第六話 魔術学院の幽霊・後編
ホラー展開ですが、怖くはありません。ご安心を(笑)。
「この件を相談してきたのはお前だろ。後ろから援護してやるからさっさと行け」
「えぇ? 大丈夫かなぁ」
「さっ、ここはお兄さんとしての威厳をお見せする絶好のチャンスですよ」
ヤルンもぞんざいな言い分も酷いが、ココも地味にキツイ発言だ。そこにタドカが「キーマお兄ちゃん、がんばって!」と気合十分に追い打ちをかけてきた。
家の相続を放棄してもう数年が経つ今になって、「兄の威厳」なんてものを見せ付けても意味なくない? 別にダール達も「魔力なし」の自分を馬鹿にするわけでもないのに。ま、いいけど。
「なんだ、怖いのか?」
「幽霊に魔物だよ? 怖いに決まってる。ヤルンは怖くないわけ?」
「無駄な意地を張って死ぬのは御免だ」
「要するに怖いんだね」
きっと、この怖さは一般人が抱く恐れとは種類が違う。
恐怖心のない兵士や騎士は英雄になれる素質もある反面、戦闘であっさり死ぬ可能性も高い。
だから訓練では捨てるなと言い聞かされるし、怪奇現象が起きているのに魔力の気配がないことも拍車をかけてくる。
ごくりと唾を飲み込んだ。
「……じゃあ、開けるよ」
念のために腰の剣を抜いて軽く構えた姿勢で、ガララと恐る恐る扉を開けて顔を突っ込んでみた。
後ろからヤルンとココがさっと明かりで照らしてくれた感じでは他の教室と広さは同じで、違いといえば余りものの机や椅子などが奥に固めてあることくらいに思える。
「兄さん、どう?」
「うーん、パッと見は何もないかな。多分……」
時間が時間なだけに昼間の熱気こそないけれど、何とも言えない湿度と埃気が肌や鼻にまとわりつく。気持ちの良い場所でも、積極的に訪れたいところでもなかった。
「お二人はここで待っていて下さいね」
「え~、私も行きたい」
後ろからはココが言い聞かせている声が聞こえる。タドカは不満そうだったが、ココに大事な出入口を守って欲しいとお願いされ、渋々受け入れた。うん、退路の確保は重大な任務だね。
一方で、ダールには妹を任せていた。やっぱりココも弟を持つお姉さんなんだなぁ。……ヤルンへの態度も似たようなものだったりして。
「えぇと、こんばんは。誰か居ますか~?」
「なんだよ、その腑抜けた掛け声は」
「前にも言った気がするけど、お化けだかなんだかを脅してどうするのさ」
剣や魔術で倒せるかも分からないのに。
じりじりと数歩進むも、室内はしぃんと静まり返っていた。心なしか廊下よりも温度が低い気がするし、さっさと見て回って、こんな肝試しは終わらせてしまいたい。
幾らヤルンからは「お楽しみマニア」などという巫山戯た称号を貰った身だって、限度や引き際は弁えているつもりなのだ。
「ヤルン、ココ。どう?」
『……』
外からは分からなくても、中に入れば気付くことがあるかもしれない。その思いから問いかけるも……二人の返事はなかった。
あれ、まさか悪戯で自分だけここに閉じ込めようって魂胆じゃないよね? 疑念が淡くわき起こり、剣の柄を握る右手にググと力を込めて背後へ視線を向けた。
「え……」
想像した展開はなく、二人は確かに幼い姿のままで後ろに居た。ただし、胸を撫で下ろすことも出来なかった。揃って教室の奥を一心に見詰めていたからである。
――何か居るのだ。自分には知覚出来ない何かが。もっと魔力感知の訓練に真面目に取り組んでおけば良かったと後悔した。
「ね、ねぇ、何がいるのさ? ……っ!」
背筋に冷たいものが伝い、途端、ガタリと音が鳴った。日頃の訓練で鍛えた体が反射的に動き、携えた鋭い刃が闇の一端を斬る。
風を斬りつけたみたいに手応えはない。が、僅かに反応はあった。それが何であるのかを確かめる前に、ヤルンとココが畳みかける。
『――昏がりに潜みし闇の存在』
『その姿、白日の許へ曝さん!』
カッ! ほとんど夜闇に包まれていた教室が目を焼くほどの激しい光に包まれる。
詠唱に覚えがあった自分は咄嗟に目を腕で覆って防いだが、扉のところで事態を見守っていたダールとタドカは直視してしまったらしく「わっ」、「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げた。
