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舞いし者の覚書  作者: 仕神けいた
11/13

第十話

挿絵(By みてみん)



 舞人(まいひと)が二ヶ月前に(ほどこ)した(まじな)いは、無残(むざん)にも(やぶ)られていた。


 (ふだ)はズタズタに切り()かれ、(ほこら)は風化して砂混(すなま)じりの瓦礫(がれき)と化している。


(あら)ぶる嵐神(あらしがみ)さえも(しず)める(ふだ)をこんなに……なぜここまで強くなったのか? こればかりは直接(ちょくせつ)()かなければわかりませんね」


 舞人(まいひと)は、()漆箱(うるしばこ)から小さな瓢箪(ひょうたん)を取り出した。

 (てのひら)(おさ)まるどころか、(みず)一滴(いってき)入るのか定かではないほどの小ささだ。


 舞人(まいひと)はそれを持ち、空いた片方(かたほう)の手で小さな金の(つぶ)を一つ取り出す。


「五行思想なるは、金生水ごんしょうすい

 ()(かた)まって水を生む。

 佐渡(さど)よりもたらされた黄金(こがね)よ、天地(てんち)万物(ばんぶつ)変化(へんげ)循環(じゅんかん)の思想を()って()れ行くこの大地に(めぐ)みを(あた)えたまえ」

 言って、瓢箪(ひょうたん)の水を一滴(いってき)(しぼ)り出した。


 するとどうだろう。

 ひょうたんから水がどんどんあふれてきたではないか。


「大地よ雲を(もと)めたもう。

 草木よ雨を(もと)めたもう。

 ()のもと分かつ力ぞ、(ねが)うは(これ)人に(あら)ず」


 ダンッ、と強く地面を一度(いちど)()みならす。


 霊妙(れいみょう)、かつ(ゆる)やかな(まい)だった。


 水が川となって流れるが(ごと)く、手の動き足の運びは止まることなく()う。

 ()かれた水は金によって(あふ)れだし、大地に()みわたった。


 ()みた水はやがて水脈(すいみゃく)(つな)がり、そこからまた地表へと少しずつ(にじ)み、(あふ)れ、やがて大地を(うるお)しはじめた。


 舞人(まいひと)の足取りを辿(たど)るように、霊華(れいか)()(みだ)れ花びらが()(おど)る。


 舞人(まいひと)は小さく祝詞(のりと)(とな)えながら()う。

 すると、舞人(まいひと)の顔をなでるように風が()きはじめ、かと思うとあっという間に暴風(ぼうふう)になり、一帯(いったい)()れた。


「……(われ)()る場所に水をもたらすは(だれ)ぞ……?」


 か細い(かすみ)(ごと)き声とともに空気が(かわ)き、土は(すな)となって風に()い、渦巻(うずま)くその中から声の主は(あらわ)れた。


 舞人(まいひと)の頭上に()かぶは、両手を広げたほどの大きさなる黒い雲。

 風が渦巻(うずま)き、雲は小さな台風になっていた。


(ヒデリガミ)よ。永きにわたる雨を()り、人を(おそ)洪水(こうずい)を消し去る(めぐ)みの神よ」

 舞人(まいひと)は、その台風に(ひざ)をついて叩頭(こうとう)した。


「空を(わた)りし御身(おんみ)何故(なにゆえ)人在(ひとあ)りき村に(とど)まりたもうか。村はまだ生きる意志在(いしあ)り。(われ)御身(おんみ)()るべき場所へお()れ申し(そうろう)。どうか(しず)まりたもう……」


 すると、雲は渦巻(うずま)きその中から人の姿(すがた)(あらわ)れた。


 女童(めのわらわ)であった。

 ()けるが(ごと)く白い(はだ)

 風になびく軽い(ぬの)を重ねた白装束(しろしょうぞく)

 ()った(かみ)は黒く、しかし(つや)やかである。

 開いた灼熱(しゃくねつ)(ひとみ)舞人(まいひと)(さび)しげに見つめる。



挿絵(By みてみん)



「そなた……(おぼ)えておる。

 ……()領域(りょういき)で……()っていた……時を間違(まちが)えた人間」


間違(まちが)えたのは(わす)れていただけますか」


優雅(ゆうが)(まい)……村を(きよ)めた。

 だが、それも無意味(むいみ)……。

 村に……水は()らぬ」


御神(おんかみ)(とうと)きがゆえ(きよ)めればこそ。村の意志(いし)微弱(びじゃく)ながら感じられましょう」


(だま)れ」


 (しず)かだった声が、地響(じひび)きに()たものになり、舞人(まいひと)の身が大きく振動(しんどう)する。


「村の(かなめ)……(ゆる)すまじ……!

