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舞いし者の覚書  作者: 仕神けいた
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第十二話

挿絵(By みてみん)



 刀は(さや)(おさ)まったまま、地面に()き立っている。


「シン殿(どの)、持ってみてください」

 言われるままに手にした。が、

()っっも!」

 (つか)んだものの、びくともしない刀。

「ね」

「『ね』じゃねえ!」

「持ち主を(えら)ぶんです。その刀」

「つか、こんな重いモンよくその箱に入ってたな」


 言っている間にも、旱魃(かんばつ)はどんどん広がっていく。(ヒデリガミ)のいるあたりは、もう草木が()砂漠化(さばくか)が始まっていた。


「なんでもええ! 剣舞(けんぶ)をせにゃならんのやろ?」

  今度は清恒(きよつね)が刀を()こうと(つか)んだ。


清恒(きよつね)無理(むり)だか……ら……」


 シンが忠告(ちゅうこく)しようと(さけ)んだが、清恒(きよつね)()さった刀をいとも簡単(かんたん)に引っこ()いてしまった。

 あまりに力を入れていたので、()けた拍子(ひょうし)尻餅(しりもち)をついてしまったほどだ。


「……え?」



「ほ、ほら()けたろうが……!」



「ええーっ!?」


 清恒(きよつね)が、地面に(さや)だけ(のこ)して()けた刀を見る。


 両手(りょうて)(つか)(にぎ)ると、二(しゃく)(すん)しかなかった刀は、手に馴染(なじ)むように長くなっていく。


 清恒(きよつね)の身の(たけ)に合う長さになり、(さら)に軽くなった。

「すっげ……まるで重さを感じない。でも切っ先まで刀の感覚(かんかく)があるような……」


「刀が、清恒(きよつね)殿(どの)を持ち主と決めたようですね」

「刀が……?」


「はい。では、清恒(きよつね)殿(どの)、よろしくお(ねが)いしますね」

「軽いな、ノリが」


(べつ)伝説(でんせつ)の刀というわけでもないですし、仰々(ぎょうぎょう)しくする必要(ひつよう)ないですし」


 清恒(きよつね)が、まじまじと刀を見つめる。

 乱刃(みだれば)刃文(はもん)に黒い柄巻(つかまき)

 確かに、特別豪奢(ごうしゃ)というわけでもなく、かと言って妖刀(ようとう)のような(あや)しさもない。


「ああ。この刀、()りるで。あと剣舞(けんぶ)やから(ころも)()りたいんやけど」

「ええ、ございます。しかし、清恒(きよつね)殿(どの)剣舞(けんぶ)(たしな)んでいらっしゃったので?」


 (おどろ)舞人(まいひと)に、清恒(きよつね)は自分のぼさぼさ(がみ)()い上げながら言った。

「……殿(との)文芸(ぶんげい)()きで、親父と一緒(いっしょ)に習って少しだけ、な。だが、(おれ)がやれるのは神楽剣舞(かぐらけんまい)だぞ?」

「きっと大丈夫(だいじょうぶ)です。問題ありません」

 いい加減(かげん)な返事に、(あき)れる清恒(きよつね)


「シン! お前も一緒(いっしょ)にやってくれ! 殿(との)に習っていたろ!」

「なっ……! べ、(べつ)(おれ)がやんなくても舞人(まいひと)殿(どの)がいるだろ?」


「お前とがいいんだ」


「うぐ……!」

(おさな)いころ、よく一緒(いっしょ)()ったろ?」

 清恒(きよつね)はにこっと(わら)った。


「……わかったよ。

 舞人(まいひと)殿(どの)(おれ)にも(ころも)(おうぎ)でいいから()してくれ」


「はい、どうぞ。では、(わたし)はお二人が()えるよう、結界(けっかい)をもう少し広げましょう」


 舞人(まいひと)は、漆箱(うるしばこ)から(すず)が大小合わせて八つついたかんざしを四本取り出し、二人がいる場所を中心に、四方へ()ばした。

 そして、身を(かが)めて両腕(りょううで)を広げ、手のひらを大地へつく。と、同時に表情(ひょうじょう)苦痛(くつう)(ゆが)んだ。


 (かた)(かわ)いた地面に()さったかんざしは、しゃらんしゃらんと(すず)しげな音を鳴らす。すると、四方を取り(かこ)んで、先ほどより広い範囲(はんい)の風がピタリとやんだ。


