第十一話 女子会の行方
ルリュス視点で「初めての飲み会」の後日談を。主人公は相変わらず遊ばれています。
今日は前からココと約束していた女子会の日だ。
王城からほど近い酒場の前で立ち止まり、そのままふらりと入った。以前、ヤルン達と飲んだ大衆系の飲み屋とは違って、壁の深い色が印象的な大人っぽいバーだ。
幾つかテーブルを置かれた店内を見回せば、そこは静かにお酒を楽しむ年上らしき女性ばかりだった。黒っぽい制服に身を包んだ店員に案内され、数日前から予約しておいた席につく。
とりあえずと思い、あたし達は軽いお酒と簡単なおつまみを注文した。
「そんなに高いお店じゃないから安心して」
「はい」
慣れない場所に緊張気味らしい、向かいの席のココに笑いかけると、彼女もふっと微笑んで頷く。直後、その隣から「ふん」という不貞腐れた声があがった。
「ん、どうかした?」
「オイ。どうかした? じゃねぇよ。これは『女子会』なんだよな?」
「そうだけど?」
「その会に、なんで俺まで参加させられてんだよ。し、しかもこんな格好でっ」
あくまで小声でひそひそと、紫の髪をポニーテールに結った可愛らしい顔立ちの女性――ルルが飲酒前にもかかわらず赤い顔で突っ込んでくる。「こんな格好」というのは、ココに借りた動きやすそうな服のことだろうか。
あたしは「何を今更」という意味合いの視線を投げつつも、ここでケンカをしても仕方がないと思い直し、優しく返答してあげることにした。
「今日はこのお店、女性は割引して貰えるんだ。それに服だって、『どうしてもスカートは嫌だ』って言い張るから、ちゃんとパンツスタイルにしたでしょ。……うん、良く似合ってる。ねぇココ?」
「はい、とっても素敵です!」
先ほどとは比べられないほどの満面の笑みで同意したココに、ルルが真逆の渋面を返す。その顔には何故だか疲労も浮かんでいた。
「だったらメディスでも誘うか、二人で来ればいいだろうが」
「メディスも誘ったけど、お酒は苦手だって断られてさ。それに、二人より三人の方が楽しいし」
「ルルさんの訓練にもピッタリですしね!」
一層の反論をしたそうだったルルも、これにはギュッと口をつぐんでしまった。そう、これはただの飲み会ではなく、彼……もとい「彼女」にとっては魔術の訓練の一環らしいのだ。
素人のこちらには詳細が全く分からなかったし、せっかく席に落ち着いたところでもあるから、ココに世間話ついでに説明を求めてみる。
「いつもの術とは違うんだっけ?」
「あれは変装術と言って、見た目を幻で変えているんです。でも今使っているのは変身術……姿を実際に変える術なんですよ」
「じゃあ、今日は本当に正真正銘、女性だってことだよね……」
軽く相槌を打ちながら、斜向かいに座るルルをマジマジと見詰める。スレンダーという表現が似合う彼女の姿を初めて見た時も、幻だなどとは到底信じられなかった。
顔を動かすたびにさらりと揺れる髪や、くっきりとして大きな瞳は完全に女性のものだし、体のラインだってとても華奢な印象だ。黙って立っていれば、ヤルンだと判る人間などいないだろう。
しかも今は幻ですらないというのだから、まさしく「驚き」の一言だ。
「へぇ」
「な、なんだよ。そんなに見るなって」
「いや、魔術って本当に凄いなって。出来ないことなんてなさそう」
心からの尊敬を込めて告げると、恥ずかしそうだったルルの表情が微妙なものへと変化する。全面的に褒めたつもりなのに、嬉しくなかったのだろうか。
「んな万能なもんじゃねぇよ。ココが『訓練』っつったろ。慣れるまでは魔力の調整が難しいんだよ」
「調整?」
全然ピンと来ずに聞き返す。ルルが言うには、どうやら長い時間継続させなければならないタイプの魔術にはコツがいるらしく、それを掴むのに結構な時間がかかるらしい。
使う魔力の量が多ければあっという間になくなってしまうし、少なければ術そのものが解けてしまう。そのギリギリのところを見極めるには、「練習あるのみ」なのだそうだ。
「そうなんだ……」
つまりは武術や武器の扱いとほとんど同じであって、勝手な想像で憧れられても嬉しくない気持ちは自分にも理解できた。
あたしだって、専門にしている弓矢に対してそんな風に言われたらムッとしてしまうだろう。素直に頭を下げることにした。
「ごめん、勘違いしてた。……それでこの場が『訓練にもピッタリ』なんだ? 解けたら騒ぎになるから」
「ぐっ」
「もうほとんどマスターされていますから大丈夫ですよ」
こちらの指摘にルルが呻き声を発し、ココが朗らかにフォローを入れる。聞けば、ヤルン達は師に「城の外で実践訓練を積んで来い」と言われていたのだとか。
確かに逃げ場のないこの状況は打って付けかもしれない。……店側にしてみれば詐欺みたいな気もするけど。
「お待たせしました」
