第一話 お姫様の拾いもの・前編
「騎士になりたかった魔法使い」の外伝です。
思いきりネタバレをしておりますので、本編と後日談を未読の方はどうぞそちらを先にご覧ください。
第一話はユニラテラ王国の第二王子の妃であるセクティア姫の視点で、ざっくりと本編のおさらいから。ネタバレの宝庫です。本当にご注意を。
私は少し前に面白い拾いものをした。それは魔導師のヤルンだ。
今は私の護衛役を務めてくれており、他にもお茶に付き合ってくれたり、子ども達の面倒まで見てくれている。彼自身も夢だった「騎士」になれて、毎日忙しくも充実した毎日を過ごしているようだ。
時折、我が国一番の豊富さを誇る魔力ととんでもない発想とで騒動を引き起こしては皆を混乱に陥れるけれど、私は王城での退屈な毎日を紛らわせてくれるヤルンが好きだ。
多少苦労してでも手に入れ……いや、護衛役に迎えられて本当に良かったと思う。
◇◇◇
「将来有望な新人兵士?」
ヤルンと初めて会ったのは、数年前。ユニラテラ王国の端にあるスウェル領の城でのことだった。そこは私の故郷であるフリクティー王国との境で、また夫・スヴェインの名前の由来になった町でもある。
私は夫の視察に付いていった途中の町で、面白い噂を耳にしたのだ。
「はい。まだ兵士見習いになったばかりなのに、有名な魔導師に才能を見出された男子がいると聞いています」
今ではヤルンとココの魔術によって一瞬で飛べてしまう距離も、当時は馬車で何日もかけて移動していたから、貴族や領主の城で泊めて貰いながら向かっていた。そのうちのどこかで聞いた話だった。
「なんでも非常に強い魔力を持っているとか」
「へぇ」
貴族の男性の話に、私は俄然惹かれた。どんな子か、是が非でも会ってみたくなったのだ。そうして辿り着いたスウェル城をこっそりと彷徨い、見つけたのがヤルンだった。
城の壁に挟まっていただろうって? そんな昔のことは覚えていなくて結構。
「この子がねぇ……?」
外見はいたって普通の子どもである。確か、その時は12歳だったか。平民に良くある紫色の髪と瞳をした童顔の男の子だ。しかし、彼の歯に衣着せぬ言動を私はいたく気に入った。
こちらの素性を知らず、不審者だと思っていたからではあるけれど、思ったことをズバズバ言うのは小気味良い。第二王子妃である私を褒めそやす人間ばかりの王城には、(夫以外では)いないタイプだった。
それに、ヤルン自身は有り余る魔力よりも剣を修めたがっていて、それも私の心をおおいに刺激した。向き不向きなんてどうでも良い。やっぱり、人間はやりたいことをすべきだと思うから。
「また会えたら良いな。もっと色々と話をしてみたい」
その時は新しい予感にワクワクしていた。
次に出会ったのはそれから少し経ってから、ユニラテラ王城の庭園でのことだった。誰もいないはずのそこでぴょこぴょこと跳ねる紫頭を見つけた瞬間、「あっ、貴方!」と大きな声で呼び止めていた。
「せ、セクティア様!?」
私を見て驚き、声をあげたヤルンは、背が伸びていた他は前に会った時のままだった。
変な知恵でも付けたのか妙に畏まった物言いをするので、そんなものはとっとと止めさせて、部屋に連れ込……じゃなくて、案内してお茶をご馳走した。
「うまっ!」
ケーキを食べて感動する彼は、もう十代半ばなのにちびっ子みたいで面白い。ちょうど護衛役の人員が不足していたこともあり、私は誘いをかけることにする。
ヤルンの夢である「騎士見習い」を目の前にぶら下げれば、易々と食い付く……もとい、話に乗ってくれると思ったのだ。きっと、少し焦ってもいたのだろう。
自分が欲しがるものを、他人が呑気に放っておいてくれる道理はない。価値あるものに人は群がる生き物だ。静観していると、いつ、どこに引き抜かれてしまうか知れない。
「ききき、騎士? 今、騎士見習いって言いました!?」
案の定、彼は目を見開いて叫び、こちらは勝利を確信しかけ――しかし、するりと手からすり抜けてしまった。最初にヤルンを見出し、弟子にした張本人である魔導師オルティリトによって。
「はい? ふ、ふえてる? 増えてるぅ!?」
どうやらただでさえ多いヤルンの魔力は未だ発展途上で、制御する方法を覚えなければならないらしい。
最近は魔術や魔導師について勉強しているから、余計に理解出来てしまう。滔々と説明されてしまうと、魔力が欠片もない私にはどうしようもなかった。
