第十話 変てこな夢
ネタが浮かぶまでのんびり待っていたら、こんなに間があいてしまいました。
「あれ?」
変だった。
気が付くと、俺は王都の往来のど真ん中に立っていた。
行き交う華やかな人々、ガタガタと車輪を鳴らし走る馬車。そして立ち並ぶ様々な店。最初こそ圧倒されまくりだったが、今ではすっかり見慣れた街の光景である。
ただし、自分がどうしてここに居るのかという理由が思い出せなかった。
視線を落とすと、そこにはこれまた着慣れた騎士服があったけれど、それも不自然極まりない。基本的に内勤である俺が城外で騎士の装いをする機会はほとんどないからだ。
あるとすれば、前回の旅のように護衛対象であるセクティア姫が外出する時くらいか。しかし、周囲には彼女も仲間の騎士達もいないとくれば、今が異常事態であることは明らかだった。
「ううーん?」
軽く唸って首を捻る。周りに人が沢山居るということは、この前に経験してしまったような、「妙な空間に迷い込んだ」パターンとは違うだろう。
あの時は本当に焦ったし、以来、転送術を使う時はとても気を付けている。
師匠も滅多にあることではないと説明してたしな。……つーか、今後に備えて一応対処方法は教わったけど、無闇やたらと異空間に飛ばされてたまるかっての。
……なんてやり場のない不毛な怒りはさて置くとして、俺はもう一度ここに至る経緯を思い出そうとし――唐突に解ってしまった。
「……そうだ。寝た、はずだよな?」
そう、自分は眠りについたはずだったのだ。
空が昼間のように明るいため、昨日なのか今日の出来事なのかは判らないが、ココと二人揃って早番だったから、師匠の訓練も夕方には終えて一緒に帰宅したのは事実である。
と言っても翌日も仕事だから、夜遅くまでのんびりダラダラとはしていられない。二人で軽く一息入れた程度で、とっととそれぞれベッドに入った。
特に不審なところもなかったはず。仕事と訓練とで疲れていたし、あっと言う間に眠りに落ちたと思う。
「ん、その疲労感がないな? ってことは……夢か?」
ぽつりと口にしてみた結論は、間違いがないように感じられた。なるほど、これが噂に聞く夢を夢と認識した状態――明晰夢というやつに違いない。
へぇ、こんなにもハッキリと明晰夢を見るのは初めてだな。こんな感じなのか。
周りから滲み出ていた違和感のわけも判明したし、そうなると段々ワクワクしてきた。夢なら何でも好き勝手に出来るもんなぁ。
「にしても、ココに何か盛られたんじゃなくて良かったぜ」
ふいに零れ出たセリフに深い意味はなかった。
寝る直前に彼女が淹れてくれた温かいお茶を飲んだ記憶があったから、もしやあれに何か入れられていたのでは……などとしょうもない疑心に駆られただけだ。
「私がどうかしましたか?」
「ぅえっ!?」
だからこの返事には本当に驚いてしまい、振り返って騎士服姿のココが立っていたことにも驚愕した。あまりの衝撃ですぐに声が出なかったほどだ。
彼女は首をことりと傾げ、「あの、私がどうかしましたか?」と質問を繰り返した。
「こ、ココ! なんでお前がいるんだ!? だ、だって、これは俺の夢だよな? ……あぁ、分かったぞ」
「いえ、私は夢が生み出した架空の存在ではありませんよ?」
いかにも納得できそうな答えは、本人によってあっさりと却下されてしまった。発言を証明するためか、ココは俺の手を取ってぎゅっと握る。
柔らかいそれは馴染み深い触り心地がして、同じく感じ慣れた魔力の流れも伝わってくる。これ以上ないくらいの、本物である証だ。
まぁ、自分の明晰夢が生み出したココだったら、こんなこと言ったりしたりしないよな。もっと……いや、何でもない。
俺の反応を見た彼女はそっと手を離してから言った。
「どうやら私、ヤルンさんの夢にお邪魔してしまったみたいです」
「『お邪魔』って……他人の夢に入るなんてこと、可能なのかよ?」
「近くで寝ていたからでしょうか?」
「んなワケがあるか」