そこでちょうど注文したお酒とおつまみが運ばれてきたため、あたし達は一度話を切って料理を楽しむことにした。
◇◇◇
日はとっぷりと暮れ、夜道にはそこここに闇が落ちている。
「はぁ、なんとか凌ぎ切ったな」
店をほろ酔い気分で出た直後、ルルが大きな溜め息とともに言葉を吐き出した。戦場から命からがら生還したかのような口ぶりに、おかしくて吹き出してしまった。
ココもお酒でテンションが上がっているのか、くすくすと笑う。
「お前らな、笑うなよ。こっちは必死だったんだぞ」
「だって、ねぇ」
三人で話している時は素の喋り方なのに、店員や他の客が近くを通る時は急に黙り込んだり、妙に女っぽく振舞ったりと挙動不審だったせいもある。笑うなという方が無理だ。
しかし事情が事情なのだからあまりに笑いものにするのも可哀想に感じ、あたしは話を別の方向に広げることにした。
「それにしてもさ。ルルってモテそうだよね。ココは困ってるんじゃない?」
「そうなんです。いつもガードするのが大変で」
「馬鹿っ、何言ってんだよ。……そろそろ術も解くぞ、誰も見てないし」
不満げなルルの言い分に、ココが「ええっ」と慌てて止めに入る。
「お、お家に帰るまでが特訓です!」
「お前が見たいだけだろッ」
夫婦漫才のようなやり取りに、あははと再び笑ってしまった。ココはヤルンがどんな姿をしていても一向に構わないどころか、歓迎しているようにさえ見えて面白い。
……仕方がない、助け舟を出すとするかな。
「ココもさ、ヤルンと結婚するまでよくフリーでいられたよね」
「私ですか?」
これは日頃の疑問でもあった。
ちょっと考えれば分かる話だ。美人で、愛想が良くて、頭も良くて、頑張り屋。――男が圧倒的に多い職場で人気が出なかったら嘘だろう。
「交際とか結婚の申し込みがいっぱいあったでしょ」
「はぁ、実は……」
驚くべきことに、今でも時々あるのだとココは答えた。二人は結婚の事実を吹聴して回ったわけじゃないから、たまに知らない人間もいるらしい。
もちろん、ほとんどの男は理由を告げれば素直に引き下がる。ところが稀に、更に押してくる者も存在するのだとか。
「なにそれ。どういうこと?」
「『自分の方が、絶対に貴女を幸せに出来る!』と自信満々に仰るので、そういう方には私の望む条件をお伝えしてお断りしますね」
「あー……」
ココの結婚相手に望む条件の話は前に聞いていた。その中身は普通の女性がパートナーに望みそうな地位やお金ではなく、魔力や魔術に関係するものばかりで、普通の人間が敵う内容ではない。
「『そういう方』ってことは、他のパターンもあるってこと?」
「あぁ、それはなぁ」
応えようとしたのはルルだったが、言葉はそこで切れてしまった。人気の少なかった路地に気配が生まれたからだ。
大柄な男の3人組で、酔っているのか揃って熱っぽい視線をこちらに投げ、声をかけてきた。女同士じゃつまらないだろ、俺達と遊ぼうぜ――型どおりのナンパにウンザリしてしまう。
「悪いけど他を当たって」
ココとルルは当たり前として、自分だって今日は楽しい気分のまま終わりたい。完全に拒否をしたつもりだったのに、彼らは引き際を知らないようで食い下がってきた。
控えめな印象を与えるココに男の一人が誘いの文句をかけるも、彼女はきっぱりと既婚者であることを理由に首を振る。すると、相手はとんでもないことを言い出した。
「どうせしょうもない男なんだろ? そんなヤツ放っておいてさぁ」
「オイコラ」
うわぁ、本人の前でよく言うなぁ。知らないって恐ろしい。ココはココで「しょうもなくなんてありません」と毅然と言い放つ。
ナンパ男もそこで止めておけばいいものを、別の一人がちょっと硬派を気取った口調で言った。
「些末な男は綺麗な君に相応しくないよ」
冷静だったココの目の色が変わった気がした。その先には「誰が些末だ!」と怒るルルがいて、体格の良い男に宥められている。
そこまでを眺めて、あたしにはつい今しがたルルが言いかけた内容を理解できた。「他のパターン」とは、パートナーを――ヤルンを馬鹿にしてくる相手のことだと。
「そうそう、とっとと別れてさ。君ならもっと良い相手が幾らでも見つかると思うなぁ」
ココを褒めるためかもしれないが、これは最悪のセリフだろう。夫をコケにされて腹立たしい気持ち以上に、彼女にとって「別れろ」は「掴んだ夢への道を諦めろ」と言われるも同然だからだ。
「……許せません。その言葉、即刻取り下げて頂きます」
呟きと共に、グワッとココの纏う気配が膨れ上がった気がした。向こうの方ではベタベタと触られ、嫁の前で貶されまくったルルが同じくブチ切れている。……止められるはずもない。
あたしは息を深く吐き出し、「楽しい気分」を捨てる覚悟を決めたのだった。
三人揃って大暴れして、翌日叱られるというお決まりの流れですね。
ルリュスは「仕方ないなぁ」というスタンスで居ますが、結構ノリノリです。