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第六話 魔術学院の幽霊・前編

再びキーマ視点です。ちらっと出てきた弟に加えて、本編に名前だけ登場していた妹を今回やっと出してみました。

「幽霊騒ぎ?」


 仕事が休みの日に訪れた王立魔術学院の食堂で、思わずそう問い返していた。今日は学院側も休日だったため、久しぶりに弟妹に会いに来たのだ。周りを見回してみても生徒の数もまばらである。

 窓を大きくとった構造の施設は全体的にパステルカラーに彩られ、日の光があちこちから差し込んでとても明るい。


 テーブルの向かいに座る、自分と良く似た顔付きの弟・ダールは困り顔で頷いた。


「校舎の端に物置として使われている教室があるんだけど、少し前から幽霊が出るって変な噂が立っててさ」

「え~、私はユウレイじゃなくてマモノだって聞いたよ?」


 今度はダールの隣に座っている妹のタドカが不満そうに口を挟む。ダールは卒業を間近に控えた11歳、タドカは入学してからようやく1年が経とうという8歳だ。

 どちらも自分と同じ金髪に鮮やかなオレンジの瞳をしていて、こうして三人で集まると色合いが賑やかで否が応でも人目を引いてしまう。

 ちょうど人気ひとけが少ない時で本当に助かった。


「魔物とは穏やかじゃないねぇ」


 いや、幽霊だって全然穏やかではないけれど、言葉から感じられる物騒の度合いが全く違う。すると、タドカが笑顔でとんでもないことを言ってきた。


「キーマお兄ちゃんは『きしさま』でしょ? かいけつしてよ」

「それはまた随分な無茶ぶりだなぁ。騎士は退治屋でもはらい屋でもないよ」


 妹の率直な「お願い」にはダールと揃って苦笑するしかない。剣を振るうだけが能の人間には、得体の知れない幽霊やら魔物やらのお相手は荷が重すぎる。悪者を追い払うのがせいぜいといったところだ。


 ……本当は他にも「多少の取り得」はあるのだが、面倒なことになるので彼らに披露するわけにはいかなかった。

 まぁ、二人ともまだ魔力感知の能力はないに等しいから、気を付けていればバレることもないだろう。


 そもそもオルティリト師や、彼の手解きを受けて能力を伸ばしてきたココが特殊なのだし、ヤルンなんて徹頭徹尾「規格外」だ。

 でも、これからはそのヤルンに頼んで隠して貰った方が安全かもしれない。魔力を縛られる時は痛むから、あまりやりたくはないんだけどねぇ。


「それで、具体的にはどんな噂? よくある音や声が聞こえる系?」


 詳細を問うと、今度も応えたのはタドカだった。ダールもそれに続く。


「だれもいないはずなのにガタガタッて物音がしたり、変な声が聞こえてきたりするんだって」

「ねぇ兄さん。騎士には無理でも魔導師なら……、ヤルンさんやココさんならどうかな? みんな怖がっているし、せめて何がいるのかが分かれば違うと思うんだ」


 ヤルンとダールが知り合った後に、彼ら四人には正式に会って貰い、すでに紹介を終えていた。だからこそ出た意見だろう。しかし、こちらとしては「どうかなぁ」と呟くしかない。


 これまでにも何度か所謂いわゆる「幽霊騒ぎ」には遭遇してきたものの、そのたびにヤルンはさっき自分が言ったのと同じ意見を発していたのだ。

 魔術と霊的なものは似て非なる次元のもので、魔導師に対処出来るかは分からないと。


 魔力を扱うようになった今では、自分にもその意味が分かるようになってきた。確かに今得ている力で「あれら」を退けられる気はしない。せいぜい逃げる時に役立つかも、程度じゃないだろうか。


「それを言うならダールたち三年生は全員、魔導書を得た魔導士だよね」


 そっくりそのまま反論してみると、弟は「無理だって」と首を横に振った。


「僕たちはまだ基礎をやっている最中の見習いだよ」

「……じゃあ先生たちは?」

「だめだよ。ただのウワサ話だって、取り合ってくれないもん。ひどいよねー」


 タドカはプクッと頬を膨らませ、まだ幼く短い腕を組んで怒ったのだった。


 ◇◇◇


「で、やっぱりこうなるのかよ」


 そして迎えた翌日の夜遅く。一行はくだんの教室の前につどった。げんなりした顔で呟いたのはヤルンで、今は魔術学院の三年生に変装している。

 その隣では同じく小さくなったココがニコニコと機嫌良さそうに笑っていた。きっと、彼女の大好きな「子ども」達に囲まれているからだろう。


 これまた縮んだ自分にまで目を輝かせて「ぎゅーってさせてくれませんか?」と言ってきたくらいだし。事件が解決したらね、とやんわり後回しにしたけれど……どうなることやら。

 ココの優しさや博識さに触れ、すっかり懐いたタドカが腕にひっついている間は大丈夫かな?


