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舞いし者の覚書  作者: 仕神けいた
9/13

第八話

挿絵(By みてみん)


「あんたら、商人というのは(うそ)だろう?」

「!」


「この島に来たのは金山から()れる金が目的(もくてき)だろう? (わた)してやりたいのは山々だが、バレたら(しば)り首だ。恩人(おんじん)をそんな目に()わせるわけにはいかない」


 清恒(きよつね)は頭をぼりぼり()いて返事に()まる。

「んー……まぁ、そうだな。

 それに、(だんま)りも誤魔化(ごまか)しも、やったってバレるときゃ、バレるしな。

  ――その通りだ」


「なぜきんがいる?」

(かり)に、村のみんなのため、と言ったら、あんたは金をくれるのか?」

「いや……無理(むり)だ」

「そうだろうな。砂金(さきん)どころか、(つち)一握(ひとにぎ)りでも持ち出したら打ち首だしな」

質問(しつもん)の答えがまだだ」

「ああすまん。ただ、(おれ)らがやることを、あんたが見逃(みのが)してくれるか先に知りたかったんだ」

「?」

「あんたさっき、金をくれるかって聞いたら『駄目(だめ)』じゃなくて『無理(むり)』と言ったろ。()まるに、あんたも実は金を持ち出したいが方法(ほうほう)がなかった、と言うところか?」

「……」

「図星だろ」


 マコトの表情(ひょうじょう)(かた)くなったのを見て、清恒(きよつね)はにやりとする。


(おれ)は空気読める人間だからな」


 『(うそ)つけっ』と、(かげ)(かく)れているシンが思わず()らす。


「あんた、()かったら(おれ)らの村に来んか?」

「なぜそうなる?」


 そこで質問(しつもん)の答え、と清恒(きよつね)人差(ひとさ)し指をピッと立てる。


(おれ)らの村は、今、旱魃(かんばつ)にやられて死に村の一歩手前だ。舞人(まいひと)殿(どの)雨乞(あまご)いでも雨が()らんかった。近くに川があるんだが、水路をひくには金がいる。毎年年貢(ねんぐ)(はら)うだけで(せい)いっぱいなんだが、次はもう年を()せん村人がほとんどなんだ。だから、金を分けてもらうためにここへ来た。

 だが、あんたらの()り出したもんを横取りしようとかじゃねぇ。草鞋(わらじ)についてるのだけでいいんだ」


草鞋(わらじ)の――?」

 マコトは少し考えこんだが、なるほど……と得心(とくしん)した。


(たし)かに、草鞋(わらじ)を持ち出してはならぬという(ほう)はない。なるほど、使わなくなった草鞋(わらじ)処分(しょぶん)するのだから(つみ)ではない、ということか」


「それに、水路を引くには金だけでなく人もいる。そこで、あんたにも来てもらって手伝(てつだ)ってほしいんだ。一人でも多くの手がほしい」


「……(あま)いな」

「ん?」

「いや……奉行所(ぶぎょうしょ)もそこまでは考えてなかっただろう。ボロボロの草鞋(わらじ)利用(りよう)する者がいるなんて」

 マコトは心なしか(うれ)しそうに言った。


「それと、お前知っているかもしれんが、島からの脱走(だっそう)重罪(じゅうざい)だ。だから(おれ)は島を出ない」

脱走(だっそう)なら、じゃろ? この島に住んでいるのだって、島流しの(やつ)だけじゃない。ここで生まれて死ぬ(やつ)もいる。お奉行(ぶぎょう)様の命令でもなんでも、島から出る(やつ)だっているはずだろ?」


