第二話 弓使いの疑問・前編
無事に騎士見習いになれた、弓使いのルリュスから見たヤルン達のお話。
つい先日、騎士団の入団試験を見事突破して念願の騎士見習いになった。もちろん、弓士としてだ。
剣や槍では、女はやはり体力や腕力で男を凌ぐのが難しいし、軽いからと言って間合いの狭い短剣を扱う気にもなれなかった。
その点、弓なら力の差を技術で埋められ、敵に懐へ入られる心配も少ない。なにより、目標へ向かって真っ直ぐに飛んでいく矢を眺める瞬間が爽快で好きだ。
……実は、ヤルンやココみたいに魔術が使えたら良かったなと思ったりもするのだけど、幾ら強請ろうが努力しようが、魔力がない事実だけはどうしようもないからね。
「はっ、はっ」
そんなあたしの毎日はまさしく訓練漬け。兵士上がりで慣れてはいても、体力作りは大変だ。今も肩で息をしながら、城の内周を走っているところだった。
すぐ近くでは一足、いや何足も早く正騎士に昇格したヤルン、ココ、キーマも一緒に息を弾ませている。専門的な分野では別行動でも、この訓練は同時に行われるのだ。
「よぅ、大丈夫か?」
全体的に白っぽい騎士服姿のヤルンが声をかけてきた。彼が走るたびに紫の硬そうな髪が揺れている。ちょっと挑発するような響きだったけれど、素直に心配する気持ちも混じっていることが伝わってきた。
「ば、馬鹿に、しないでよ。平気に、決まってる、でしょ」
わざと憎まれ口を叩く自分の声はぷつぷつと切れ気味だ。もう何周走っただろうか。でも、あたしよりずっと線の細いココが文句一つ言わずに付いてきているのに、弱音など吐いてはいられない。
「馬鹿にはしてねぇって。ま、無理はすんなよ。じゃあな」
「コラー、置いていくなー」
「あっ、待って下さいよー!」
ヤルンは言うだけ言って、スピードを上げて先に行ってしまった。それをキーマ達が慌てて追いかける。
彼らは毎日こういった訓練と、王族の護衛という重責ある仕事をこなしながら、聞けば夜まで特訓をしているらしい。スタミナや精神はどうなっているのだろうか。良く潰れないものだと感心する。
「……」
ただ、その力の出所意外にもあたしには気になっている件があった。それは、ヤルンには何か他人に隠している「秘密」があるんじゃないか、ということ。
思えば武具屋で再会した時から怪しかった。ヤルンとキーマは騎士見習いになった経緯を教えてはくれたが、どこか挙動がおかしかった気もする。
それに、自分がこうして念願の騎士見習いになったことを祝福してくれる一方で、時々何かが心に引っ掛かっているような、奥歯に物が挟まったみたいな顔つきをすることがあるのだ。
「うーん」
確かに三人は故郷で兵士になった時からの同期生だから、付き合いに差が付いてもおかしくはない。ただ、そんな親交の深さとはまた違った何かもまた感じるような……。
『ねぇ、何か隠してない?』
一度だけ、思い切ってヤルンに疑問をぶつけてみたことはあった。でも、彼は真っ赤になりながら首をブンブンと横に振り、「な、何も隠してない!」と応え、あたしもそれ以上の追求は止めたのだ。その時は。
とにかく、絶対に何かある。無理に暴こうとまでは言わないにしろ、チャンスを待つことにしたのだった。
「ふぅ」
その日は走り込みを終えた後、専門とする武器ごとに分かれての訓練となった。腕が上がらなくなるまで矢を射させられて、心身共にヘトヘトだ。
弓は戦いの場では先制を任されることが多いから、合図と同時に引き、的に当てる練習を重ねるのである。
しかし、そんな緊張を強いられる訓練を終えた後にも、見習いにはまだ仕事があった。道具の片付けだ。
「重……っ」
他の見習い達とも協力しながら、的や刺さった矢を薄暗くて埃っぽい武器庫へと仕舞い込む。弓師は人数が多く、従って道具の量もかなりの数に上る。
