表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
舞いし者の覚書  作者: 仕神けいた
7/13

第六話

挿絵(By みてみん)


 航海(こうかい)をして二十日あまり、昼夜を()り返した(ころ)だろうか。


「島が見えたぞー!」

 水夫(すいふ)の一人が島の発見を大声で知らせた。


 知らせを聞いて甲板(かんぱん)に集まった人々は、行く船の先にうっすらと雲の様な山らしい(かげ)確認(かくにん)した。


「おお~、見えた見えた!」


 寝太郎(ねたろう)子供(こども)のようにはしゃいで横手を打つ。が、

「あー……とうとう着いた」

 水夫(すいふ)たちは、半ば(あきら)めたように島影(しまかげ)を見つめた。



「どうだい、あれ、山じゃろか」

「うん、山やろ。あれが竜宮(りゅうぐう)かも知れん」


 幾松(いくまつ)健作(けんさく)がため息をついた。


「よっしゃ、港を(さが)して船を――」

「まて」

「お待ちを――」

 制止(せいし)したのはシンと舞人(まいひと)だ。


 両者(けわ)しい表情(ひょうじょう)を島に向けているのを見て、清恒(きよつね)不思議(ふしぎ)そうにする。

「どーした二人とも?」


「島の雰囲気(ふんいき)がどうもいけすかない。殺気(さっき)だっているように感じる」

気付(きづ)かれましたかシン殿(どの)、さすがです。この島についてご存知(ぞんじ)で?」

「いや。昔、少し聞いただけだ」

「何? どーゆー事や?」

 清恒(きよつね)が、交互(こうご)に二人を見て首をかしげる。舞人(まいひと)がそれに(こた)えた。

「ここは、今でこそ金山となって(さか)えてはいますが、かつて流刑地(るけいち)とされていた島です。それほど昔の事ではないので、今もただならぬ気配は、この島にいる方々からかと」

「こんな殺気(さっき)立っている島はまずいんじゃないか? 一旦(いったん)島から(はな)れて――」


「よーし! 港を(さが)して船をつけろー」

「人の話を聞けやコラァッ!」

 (さけ)ぶシンに、しかし清恒(きよつね)はにこやかに言う。


殺気(さっき)立っとろうが麒麟(きりん)(くだ)ろうが、それでも行かなあかんわーや。(おれ)にはやる事があるけぇ」


麒麟(きりん)がくだるって……なんだそれ?」


 船は、港を(さが)して島沿()いにしばらく進む。

 海と島が複雑(ふくざつ)に入り組んで、岩礁(がんしょう)(つら)なり、黒褐色(こっかっしょく)の岩、人の横顔に見える巨大(きょだい)奇妙(きみょう)な形の岩もあった。


 しばらくして、ようやく船は、清恒(きよつね)の見つけた小さな港にたどり着いた。


 港には小さな船が一舟(いっそう)(はま)には、たらいというより大樽(おおだる)を半分に切ったような、大人が一人二人乗れそうなものがいくつも()してあった。

 その横には、(かぎ)やヤスなどが取り()けてある長い竿(さお)(なら)んでいる。


 視界(しかい)(はし)朱鷺(とき)が数羽、(えさ)(さが)して(ついば)んでいたが、突然(とつぜん)()び立ってしまった。

 清恒(きよつね)が正面を向くと、幾松(いくまつ)でも感じ取れるほどの殺気(さっき)(あふ)れていた。



 ――なんだ? 新しいヤワラギ演者(えんじゃ)か?

 ――役人には見えぬな。ムシュクニンじゃないか?



 (さび)れた雰囲気(ふんいき)の港。

 その外側(そとがわ)に、異様(いよう)なまでに人が集まっている。にもかかわらず、そこから()れる声は(しず)かで(ひく)く、人の()れとほど遠いものだった。


 ヒソヒソと聞こえてくる意味の分からない言葉が、(けもの)(うな)り声に聞こえる。

 水夫(すいふ)たちは総毛(そうけ)だってシンの後ろへ我先(われさき)にと(かく)れた。


「ね、寝太郎(ねたろう)さん、こんなおっかないとこでどーするんじゃ?」

(おれ)たちもう帰ってええが?」

乙姫様(おとひめさま)どこやねん? こんなとこが竜宮(りゅうぐう)なわけないわーや」


「どう見ても歓迎(かんげい)されてる雰囲気(ふんいき)じゃないぞ、清恒(きよつね)。どうする?」

 刀の(つか)に手を()えるが、後ろの水夫(すいふ)たちにしがみつかれて身動きが取れないシン。

 その姿(すがた)(あわ)れな目で見る清恒(きよつね)