「……神風とはよく言ったものですね」


 大地に()したかんざしが小刻(こきざ)みに(ふる)えている。少しでも気を(ゆる)めると、()()んでしまいそうだ。


「お二人とも、結界(けっかい)範囲(はんい)を広げたのであまり長くはもちませぬ。(まい)のなかで、(ヒデリガミ)と赤い石を(むす)ぶ糸を見つけましたら、清恒(きよつね)殿(どの)の刀で()ち切ってください」

 大地を()さえながら舞人(まいひと)は言った。


(まか)せろ』

 心強い二人の声が(そろ)った。


 いつもは、目が開いてるのだかわからないほど糸目の清恒(きよつね)。今ばかりは父親譲(ちちおやゆず)りの切れ長の黒い(ひとみ)を見せる。そこに(うつ)るは、相対して(おうぎ)(かま)えて立つシンの姿(すがた)


(ひさ)しぶりすぎて、足運び間違(まちが)えるなよ」

「そっちこそ」


 二人とも、()うのは(ひさ)しいというのに、まるでついさきほどまで稽古(けいこ)していたかのように(いき)が合っていた。


 足取りは軽く、ふわりふわりと(やわ)らかい花びらが風に運ばれるように()い、(やさ)しげに大地へおり立つ。

 くるりと身を(ひるがえ)し、見せた顔は凛々(りり)しくも(あで)やかさをまとっていた。

 清恒(きよつね)とシンが(ころも)をはためかせるたびに(やわ)らかい風が生まれ、刀はまるで山奥(やまおく)(ゆる)やかに流れる川のようだ。

 日照(ひで)りで()砂漠(さばく)となっていた大地が、風が、二人の(まい)によってだんだんと(やわ)らいでいく。



挿絵(By みてみん)



 二人が()を合わせた。

 シンは(おうぎ)で風を起こし、清恒(きよつね)は刀を()り下ろして(くう)を切る。


 そこへ、一本の絹糸(きぬいと)(あらわ)れた。

 (はる)か高い空で(くる)(ヒデリガミ)と、(ほこら)にある赤い石とを(つな)ぐか細い糸は、キラキラと(かがや)いていた。


「見えたぞ、清恒(きよつね)!」

「やけに遠いな」


 すると、シンが(おうぎ)を大きく()った。

「遠いのならば、手繰(たぐ)()せればいい」


 シンの起こした風に()ばれるが(ごと)く、糸が()い上がる。ゆらゆらと二人の頭上まで来ると、清恒(きよつね)が刀を逆袈裟(ぎゃくけさ)()り上げた。


「糸を()ち、しがらみよ()て!」


 ()り上げた刀から斬撃(ざんげき)()び、しがらみの糸はぷつりと切れた。


『切れたっ!』

 二人の(さけ)びに呼応(こおう)して、砂嵐(すなあらし)一念(いちねん)のうちに消えていく。


 ふっと舞人(まいひと)の力が()ける。

「これで、(ヒデリガミ)(わた)るでしょう」



 ■ ■ ■



「あー! づがれだー!」

「そうでしょうね」

 大の字に転がる清恒(きよつね)に、舞人(まいひと)(ほこら)から手に入れた赤い石を漆箱(うるしばこ)にしまいながら言う。


 砂嵐(すなあらし)がおさまったことで、近辺(はまべ)砂漠化(さばくか)も止まり、(われ)に返った(ヒデリガミ)がしおしおと清恒(きよつね)たちに()びた。


 (ヒデリガミ)は、赤い石を見つけた(ころ)から記憶(きおく)曖昧(あいまい)らしかった。

 (おぼ)えていることといえば、ただひたすら、石を(いと)おしく思い、(まも)る、ということだけだった。


 もともとは(さび)しがりやで無口(むくち)な神の(ヒデリガミ)は、心細さから、空を(わた)るギリギリまで清恒(きよつね)(そで)を引っ()ったりしていた。


「お二人とも、神の間近で()ったんですから、疲労(ひろう)当然(とうぜん)です。体力も精神力(せいしんりょく)も、(なみ)の人間では、(しば)しも案山子(かかし)ももたずに死んでましたね」

