森を行く
無事転生を果たしたカフネ、神であるマリアとともに街道を目指す。
森を北に向かい、はや1時間。行けども行けども木ばかりで森を抜ける気配はない。
「なぁマリア、本当にこっちであってるの?」
「間違いないよ、この森の知識にロックはかかってない。」
「んー、じゃあ信じるよ。うわ、また沼に足突っ込んじゃった。なんて歩きづらい森なんだろう」
「でもこのまま歩き続けるのはちょっとまずいかもね、さっきからこっちの様子を伺ってる何かがいる。」
「なんだって!?」
足を止めて身構え、辺りを見渡す。特に動くものは見当たらない、身を潜めているのだろう。武器を持たず、戦闘スキルも無い、見通しの効かないこの森での戦闘は不利にも程がある。
「この森にはドンガラボアっていう猪がいるんだ。おそらくそれかな。ドンガラボアは基本的にキノコを食べるんだけど、縄張り意識が強いから他の生物を襲うこともよくあるんだ。」
「どうしよう…」
「でも、頭があまり良くないから力で応戦しなければ勝てるかも。1番いいのはこのまま森を抜けるまで何もされないことだけど、様子を伺っているからにはどこかしらで襲われると考えた方がいいね。この世界のレベルは10の差があったらまず勝ち目はない。この森の生き物のレベルは7が平均、レベル1のカフネは勝てないと考えるのが妥当かな。」
「えぇ…あ、そうだ!魔法は?僕にだって魔法が使えるんじゃない?基礎魔法的な、ファイアボールみたいな。それで距離をとって応戦すれば…」
「カフネのレベルは1、まだ魔法は解放されていなかった。使えるようにはしておいたけど、どのレベルで魔法が使えるようになるかまではわからない。私からの意見としてはここで殺されて終わりってのはあまりにもつまらない、だから襲われる前にレベル上げをしよう!」
「でもどうやってさ!レベル1では勝てる敵を探してるうちに襲われかねないよ!」
「まぁまぁ君よ、落ち着きたまえ。なにも生き物を殺すだけがレベル上げに繋がることじゃない。ちょっと、アイテムを探すだけでも経験値になるんだ。だから、この辺でいうと…束ねるとかなり丈夫になるツタや解毒草が近くにあるね。でもいくつ集めたらレベルが上がるかはわからないそこも賭けになる。」
「…運頼りか…いや、もしかして様子を伺っているのには襲い掛かれない理由があるのかもしれない。それに解毒草があるということは…」
「…?」
何かに気づいたカフネは再び周囲を見渡す。そして、身体に纏わり付く泥をかき分け、周囲に生えるツタを集め始めた。
「そうだね、とりあえずレベルを上げるしかない。ドンガラボアは待ってくれるといいけど…」
「いや、レベルは上がらなくても勝てる。それにあいつはここに入って来れない。」
「…え?…どういうこと?」
「まぁ見ててよ」
カフネが沼の周囲に生えているツタを集め周囲の木にくくりつけ、沼から上がる。すると機会を窺っていたのだろう、軽自動車並みの大きなドンガラボアが姿を現し突進してくる。
「カフネ!あのドンガラボアのレベルはおそらく10!君では勝ち目はないよ!逃げて!」
「大丈夫だマリア!俺を信じろ!」
ドンガラボアがカフネにぶつかる直前、カフネは横に飛び退く。勢いに載ったドンガラボアはカフネの背後にあった沼に飛び込む。すぐさま体勢を立て直し、沼にはまったドンガラボアを木に括っておいたツタで縛った。
「やったねカフネ!沼に足をとられているうちに逃げよう!」
「いやまだだ、上手くいけばこのまま倒せるから!」
「え?どういうこと…時間稼ぎになるだけじゃ?…あ!もしかして…」
マリアは沼にはまったドンガラボアの姿が紫色に変色し、所々水膨れのように変化していることに気づく。
「そう、この沼は毒沼なのさ。僕は状態異常無効、こうやって束ねたツタで縛って仕舞えば毒が回って倒れるまで待つことができる。ただ1つ不安だったのが、あれだけ大きな身体だからツタをちぎって沼から脱出される可能性があった。でもこの様子ならなんとかなったみたいだ。」
「なるほど!考えたじゃないかー!じゃ、あとは待つだけだね。」
カフネは意外と頭が回るようだ。解毒草があることや沼の周囲の毒キノコから毒沼である可能性があると判断し、敵の特性を少ない情報から利用する。これは君の成長が楽しみになってきたよ。
毒が回るのを待っている間、カフネは今まで感じたことのない高揚感に戸惑っていた。ドンガラボアが突進を受けたら即死という緊張感、攻撃を避けた時の快感。生還し、生きているという実感が湧き上がったのだ。この刺激を知ってしまったら戻れないかもしれないと自分の新たな側面に気づいた。