「あ~あ。お兄ちゃんもいいけど、ココさんみたいなお姉ちゃんもほしかったなぁ。そしたら一緒におかい物とかおしゃれとか出来るのに」

「私も弟しかいないので、妹がいたら楽しいだろうなと思ってました。今度、おでかけしましょうか」

「ほんとう? やったー!」


 小声ながらそんな風に話す様子は、髪や瞳の色が違うだけで本物の姉妹のようだ。

 貴族の出身で優秀な魔導師でもあるココとの付き合いは、男兄弟しか持たないタドカに良い影響を与えてくれることだろう。スウェルに住む両親も喜ぶに違いない。


「早くキーマさんがご結婚されて、義姉おねえさまが出来ると良いですね」


 んん、ちょーっと物騒なことを言っているかも? いや、全く考えてないわけじゃあないけどさ。タドカ、そんなキラキラした目を向けてこないでくれる?


「来て下さってありがとうございます。他に頼れる人もいなくて」

「見るくらいは別に構わないけどさ。役に立つかは分からねぇぜ?」


 圧の凄い視線を避けると、申し訳なさそうに礼を言うダールに、ヤルンが半信半疑な表情で返すところだった。それから、やおらジトっとした目で自分と弟とを見比べる。


「お前ら、そうやって並んだらマジでソックリだな。双子かよ」

『あははは』


 ちなみに今回、最近よく行動を共にしているルリュスには内緒にしてきた。これまで魔術学院に関わったことがない上、場所的にも彼女の得意とする弓は役に立ちそうにないためだ。

 でも、あとで教えたら声をかけなかったことを怒るかなぁ……。うん、黙っておこう。


「ココ、何か感じるか?」


 目の前の教室は窓も扉も固く締め切られ、暗闇にひっそりと息を潜めている。ヤルンが淡い魔力の光で照らしてみても、噂に聞くような物音や声は聞こえてこなかった。


「いえ、魔力的なものは特には……。ヤルンさんはどうですか?」

「……駄目だな」


 この中でもっとも感知に優れるココが濃い青の髪を揺らして否定する。問い返されたヤルンはそうっと手を伸ばして木の壁に触れたが、かんばしい反応はないようだ。

 やはり、実際に入ってみる以外には確かめるすべはなさそうだった。


「私にお任せ下さい。――『固く護りし戒めよ……』」


 全員で教室の前側に移動し、ココが手をかざして小さく呪文を唱える。

 魔術学院の名に相応しく、教員によってがっちりとかけられた魔術錠は、しかし王族の護衛役を務める魔導騎士の魔力と技術の前にあっさりと陥落した。

 かちり、と開く音が辺りに響く。


「ココさん、すごい!」

「いえ、大した術ではありませんよ」


 ダールやタドカは素直に彼女へ尊敬の眼差しを向け、自分も軽く触れてみて凄いと直感した。つい先日ルリュスの前で解いた武器庫の南京錠とは、かかっていた術の難易度が段違いだ。

 あれもある程度の心得がなければ開けられない鍵だったけれど、もしこのレベルの錠が仕掛けられていたら助けを待つしかなかっただろうな。


「……」


 そんな中にあって、ヤルンだけは微妙な顔をしていた。どうしたんだろ、緊張?

 ……あ、分かった。この術で何年もの間、自室の鍵を開けられ続けてきた張本人だもんね。そりゃあそんな顔にもなるかー。

 指摘したら怒りを買いそうだし、そっとしておこうっと。

ココとタドカのやりとりを書くのが想像以上に楽しくて、今後は出番が増えるかもしれません。


それと、本編やこちらをお読みくださってありがとうございます。ブックマークして下さる方も居て非常に嬉しく思っています。

本編の改稿や外伝の投稿が滞りがちですみません。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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