(おれ)たちをバケモンみたいに言うなよ」

「さすがは武士(ぶし)、と()めているんです」


 清恒(きよつね)がむくりと起き上がって、空を(あお)ぐ。

  (ヒデリガミ)(しず)める儀式(ぎしき)をしただけなのに、何日も何日も、とても長い時間が()ぎたように感じた。が、実際のところ数時間しか()っていない。


 西に(かたむ)く夕日がやけに赤く感じる。

舞人(まいひと)殿(どの)、これでもう村は旱魃(かんばつ)(おそ)われないか?」


「……いつかまた、(ヒデリガミ)はここへも(わた)ってきます」


 清恒(きよつね)はぐっと(くちびる)()む。

 しかし、と舞人(まいひと)(つづ)ける。


「もう(とど)まることはないでしょう。日照(ひで)りが(つづ)くは神の意思、雨が()るのもまた神の意思です」

「そっか……じゃあ、それまでに村の灌漑(かんがい)をやってしまおう!」

 立ち上がり、大きく()びをする。


「そうだ! シン、お前も村の手伝(てつだ)いをしてくれ――」

 ふいに、風が清恒(きよつね)の言葉を(さえぎ)るように()()ける。

 その先に、シンが申し(わけ)なさそうな笑顔(えがお)()かべて立っていた。


「すまない、清恒(きよつね)(おれ)は行くよ」


「……は? なんでだ……?」

「理由は言えない。すまないと思っている」

「なんだよ、それ!」

 清恒(きよつね)はシンに(つか)みかかる。一方、シンはされるがまま、手を出すことはなかった。


「シンは、たくさん村のために手伝(てつだ)ってくれたじゃないか! 村の(みな)紹介(しょうかい)するよ。住むところだって――」

 しかし(だま)っているシン。それで、これ以上(いじょう)は言っても無駄(むだ)だと清恒(きよつね)(さと)ってしまった。


 清恒(きよつね)は、シンの服を(つか)んだまま(うつむ)く。


時折(ときおり)お前に文を出すよ」

直接(ちょくせつ)、来いよ」


「なんだよ、()きべそか? 昔と()わらないな」

(だれ)()くか」


「――じゃあな」

「…………」


 強く(にぎ)りしめていたシンの服の(そで)を、(ふる)えながら放す。


清恒(きよつね)殿(どの)(わたし)ももう(まい)ります」

 舞人(まいひと)も去ることに、清恒(きよつね)(うつむ)いた顔をあげる。

「まだ、礼もしとらんのにか?」

 深々と頭を下げる舞人(まいひと)

「申し(わけ)ありません。(わたし)の役目がありますゆえ」


 清恒(きよつね)のもとを、二人は(しず)かに去っていく。


「……じゃあ、な。新介(しんすけ)……」


 森の中へ消え行く二人に、清恒(きよつね)の声は(はかな)く、(とど)くことはなかった。


 ■ ■ ■


 シンと舞人(まいひと)(なら)んで森の中を歩くことしばらく。


 沈黙(ちんもく)を先に(やぶ)ったのは舞人(まいひと)だった。

「シン殿(どの)、よろしければ、しばらく(わたし)とご一緒(いっしょ)しませんか?」

「なんだよ、(やぶ)から(ぼう)に」

「何かと物騒(ぶっそう)な世の中なので、お(さむらい)様がそばにいてくれると心強いです」


 シンは(はじ)めて舞人(まいひと)の顔をまともに見て顔を赤らめた。

「ま、まあ……しばらくの間なら……」

「ありがとうございます」

  舞人(まいひと)はにっこり(わら)った。


「そういや、あの赤い石を集めてどうするんだ?」

 舞人(まいひと)は、赤い石でできた首飾(くびかざ)りにそっと()れた。

「シン殿(どの)(わたし)は石を集めるのが|目的(もくてき)ではありませんよ」

「? じゃあ何だ?」


(わたし)(まい)()う者。世の中に(まい)を広めるのが役目です」


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