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舞いし者の覚書  作者: 仕神けいた
5/13

第四話

挿絵(By みてみん)


舞人(まいひと)殿(どの)結局(けっきょく)(もど)ってこなかったのー……」

 翌朝(よくあさ)玄信(げんしん)がいつものように囲炉裏(いろり)に火を入れていると、突然(とつぜん)(はげ)しく戸を(たた)かれた。


玄信(げんしん)さん! 大変(たいへん)……大変(たいへん)じゃ!」


 村人に()び出され、向かった先の光景(こうけい)を目の当たりにして、玄信(げんしん)(まぼろし)ではないのかと目を何度もこすった。


 浜辺(はまべ)に大きな、見たことのない船が見えた。

 玄信(げんしん)(まぼろし)かと何度も確認(かくにん)したのは、その船に清恒(きよつね)が乗っていたからだ。

 起きている。()ていない。


 この三年と三月、夜中にこっそりと何かをしていたのは知っていた。

 だが、船で村を出ようとするなんて、そこまでこの村にいたくなかったのか。


 そう思うと、玄信(げんしん)は悲しみを通り()して(いか)りが()み上げてきた。


 ――お前はこの村を、(みな)()てていく気か!?


清恒(きよつね)ぇー! お前、何やっとるんじゃあー!?」


「やっぱ見つかったかー……」

「まさか、村の横を通るとは、(わたし)は知りませんでした」

(おれ)は何となく予想してた」

 ドヤ顔で言う清恒(きよつね)に、舞人(まいひと)はため息をつく。


挿絵(By みてみん)


「一度船を()りて、玄信(げんしん)殿(どの)説明(せつめい)をしなければ、追いかけてきますよ、(かれ)


 (かれ)の言う通り、玄信(げんしん)が海を走らんばかりの(いきお)いでこちらに向かってきている。

 走っているように見えるのは、きっと清恒(きよつね)の目の錯覚(さっかく)だ。人間は海の上を走ったりしない。


 (おに)の形相をした玄信(げんしん)が向かってくる。

 清恒(きよつね)背筋(せすじ)がゾクリと(こお)りそうになった。


「ちょっ……! 来んな! (たの)むから来んな!」


 すると、玄信(げんしん)は海に(しず)んでしまった。

「父う……親父っ!?」

 船縁(ふなべり)()清恒(きよつね)。直後、(はげ)しい水飛沫(みずしぶき)をあげて玄信(げんしん)が水上へと()(えが)いて()び上がり、見事な回転をしながら甲板(かんぱん)に着地した。


 ――曲芸(きょくげい)かっ!?


「やー、お見事な回転。まるでイルカのようですねー」

 舞人(まいひと)拍手(はくしゅ)をしながら清恒(きよつね)心境(しんきょう)代弁(だいべん)した。


 しかし、イルカは殺気(さっき)(あふ)れ出てくるような生物ではない。


挿絵(By みてみん)