「お前……たまに面倒(めんどう)くさいとか言われないか?」

 マコトは苦手なものを見るような顔をした。


 『言ってる! (おれ)が言ってる!』

 シンは舞人(まいひと)(かた)(たた)きながら言った。

 舞人(まいひと)(たた)かれた(かた)をさすって、やれやれ……とため息をつく。


「まあ、考えといてくれ」

 清恒(きよつね)はニカッと(わら)った。


「ところで、舞人(まいひと)殿(どの)というのは――」

 マコトがちらちらと(しげ)みを(うかが)いながら(たず)ねる。

「ああ、あそこに(かく)れてる人だ」

 清恒(きよつね)正確(せいかく)舞人(まいひと)のいる(しげ)みを指差(ゆびさ)す。

「ついでにシンもおるな」

「なに? いつから……」

最初(さいしょ)っからいたようだな」


 ばつが悪そうに木の葉を(はら)い落として姿(すがた)(あらわ)す二人。

「なぜあなたたちはそう(かん)(するど)いのですか」

「てか、(おれ)のことついでにしないでくれ……」


 こうして夜が()けていく。



 ■ ■ ■



「と、ゆーワケで!」

「何が『と、ゆーわけ』だ?」

「細かいことは言わない約束(やくそく)だシン! さあ、草鞋(わらじ)大交換会(だいこうかんかい)開催(かいさい)じゃあ!」


 新しい草鞋(わらじ)の山を前に、清恒(きよつね)は朝から村人を集めて声を()り上げた。


「仕事に行くちょいとの時間! 視線(しせん)は取ってもお手間は取らない!

 艱難辛苦(かんなんしんく)(あかつき)に、ようやくついたが佐渡(さど)の島! 一等二等とある中で、(おれ)草鞋(わらじ)が一等だぁ!

 ()くよ()くよと何が()く? 佐渡(さど)の港に船が着く! お寺の(ぼう)さん(かね)()く!

 舞人(まいひと)()(まい)(なみ)はずれ、三年寝太郎(ねたろう)は世間ずれ、足が(いた)いは鼻緒(はなお)()れ!

 ところがどっこい! うちの草鞋(わらじ)丈夫(じょうぶ)(やわ)い!

 旦那(だんな)は早めに手を()げて。(おんな)子供(こども)と同時ならそちらを優先(ゆうせん)交換(こうかん)だ! さぁ交換(こうかん)交換(こうかん)!」


 清恒(きよつね)のあまりに饒舌(じょうぜつ)な語りに、思わず一歩引いたシン。


「……なんだその口上は?」

舞人(まいひと)殿(どの)から教わったんよ。早く(さば)くためにはこのくらいはした方がいいって」


「お前、どっちかってーと引きこもりな感じだったのに一晩(ひとばん)でそのノリ……。

 しかもその口上、なんかに()てるような……」


「さぁさ来い来い! ひと(ふさ)なんぼの(たた)き売りぃ!

 今ならおまけに草鞋(わらじ)一足つけちゃうぞ!」


「バナナの(たた)き売りかぁっ!」


 シンは思わずツッコんだが、村人たちは聞き(のが)さなかった。消費(しょうひ)する(がわ)としては重要(じゅうよう)なその一言を。


「おまけ?」


 先ほどまで、聞くだけだった人々も、一斉(いっせい)にざわめきだした。


「さぁ(みな)さん、今から仕事なんじゃろう? 今はいてるのと交換(こうかん)でええから草鞋(わらじ)どうじゃ?」

 清恒(きよつね)の声に、ざわめきが()す。


「おれのを交換(こうかん)してくれ」

 一人の中年の男が()いだ草鞋(わらじ)()し出してきた。


昨日(きのう)、おれの弟もあの炭坑に()もれて、でも、あんたらのおかげで助かったんだ。ありがとうな」


「それ言うならわしもじゃ」

「アタシもよ」


  一人交換(こうかん)に申し出ると、(たが)が外れたように、次から次へと村人が(むら)がった。


「お、()さんといて!」

「早く()えてくれ!」


「一気に来んで(なら)んでくれ!」


 対応(たいおう)戸惑(とまど)ったのは水夫(すいふ)たち。


 寝太郎(ねたろう)に言われるがまま草鞋(わらじ)を持ってきたら、島の人たちにもみくちゃにされたもんだからたまったものではない。


 ある者は足を()まれ、ある者は(よご)れた草鞋(わらじ)を顔に()()けられ、ある者はなぜか身ぐるみを()がされた。


「お、お前たち……! 落ち着け!」

 (おく)れて様子を見に来たマコトは、我先(われさき)にと草鞋(わらじ)交換(こうかん)してもらっている村人たちを(なだ)めようとするが、(はじ)めて見る(みな)異様(いよう)熱気(ねっき)圧倒(あっとう)されてしまった。


 そんなマコトの(となり)にきたシン。

「……なんというか、言い方悪くてすまんが……がっつりしてるな……」

「……すまん」

 マコトが頭を下げた。


 しばらくおさまらない熱狂(ねっきょう)(なが)めていたシンとマコト。そこへ二人を()ぶ声がとんできた。清恒(きよつね)だ。熱狂(ねっきょう)(うず)()()まれ、今にも(おぼ)れそうな中、一生懸命(いっしょうけんめい)に手を()っている。


