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舞いし者の覚書  作者: 仕神けいた
10/13

第九話

挿絵(By みてみん)


 その日の昼()ぎ。

 ようやく出航(しゅっこう)準備(じゅんび)をし終えた。


「さあ、ここでの仕事は(しま)いだ。みんな、ちょっと一休みだ」

 清恒(きよつね)(ひたい)(あせ)(ぬぐ)った。ちょうどその時、浜辺(はまべ)で調理をしていた水夫(すいふ)の一人が皿に山盛(やまも)りの天ぷらをのせて来た。


寝太郎(ねたろう)さーん、もらった山菜(さんさい)()がりましたよ!」


「おお! ありがとうな! ……って、あっつ!」


 清恒(きよつね)は、みるからに美味(おい)しそうな天ぷらを思わず手掴(てづか)みしてしまった。


 火傷(やけど)をしつつも、()げたてのタラの()の天ぷらをほおばる。


「うっま!」

 サクサクと軽い歯ごたえの(ころも)。クセも苦みもないタラの()が、()むたびにほんのりと(あま)みを口の中に広げていく。



挿絵(By みてみん)



「それにしても、すごい数の山菜(さんさい)があるんだな」

「本当ですね」


 清恒(きよつね)が、木箱に(おさ)まりきらない山菜(さんさい)を見て(つぶや)き、天ぷらをもらいに来た舞人(まいひと)もその(りょう)(おどろ)いた。


「ここにあるだけで、ワラビ、コゴミ、タラの()、コシアブラ、トトキ、ゼンマイ、ハリギリ、タケノコ、ミツバ、ミズブキ、葉ワサビ、ノビル、セリ、サンショウ、アマドコロ、ウルイ、ギョウジャニンニク、ツクシ、ウド、アケビのつる……佐渡(さど)は金や銀だけでなく山の幸も豊富(ほうふ)ですね」


「お前の知識(ちしき)豊富(ほうふ)だな……」


知識(ちしき)だけじゃないですよ、寝太郎(ねたろう)さん。舞人(まいひと)殿(どの)はいろんな道具をお持ちですよ」

 天ぷらを調理していた水夫(すいふ)興奮(こうふん)気味(ぎみ)()()む。


(しお)醤油(しょうゆ)に、この天ぷらを()げた油。小麦粉(こむぎこ)(たまご)に――この他にも(まい)()うための小道具などもその箱にしまっているんですよね!」


食材(しょくざい)衣類(いるい)一緒(いっしょ)くたか!」


炭坑(たんこう)()もれて、助けてくれた時は、(みょう)な光が箱から出てたな」

「マコト!」


 箱のことで話が()り上がっていると、天ぷらの美味(おい)しそうな(にお)いに(さそ)われたのか、マコトも(くわ)わった。


「光が地面の中へ消えたあと、百足(むかで)がうじゃうじゃ出た時はさすがに鳥肌(とりはだ)が止まらなかった……」

 言われてみればそうだったと、舞人(まいひと)(のぞ)く全員に(ふたた)鳥肌(とりはだ)が立つ。


 清恒(きよつね)両腕(りょううで)をさすりながら、箱を怪訝(けげん)そうに見る。

「……その箱、何か……こう、(べつ)の次元にでも(つな)がってるんじゃねーか?」

「さあ、でも便利(べんり)な箱ですよ。中身は見せられませんが」


 にこやかに(こた)える舞人(まいひと)に、一同沈黙(ちんもく)する。


「そ……そうだ! マコト、山菜(さんさい)ありがとうな。天ぷらがぶちうまいぞ! ほれ!」

 言って、マコトの眼前(がんぜん)山盛(やまも)りの天ぷらを()し出した。

「そう言ってくれるとこちらも()ってきた甲斐(かい)がある。塩漬(しおづ)けにすると長持ちもして美味(うま)いから船旅の足しにしてくれ」

「そうさせてもらう!」


「それから、お前に(あず)けておきたいものがある」

 そういって、(つつ)みを清恒(きよつね)手渡(てわた)す。


 広げてみると、中身をは小判(こばん)数枚(すうまい)


「おま、これ……」

「あれだけの(りょう)草鞋(わらじ)だ。不足分をこれで(おぎな)ってくれ」


「これは受けと――」

「受け取ってもらうぞ」

 清恒(きよつね)の言葉をマコトが(さえぎ)った。


「これは村の(しゅう)総意(そうい)だ。

 それと……(さそ)ってくれてありがとうな。(たし)かに、(おれ)はここの生まれで流刑者(るけいしゃ)じゃない。いつかこの島から出れるだろう。

 あんたの村に行ったとき、出迎えてくれると……その、ありがたい」


 マコトは相好(そうごう)(くず)した。

 出会った当初(とうしょ)は、(わら)()れていない死神の不気味(ぶきみ)()みであったが、今は晴れやかな、そして年齢(ねんれい)(おさな)く見える青年が見せる心からの笑顔(えがお)だった。

