36 皇帝エレノアの秘密
連投2話目です。
エレノア皇帝に連れられて私室へと案内されてきた。そこは絢爛豪華な金やダイヤなどの装飾を施した広々としたその部屋では赤い大きなソファーが目立っていた。
「ここは妾と家臣達で会議をする所じゃ。ここにはテーブルが無いゆえ、奥のプライベートルームに来い。」
部屋の奥に赤い扉があり、そこに皇帝が手招きするように誘っている。
中に入ると手前の豪華な部屋と違って、この20帖ほどの部屋は自然の木目を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋になっていた。
そこには4人が座れるほどのアンティーク調の焦げ茶色をしたテーブルと、窓際には天蓋付きの純白の蚊帳が垂れ下がった大きなベットが置かれていた。そこには可愛い動物のヌイグルミが所狭しと置かれていて、まるで小学生の少女の部屋ような空間になっていた。
「あまりジロジロ見るでない。夫になるといえどデリカシーが無いぞ。」
「すまない。あまりにも皇帝エレノアのイメージからかけ離れていたものだから。」
テーブルに腰を下ろしながら凝視していたことを詫びると、卓上にある鈴を鳴らした。
すると入ってきた所と別の扉から一人のメイドが現れ、紅茶を2つ用意し私と皇帝に出した後は皇帝の背後に控えるように立っている。
「さて、何から話し始めるべきか・・・まず妾は今年32歳になるが、4年前に皇帝となってこの年齢まで伴侶が居たことがない。そなたも疑問に思っておったであろう?」
「そうですね、一国の王であれば政略の中に結婚はつきものですから。特にエレノア陛下の美貌があれば、他国の王族と縁を結び、より力を付けることも可能だったはずでは?」
少しの瞑目の後彼女は重々しく口を開いた。
「あれは私が16歳の頃だったーーーー
語られた彼女の半生はそれは壮絶なものだった。
16歳の頃にエレノアが住んでいた街が悪魔に操られた魔獣たちによって襲撃され、その際に彼女は魔獣に攫われ凌辱を受けたという。
そしてエレノアは獣人の子を産んだ。赤ん坊の我が子を抱きしめながら街に戻ったが、そこで待っていたのは迫害だった。元々見目麗しい街娘だったエレノアは街中の男性から言い寄られるくらいの女性だったのだが、獣人の赤ん坊を抱えた姿を見た住人たちは石を投げつけられ出ていけと迫られたのだという。
住む場所を追われたエレノアは森の奥に逃げ込むように僅かばかりの生活用品を持って彷徨い、一軒の小屋を見つけた。扉を叩くと中から怯えたような表情をした女性が出て来て用件を聞かれたのだという。事情を話し、住むところが見つかるまで匿って欲しいと懇願したそうだ。
するとその女性は目を丸くして小屋に招き入れてくれたのだという。既に冬の始まりだったこともあり暖炉の炎が暖かく迎い入れてくれたその部屋に一人の子供が椅子に座っていた。まだ幼いその男の子は可愛らしい笑みを浮かべていたが、その髪は人間のものではなかったのだという。
驚き女性に話を聞くと、なんとその女性もエレノアと同じ様な境遇の為ここに隠れ住んでいるというのだ。
以来お互いに協力しあって生活していたのだという。
ただ、エレノアには魔法の才があったので、生活を楽にするために子供をその女性に任せ不断の努力で帝国魔法省に入省し、休みになると大量の食料や日用品を携えて我が子の所に戻るような生活を続けたということだ。
やがて皇帝選抜大会でエレノアが皇帝となった際に帝城に我が子共々その女性達も隠れ住まわせ、女性にはメイドとしての居場所を与えつつお互いの子供の世話をしてもらっているという事だった。
「そして私の恩人でもあるその女性がここに居るシエラじゃ。」
「初めましてシエラと申します。」
シエラと名乗った女性は藍色の短い髪をしており、スレンダーな体型に綺麗な姿勢も相まって、細い目からはこちらを見定める迫力があった。
「初めまして火乃宮 蓮です。この度エレノア陛下の伴侶になります。」
笑顔でそう言うとシエラは驚いた表情でエレノアの顔を見た。
