。

 さすがココ、と彼女への称賛を口にしかけたところで、「普通は」の言葉に引っ掛かりを覚えた。わざわざそんな前振りをするのは、きっと普通でないからだ。指摘すればキーマもあっさりと認めた。


「今度、走っている時にでもヤルンのカフスを覗き見てみたら良いよ。ペンのインクみたいに真っ黒だからさ」


 真っ黒? え、だってさっき『赤』からって……あぁ。


「成程ね。それがヤルンの秘密の一つってわけだ」

「そういうこと」


 普通ではあり得ない量の魔力。確かにそれは人の目に留まるだろう。魔導師にしてみれば、多ければ多いほど有利なのだから。


「あとは、有名な魔導師の弟子だからってのも目立つ理由の一つだろうね」

「あのおじいさん? そんなに凄い人なの?」

「まぁね。昔から面倒見て貰ってるけど、色々な意味で『凄い人』だよ」


 色々なとはどういう意味か問いたかったが、「これ以上はノーコメント」だとシャットアウトされてしまった。安易に語れないほどの秘密がある人物なのだろう。そして、ヤルンはそんな人の弟子であるわけだ。


 無理に割らせようとしても無意味なのは分かっている。ならば別のアプローチを試みるだけ――そう思った時だった。


「おーい、まだ誰か居るかー?」


 入口の方から同僚の声がかかる。慌てて「待って、まだここに居る」と返事をしようとすると、キーマがあたしの口をぐっと抑え込んできた。飄々としているクセにかなりの力があり、息が出来なくなる。

 何をするのだ。このままでは二人とも武器庫に閉じ込められてしまう。それなのに彼は空いた手で「静かに」と指示してきた。


「……誰も居ないみたいだな」


 ぎぎぎ、ガチャン。やがて耳へと届いた無慈悲なその音が、外から鍵をかけたものだとすぐに分かった。同時に手が離され、湿っぽい空気が一気に肺へと流れ込んでくる。


「う、嘘でしょ……?」


 弾かれたように入口へと走るも、扉は引こうが押そうがびくともしない。用がなければ人も寄り付かない場所であり、今日の訓練はもう終わり……絶望的な心地に襲われた。


「どうして声をかけなかったの、締められたじゃない!」


 明かりは扉の隙間から入ってくる糸のように細いものだけで、なんとも心細い。振り返ってキーマに怒鳴ったら、彼は冷静な顔のままで言う。


「この状況で出ていったら誤解されるよ?」

「あ……」


 暗がりで男女が二人きり。先ほど自分が想像してしまったばかりだ。明るみに出れば、周囲の者には幾ら「そういう関係ではない」と主張しようが、とても信じては貰えないだろう。


 しかし、だからといって次に開けられる時まで待ち続けるつもりだろうか? 誰かがいずれ不在に気付き、騒ぎになってもおかしくない。特にキーマはヤルンほどではないにしろ、そこそこの有名人なのだ。

 やはり自力で脱出する方法を考えなくては。――そうだ。


「武器ならいっぱいあるんだし、こじ開けられるかも」

「そんなことをしたら跡が残るよ。……んー、この際仕方ないか」


 何か良い案を思い付いたらしい一方で、諦めも含んだ口調に首を傾げる。彼は再び自分の口に人差し指を立てて忠告してきた。


「このことも内緒にしておいてくれる? 知られると面倒だから」


 その後の出来事は自分の目を疑うものだった。キーマは扉の鍵がある辺りに手をかざしたかと思うと、あたしの知らない言葉を呟く。小さく、けれどしっかりと。

 やがてカン! と硬質な音がして、外側にかけられた南京錠が地面に落ちたのだと気付いた。


 え、今のってまさか……「魔術」? なんで、どうしてキーマが? 戸惑うあたしを意に介さず、彼はがらりと扉を開け放ち、言った。


「詳しくは、またそのうちにね」

「待って。魔導師だったの? どうして内緒にしてるの? 凄い才能なのに」


 魔力の有無は先天的に決まるものだ。望み、努力して得られるなら欲しがる人間は沢山いるだろうし、あたしだってその一人である。周囲に隠す理由など全く思い浮かんでこない。

 とっとと行ってしまおうとする背中に疑問をぶつけたら、どこか面倒臭そうな応えが返ってきた。


「だから、知られると面倒な事情があるんだよ。それに魔力も少ししかないし、使えるのも初歩の術だけでさ。まだまだ駆け出しの魔導士ビギナーなんだ」


 その口ぶりに、ふいに紫色のツンツン頭がよぎる。


「もしかして、ヤルンが関わってる?」

「……誰かに見られる前に行こう」


 明確な返事こそなかったが、自分は無言の肯定と受け取った。

 想像も付かない秘密の一端に触れている実感にワクワクしながら、キーマの言う「そのうち」を今は待つことに決め、鍵をかけ直してきびすを返す。


「動かないで、じっとして下さい」


 別の誰かの声が聞こえてギクリとするも、それはあたし達に向けられた警告ではなかった。


「ほら、傷が出来てます」

「え? あぁ、本当だ。どこで擦ったかな」


 聞きなれた響きに安堵する。あれは、ココと……誰だろう? 遠目で良くは見えないが、建物の影で誰かと会話を交わしていた。どうやら声の高さから、相手は同年代の女性のようだ。


「こんなの大したことないって」

「駄目ですよ。今、治しますから」


 誰だか知らないけれど怪我をしているようだ。それを治してあげようなんて、いかにも心根の優しいココらしい。

 彼女ならこちらを見ても変な勘違いはしないだろうからと、あたしは近寄って声をかけようとして――続けて目に飛び込んできた光景に思わず足を止めてしまった。


「さ、出来ましたよ」

「ありがと……って!」


 名前も知らない女性の頬にココがキスをしていた。相手は真っ赤になって慌てていたが、ココはむしろ面白がるようにクスクスと笑っている。

 同性相手でどれだけ仲が良いといっても、キスなどするだろうか。それも常に礼儀正しく、しかもヤルンと結婚したばかりのココが。


「え? え? どど、どういうこと? どういうことっ!?」


 今度こそ大パニックに陥ったあたしが思わず振り返ると、キーマは「あちゃあ」と盛大に呆れているところだった。

お分かりかと思いますが、ココの相手はルルです。

ルリュスはこれをきっかけに(完全にではありませんが)色々と知ることになります。

ちなみに、ココの浮気疑惑の話にしようかとも思いましたが、サラっと終わらせることにしました(笑)。

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