そして同じように、いや二人以上に閃光の直撃を受けた者がもう一人いた。
「うわぁっ、何なに? 目が、目が見えないっ!?」
部屋の奥にうずくまって両目を開けられないままパニックに陥っていたのは、ダールよりも大きな体つきの少年だった。
◇◇◇
「ったく、人騒がせなヤツだぜ」
「まぁそう仰らずに、話を聞きましょう?」
腕を組んで怒るヤルンをココがいつものように宥める。
ここはすでにあの教室ではなく、魔術で「暴かれて」しまった少年――ラニエの部屋だった。
魔術学院の校舎に併設された寮の中にあり、ダール達の部屋も同じ建物内にある。そんな寮生の部屋は大して広くはなく、六人も入れば息苦しさを覚えた。
隠されたものを暴き出すために強い魔術を使ったため、人が集まってくる前に移動したのだ。一瞬とはいえ、かなり明るくもなってしまったし、誰かに見付かっては面倒なことになるだろう。
「これが転送術……」
「すごいすごい! 私も使えるようになりたいなぁ」
光の衝撃から立ち直った弟妹は初めて転移を体験し、尊敬の眼差しを二人に向けた。
ココは「では、お勉強を頑張って下さいね」と笑顔で言ったけれど、転送術って並みの術者には使いこなせないんじゃなかったっけ。魔力も馬鹿みたいに必要のようだし、気休めじゃないなら……鬼かな?
「あんなところで何やってたんだ?」
問われたラニエは座ったベッドの上で体を震わせた。
前は魔術を使って暴れていたところを取り押さえられたらしいから、ヤルンが苦手なのかもしれない。目付きも言葉遣いも悪いし、仕方ないかも。……おっと、こっちを睨まないでよ。
少年はそれでも言い渋っていたが、黙っていてもやり過ごせないと思い至ったのか、ぽつぽつと話し始めた。
「特訓、してたんだ」
「特訓?」
「魔力を抑える、特訓」
たったそれだけで、ヤルンには大体のことを察したようだった。怒りと緊張が走っていた視線を和らげ、髪を手でくしゃっとしてから「それでか」と呟いた。
ココもラニエの腕に嵌められた青い石を見ながら頷く。
「それで外からでは感じ取れなかったのですね。強い魔力の気配をそこまで消せるなんて凄いです」
「え……」
「少しは反省したって解釈で良いんだよな?」
「……」
声には出さず、こくりと首を縦に振る。そもそも暴れていたのだって、魔力の多さを持て余していたせいもあったのかもしれない。
ヤルン達にはあの師が居たけれど、あれほどの先達は道端にゴロゴロと転がっているものじゃない。同程度の指導力を学院の教師に求めるのは酷だろう。
身に染みて分かっているココがおずおずと提案した。
「ヤルンさん。私達でお力になれないでしょうか?」
「……仕方ねぇなぁ」
言いつつも、表情は満更でもなさそうだった。
それから数日しないうちに、ヤルン達はとある魔術に関する試案書をドゥガル学院長の元へと持ち込んだ。
タイトルは「使い魔による魔力の制御法と魔術の習得について」である。
つまり、強い魔力を持つ人間にテトラのような使い魔を与え、自分みたいに教えようというわけだ。エサは本人が与えれば良いので、魔力の増え過ぎも緩和することが出来て一石二鳥である。
学院側は驚いたが、最後には長年の問題が解決するかもしれない可能性に賭ける決断を下した。
同時に、被験者第一号となるラニエにはヤルンから茶色い子猫が与えられた。当然、定期的に面倒を見るという約束付きでだ。
学院からの帰り道、おもむろに言う。
「それだけ向こうも困ってたんだろうぜ」
「提案者がヤルン達だったってのも、説得力があったんだと思うよ?」
「上手くいけば、国中にネコちゃんが広がるかもしれませんね!」
「いや、広まって良いのは『仕組み』であって『猫』じゃねぇからッ!」
嬉しそうに言われ、ヤルンは足を止めてツッコんだ。いやぁ、今更焦ったって、この流れはもう止まらない気がするよ?
予言できる。ユニラテラ王国が猫まみれになる日はそんなに遠くないと。
モフモフは国を救うという壮大なお話(?)。
本編の改稿は「後日談Ⅰ 第七話 適性と強さの基準」まで進みました。
それと、以前は週一更新を目標にしていましたが、完全に不定期に変更します。
まだ完全休止にはしたくないと思っていますので、すみませんがご了承ください。