「そう驚くな。私達の求めた人物が現れたのじゃ。彼は異世界人で獣人に忌避感がないどころか側室にアルミラージとブラックパンサー、ミノタウルスの獣人を侍らせておったわ。」
少々言葉遣いが悪い表現になっているが、エレノアにとってはそう見えているとしても仕方ないと諦めた。
「それは愛玩用としてかしら?」
厳しい口調でシエラはエレノアに確認してきた。
「あれは違うの。シエラも見れば分かるが、虐げられたり凌辱を受けた相手に向ける眼差しではないわ。」
「そう。蓮さんと言ったわね、あなたは皇帝陛下といえどこんな過去を持つ女性を伴侶に出来るの?」
「そうですね・・・・心配です。」
そう言うと細いシエラの目がいっそう細められ人を射殺さんとするような殺気が籠ったような気がした。
「やっぱり!どこの世界だろうと男なんて汚れた女には何の価値もないと思ってーー」
「特に陛下の子供に認められるか心配でしょうがないですよ。」
彼女の言葉を遮った私の言葉を聞いてシエラはポカンとした表情で固まっている。
「蓮よ、本当にそなたは・・・。シエラよすまぬな、こういう男なのじゃ。人を手玉にとってその反応を楽しんでおるのだよ。」
「それは心外です。言ったでしょ、私ほど心優しい者は居ないと自負していると。それに、そもそも私なら受け入れてくれると確信したからここに連れてきたのでしょ?」
「・・・まぁ、そうじゃな。」
皇帝が魔獣から凌辱され獣人を産んでいたなど民衆に知られればいいスキャンダルになってしまうだろう。皇帝を良く思わない者達の耳に入れば良い攻撃材料を与えることにもなりかねないので、話す人物はエレノアのお眼鏡に叶う者だけのはずだ。
そしてこの話をしたということは―――
「それで、私の作る国にシエラ達を連れていけば良いですか?」
固まっていたシエラがばっと顔を上げ私とエレノアを交互に見てきた。
「さすがの理解力じゃな。私もいつまで皇帝で居られるか分からん。魔法と知力でそうそう遅れは取るとは考えられぬが、長くてあと10年ほどじゃ。皇帝でいるうちに獣人に対する対策を改革しようとしても、小さい頃から植え付けられた認識は簡単に変えようがない。我が子に自由に外に出られる国を作りたくても、どうしても教会から横槍が入ってしまってな・・・。」
「そこに都合よく私が現れたという事ですか。」
「ふっ、そうじゃ。今まで状況を変化させる何かを待ち望み、もたらされる婚姻の話は全て皇帝の権力で蹴散らしてやったわ。・・・それで、ここまで聞いてもそなたに私を娶る後悔はないか?」
元の世界で私に来た結婚話といえば、会社にとって利益が見込める分野で名を馳せている人物のお嬢さんや、コネを作るための政府高官の娘さんとか様々だった。そのどれも40歳を過ぎたお嬢さんだったり、娘さんは性格破綻者だったり、バツ3だったりと縁を結びたいと思う者は多いが、皆逃げ出して余っていた人物を押し付けられるような状況で、兄と比べると来る話は一体誰から恨みを買っているのかと思うくらい酷く、しかもその中の一人とほとんど話が決まりかけていた。
(それを考えればエレノアは傾国の美女と言えるほど美しく頭も良い、子供が居ることに何の抵抗も感じないな。政略とはいえ今までの結婚話が酷過ぎて比べるまでもない。)
元の世界の出来事に思いを馳せていると、少し心配した面持ちでエレノアとシエラに見つめられていた。
「ああ、すみません。元の世界での私の結婚話が結構酷かったので、それと比べると天と地ほど違うなぁと喜んでいたんですよ。」
「そう言われて悪い気はせんが、お互い思惑あっての事じゃからな・・・。さて、では子供に会ってくれるか?」
「どうぞこちらです。」
シエラが先程の怒気を収めて、彼女が出てきた扉へと案内された。
そこは簡単なキッチンが備えられており、さらに奥に鍵付のドアがあった。
シエラは鍵を取り出し解錠すると、下へ続く階段があり階下の方から明かりが漏れていた。
階段を下りると広々としたリビングに窓から明るい光が差し込むそこはエレノアの部屋のようなデザインになっていた。奥に2つ扉が見え、その手前に二人の獣人が椅子に座って本を読んでいるようだった。