 (ほろ)ぼす……!」


 その言葉を聞いて、舞人(まいひと)は首を(かし)げた。


 村を(はな)れている間、旱魃(かんばつ)被害(ひがい)拡大(かくだい)しないよう、(かれ)要所(ようしょ)要所(ようしょ)(きよ)めの儀式(ぎしき)を行い、(まじな)いを(ほどこ)した。

 神社に寺に、畦道(あぜみち)(たたず)む小さな地蔵(じぞう)にいたるまで。


 舞人(まいひと)が思考に口を()ざしていると、(ヒデリガミ)は風を()んだ。


 渦巻(うずま)く風の中、暗い森に(かこ)まれた(ほこら)姿(すがた)を見せる。

 どうやらこの村が旱魃(かんばつ)(おそ)われる前の、みどり(ゆた)かな(ころ)のようだ。


「これは?」

()(ほこら)……」


 そこに見えるは村付近(ふきん)の森のようだが、舞人(まいひと)の知らぬ場所だった。


「ここが(けが)されたというのですか?」


 (ヒデリガミ)は答えない。

 代わりに、(ほこら)(かげ)から(だれ)かが(あらわ)れた。


 夜の暗い森だが、雲に(かく)れていた月がその姿(すがた)をあらわにする。

 赤ら顔に日焼(ひや)けした(はだ)(きた)えられた筋肉(きんにく)を持ちながら、千鳥足で歩いてきたのは百姓(ひゃくしょう)姿(すがた)庄屋(しょうや)縄田(なわた)玄信(げんしん)であった。


 どうやら酒に()っているらしい。(かれ)は、(ほこら)の前まで来ると、手に持っていた飲みかけの酒を(ささ)げた。

「お酒……飲んでますね」

 舞人(まいひと)(あき)れた顔をした。

 (ヒデリガミ)もいやそうな顔でその様子を見ていた。

 しかも、(かれ)はお(まい)りどころか落ちぶれてしまっただの愚痴(ぐち)をぶちまけてしまっている。

 さらに、よろけた足取りのまま家に帰ることなく畑で()てしまっていた。


「これは……」

 玄信(げんしん)一方的(いっぽうてき)礼儀(れいぎ)を欠いているのがいけないと舞人(まいひと)得心(とくしん)した。


「これは、我々(われわれ)人間が無礼ぶれい(はたら)いてしまったことが原因(げんいん)ですね。大変(たいへん)()ずかしい――」

 しかし、(ヒデリガミ)は首を()った。


 まだ渦巻(うずま)いている風を、(ヒデリガミ)が指さす。


「おお、ここじゃ」

 玄信(げんしん)が、(ほこら)(さが)していたようだ。

昨晩(さくばん)大変(たいへん)無礼(ぶれい)(はたら)いてしもうた」

 翌日(よくじつ)の事だろう。(ほこら)綺麗(きれい)にしている様子が(うつ)し出されている。

「中まで酒臭(くさ)い。申し(わけ)ない」

 手を合わせて、(ほこら)(とびら)を開くと、中にはご神体と思しき赤い石が(まつ)られていた。


「!」

 舞人(まいひと)は、首にかけた赤い(かざ)りの数珠(じゅず)(われ)知らず()れる。


 玄信(げんしん)は、丁寧(ていねい)()き、(ふたた)び手を合わせて(ほこら)()じた。

 少し歩くと、風が玄信(げんしん)の顔を()でていく。すると急に(うつ)ろな目になった。

「……ありゃ? わし、なんでこんなとこに……」

 その様子を最後(さいご)に、風は()き止んだ。


玄信(げんしん)殿(どの)は、(たし)かに無礼(ぶれい)(はたら)きましたが、ちゃんと()びをいれております。何故(なにゆえ)(いか)りで?」


 (ヒデリガミ)は、(ほこら)の中にある石を(いと)おしそうに()く。

 しかしその形相は、(いか)りに()ちていた。


「これは(われ)が守るべきもの……人間ごときが()れおった……!」


 なるほど、と舞人(まいひと)(ひとみ)()じる。

「それは、ご神体ではありませんが、守るべき大切な石……ということですね」


 (ふたた)び、ゆっくりと(ひとみ)を開けた。

 (ヒデリガミ)日照(ひで)りの神だ。その神が一瞬(いっしゅん)でもゾッとした。そんな視線(しせん)だった。


「その赤き石、(さが)しておりました」


 先ほどまでの(おだ)やかな雰囲気(ふんいき)と打って()わって、まさに()さんばかりの舞人(まいひと)の気配に、(ヒデリガミ)警戒(けいかい)する。


「その石は、あるべき場所に(もど)す物。おそれながら(わたし)がもらい受けます」

「人間になど(わた)さぬ……!」


「なれば仕方ありません」

 舞人(まいひと)()漆箱(うるしばこ)に手を()れる。

「力ずくでもらいます」 

(われ)(たて)()くか……!」

 (ヒデリガミ)は、(はげ)しい風をまとった。

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