得体(えたい)の知れん(もん)は、お(たが)い様や」


 清恒(きよつね)深呼吸(しんこきゅう)をすると、声を()り上げた。


(おれ)縄田(なわた)玄信(げんしん)一子(いっし)清恒(きよつね)

 ここへは草鞋(わらじ)を売りに来た!」


 言い終わると、水夫(すいふ)たちに船内の草鞋(わらじ)を持ってくるよう指示(しじ)した。

 その間に、港の向こうからは数人の男が清恒(きよつね)たちに近づいてくる。


  先頭を歩く男は、目付(めつ)きが(するど)(にら)()けているようにしか見えない。

  死神のような形相に、水夫(すいふ)たちの顔がさらに強張(こわば)る。


「お前らち、流されたやつらじゃねぇのか?」

 男は、恐怖(きょうふ)()すような(ひく)い声を発した。

 対し、清恒(きよつね)はあっけらかんと(こた)える。

「ん? おう、(おれ)らは商人だ。草鞋(わらじ)のな」


 後ろにいたやせぎすの男が金切り声を出す。

「なあ、あいつらほたく前に奉行所(ぶぎょうしょ)に言った方がいいんじゃないか? おいらち今から「ナガシ」を始めるんやし、(おんな)子供(こども)も手が放せなくなるぜ」


「あいにくだが、ここでは商売はできん。奉行所(ぶぎょうしょ)を通ってないならなおさらだ。そのくらいは知っているんじゃないか? それとも海ノ口(うみのくち)で父が討死(うちじに)して、世間の事に(うと)くなったか? 玄信(げんしん)の子よ」


 玄信(げんしん)は、海ノ口(うみのくち)での怪我(けが)をきっかけに隠居(いんきょ)をしたが、世間では、玄信(げんしん)討死(うちじに)したとされているらしい。


 皮肉は明らかだ。


 それに怒りを覚えたのは、シンの方だった。


 ――戦場(いくさば)にいなかったヤツが好き勝手なことを!



玄信(げんしん)姿(すがた)(あらわ)さないのは、隠居(いんきょ)したのではなく、実は討死(うちじに)したからだ」



 と、(かれ)(ねた)(ほか)家臣(かしん)がでたらめを吹聴(ふいちょう)していた事を思い出したシン。


 玄信(げんしん)が死したことを毎日のように(なげ)いた。父とも一切(いっさい)顔を合わせることができなかったほどだ。

 同じ年頃(としごろ)清恒(きよつね)とともに世話になったからか、もう一人の父のように玄信(げんしん)(した)っていた。



挿絵(By みてみん)


「お前ぇええ!」

 シンは水夫(すいふ)たちを後ろへ放り投げ、男に切りかかる。

 男も、近くに立ててあった(かぎ)竿(さお)を手に、応戦(おうせん)する。


 しかし、それらが交わることはなかった。


「三年も村から出んかったら、そりゃ(うと)くなるわな」

 清恒(きよつね)は、二人の(うで)を強く(にぎ)って言った。細い(うで)のどこにあるのか、強い力に、二人は(うめ)いていた。


「う、うぐっ……」

「おい……清恒(きよつね)(いて)ぇって……」


 ぎちぎちと二人の(うで)(きし)む。

「……まっ、急に来た(おれ)らが悪いやなそりゃ」

 パッと手を(はな)した。

「そんで提案(ていあん)なんじゃが、持ってきた草鞋(わらじ)は、タダで交換(こうかん)するってのはどうだ? そのかわり、このことはお奉行(ぶぎょう)様には内密(ないみつ)にってことで。だいぶくたびれとるようじゃけ」


「む……」

 言われて、足元を見る男。

 (たし)かに、毎日鉱山(こうざん)まで歩き、仕事をしている草鞋(わらじ)はすり()っている。これはまた草鞋(わらじ)を新たに作らなければならない。

 男は思った。草鞋(わらじ)を作る度、いったいどのくらい時間をかけたことか。


 その時、山の方から地響(じひび)きが聞こえてきた。

「なんだ?」

 水夫(すいふ)たちは山神さまの(いか)りだの乙姫様(おとひめさま)(いか)りだのあわてふためいた。

 一方で青ざめた顔をしたのは佐渡(さど)の村人たち。

「ありゃあ、まさか(くず)れたんか?」


 男は何も言わず、山に向かって走り出していた。


「ワシらも行くぞ」

 清恒(きよつね)が後を追って走っていった。



挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