理由が理由だったために呑まざるを得ず、がっかりだ。けれど、老魔導師と完全に決裂したわけではない。私は時期を待ち、いずれ師弟揃って手に入れれば良いだけだと気付き、待つことにしたのだった。待つの、すっごく苦手なんだけどなぁ。
その一方で心に引っ掛かったのがヤルンのセリフだ。
『いくら師匠でも、王族の命令を蹴る権利なんてないでしょーが!』
あれは正論だった。国家に於いて王族とは頂点に君臨する一族であるはず。それなのにオルティリトは礼を尽くしながらも、自らの意思を曲げる素振りが一切なかった。
不敬罪だなどと責めるつもりはないけれど、気にはなる。そこで私は師弟と周囲の人物について綿密に調べ始めた。
「これは」
部下がもたらした情報を執務室でチェックしていて、自然と言葉が口から零れる。報告書には、想像以上のネタが詰まっていた。
まずヤルンだが、彼の経歴は外見同様に普通だった。家が商売をしていることも、家族構成もおかしなところはない。そんな一家から、あれほどの魔力を持った人間が生まれたこと自体が特異ではあるけれど。
「次は、ココ……あぁ、あの時の」
ヤルンと親しい人物として挙げられていた少女の名前は、彼と初対面の時に耳にしたものだった。
ココの情報は興味深い。騎士を多く輩出してきた貴族の娘でありながら、一流の魔導師を志して兵士になるなんて、かなり変わっている。彼女とも話をしてみたいものだ。
「それからキーマ……あの子ね。どれどれ?」
ヤルンと一緒に居た金髪の男の子だ。整った顔付きで、女性にもてそうだった。ふぅん、剣士かぁ……などと思っていたら、実家はなんと魔導師の一族だと記されている。
三人兄弟の長男、つまり跡取りでありながら、将来を期待された彼には魔力がなかった。そのため、跡取りの地位は魔力を持つ弟に譲り、自身は本人の希望で兵士になった、とある。
「へぇ、秘密の匂いがする話ね」
剣士は足りているから迷っていたが、彼の抱えるものを知ったら気持ちが変わった。それに、あのヤルンの友人に何もないわけがない。安易に切り捨てては後々後悔するだろう。
「で、最後がオルティリトね。えっ」
私は紙面を繰り、老魔導師の情報を知ろうとして驚きの声を発した。そこには最近の動向が記されていたものの、「過去の詳細は不明」と書かれていたからだ。
王族には情報をもたらす専属の部下が居て、彼らはエリート、一流である。その力をもってしても手に入れられないデータがあるなんて信じ難いことだった。
「絶対に何かあるわね。よしっ」
知りたいことを知らないままで済ませる私ではない。命の危険でもあれば引き際も考えなければならないが、今はとにかく行動あるのみ! とばかりに夫の元へ突撃した。
生まれた時からこのユニラテラ王国の王子として生きてきたスヴェインには、もっと緻密な情報網があり、国内外の情報に通じている。
というより、私の得られる情報ってスヴェインや侍従長のシンに精査されてるのよね。まったく、信用のない。幾つだと思ってるのかしら。前みたいにお城をこっそり抜け出したりしてるわけでもな……あったわ。
ヤルンやココに頼めばお城の門を通らずに出かけられるから、実は時々抜け出しているのよね。もしかしてバレてる? まぁ、面と向かって追及してくるまでやめるつもりないけど。
「たのもー!」
「お前はもっと普通に入って来られないのか」
「普通に入ったって面白くないじゃないの」
「面白い必要がないって言ってるんだ!」
そうして緑の髪と瞳の青年――スヴェインの私室に(押し)入り、オルティリトに関する、王族のみに知らされる秘密の一端を得た。彼が千年を超える時を生き、この国をつくった者達の一人であるという話をだ。
となれば、そんな人物の後継者に選ばれたヤルンの価値はますます上がる。これはなんとしても手中に収めなければと思い立った瞬間だった。
私は半年に一度は「まだ? まだなの?」と手紙を書いてアピールし続け、同時にその手紙で他のスカウトを退けるように指示もしておいた。
彼は自分の立場がちっとも分かっていないらしく、他の引き抜きなどないと高を括っていたようだったが、果たしてその機会は訪れ、授けた策は功を奏したのだった。危ないアブナイ。
それと前後し、頼みにしていた護衛役の一人が結婚を理由に退職することが決まったことで、私はとうとう待つことをやめた。オルティリトに連絡を取り、ヤルンを今度こそ手元に置くことに決めたのである。
久しぶりにスヴェイン・セクティア夫婦の会話を書くと掛け合いが楽しいです。
傍で見ている者達にはたまったものじゃないでしょうが。