10分ほどでドンガラボアは動きがなくなる。それと同時にカフネの脳内にパンペコリンとへんてこな音が2回する。
「ん?なんか変な音した。」
「レベルが上がったんだよ!ほらほら指輪でステータス確認してみて!」
スクリーンを開く
名前:カフネ
振り分け可能ポイント6
レベル:3 攻撃力:3 防御力:3 俊敏性:3 魔力:3
スキル:状態異常無効 ベルセルク 雷歩
レベルの上昇に伴いステータスも上昇、スキルが2つ追加されている。振り分けポイントというのも気になる。
「お、一気に2つレベルが上がったみたいだね。ステータスはポイントを攻撃力・防御力・俊敏性・魔力の4つに自由に振り分けられるんだ。今回でいうと6ポイント分だね。でも、振り分けは計画的にね、振り直しは2度とできないから」
「そうか、じゃあ慎重に考えなきゃね。ベルセルクってどういう効果があるの?」
「それはねー…丁度いいや、指輪の機能の説明をしておこうかな。そのスクリーンは指輪の所有者のみ触れるようになってるんだ。スクリーンの気になる部分をタッチしてごらん。」
言われた通りにしてみる。すると、スキルの説明が表れた。
・ベルセルク(自動)
感情が昂ると攻撃力・俊敏性・自然治癒力が一定時間上昇し、防御力・魔力が低下する。
と説明が表示される。続いて雷歩を確認する。
・雷歩(任意)
自身の身体から半径1m以内の任意の場所に瞬間移動する。再発動には10秒のクールタイムが必要。自分の身体に触れているものは同時に瞬間移動する。移動先の物体と場所が重なってしまう場合、移動した自身の身体は物体から弾き出される。
ベルセルクは自己強化系だが、諸刃の剣だな。雷歩は便利だけど考えて使わないといけない。このスキル名の後ろにある括弧は発動タイミングだろうか、すると状態異常無効は(常時)と書いてあるのだろうな。ん?もし、常時発動していないスキルだったとしたらあの猪のように…。毒が全身に周り、皮膚が溶け落ち骨が見えていたりと見るも無残な姿になったドンガラボアを見て血の気が引く。
「ねぇマリア、今度からそういう大事なことは先に説明しておいてよ。今回は結果的に良かったけど、もしかしたら死んでいたかもしれないんだから。」
「うーん、確かに…転生場所とかは私も悪かったと思ってるよ。ごめんなさい。次はもうちょっと考えるからさ!許してにゃーん!」
マリアは両手を頭の上に上げて猫の真似をしながら謝る。反省している表情ではない。マリアを掌に乗せて話していてはじめて握り潰してやろうかと思った。聞き分けが良く、思ったことを素直に伝えられるところが良いところだと感じていたが見通しが甘いところが難点だ。でもちょっと見た目が可愛いから許しちゃう。男の性め…抗えないぜ。
少し苛立ちながらスキルを把握し、ステータスポイントの振り分けを行う。
さて、どうしたものか。振り直しができないとなると慎重にならざるを得ない。適当にステータスを振り分けて中途半端な生活になるのは嫌だ。そういう時は安定でいこう。この世界では敵に勝つことよりも生きることを優先しなくてはならない。戦いに勝てなくても死ななければまたチャンスがある。つまり死なない戦い方が最優先だ。それに痛いのは辛い。ドンガラボアの攻撃を避けたときに少し擦り剥いたところがジンジンと痛む。防御力に振って現実に生きよう…でも、そんなんじゃ前の自分との決別はできない。それに、あの高揚感…また…味わえたら…。戦闘の快感を思い出す。
「攻撃力と俊敏性に3ずつ振るよ。」
「君の人生だ。私はアドバイスするだけ、後悔のないようにね。」
ステータスの振り分けを終えて10分ほど北に歩く。薄暗かった木々の間に光が覗く。
「ついに…森を抜けるんだ!」
光に向かって走り出す。身体が軽い。仕事に向かう時とは大違いだ。今なら風よりも早く走れそうだ。光がだんだん大きくなり、勢いよく木々の間を駆け抜けた。
「うわ、まぶしっ」
森を抜けると草原が広がっており、とてものどかな風景だ。遠方には多くの山々が佇んでいる。前方には森と草原を分け隔てるように整備されていない土の道が走っている。
「やっと街道に出たねー!その道に沿って行けば街に出るよ。その反対に行くと山に行っちゃうから間違えないようにね。」
マリアの説明に合わせ、道に沿って視線を向けると、遠方に建物が見える。ここからではよく見えないが、あまり大きな街ではないようだ。
「本当に異世界なんだなぁ」
見渡す限りの草原と山々が以前のコンクリートジャングルとの差が異世界に来たという実感をもたらしていた。
カフネはマリアを肩に乗せ、街に向けて街道を行く。