「人の波にもまれているな……」

「あいつ、猫背(ねこぜ)だから実際(じっさい)背丈(せたけ)よりちっさいんだよなー」


「見てねぇで……助けてくれよぉ……」

 もみくちゃの中から、やっとのことで二人のもとへたどり着いた清恒(きよつね)


「シン! 二、三日したら島を(はな)れるんで、出航(しゅっこう)できるよう準備(じゅんび)をしといてくれんか? それからマコトどの! すまんがここで木の実や山菜(さんさい)()れるところを教えてもらえんか?」


「それはいいが、唐突だな。なぜだ?」

 マコトは不思議(ふしぎ)そうな顔をした。


 ヨレヨレの着物を整えながら、清恒(きよつね)説明(せつめい)する。

「ほれ、(おれ)たちはお奉行(ぶぎょう)様に言わんでここへ来た、いわゆる密入国者(みつにゅうこくしゃ)じゃ。当然(とうぜん)買い出しなんてできん。魚は海へ出れば()れるが、山のものがどうしても()しくてな」


「それなら、(おれ)がなんとかしよう」

「ええんか? 助かる!」

「ああ、(まか)せろ」



 ■ ■ ■



挿絵(By みてみん)



健作(けんさく)や、(こま)ったな……」

 幾松(いくまつ)(つぶや)く。

「じっちゃん、(こま)ったな……」

 健作(けんさく)(つぶや)く。

 (どろ)だらけに(よご)れた草鞋(わらじ)の山を見上げて(つぶや)くのは水夫(すいふ)老人(ろうじん)(まご)


 昨日(きのう)の朝から、寝太郎(ねたろう)の意図がわからないまま、水夫(すいふ)たちは草鞋(わらじ)風呂敷(ふろしき)(つつ)んでは村人たちの古い草鞋(わらじ)交換(こうかん)する作業を何度も()り返した。

 健作(けんさく)なんか、身ぐるみまで()がされて大変(たいへん)だった。


 それでも(おこ)る気がしないのは、この村に来たばかりの清恒(きよつね)を知っているからだ。


 戦火(せんか)(のが)れか追われてか。


 血にまみれ(どろ)にまみれ、人目を(しの)んで父親と命辛々(いのちからがら)やってきた長州の小さな村の片隅(かたすみ)


 村人は他者を簡単(かんたん)には受け入れることができず、父・玄信(げんしん)もまた(しか)りだった。

 疲弊(ひへい)しきって(まわ)りの人も何もかもが信用(しんよう)できなくなってしまった玄信(げんしん)に、清恒(きよつね)はにっこり(わら)ったのだ。


 ――人は、自分以外(いがい)(しん)じることができる唯一(ゆいいつ)の生き物です。

 と。


 それからというもの、玄信(げんしん)積極的(せっきょくてき)に村の手伝(てつだ)いをし始め、村の庄屋(しょうや)になった。


 二、三か月前までは、()てばかりで愛想(あいそ)をつかされていたが、最近(さいきん)清恒(きよつね)は、村に来たばかりの(ころ)と同じ雰囲気(ふんいき)を感じ取ることができた。少なくとも、健作(けんさく)にはそう感じた。


寝太郎(ねたろう)さんのすることは、どこまでも思考が読めんから気が滅入(めい)るよな、なあじっちゃん」

「だな、健作(けんさく)や……これじゃあ、旦那(だんな)様に合わせる顔がないわい。死んでお()びでもせにゃならんぞ」


(こま)ったなー……」

(こま)ったな……」


 二人は青色吐息(といき)。ほとんど生きている心地もなく清恒(きよつね)を心配したが、当の本人はつゆ知らず元気であった。


「こんな(どろ)だらけの草鞋(わらじ)、一体どーするんだか。()てにいくのも大変(たいへん)だで……」

  健作(けんさく)草鞋(わらじ)を手に取り(どろ)をはたく。


「ん?」


 視界(しかい)にキラッと光るものを見つけた。


「何か光った」

「そりゃあ鉱山(こうざん)(はたら)いちょった人が()いてた草鞋(わらじ)じゃ。金の一粒(ひとつぶ)くらい――」


 幾松(いくまつ)が言いかけて、はっとする。

 健作(けんさく)と顔を見合わせて、お(たが)いに同じことを考えているとわかった。


「あーっ!」

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