「お前……! この船で一体どこ行く気だ!?」

「いや……あの……」

 清恒(きよつね)背筋(せすじ)がまたもゾクリとする。(あわ)てて大きな声で、

「親父っ! (しん)じてくれ! (おれ)かならずここへ(もど)るから、(たの)むから(だま)って行かせてくれっ!」


 必死(ひっし)(おが)清恒(きよつね)(となり)にいる舞人(まいひと)も、かつての武将(ぶしょう)威圧(いあつ)にただ立ち()くしていた。


 清恒(きよつね)(おが)むこと半時。


「――で? 本当にお前らだけで行けると思うのか?」

「何も問題ない!(たの)む親父!」


 玄信(げんしん)は、やれやれとため息をついた。

清恒(きよつね)、船旅の途中(とちゅう)(めし)はとうするんだ? 船に(きず)がついたときの修理(しゅうり)は? お前できるのか?」

 あ、と清恒(きよつね)は頭をかいた。完全(かんぜん)(わす)れていた顔だ。


「あ、でも舞人(まいひと)殿(どの)一緒(いっしょ)に来る言うてるから教えてもらえば――」

 できると言う前に、舞人(まいひと)が、

(わたし)料理(りょうり)も船の修理(しゅうり)もできませんよ」


「…………」


「デキマセンヨ」


 二度、言われた清恒(きよつね)玄信(げんしん)は思わず(ひたい)に手をやる。

「はぁー……。

 清恒(きよつね)、何人か水夫(すいふ)()れて行きなさい。食糧(しょくりょう)幾分(いくぶん)か用意するけえ」

「ぐぅ……すまねぇ。ありがとう」


 心配する父に()し切られ、水夫(すいふ)七人は父が(やと)って()()わせることとなった。

 だが(やと)われた水夫(すいふ)たちは、

寝太郎(ねたろう)船頭(ふながしら)かあ?」

竜宮城(りゅうぐうじょう)に行けとか言い出すんじゃなかろうか?」

 と、村の(うわさ)を聞いていたためか、口々に寝太郎(ねたろう)馬鹿(ばか)にした。


 だがしかし、寝太郎(ねたろう)から(わた)された船の取扱説明書とりあつかいせつめいしょと、(かれ)をみて、水夫(すいふ)たちは感嘆(かんたん)の声をあげる。


 寝太郎(ねたろう)は、説明書(せつめいしょ)内容(ないよう)完全(かんぜん)おぼえ、理解(りかい)していた。

 水夫(すいふ)たちが巻物を読み進めるたび、船で実践(じっせん)しながら丁寧(ていねい)説明(せつめい)した。

 出航(しゅっこう)準備(じゅんび)順調(じゅんちょう)に進んだが、

「あ、れ?」

 いつの間にか、舞人(まいひと)姿(すがた)はなかった。


 ■ ■ ■


 水夫(すいふ)たちと準備(じゅんび)に数日を(つい)やし、ようやく出航(しゅっこう)までこぎつけた。しかし、(いま)だに舞人(まいひと)姿(すがた)あらわさない。

 清恒(きよつね)はそこここで舞人(まいひと)を見ていないか人にいて回った。が、(みな)見ない知らないというばかり。


「どこ行っちょってんじゃろ?」

 言っていると、舞人(まいひと)がひょっこり港に(あらわ)れた。

「お待たせしてたいへん申し(わけ)ない」

「どこ行っとったんじゃ?」


留守(るす)の間、村の旱魃(かんばつ)が悪化しないように(まじな)いをしておりました」


 舞人(まいひと)はにこりとして(ふだ)を見せる。

「そういや、お前さんは、()うだけでなく(まじな)いもできるんじゃったな。すげぇな、ありがとうな」

「それほどではありませんよ」


 全員(そろ)ったところで、清恒(きよつね)号令(ごうれい)をかける。


「よし、出航(しゅっこう)するぞ!」


 しかし、水夫(すいふ)たちは(こま)り顔だ。

出航(しゅっこう)っつったって、わしらどこ行きゃええんじゃ?」


「ああ、言っとらんかったか? 目的(もくてき)地は北東の島じゃ」

 寝太郎(ねたろう)がそれしか言わなかったので、水夫(すいふ)たちはしかたなく響灘(ひびきなだ)()けて北東を目指すことにした。


大丈夫(だいじょうぶ)なんかな……」

 水夫(すいふ)不安(ふあん)(ぬぐ)えない表情(ひょうじょう)だ。


「さあ、出発だ! ()()れ!」


 一行を乗せた船は、ゆっくりと港を(はな)れた。

 舞人(まいひと)の取り()けた()潮風(しおかぜ)を受け順調(じゅんちょう)に波間を(わた)っていく。


「すげぇなあ!」

 生まれて(はじ)めての光景と(しお)(にお)いに、清恒(きよつね)表情(ひょうじょう)(かがや)かせて(よろこ)んだ。


「こんなでっかいモンが海の上に()いて進むなんてなあ! 昔の人はすげぇモン作ったよなあ!」


 陽の光に反射(はんしゃ)してキラキラした海面、その水面に負けないくらい()()き通った青い空。


 瀬戸(せと)内海(ないかい)(おだ)やかな波は船首を()らし、()は力強い風を受けて南へと帆走(はんそう)する。


帆船(はんせん)ちゃあ、()がんでもええけぇ楽やのう」

 清恒(きよつね)舵取(かじと)りの水夫(すいふ)に言う。


「……なあ、ちいーとだけわしにもやらせてもらえんか?」

「だ、ダメです! こちとら(みな)の命を(あず)かっちょってですから!」


「けどよぅ……」

「ダメなもんはダメです」


「じゃあ、舞人(まいひと)殿(どの)はええんか?」

「へっ?」

 清恒(きよつね)指差(ゆびさ)す方を見ると、舞人(まいひと)がさっきから()固定(こてい)する(なわ)()めなおしたりいじくったり、チョロチョロしている。


 一見、手際(てぎわ)のいいように(うかが)えるが、よく見れば(かれ)のいじった跡は(なわ)(むす)び目からなにまでメチャクチャになっていた。


 それを見た他の水夫(すいふ)(あわ)てて()()って注意する。

「ちょっとあんた! ダメじゃないか、そんなとこいらっちゃあ! あちこち(なわ)がワヤじゃーや! 船が(しず)んでもいいのか!?」

 (おこ)られて、舞人(まいひと)はしょんぼりとして船室へと歩いていった。


「……」

 清恒(きよつね)舵取(かじと)りの水夫(すいふ)は、黙ってその姿(すがた)を見送った。


 しばらくして。

 強い海風とともに波が船に体当たりをしてくるようになった。

 空は晴れわたっているが、(しお)の流れが速く、どこかにつかまっていないと転げてしまいそうなほどに船は()れた


「これが外海(そとうみ)かあ! すごい波じゃのう~!」

寝太郎(ねたろう)さん、ここはまだ内海(うちうみ)やでー」


「そーなんかぁ~!