「あっ、お母様!」
こちらに気付いた少女が満面の笑顔でエレノアに向かって声を掛けた。
その少女は美しいエレノアをそのまま幼くしたような美少女で、母親と同じ艶やかなセミロングの黒髪が印象的だった。
ただその下半身はタコの様な軟体動物のようになっており、エレノアを見た喜びの表現なのかウネウネとくねらしていた。
「・・・こんにちは・・・。」
隣に座る少年は後ろにいる私に気付いた様で、怯えるような声音で挨拶をしてきた。
彼はシエラの子供なのだろう、一見すると普通の人間のようなのだが、その薄い藍色の髪はイカの触腕のようで、風のない部屋の中で蠢いていた。
「2人とも紹介しよう。彼は私の伴侶となる火乃宮 蓮という。異世界からの来訪者ゆえ獣人に対しては忌避感は無いとのことじゃ。蓮、私の娘のユーリ、今年で15歳になる。それからシエラの息子のジョシュ、今年で18歳じゃ。」
エレノアからの紹介を受け私も挨拶をする。
「初めましてユーリちゃん、ジョシュ君。私は火乃宮 蓮、異世界からの転移者です。」
挨拶をしながらユーリに右手を差し出し握手を求める。少し迷うような仕草を見せながらもおずおずと手を差し出してきた彼女の手を優しく握り返した。
続いてジョシュにも握手をしようと手を伸ばすと、彼も怖がりながらも手を伸ばしてくれた。
握手の後、ユーリが私に質問してきた。
「蓮さんは私のお父様になるの?」
「ユーリちゃんが認めてくれるならそうなるよ。といってもまだ会ったばかりだからこれから私のことを知っていってくれればいい。」
「うん!そっか、お父様・・・えへへ。」
うつむいて顔を赤らめながら呟くさまはとても可愛らしかった。
そんな私とユーリの様子にジョシュが焦ったように割って入って来た。
「れ、蓮さん。いくらユーリが可愛くても手を出したらダメです。」
そんな彼の言葉に温かい気持ちが湧き上がってくる。
「ははっ、大丈夫だよ。ユーリちゃんを守るのはジョシュ君の務めなんだろう?しっかり頼むよ。」
「えっ、あっ、いや、その・・・。」
「ふふっ、ジョシュよ、この蓮という男は相手の言動からその感情まで察するぞ。加えてその力と知略を合わせて、もはやバケモノじゃな。」
「バケモノは言いすぎでしょう。目的のために最善を尽くしているだけですよ。」
「ねぇジョシュ君は私を守るのが務めなの?」
コテンと小首をかしげながら質問するユーリにジョシュは誤魔化すように答える。
「いや、その、なんというか・・・」
場が混沌としてきてしまったためにシエラが『パンッ』と手を鳴らして静かにした。
「はいはいそこまでにして本題に入りましょう。」
「そうだったな。よいかユーリ、ジョシュ、蓮は新たに獣人達を国民とした国を帝国領土を割譲して作る。じゃから準備ができ次第そこに移り住むようにするのじゃ。」
信じられないという目で2人から見つめられる。いち早く立ち直ったジョシュから疑問をぶつけられた。
「そんなこと出来るんですか?エレノアさんだって諦めかけていたのに、まさか新しく獣人の国を作るなんてことが教会や大臣達から認められるはずがないですよ。」
「ふふっ、そう思うじゃろう。じゃがこの男はそれを認めさせるだけの力があるのじゃ。まあ、半分脅迫みたいなものだったが。」
「この帝国や教会を脅迫って・・・信じられません!教会の教皇や司祭、聖女様、帝国でも各大臣達が黙っていないはず!」
「大丈夫じゃ。ぐうの音も出んほどの力量差を見せつけられて黙らされたわ。言うたじゃろう、バケモノだと。」
その言葉にジョシュはますます信じられないものを見るような目つきで私を凝視してきた。
「へ~、蓮様ってすごいんですね~。」
理解が出来ていないだけなのか、ユーリはただ感心の言葉を言うだけだった。
そんなユーリにゆっくりとエレノアは近付き彼女を抱きしめた。
「ユーリよ、自由に外で遊べるようになるのじゃ。今まで閉じ込めていてすまなかったな。」
「ううん、私だって理解してるもん。ありがとうお母様、私たちの為に・・・。」
そんな2人のやり取りにシエラはハンカチで目を拭っていた。
続きます。