自分で選んだ道とはいえ、少しばかり嫌になる瞬間だった。
まぁ、これも念願叶って騎士見習いになれたからだと思えば、夕食を摂って、お風呂に入って寝てしまえば消えてしまう程度の鬱屈である。
そうして、訓練場と武器庫との何度目かの往復を終えた時だった。
「あれ、ルリュスも片付け?」
「え? あぁ、うん」
声に振り返ると、何本もの剣を抱えたキーマが立っていた。すらりとした長身に金髪、切れ長の瞳。黙って立っていれば絵になる美貌の持ち主で、女性ファンも多いと聞く。
もっとも、口を開けばそのイメージは一気に崩れてしまうのだが、あたしはそちらの方が親しみやすくて好きだった。もちろん、友人としての意味でね。
「キーマも? ……あれ、でも『正騎士』なのに」
道具の片付けなんて、騎士団に入り立ての見習いに割り振られる仕事のはずだ。それを正式な騎士として認められた彼がやっているなんて変だと思った。するとキーマは苦笑して言う。
「正騎士って言ってもまだまだ新人だからねぇ。騎士団の中では実質、見習いみたいなもんだよ」
「ふぅん」
確かに、彼らの普通ではない経歴を思えば仕方のないことかもしれない。しかし、「じゃあヤルン達も今頃どこかでやらされてるってこと?」と訊ねると、キーマは首を傾げた。
「どうだろ? ココはともかく、ヤルンに何か任せようとする先輩の魔導師がいるかは微妙なところだよねぇ」
「……」
無名の兵士だったにも関わらず一国の姫君の目に留まり、無試験で騎士見習いに、そして護衛役へと抜擢された平民出身の少年。
対外的には華々しく語られているし、その逸話に憧れる者も多い。私も素直に凄いとは思う。その一方で、騎士団に入ってみると違う空気も感じるのだ。
あれは抜きん出た者への嫉妬というよりは――いや、やめとこ。
「ね、ヤルンの上からの評判って、どうなってるの?」
「ん、『危険人物』だけど? 兵士の時もそうだったでしょ」
「あー」
言われてみれば、数年前にこの王城で出会った時も絡んできたイリクレル達を魔術でやっつけて、教官達から叱られていたんだっけ。
「えっと、これでもう終わりかな……?」
キーマは練習用の剣を壁に丁寧に立て掛け、他の物が棚から落ちたり倒れそうになったりしてないか、グルリと辺りを見回す。
「ほら、ヤルンはあんな性格だからさ。時々キレて暴走したり、変なことを仕出かしたりするんだよ。セクティア殿下は変わった人だから、それが面白くて手元に置いてるみたいだよ」
「まさか。……冗談よね?」
「ま、それだけじゃないけどね」
ということは、半分くらいは本当なのか。確かめるのが怖い真実だ。けれども良い機会のようにも感じ、あたしは思い切って一歩踏み込んでみることにした。
「キーマもココも同じ境遇なのに、ヤルンばかりが有名なのもそのせい?」
「違うとは言わないよ。っていうか、自分達はヤルンの『ついで』だからねぇ」
たまたまヤルンの近くに居たから、ついでに騎士見習いとして召し抱える? そんな偶然が果たしてあるだろうか。聞けば聞くほど、謎や秘密の香りが漂ってくる。
「ねぇ、ヤルンには何があるの?」
「何がって?」
「何か秘密があるんでしょ」
分かってるんだから。すらりと背の高い彼に意味深な視線を送ると、キーマは金髪を揺らしながら首を軽く捻り、腕を組んだ。
「言うと叱られそう、というか、絶対に叱られるからなぁ」
何かがあると認めているも同然の物言いは、それくらいなら良いだろうと判断しているのに違いなかった。
キーマは開けっ広げなヤルンと違って、やろうと思えば表情一つ変えずに「何もない」と言えてしまえそうだから、この反応はちょっと意外だ。押せばなんとかなるかもしれないと思えた。
ヤルンやココ達の視点では分かりにくいですが、外から見たら彼らは謎でいっぱいでしょうね。