 それを見れば、(だれ)もが一緒(いっしょ)にほほ()んでしまうであろう。清恒(きよつね)(われ)知らず口の端を(ゆる)ませていた。

「――ああ、わかった」


「さあ、出航(しゅっこう)するなら急いだほうがいい。村の(みな)が足止めしてくれているが、奉行(ぶぎょう)たちがここを()ぎつけている。(つか)まったらただじゃすまないぞ」

「すまないな」


 おうーい、と水夫(すいふ)たちを集めて清恒(きよつね)たちは急ぎ()をあげて(ふたた)び来た波と空の中へと船出した。



 ■ ■ ■



 清恒(きよつね)が船出した後、玄信(げんしん)はというと、清恒(きよつね)のことが気が気でなくて(たましい)()けたように(ほう)けていた。


清恒(きよつね)ぇー……元気にしとるやろうか?」

 畑仕事もままならず、ひと(くわ)()いては天を(あお)ぐばかりだ。


玄信(げんしん)どの、大丈夫(だいじょうぶ)かのう……」

玄信(げんしん)どのもじゃが、このまんまやとわしらもオダブツじゃて」


 (かわ)いてひび入った畑を、(うつ)ろな目で(なが)める村の男たち。


寝太郎(ねたろう)さんが船で出て行ってからもう二ヶ月くらい()つなあ」

今頃(いまごろ)何をしてしてるんやろうなー?」

「生きとるんかな?」


「生きてるっ! 死んでないっ!」


 玄信(げんしん)が遠くから(さけ)んだ。

「ひぇ……聞こえとったんか」

地獄耳(じごくみみ)じゃの~……」



 そこへ、村人の一人が大(あわ)てで()けてきた。


「おうーい、寝太郎(ねたろう)の船が帰ってきたぞーう!」


「ホントか!?」

無事(ぶじ)に帰ってきたか!」

「ああ、埴生(はぶ)の港に」

玄信(げんしん)どのには知らせたんか?」

「ああ、今、知らせ――」


清恒(きよつね)ぇぇええええ!」


 知らせを聞く前に玄信(げんしん)(さけ)びながら(だれ)よりも速く港へと走っていった。


 港には、荷降(にお)ろしをする水夫(すいふ)たち。その中に()じって玄信(げんしん)清恒(きよつね)(さが)した。

清恒(きよつね)ぇ、清恒(きよつね)ぇえ!」


「親父!」

清恒(きよつね)っ!」

「ただいま」

「よく帰った! 無事(ぶじ)か、怪我(けが)はないか?」


 玄信(げんしん)清恒(きよつね)の顔に(うで)に、頭のてっぺんから爪先(つまさき)(いた)るまでなでまわして確認(かくにん)した。


「うひゃっ!? ひはははっ! なんだ親父、くすぐってぇってば!」


「おお、すまんすまん。しかしよく無事(ぶじ)で!」

舞人(まいひと)殿(どの)のおかげじゃ」


 (そば)(ひか)えていた舞人(まいひと)は、ペコリと頭をさげた。


舞人(まいひと)殿(どの)感謝(かんしゃ)いたします。(せがれ)とともによくぞ御無事(ごぶじ)で」


玄信(げんしん)殿(どの)清恒(きよつね)殿(どの)(わたし)は少々《しょうしょう》野暮用(やぼよう)がありますのでここで失礼(しつれい)いたします」

「ああ。でも、ちゃんとお礼がしたいから用が()わったら(もど)って来てくれな! 本当にありがとうな」

舞人(まいひと)殿(どの)、ささやかではありますが、(うたげ)をしますので」

「ありがたいことです」

 にこりと(わら)って、舞人(まいひと)は一人姿(すがた)を消した。


 舞人(まいひと)が出かけてから数時間。

 船に()んでいたものを次々と荷下ろしする。

「親父、見てん! 草鞋(わらじ)がこんなに!」

 言って、清恒(きよつね)(どろ)だらけになった草鞋(わらじ)の山を指す。


「な……なんじゃこりゃああ!」

 出航(しゅっこう)前には新品だった草鞋(わらじ)が、(どろ)だらけのボロに()わりてたのをみて、玄信(げんしん)()頓狂(とんきょう)な声を出した。


「あの草鞋(わらじ)がたった二ヶ月かそこらでこげん()わり()てちょうってか!?」


(ちが)うって。これは新しいのと交換(こうかん)してもろて――まあえぇわ」

 清恒(きよつね)水夫(すいふ)たちに桶をありったけ用意させた。

「な、何するつもりじゃ?」


 集まった人々は興味(きょうみ)津々(しんしん)でその様子を(なが)める。


 水夫(すいふ)たちも意味がわからず困惑(こんわく)しながら(おけ)を手にするが、そのなかで幾松(いくまつ)健作(けんさく)だけは生き生きとしていた。


「何をするんかさっぱりわからん」

「ええけぇ、みんな早よ準備(じゅんび)しいや!」

「なんやぁ? 幾松(いくまつ)のじいさんと健作(けんさく)は、やけに元気じゃのう」


 村はもう()上がりにあがっている。

 清恒(きよつね)(そで)(まく)って意気込(いきご)んだ。

「さあて、草鞋(わらじ)をほぐすぞ」


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