 でもすっげぇー!

 広いのう~! 広いのう~!」


 水夫(すいふ)たちは、船の操作(そうさ)手一杯(ていっぱい)だったが、それでも清恒(きよつね)のはしゃぎように、思わず()みがこぼれてしまった。


「おっ! なあ、あっちに鳥居(とりい)が見えるぞ! あそこは何て言うんじゃ?」


 清恒(きよつね)は、左手に見える石の鳥居(とりい)()した。


「あれは和布刈(めかり)神社(じんじゃ)や。(しお)()ち引きを(つかさど)る神様がおってんよ」


「おぉ~……なら、あいさつしとかんと!」

 清恒(きよつね)が手を合わせて(いの)ると、水夫(すいふ)たちも次々(つぎつぎ)と、両手をこすり合わせ、この船旅の安全を必死(ひっし)(いの)った。


――船が(しず)みませんよーに!

――無事(ぶじ)に母ちゃんとこへ帰れますよーに!


 それから、


――寝太郎(ねたろう)さんが(へん)なことしませんよーに!!


 最後は、以心伝心(いしんでんしん)というか、いつ肝胆相照(かんたんあいて)らしたのか、水夫(すいふ)みな同じことを(いの)った。



「……なあ! じゃあ、反対側が壇ノ浦(だんのうら)か?」

「そうです。もう少し先に行けば、赤間神宮(あかまじんぐう)もあります」


 (いの)り終えた清恒(きよつね)和布刈(めかり)神社(じんじゃ)の対岸を向く。


 じっと見ているのは、空虚(くうきょ)となった古戦場(こせんじょう)源平(げんぺい)入り(みだ)れるかつての(いくさ)情景(じょうけい)か。



「……うわっ!?」

 先ほどから大きな波が船を()らしていたが、今度のはさらに(はげ)しかった。


寝太郎(ねたろう)さん! 船室へ行ってくれ! 渦潮(うずしお)じゃ!」

 急に(せわ)しくなった甲板(かんぱん)で、(わか)水夫(すいふ)避難(ひなん)(うなが)す。


 なるほど、船の前方は、いくつもの渦潮(うずしお)がひしめき合っている。


 山と山に(はさ)まれた海は、(しお)の流れが速く、岩礁(がんしょう)も多いのか流れも複雑(ふくざつ)になっていた。

 そのため、()が風を受けていても、船の進む速度(そくど)極端(きょくたん)(おそ)くなった。


「ここ関門(かんもん)海峡(かいきょう)は、一日に何度も(しお)の流れが()わるっちゅうて、船乗りの間でも有名なとこや! (うず)(つか)まったらオダブツやで!」


「いや、すまんがここにおらせてくれ! この海を見ておきたいんじゃ! 邪魔(じゃま)はせんけえ!」


 水夫(すいふ)たちが何度も説得(せっとく)したが、清恒(きよつね)(がん)として船首を(つか)んで(はな)さなかった。


 船は、渦潮(うずしお)でドタバタしながらも南から関門(かんもん)海峡(かいきょう)()え、その日のうちに響灘(ひびきなだ)()けた。


 日本海へ出ると、船は北東へ向かって旅を(つづ)けた。


 最初(さいしょ)(ころ)は、あわただしくも、船旅を楽しむ余裕(よゆう)があったが、すぐにそれもなくなった。


 北東の島が目的(もくてき)地とはいえ、それ以外(いがい)に先の見えない航海(こうかい)は、想像(そうぞう)以上(いじょう)(きび)しかった。


「……()った」

 乗船(じょうせん)経験(けいけん)のない清恒(きよつね)は、船や外の景色(けしき)のめぼしいものをひととおり見終わると、あっという間に船酔(ふなよ)いした。


 船医はおらず、水夫も簡単(かんたん)処置(しょち)しかできなかったため、清恒(きよつね)は、船旅の半分以上を()()ごすハメとなった。


 おまけに、船室も食糧庫(しょくりょうこ)草鞋(わらじ)占領(せんりょう)され、船員たちは肩身(かたみ)(せま)くしながらの航海(こうかい)余儀(よぎ)なくされたのだ。


「……なあ健作(けんさく)

「なんだ、幾松(いくまつ)じいちゃん?」

 夜、(せま)い船室で横になった水夫(すいふ)の老人が、(かた)をくっつけて(ねむ)(わか)い男に話しかける。


寝太郎(ねたろう)さんは一体何を考えてんだろうなあ……北東の島だなんて、竜宮(りゅうぐう)にでも行くつもりなんじゃろか?」

「さあ……きっと、まだ(ゆめ)でも見とるんじゃろ」

「じゃあ、(おれ)らは(ゆめ)のお相伴(しょうばん)っちゅうこっちゃか……」

「これで早風(はやて)でもくってみろ。あっちゅう間にお陀仏(だぶつ)や」


「かなわんわー」

「かなわんわー……」


 二人は、波に()られてギシギシとうなる天井(てんじょう)を見つめた。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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