近距離で眠るだけでお互いの夢を行き来できてしまうなら、毎晩とんでもなく面倒臭いことになっているに違いない。俺は長い間キーマと相部屋や隣室だったがこんな事態に陥ったことは一度もないし、万が一なっていたら寝不足に悩まされていただろう。
「夢ですから、忘れているだけかもしれませんよ?」
「その説を推してくんな! 考えてみろよ。もしキーマと夢を共有してたら、絶対に奴をタコ殴りにして起こそうとするはずだろ?」
「殴るのはやり過ぎな気もしますけど……それもそうですね」
キーマの寝坊助っぷりを良く知るココは神妙な顔で頷いた。まだ「起こそうとして撃沈していた説」も残ってはいるけれど、虚しさしか生まない考えは思考の外に押し出すに限る。
「まぁ、仕組みなんてもんは起きても覚えていたら、その時に改めて考えようぜ? この夢がいつまで続くか分かんねぇしな」
「言われてみれば、今この瞬間に目覚めてもおかしくないんですよね」
だろ? こんな機会は滅多に訪れないだろうし、折角だから楽むべきだと主張した。ココは同意こそしたものの、具体的にどう楽しめば良いのかと再び首を傾げて見詰めてくる。
今度は逆に俺が彼女の手を取って引っ張った。
「わっ……と、飛んでます!」
足が何の抵抗もなく地面を離れ、体が天に向かって浮き上がる。
予想通りだ。夢なのだから、呪文を唱えずとも空が飛べるし魔力制御も必要ない。当然、街の人達から注目を浴びることもだ。
まだ完全に高所恐怖症を克服したわけではないココは顔を引きつらせたが、落ちても怪我したり死ぬことはないと諭すと冷静さを取り戻した。
ふわふわと雲のように漂ってみたり、スイスイと泳いでみたり。現実では難しいことが、夢ならこんなにも簡単だ。
「最高だな! なぁ、城の方へ行ってみようぜ?」
「はい」
大通りを北上して王城を目指す。そこも普段は上からは見られない場所だった。地上には常に警備の兵が配置されているし、上空には結界が張り巡らされているからだ。
能力的には可能でも、真っ昼間に見下ろそうとしたら絶対に処罰されてしまうだろう。
「あっ、私達の家がありますよ!」
「お~、やっぱデカいな」
城のすぐ傍に建つ我が家は上から見ても大きかった。周囲にはもっと大きな邸宅もあるけれど、きっとそちらには相応しい身分と財力の持ち主が住んでいることだろう。
え、なんでご近所なのに予想なのかって? 引っ越し直後に行った挨拶では、どこも使用人に手土産を渡しただけだからだ。
わざわざ予約を取ってまで、お貴族様と面談するほどの用事でもないし、こちらとしては事実が伝わりさえすれば十分である。それに、引き抜き対策の意味合いもあった。
「わぁ、こうして見るとお城って本当に広いですねぇ」
晴天のもと、高い塀の中に聳える王城はとにかく大きく広かった。周りにはいつも使っている騎士寮や訓練場、向こうには兵舎や温室もある。
もしこれが全て、自分達の記憶がそれらしく創り出した幻だったとしても、胸に抱えた興奮や爽快感は本物だ。
寝て見る夢なんてすぐに消えてしまうものだし、気にしたこともなかった。でも、やってみたいことが苦も無くできて、誰かに咎められる心配もないなんて本当に最高だ。
ココもにこりと微笑んで頷く。
「本当に凄いですね。怪我の恐れもありませんから、訓練するのにもピッタリですし!」
生真面目な彼女らしい発言に、思わずズコッと落ちかけた。
◇◇◇
翌朝、目覚めた俺達は夢をしっかり覚えていた。師匠に相談してみると、魔力が響き合う相手と近くで眠っていればこういうこともあるのだと教えてくれた。
自分とココはずっと共鳴魔術の訓練をしてきた間柄なのだから、起きても不思議でない現象なのだろう。
「一度起きたのなら、今後も起きるじゃろうて。互いを意識しながら眠れば発生率も高まるかもしれぬのう」
そのアドバイスに俺はドキッとし、ココは「本当ですか?」と目を輝かせて振り返る。
「楽しみです! また夢をご一緒できたら、ぜひ訓練にお付き合い下さいね!」
お誘いの内容が残念過ぎる! 夢の中でくらい、魔術については忘れさせてくれっての!
多分、キーマは今回も滅茶苦茶悔しがっていると思います(笑)。